コーブス・レイン
「どっちにしろ教室での授業は不可能なんだ。怪我が治るまで別室で個別授業させるって計画なら学校側も了承するだろ」
「あー……なるほどなるほど。まあ、うん。いい考えかもしれない。じゃあマチアス先生の研究室で勉強できるよう手配しましょう」
「は? 僕の研究室?」
「そりゃそうでしょ。言い出しっぺですし、マチアス先生の研究室なら他の生徒が出入りしないし安全だし」
「でもあそこにいても自習しかできないだろ」
「各々の先生にアンナさん用に課題を作ってもらえばいいよ。それなら授業に遅れないだろうし。アンナさん、不都合があれば都度改善していくので、ひとまずこの勉強方法でお願いできませんか?」
「は、はあ……」
課題は都度教科担任が確認し、分からないところや間違えたところはフォローアップしていく。定期的に個別授業を入れてもいいし、先生に会いたくないなら紙のやりとりでもいいと提案される。
一気に色々提案され、教務主任に同意を求められ勢いに押されて曖昧に頷く。
マチアス先生を見ると、苦笑交じりながらも「確かに」と言って受け入れる姿勢になっている。
「良かった! ではそのように急ぎ手配します。ではまた!」
言質をとった教務主任は、私が意見を翻す前にさささーっと帰っていった。
残されたマチアス先生は苦笑いしている。やられた……と思ったがもう遅い。
あれだけ必死に引き留めるということは、今回の件で退学者が出るのは学校側に不都合があるのだろう。
「勝手にしてすまないけど、寮にあるアンナさんの荷物はもうベアトリスが新しい部屋へ移動してあるんだ」
「え、さっき言ってた宿舎ですか?」
「寮に戻らないほうがいいとベアトリスが判断してね。アンナさんが辞めたいと思うのは当然だけど、その足では実家に帰るのも難しいだろうし、療養期間は退学を保留にしてくれないか?」
「マチアス先生が、そう言うなら……」
退学するなら荷物の整理も必要だし、馬車を手配して実家まで自力で帰らなきゃいけない。この足では荷物を持って歩くこともできない。今学校を辞めたら行き場を失うのだと気がついた。
先生のいうとおり、治るまで療養する場所が必要だ。先生はそこまで考えて、この提案をしてくれたんだ。
「じゃあ退院できたらそのまま宿舎で暮らせるよう準備しておくよ。それと、アンナさんの今後については生徒たちには知らせないし、宿舎に生徒は入れないから安心して」
先生の物言いに、ふと誰かが私の所在を訊ねているようなニュアンスを感じた。
訊ねるとしたらココかセナだろう。セナに退学の意思を悟られると厄介だから、絶対に会いたくなかった。
「そういえば怪我人は私以外にどれくらいいるんですか?」
「入院が必要になったのはアンナさんを除けば二人かな。でもその二人は騎士科の生徒だから、どっちかって言うと事故の関係者だね」
「関係者?」
「暴走した馬に乗っていた生徒なんだ。二人で交代して騎乗訓練をやっていたんだけど、その馬が急に暴れ出したらしい。それでひとりは落馬して、もうひとりは止めようとしたところを蹴り飛ばされて、手綱を放してしまってあの暴走に至ったというわけだ」
「訓練中、何があったんでしょう。二人はまだ入院しているんですか?」
「そうだね、ひとりは怪我の治療のためしばらく休学することになった。騎士科への復帰は難しいかもと言われている」
その人たちは騎士科の先生たちが世話をしているから、今後のことについてはベアトリス先生やマチアス先生も詳しくは知らないらしい。
騎士の道が閉ざされたらその子たちはどうなるのだろう。今更文官コースに行くのも難しいし気持ちの整理がつかなそうだ。
「その人たちは、騎士科の誰ですか?」
「コーブス・レインと、エドワード・テイラーという子だよ。ふたりともCクラスだから、アンナさんとクラスが違うけど知ってる子かな?」
「えっ……」
思いがけないところで知り合いの名が出て、ざっと血の気が引く。
最後に会ったのは……そうだ、朝に登校している時に彼のほうから挨拶をしてくれたんだった。
皆から避けられる私に、普通の友達みたいに声をかけてくれたあの人。
その彼が、事故に関わって大怪我を負っている。
授業で乗る馬は気性が穏やかで乗りやすいタイプの馬を選んでいると聞いたのに、どうして馬が暴走したのか分からない。
私と唯一普通に話してくれる奇特な人が、こんな奇妙な事故の当事者になっている。
まるで私が彼に不幸をうつしたみたいで、胸がざわついて苦しくなる。
「でも、そんなわけないよね……」
自分の不幸が……だなんて、私みたいなその他大勢にそんな影響力があるわけない。
それは分かっているのに、どうしてもこの奇妙な偶然が怖くて、私は震える手を反対の手で押さえた。
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