マチアス・ブラン2
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当時マチアスには、親が決めた婚約者がいた。
両家の事業にメリットがあるとして交わされた婚約だった。
マチアス自身は貴族ならそういうものだと安易に受け入れていた。色恋など興味がなかったし、親世代もそうして結婚していたから不満に思う頭もなかった。
だが、婚約相手の子は違ったらしい。
恋物語をよく読むと言っていたその彼女は、恋愛に憧れていたようで学校に通うようになってから秘密の恋をしていた。
愛し合う恋人がいるのに、親の決めた相手と結婚しなければならない自分はなんて不幸なのかと、悲恋に酔っているような夢見がちな女性だったようだ。
彼女の友人たちはその愚痴を散々きかされていたらしいが、マチアスは何も知らず、学校で婚約者に無視されるようになっても気に留めていなかった。
その鈍感さゆえか、彼女はいつしかマチアスを憎むようになっていった。
――マチアスがいるから、自分は幸せなれない。
――マチアスが自分の幸せを邪魔している。
そんな風に己の婚約者を逆恨みするようになっていたなんて、当時のマチアスは全く気付いていなかった。
事件が起きたのは、高等部の三年になった時だった。
とある女生徒が「マチアス・ブランに襲われた」と学校の教務課に被害を訴え出たのだ。
暴行の詳細を涙ながらに語る女生徒の言葉を否定できる者はおらず、マチアスが加害者として学校警備隊にすぐ連行された。
名前すらうろ覚えの女生徒を襲ったと言われてもマチアスには訳が分からなかった。
図書館に入り浸っていたマチアスはアリバイを証明できず、先生や警備隊に自白を促され、身に覚えがないと言えば殴られた。
何日にも渡って責め立てられて、あまりにも辛くて、この場から逃れたくて言われるままに嘘の証言をしてしまおうかと思い始めていた時、突然冤罪だったと言われ解放された。
拘束されていた間の出来事は、迎えに来てくれた友人たちが全て教えてくれた。
友人たちが集結して、マチアスの冤罪を晴らすために動いてくれたのだ。
女生徒の証言は矛盾が多く、違和感を持った友人たちが調べてその矛盾から女生徒の嘘を暴いてくれたのだった。
先生たちから証言のおかしな点を指摘された女生徒はあっさり陥落し、脅されて嘘をついたと自白した。
――女生徒を脅して嘘の証言をさせたのは、マチアスの婚約者だった。
どうしてそんなことを。
そう問われた婚約者は、マチアスとの婚約を潰したかったと言った。
彼女には秘密の恋人がいて、その彼と結ばれたかった。
でも家同士の婚約を正当な理由も無く反故にできないから、マチアスを陥れるこの計画を立てたのだと白状した。
マチアスが婦女暴行の罪を犯したとなれば、彼女の側は何の瑕疵もなく婚約解消できる。そうすれば今の恋人と祝福される結婚が可能になる……というのが彼女の目論見だった。
マチアスは勉強が好きで、王立学校の膨大な蔵書を読める環境に喜んでいた。だから学校生活で婚約者を放置していたせいだと言われれば、否定できない。
だが、ここまで憎まれるほど不義理をした覚えもない。
婚約者の卑劣な婚約破棄計画を知って、呆然としているうちに両家の親が話し合いマチアスの知らないところでこの問題は勝手に収束していった。
彼女の希望通りに、ふたりの婚約は解消され、元婚約者は学校を去った。表向きは病気療養のための長期休学。嘘をついた女生徒も同じく休学というかたちで学校からいなくなった。
元婚約者は、婚約解消の望みは叶ったのに、結局恋人とは別れてしまったらしい。
恋人は彼女の計画を知らなかったと主張し、こんな恐ろしい女とは一緒にいられないと別れを告げたそうだ。
一度だけ、彼女から手紙が来たことがある。
実家からも追い出され、遠い親戚の家に預けられて労働を強いられていると、自分がどれだけ辛い思いをしているかが切々と書き綴られていた。
どうかこの地獄から私を救って、という文言が印象的で今でも記憶に残っている。
演技がかった喋りをする子だったが、自分を物語の主人公と思い込んでいるような文言に、読むだけで疲弊した。
嘘の被害を訴えた女生徒も退学し、マチアスの修羅場は終わったはずだった。
だが、マチアスが女生徒を暴行したという噂はどうしても消えなかった。
全ての生徒に事件の詳細を説明できるわけではない。無責任な推測をする者も多く、冤罪だったと言ってもマチアスが加害者だと信じて非難してくる者が跡を絶たなかった。
そういう奴らにとって真実はどうでもよくて、成績優秀者で表彰されたこともあるマチアスに対するいい攻撃材料とでも思っていたのだろう。
ありもしない罪で責められるのも、卑猥な言葉を投げつけられるのもうんざりだった。ベアトリスを始めとした良き友人たちがいなければさっさと退学したかった。
だが人の噂もなんとやらで、卒業間近になるとマチアスの貶めていた奴らも、自分のことで忙しく、いつの間にか噂は消えていった。
卒業後は誰も知らない土地に行きたくて、隣国のシビラ国へと渡った。
王政が崩壊後、民主国家となったシビラ国には身分制度がなく、なによりカールスレイ国とは違ったかたちで医療が発展していた。
シビラ国でマチアスは大学の研究機関で働き、そこで薬草に関する論文をいくつか発表した。論文はシビラ国よりも祖国のカールスレイ王国で話題となり、王宮からマチアスに帰国するよう要請がきた。
王立学校の研究室をひとつ与えられ、潤沢な研究費を出してくれるという条件は破格の条件だった。
学生時代の友人が王立学校で何人か働いている。ならばそれほど悪い話ではないと思い、非常勤講師と客員教授と言う立場で王立学校に入った。
研究は自由に進めていいという条件だったため、非常勤としての仕事はあるものの、かなりのんびりと過ごせていた。
――そんな時、偶然嫌がらせを受けている女の子を見つけた。それがアンナとの出会いだった。




