マチアス・ブラン4
「分かった、でも早くしてくれよ。被害者の子は怪我までさせられている。早く対処しないと取り返しのつかないことになるかもしれない」
「一応こっちでも調査するが、聞いた限りセナ・ブランシェを厳しく処分するのは難しいぞ。その彼は直接何かしたわけじゃないから、せいぜい注意勧告ぐらいだよ」
どうにかしたいなら根本的な問題から取り除く必要がある、と言われ黙るしかなかった。
セナ・ブランシェの行動原理は『ココ・オベールを守ること』
アンナが嫌われ役をさせられる理由がココ・オベールへのヘイトを逸らすためならば、生徒間の嫌がらせ行為がなくなればアンナがそんな役をやる必要はなくなる。
学校側がきちんと対処すれば、状況を変えられる。
非常勤で高等部とほぼ関わりのないマチアスは直接対処できるわけではないから、保険医のベアトリスや、教務課や学生課に訴え続けるしかない。
外国官の調査とやらが終われば、教務課・学生課、そして高等部の教師たちと対応を検討してもらおう。
幸いなことに、しばらくするとアンナが『噂を鵜呑みにせず話してくれる人』ができたと嬉しそうに教えてくれた。
友達ができるのは良い傾向だ。誰かひとりでも噂と違うと言ってくれれば、元から事実無根の悪評なのだから、風向きは一気に変わるだろう。
彼女が味方を増やして、学校側が問題ある生徒たちの対処に動いてくれればこの問題は少しずつ改善していくのでは……と楽観的に考えていた。
そうやって、のん気に構えていられたのは、心のどこかで他人事に思っていたのかもしれない。対処すべき人は高等部の教師たちと学校側であって、非常勤の自分は手を貸すだけの協力者だと一歩引いてこの事態を俯瞰していたのは否定できない。
当事者のアンナが一日一日をどんな気持ちで過ごしているのかを考えれば、すぐにでもどうにかするべきだったのに。
いずれ解決するはず……とマチアスが様子見をしているうちに、事故が起きた。
***
その日はやけに校内が騒がしいと思っていた。
学校隣の療養院から人がバタバタと走って来る姿が見えて、ただ事ではないと感じ外に出ると、ちょうどベアトリスが教師たちと一緒に校舎から出るところにでくわした。
「どうした? 何かあったのか?」
「ああマチアス! あなたも手伝って! 薬草園で馬が暴走して生徒たちが怪我をして……」
騎士科の騎乗訓練中、暴走した馬が薬草園に入り込んだのだと、ベアトリスは取り乱しながら説明した。
最初に騎士科の生徒たちが暴れる馬で怪我を負い、その後馬は薬草学の授業をしている場所へ乱入し、そちらの生徒たちが巻き込まれ怪我人が多数出ている。
担架や医薬品を持ち現場に向かうと、すでに無事だった騎士科の生徒が救助を始めていて、薬草棚が散乱する事故現場からたくさんの怪我人が運び出されていた。
生徒たちが手当をするなか、騎士科と薬草学の担当教師たちはボケっと突っ立って救助も指示出しもしていない。
何をやっているのかとイラつき、彼らがぼんやり眺める方角を見ると、他の生徒たちも遠巻きにするように何かを眺めていた。
「ちょっと、あなたたち救助はどうなって……」
何もしていない教師たちを見咎めたベアトリスが声をかけた。そして彼らの視線の先を見ると……。
「ア、アンナさん……?」
地面に伏せるアンナの姿があった。
倒れた栽培棚の下でうずくまり、明らかに怪我をしている。
それを遠巻きにしして眺めている生徒と教師たち。
それを見た瞬間、マチアスはベアトリスと同時に走り出した。
結果から言うと、アンナは重症だった。
騎士科の生徒を除けば、薬草学の生徒では最も怪我が重い。
にもかかわらず、彼女は他のもっと軽症な生徒たちが救助されているなかずっと放っておかれていた。
――なぜ、誰もアンナを助けなかったのか。
事故調査委員会が発足し、現場にいた教師だけでなく生徒ひとりひとり聞き取り調査が行われた。そこでアンナが放置されたことについても詳しく調べられた。
ボケっとしていた担当教師。最初はアンナに気づかなかったなどと言い訳をしていたが、厳しく問い詰められるとようやく理由を白状した。
『アンナ・グレースの素行が悪いから罰を与えるべきという気持ちになった』というありえない理由を述べた。
素行の悪さとは何かと問うても、具体的な事案は何もなく、そう思ったからとしか言わない。
アンナの救助を嫌がった生徒たちも同様だった。
聞き取り調査では、悪い噂あったとか、我儘だって聞いたことがあるから……などと、直接アンナと関わりがないのに噂を鵜呑みにしてあんな仕打ちをしたのだと分かった。
調査員もこれには閉口して、顔見知りでもないのにどうしてそんなに嫌ったんだと訊ねた。
すると生徒たちは、口をそろえて『あの時は周りの雰囲気に流されて……』と自分でもどうして知らない女生徒の悪口を言えたのか分からないと戸惑った表情をしていた。
責任逃れでしらばっくれているのかと思ったが、全員が同じような証言をする。
教師も生徒も、『あの時はそう思った』と言う。
この話を聞いて、教務主任のアランと、聞き取り調査に参加していたベアトリスも顔を見合わせた。
周りに人がいないことを確認し、ついにマチアスは疑念を口にする。
「これ、ココ・オベールの『呪われた力』とやらの仕業じゃないのか……?」
民衆を扇動する魔法。
精神感応能力。
前シビラ王が処刑された理由となった、呪われた力。
「本当にそんなことあるのかしら」
国外に出たことがないベアトリスは、魔法というものに対して実感がなく、謎の力に関して懐疑的だ。
「教師や生徒たちがその魔法とやらにかかっていたってことになるが……でも、あり得るのか? そんな反則級の魔法が……」
「そんなこと訊かれても俺では判断つかないよ。でもお前だって不自然だと思ったからそんな発想が出たんだろ?」
民衆を扇動する……というのは、相手の思考や感情に干渉できる力ということだろう。そういう能力が本当にあるのなら、アンナの事故の状況にぴったり当てはまる。
「調査に来ていた外国官は、ココ・オベールについてなんて言っているんだ?」
「可能性は否定できない……とだけ。外国官からは、シビラ国から魔法士を連れて鑑定するそうだ。呪われた力に抵抗できる能力を持った魔法士でないと、ココ・オベールと接触できないからもう少し時間がかかると言われている」
こちらからの問い合わせに対し、シビラ国では『呪われた力』が復活したかもしれないと大騒ぎになっているらしい。
シビラ国の人間はカールスレイ王国の人間より力の影響を受けやすいようで、調査に派遣する魔法士は厳選に厳選を重ねて協議中だそうだ。
もし調査に行った魔法士がうっかりココ・オベールに取り込まれたりしたら、国が乗っ取られるかもしれないからすぐには行かせられないと切迫感のある返答が来ていた。




