マチアス・ブラン3
女生徒たちがひとりの子を囲んで、つるし上げのようなことをしている。
うっかりそんな場面に通りすがり、マチアスは顔をしかめた。
剣呑な雰囲気だ。揉めているようだから、誰か高等部の教師か、保険医のベアトリスを呼んでくるかと考えていた時、責められている女の子が、乱暴に髪を掴まれ引っ張られた。
暴力行為を見て、カッとなった。
「何をしているんですか?」
声をかけると女生徒たちは顔を青くしてさっさと逃げていく。
残された女の子は、泣くでもなく怒るでもなく、全てを諦めたような目をしていた。
教員が目撃者なのだから、学校側に暴力行為を訴えれば加害者たちを処罰できるはずだ。だが彼女はこんなこと日常茶飯事のようで、静かな声でお礼を言い、この場を去ろうとしている。
(この子は、耐えるのが当たり前の状況にあるんだな……)
怒っても抗議しても、事態は悪化するだけで解決しないと悟ったあとの『諦め』なのだ。諦めることだけが、彼女に残された道だったのだろう。
その顔を見ていたら、どうしても放っておけない気持ちになった。
首を突っ込んだところで自分にできることなど限られている。そんなのは分かっているが、彼女の話を聞けば聞くほど、孤独で味方が誰もいないというひどい状況だとわかった。
聞いてしまえばもう、他人事ではいられない。
彼女を助けてやりたい。
ただの雇われ講師に何ができるのかと自問自答するが、涙も流さず己の苦境を淡々と語る彼女を見ていると、何かしなければいけないと思わされた。
過去、冤罪で拘束され大人たちに責め立てられた時、誰も味方がいない状況がつらくて死んでしまいたい気持ちになった。だがマチアスはせいぜい一週間程度拘束されただけで、その後は信頼できる友人たちが全力で助けてくれた。孤立無援なアンナのほうがよっぽど辛いだろう。
自分が助けてもらったように、アンナの味方になってやりたい。
一緒に話を聞いていたベアトリスも、彼女の酷い現状に怒り心頭だった。むしろ感情的になりすぎて宥めるのが大変だった。
下手に動いて、余計にアンナを苦境に追いやることだけはしたくない。話に訊く限り、セナ・ブランシェという生徒はかなりの策士のようだ。アンナを自分の駒として使うような人間に、直接釘を刺したところで事態は解決しない。
本当にアンナを助けたいなら、より慎重になるべきだとベアトリスをなだめ、まずは情報を集めてから対処の方法を考えようと提案した。
情報収集には、生徒と関係が薄く顔が知られていないマチアスが動くことにした。
色々考えた結果、マチアスはアンナの件を教務課に勤める友人に相談を持ち掛けた。
実はこれより前に、高等部の教師にアンナのことを訊ねてみたのだが、全く話にならなかったのだ。
アンナの名を出すと、教師たちは彼女のことを、『わがままで周囲に迷惑をかける問題児』だと言った。薬草学の教師も、Bクラスの担任も、判で押したように同じことを言った。
わずかな時間会話しただけが、マチアスにはアンナがそのような評価を受ける子には見えなかった。
疑問に思い、教師たちに『アンナが具体的にどのような迷惑をかけたのか』と訊いても、それはよく分からないと曖昧な返事をする。
具体的に分からないのに、アンナに悪印象だけを持っていて、生徒に対して平等であるべき教師たちがはばかることなくそれを口にする。
――おかしいな、と感じた。
生徒間で根拠のない悪い噂が広まるのは、一応理解できる。拡散力のある人物が広めれば印象操作は難しくない。
だが教師たちまでもがその噂を鵜呑みにしているのがおかしいのだ。
関わりのある教師たちにアンナの窮状を訴えようと思ったが、恐らくこれは駄目だと判断して、教務課で働く友人を頼ることにしたのだ。
教務主任を務めるのは、アラン・クレールという学生時代からの友人だ。学生時代、マチアスの無実を証明するために奔走してくれた人だ。ベアトリス同様信頼できる相手だ。
これは生徒同士の揉め事で収まる問題ではない。集団で責め立てられ、髪を引きちぎられるような行為は嫌がらせじゃなく暴行だ。それを煽っているのが、セナ・ブランシェという生徒で、彼のせいでアンナは孤立している。教師たちに訴えても無駄で、ずっと耐えるしかない状況が続いている。
彼がヘイトをコントロールしているとアンナは言った。
(彼が教師たちの思考もコントロールしている? いや、いち生徒にそんなことが可能なのか?)
とにかくこの件は調べるほど違和感があった。
「セナ・ブランシェという生徒について何か知らないか?」
生徒情報を把握している教務課主任なら何か解決の糸口を見つけてくれるのでは、と期待して質問したのだが、彼はセナの名を聞いてとたんに顔を曇らせた。
「セナ・ブランシェ? ココ・オベールという女生徒の……友人の? ココ・オベールがらみのトラブルか?」
「確かにその子も関係する話だが、直接問題を起こしているのはセナ・ブランシェのほうだ。どうしてその女生徒の名前が先に出る?」
「ココ・オベールという女生徒の出自が少し特殊でね。彼女が関わっているならこの話は一筋縄ではいかないかもしれない」
「出自と何が関係する? 分かるように説明してくれ」
「まず、彼女は亡国の王族の血を引いているんだ」
予想外の話が飛び出してきて、マチアスは言葉につまる。
十七年前にシビラ王国は王政の終わりを迎え、民主国家へと変革が行われた。
対外的には政権交代は平和的な手法で行われたと発表されたが、当時の王は政策の失敗を問われ処刑されている。完全なクーデターだ。
王の直系もクーデター後に全て処刑された。王家の傍系貴族は身分はく奪で済んだが、連座を恐れて亡命する者が跡を絶たなかったと聞く。
「彼女の母親がシビラ国出身でね、王家の傍系当たる家の貴族令嬢だったらしい。王政が斃れた時にこちらへ渡ってきてすぐに、子を産み落としたそうだ」
「その子が、ココ・オベールということか」
「出産で母親が命を落として、遠縁にあたるオベール子爵が彼女を養女にしたんだと」
ここまでの話は学校側にも入学前に事情説明があり、教務課だけでなく教師たちにも情報が共有されている。ただ、非常勤として今年就任したばかりのマチアスは、本来高等部の生徒と関わらないので知らなかった。
特殊な出自ではあるが、今は亡き王族の傍系であっても我が国では何の意味も持たない。
「出生のアレコレはともかく、今は普通の子爵令嬢だろう? シビラ国は小規模な国だし、そこの元王族の血が入っているとしても何の影響力も持たないと思うが」
「そうだな。学校側も問題ないと判断して、いち生徒として入学させたんだが……」
――ココ・オベールがいる学年だけが、異常にトラブルが多いんだ。
重大な秘密を明かす時のように、アランは声をひそめてそう語った。
「トラブルを起こして停学。精神を病んで休学。生徒による集団暴行。こういうことが初等部の頃からこの学年だけとびぬけて多い。この学年の担当教師も、頻繁に入れ替わっているんだ」
「それとココ・オベールがどう関係する?」
「関係があるとはずっと我々も思っていなかったんだ。たまたまトラブルが多い学年なんだろうと考えていた。だがこの件に関して、今外国官が調査に来ているんだよ」
「はあ? 外国官?」
またも突拍子もない話が出てきて、思わず声が裏返る。
「シビラ国は今でも魔法が存在するだろ? あの国の王族がクーデター後全員処刑されたのは、王族が『呪われた力』を持っていたから……らしいんだ」
「呪われた力? それは魔法なのか?」
「民衆を扇動する魔法……まあ要は精神感応能力? というのか? シビラ王は周囲の人間の感情を操ることができたらしい」
あの国の悲劇は、最期のシビラ王となった者が、精神を病んでいたことに原因がある。
呪われた力を使い、周囲の者を自死や殺し合いをさせた。
呪いは連鎖し、王宮にいる者が次々と死んでいき、王が精神を病んでから数年で国政をまともに行える者がほとんど死に絶えていなくなってしまった。
国は崩壊寸前まで追い詰められ、ついにクーデターが起き、シビラ王が討ちとられシビラ王国は終焉を迎えた。
「だから呪われた力と呼ばれているんだ。王家の人間が全員処刑されたのも、その力を根絶させるためだ」
「それは分かったが……まさか、ココ・オベールがその力を持っている、とか言わないよな?」
どうか否定してくれと望み薄の期待を込めて訊ねてみる。
「そのまさかの可能性を探るために、外国官が来る事態になってんだよ。そもそも、呪われた力の危険性を訴えてきたのはココ・オベールの養父母なんだ」
オベール子爵家では、ココが家にいる間諍いが絶えなかったらしい。
兄、姉、弟、妹たちが何かしらで揉めて争い、親戚たちもココが絡むと言動がおかしくなる者がでてきて、幼女のココに懸想した親戚の男が妻と揉めて刃傷沙汰を起こす事件が起きている。
ココが王立学校に入寮して、オベール子爵家には突然平和が訪れた。
だがその代わりに学校でトラブルが頻発するようになった。
その事実を知った子爵が、シビラ国と外交を務めている外国官に相談を持ち掛けたそうだ。
「王家の傍系とはいえ、その力は直系にしか発現しないとシビラ国からも回答が来ている。もっと言えば王となる者だけが得られる力なんだと」
「でも、状況がその力である可能性が高いと思うから、外国官がわざわざ調査に来ているんだろ」
「そうかもな。その外国官が、本人に悟られないよう慎重に調べを進めたいと言っているから、調査が終わるまで下手に動かないでくれないか?」
ココ・オベールの幼馴染であるセナ・ブランシェも学校では熱狂的な人気のある生徒だ。
彼が何らかの処罰をされた場合、大騒ぎになるのは目に見えている。ココ・オベールの調査に差し障りがあるから、終わるまで待っていてほしいと言われた。




