何かの意図を感じる謝罪
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いつも通り私が研究室の端っこで、課題のプリントを解いていた時。
廊下からバタバタと慌てた足音が聞こえたと思ったら、乱暴に研究室の扉が開かれた。
「マチアス……!」
ベアトリス先生が深刻そうな表情が見えた時、「何かまずいことが起きたのだ」とすぐに察した。
私の姿を見て、先生はハッとして誤魔化すように笑顔を作る。
「ごめんなさい、ちょっとマチアスに話があって。相談室へ来てほしいの」
「ああ、構わないけど……何があった?」
マチアス先生の質問に、またちらりと私を見て口ごもる。嫌な予感がどんどん膨らんで、黙っていられなくなって口を挟んだ。
「私が何か関係していますか? もしそうなら、隠さず教えてほしいです」
「ええと……うーん。なんと言ったらいいか」
ベアトリス先生は冷や汗をかいて困っていたが、いずれ私にも話を聞かなければいけないことだから……と前置きして事の次第を話し始めた。
「マチアスが女生徒相手に淫行しているって匿名の通報があったのよ……」
「「はあっ⁉」」
異口同音に私と先生が叫び声をあげる。
「待ってください、その女性徒ってもしかして、私のことですか?」
「実はそうなの……」
カッと頭に血が昇って、怒りで眩暈がする。
新しい相談員の許へ通報があり、情報提供者の名前は分からないがマチアス先生が女生徒に手を出して校内で淫行に及んでいるなどというとんでもない内容だった。
「あ、あ、ありえません! そんなの嘘だって私が一番よく知っています!」
「もちろん私も聞いたその場で否定したんだけどね、情報提供があった以上きちんと調査しないといけないのよ。もちろんマチアスを疑ってのことじゃないわ。アンナさんがここで勉強するようになった経緯は誰もが知っているもの」
当然だ。退学するという私を引き留め研究室での自習を提案したのは教務主任だし、ベアトリス先生だって定期的に様子を見に来ている。明らかに悪意を持って捏造された話だ。
当の本人のマチアス先生は、激高する私と違い難しい顔で黙り込んでいる。
「事故の件と無関係じゃないから、調査委員会がこの件を調べるわ。マチアス、話をしたいからきてくれる?」
アンナさんはここで待っていて、と言い残して二人は研究室を出て行った。
何もできない自分が情けなくて悔しい。
マチアス先生が疑われている感じではなかったが、それでもこんな話が生徒や保護者に出回ったら先生の立場が悪くなる。事実かどうかより、淫行だなんてそんな疑いをもたれるほうに何か問題があるんじゃないかと言われかねない。
「私のせいで……」
両手をぎゅっと握りしめ、唇を噛む。
こんなことになるならもっと早く退学するべきだった。
判断を誤ったことを後悔してももう遅い。机に突っ伏してこれからどうすべきか考えるが、どうしたらいいかなんて思い浮かぶはずがない。
ギイッと扉がきしむ音がして、先生たちが帰ってきたのかと、起き上がって振り向く。
だがそこにいたのは、先生ではなかった。
「「アンナ」」
「ルイ……、セナ……」
最も会いたくないふたりが目の前に現れて、体が硬直する。
ひゅっと息を呑んだ瞬間、ルイが地面に膝をついて謝罪の姿勢をとった。
「すまん! 迷惑なのは分かっているが、どうしても謝らせてほしい!」
「……えっ?」
突然の謝罪にびっくりして言葉が出てこない。黙ったままでいるとルイは勝手に謝罪の理由を語りだした。
「アンナを助けに行けなくてごめん。あの時ココの怪我が思ったよりもひどくて、パニックを起こしてずっとつきっきりだったから……あんなことになっていたなんて知らなかったんだ」
「は……?」
何かと思えば、あの日見捨てたことに対する言い訳。
なんというか、白々しいとしか思えない。
今更『知らなかった』とルイが私に伝える意味があるのか。
困惑してセナに目を向けると、何とセナまで床に膝をついた。
「アンナは信じてくれないだろうけど、僕はあの時訓練場で怪我をして先に救護室へ運ばれていたから、薬草学の子たちが巻き込まれたことを知らなかったんだ。決して君を見捨てたわけじゃない。そのことだけ、どうしても伝えたくて……」
セナが、あのセナが、膝をついている。
衝撃的過ぎて、ぽかんと間抜けな顔で彼らを見下ろす。
事実かどうか分からないが、セナは言うには、最初に馬が暴れ出した時点で怪我をして、彼は救助には加わっていなかった。
騎士科の生徒たちが、救助する者を差別して問題を起こしたことも後から知ったと説明するが、セナの言葉はどれが本当か分からない。
「アンナが大怪我をして入院したって後から聞いて、すごく心配した。でも救助で問題があったせいでアンナは面会謝絶で……あの日以来ずっと学校にも来ないし、どうしても会いたくて探して回ったんだ」
綺麗な顔を歪めて、どれだけ私を心配していたかを切々と語る。
心から後悔していると思えるような表情だが、私にはそれも演技にしか見えない。
「それを私に言って、どうしたいの?」
セナの言い訳を冷たく突き放すと、彼は一瞬驚いたような顔をした。
見捨てたわけじゃない、知らなかったんだと言えば私が納得するとでも思ったのだろうか。
どうせこの謝罪もセナが書いたシナリオだろう。
ルイを出せば私がほだされると、セナはまだ思っている。
「アンナ! セナは悪くないんだ! アンナの救助に戻れなかった俺が何もかも悪い。何を言ってもいいわけになるが、ココが落ち着いた後に戻ったけど、その時はアンナを見つけられなかったんだ」
ココがパニックになってルイにしがみついていたから、しばらく身動きが取れなかった。
――そう言って申し訳なさそうにまた頭を下げる。
ルイの言い訳は、確かに筋は通っている。
あの時セナの姿は一度も見かけなかったから、救助に参加してなかったというのも真実味がある。ならば私が放置されたのはセナが扇動したわけじゃないのか。
でも……目が合ったルイが、私を見なかった振りをして去ったのは紛れもない事実だ。
今でもあの時の光景を思い出す。去る前にせめて一言でも声をかけてくれたら、ルイを許せたのに。
「……謝らなくていいよ。元から二人とは友達じゃなかったし。もし悪いと思うなら、私のことは放っておいて」
「アンナ」
「セナ、膝をついてまで謝罪してくれて申し訳ないけど、私を使うことはもう諦めてほしい。こうして話しているのも、正直吐きそうなほど辛い」
使う? と不思議そうな声で呟くルイの声が聞こえたが、私もセナも何も言わない。ルイが知っていても知らなくてももうどうでもいい。
ルイへの憧れは、あの日に全て吹き飛んで消えた。
騎士道を説いた眩しいあの男の子は、もうどこにもいない。
私の言葉を己への非難と受け取ったのか、ルイが「ごめん……」と呟き立ち上がった。
「急に押しかけてごめんな。でも、俺許してもらえるまで何度でも謝るから」
絞り出すような声でそう告げると、ルイは扉を開けて出て行く。
残されたセナもそれに続き、ドアノブに手をかけた。
だがルイの足音が遠のいたのを確認してから、セナはこちらに戻ってきた。




