救いの手
「……別に、私のことなんて気にしなくて大丈夫だよ。いてもいなくても変わらないし」
うっかり自虐的な言葉を言ってしまい、はっとして口を押えた。
「そんなこと言うなよ。いなくても変わらないなんてことない。アンナがいる時のほうがココは楽しそうなんだ。何もしなくても、君がいてくれるだけでココは嬉しいと思うぞ」
「そう、なの」
……ココを楽しませるためだけに、私はあの場にいなければいけないの?
そんな言葉が頭をよぎって、慌てて脳内で打ち消した。
疲れているせいか、ネガティブになっている気がする。こんな嫌味なこと、絶対に言ってはいけない。ルイは、私がココに好かれて嬉しいはずだと信じているのだから。
さっきの言葉だって、ルイに悪意は全くない。ああ言われたらきっと私が喜ぶと思っているのだ。
けれど、今の私にとっては残酷な優しさだった。
「高等部でクラスが別れたから、下のクラスになったアンナが引け目に感じるのは分かるよ。でもココはそんなの気にするような子じゃないって知ってるだろ? アンナは今まで通りにココと仲良くしても大丈夫だから、そんなに心配するなよ」
ルイのフォローに思わず笑いが出そうになる。
頭が悪くて、見た目も地味で、なにひとつ取りえのない私。ココに引け目を感じていると思って気を遣ってくれたのだ。
事実その通りなのだが、的外れな慰めだと思うのは私がひねくれているせいなのか。
「……うん、心配してくれてありがとう。ルイの言う通り、私頭悪いから勉強頑張らないといけないんだよね。だから私のことは気にしないでって伝えておいて」
「そうか、分かった。でもあんまり思い詰めてココに心配かけるなよ」
最期まで見当違いな気遣いをして、ルイは踵を返して中庭へ戻っていった。
はあ、とため息をついて歩き始める。
今の顔を誰にも見られたくなくて、できるだけ人通りの少ない道を選んで遠回りした。
空き教室が続く廊下を歩いている時、突然現れた女生徒たちが私の行く手を阻んだ。
「……っ」
憎々し気に睨む彼女たちの目線で、ろくな話じゃないと分かるが無視するわけにいかない。
「アンナさん。ちょっといいかしら」
「……なんですか」
敵意むき出しの四人組の女の子たち。それだけでどんな要件か察した。
人目につかない廊下の隅に連れて行かれ、四人に囲まれていきなり罵倒が始まった。
「いい加減、あの方たちにつきまとうのはおやめになったら? 恥ずかしいと思わないの?」
「必死にまとわりついて、見ているこちらのほうが恥ずかしくなるわ」
「あの方たちがお優しいからって、調子に乗らないほうがよくってよ」
「迷惑行為をしている自覚はないのかしら?」
あの方、というのはルイとセナたちのことだとは訊かなくても分かる。
容姿、学力、存在感全てをとっても彼らは別格である。一部の人たちからは神聖視されているのを私も知っている。
そんな人たちから見ると、私の存在は彼らにまとわりつく羽虫。身の程知らずの邪魔者だ。
私たちが駆除して差し上げなくては! と張り切る人たちが時々こうして忠告をしに現れる。
「またか」とうんざりした気分で、ため息が出そうになるのをなんとか堪えた。
敵意丸出しの様子から、恐らく彼女たちはルイとセナの信者だ。
女生徒の多くはルイとセナに憧れていて、できれば彼らの特別になりたいと思っている。だが彼らは基本的に他人を寄せ付けない。特に下心を持って近づく女生徒に対しては、塩対応どころか氷のように冷たい。
特別どころか全く相手にしてもらえない女生徒が多いなか、なぜか近くにいることを許されている私は彼女たちにとって憎悪の対象になっている。
たいした家柄でもなく、特別扱いされる理由もない地味な私。
彼女たちが憎々しく思うのも仕方がない。
「いえ、つきまとっているつもりはないんですが……痛っ」
反論すると、ガッと頭を掴まれた。
淑女の見本みたいな容姿をしているのにずいぶん手が早い人たちだ。
嫌味くらいなら慣れているのでどうってことないが、物理的に攻撃されるのはやはり怖い。どうにか穏便にこの場を切り抜けられないかと考えるが、怒りに顔を歪ませた目の前の女生徒たちは、見逃してくれそうもない。
「もう一度忠告して差し上げるわ。身の程をわきまえなさい。他の誰もあの方たちの中に入ってはいけないの。ルイ様のほうから話しかけられたからと言って自分が特別なんて思わないことね」
「っ、やめてくださ……っ」
力いっぱい掴んだままぐいぐい引っ張られて、髪がぶちぶちと抜ける音がした。
痛みで小さく悲鳴を上げるが、掴んだ手は少しも緩まない。それどころか更に頭を振り回された。
言葉はまあまあ優しいが、今回の人たちは手が出る分危ないかもしれない。
どうやってこの場を切り抜けるか考えていた時、第三者の声が割り込んできた。
「何をしているんですか?」
ハッとして女生徒たちが振り返ると、教員らしき男性が訝し気な表情で立っていた。
ボサボサの白い髪に眼鏡をかけた背の高い男性。
見覚えのない顔だ。
教師が身に着けるローブを羽織っているから、教員なのは間違いない。
私の頭を掴んでいた子は、教員に見られたことで真っ青になり慌てて私から手を放した。
「な、何もございませんわ。少々お話をしていただけで」
「ちぎった髪の毛が指に絡まっているよ。お話をしているだけにはとても見えなかったな。ずいぶんとひどいことをするんだね」
「……っ!」
女生徒たちは言い訳できなくなり、その場からバタバタと走って逃げて行ってしまった。
チクチクと痛む頭を手櫛で整えながら、助けてくれた教員に頭を下げる。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえ、僕は何も。えっと……大丈夫ですか? 手当は」
「髪が抜けただけですから。大丈夫です」
そのまま立ち去ろうとしたが、男性はそれを引き留めてきた。
「一応保健室へ行きましょう。あ、僕は怪しい者じゃないですよ。薬草学の研究室を任されている、マチアス・ブランと言います」
「あ、すみません。私は一年のアンナ・グレースです」
アカデミーの先生か……と脳内であたりをつける。
律儀に自己紹介をしてくれた男性を無視することもできず、流されるままに保健室へと連れて行かれた。




