とある提案
ぼんやりと天井を見つめていると、病室にもうひとり訪問者が来た。
「あっ、アンナさん、起きたのね」
「ベアトリス先生」
「具合はどう? 気持ち悪いとかない?」
「ちょっとぼんやりするけど大丈夫です」
たくさん荷物を抱えたベアトリス先生が、ベッドに駆け寄って来る。
「数日入院になるから、必要になるものを用意してきたの。あ、校内での事故だから費用は全部学校持ちだから遠慮するんじゃないわよ」
「ありがとうございます。お手数かけます」
袋から出して見せてくれた寝巻は、なんとシルクだった。
下着も高級品で揃えられ、リボンやらレースがあしらわれていてやけにかわいい。驚いていると、ベアトリス先生が「似合うと思って」といたずらっぽく笑った。
そして、授業が遅れることを心配してくれたのか、勉強用具も入っている。授業内容をまとめたプリントは、教科担当の先生が作ったようだ。
他の入院している子にも同じものが配られていると言われたので、有難く受け取る。
今回怪我をしたのは薬草学の生徒たちばかりだった。
完全に巻き込まれ事故だから、治療費等全て学校負担でさらには賠償金まで頂けるようだ。
ベアトリス先生の説明によると、入院費用はもちろん、欠席して授業が遅れた分は特別補習をおこなうから心配しなくていいと教えてくれた。
「あと、先日のことであなたに話しておきたいことがあってね……」
一呼吸おいて話してくれたのは、職員のあいだで交わされた事故後の対応についてだ。
あのあとすぐ、職員全員を集めて事実確認と対応に関する調査が行われた。
「会議の途中でマチアスがね、担当の教師たちの証言を訊いている時に食って掛かったの。乱闘になりかけて、大変だったの」
「えっ、そうなんですか?」
マチアス先生が怒った理由は、教師たちが事故後に救助の指示を出していなかったからだ。
あの場には授業担当の教師が複数いたにもかかわらず、誰も救助の指揮を執っていなかった。騎士科の生徒たちに任せきりにしていたせいで、怪我の重症度よりも高位の貴族子女が優先されると言う事態が起きていた。
「何より問題だったのが、重傷者のアンナさんがずっと事故現場に放置されていたのに、教師たちが無視していたことよ」
怪我人が運び出されて、擦り傷程度の怪我人まで手当を受けていたのに、倒れたまま動けない私を皆が遠巻きにして見ていた。
生徒たちは、お前が行け、いやお前が……と誰が救助に行くかを押し付け合っていて、教師たちはそれを見ていたはずなのに誰も注意をしなかった。
「そのことを指摘すると、彼らは気づかなかったとか言い訳を始めてね。それでマチアスが切れちゃったのよ。アンナさんに気づかなかったとか言い訳もお粗末すぎて、お前らどんだけ無能なんだー! って胸倉掴んでもう修羅場」
「マチアス先生が、そんなことを……」
「ごめんなさいね、アンナさん。同じ教師として本当に情けないわ」
「私は……ベアトリス先生とマチアス先生が来てくれたから、もういいんです。それよりも、他の先生たちと言い争いになったりしたらマチアス先生の立場が悪くなるんじゃないですか?」
「その辺は大丈夫よ。事故調査のために学校側の管理体制の問題点を指摘しただけだもの。外部から来た調査員がマチアスの意見を支持しているから、アイツの心配はいらないわ」
今回の事故が大きな問題となり、調査委員会が設置されこの件は委員会が主導で検証が進められている。
事故の時にいた騎士科の担当教師たちは、懲戒解雇が決定したため、彼らに意見したマチアス先生が責められることはないと聞いてまずホッとする。
「急いで色々話してごめんなさいね。他の入院している子たちの様子も見に行ってくるわ」
「あっ、はい。ありがとうございました」
ベアトリス先生は申し訳なさそうに手を合わせ、慌ただしく病室を出て行った。
暇になった私は、もらった授業プリントを手に取る。
だが内容を読む気になれず、結局ベッド横のテーブルに置いた。
ベアトリス先生は学校に復帰した時のことを考えて勉強道具を揃えてくれたのだろう。だが私はもう学校に戻るつもりはなかった。
マチアス先生が私のことで怒ってくれたのは嬉しかったし、私のことに心を砕いてくれるベアトリス先生には感謝している。
でも、もう一度頑張ろうという気持ちはどうしてもなれない。
いくら二人の先生がかばってくれても、見知らぬ人たちにまであれほど嫌われているのだから、今後まともな学校生活が遅れるとは思えない。
もしも今後環境が改善されたとしても意味はない。あの時嘲笑われて死ぬほど惨めだった瞬間は忘れられない。
生徒たちの誰とも二度と会いたくない。
――退院したらそのまま退学する。
私はもう学校を辞めるつもりでいた。
授業中の怪我で、その後の救助に問題があったのだから、学校生活に不安を感じると理由をつければ、自然なかたちで退学できる。のちに弟妹が入学しても私の退学が不利になることはないはずだ。
辞めるなら、有利な状況を作れる今しかない。
静かな病室で退学するための手続きをずっと考えていた。
***
「教務課の宿舎?」
入院して一週間が経過し、足の骨折以外は体調が回復してきた頃、学校の教務主任という人がマチアス先生と一緒に訪ねてきた。
アラン・クレールと名乗ったその教務主任は、とある提案を私に持ってきた。
「はい。今アンナさんがお住いの寮の部屋は、三階ですから怪我をした足ではご不便でしょうから、退院後はそちらの宿舎でお過ごしいただければと」
どうして教務の人が来たのか訝しく思っていたら、退院後の住居に関する話だったらしい。
「教務課の職員用ですが、完全個室で食事も部屋に運んでもらえるよう手配します。上り下りの必要がない一階の部屋をご用意しました」
「いえ、あの私は……」
「休んだ分は補習授業を予定していますし、今回怪我をされた方は特別に定期試験を受けられなくても進級に影響はありません。回復するまでお部屋でゆっくり静養なさってください」
教務主任はそう言ってチラリとマチアス先生を見る。
これでいいか? と訊ねるような目線を送っている。もしかして、マチアス先生が考えた提案なのかもしれない。
同級生たちと顔を合わせないようにと考えてくれたのだろうが、ここまで配慮してもらっても折れてしまった気持ちはもう元には戻らない。
「ご配慮は有難いんですが、今回のことで学校に戻るのが怖くなってしまったんです。だから退学を考えていて……」
「「えっ!」」
退学と聞いて二人が慌てだす。
「待って、そんなすぐ決断しないほうがいい。ひとまず骨折が治るまでは学校で……」
「あなたが学校生活を安全に送れるようにこちらも努力します。だからもう少し時間をください」
「でも……私もう本当に無理なんです。同級生たちにも会いたくないし、怖いし……学校には戻りたくありません」
うーん、と先生たちは眉間にしわを寄せ考え込む。
「そりゃあ、そうだよな……」
「でも今辞めると……」
ぼそぼそとふたりが話す声が聞こえる。会話の内容はよく聞き取れないが、困っている様子は伝わってくる。
ふたりとも腕を組んで考え込み、しばらく沈黙が続いたのち、マチアス先生がパッと顔をあげた。
「じゃあ、他の生徒と会わないように、教室以外で個別に授業を受けられるようにすればいいんじゃないか?」
「えっ?」
いい笑顔で突拍子もないことを言い出したマチアス先生。教務主任が驚いて二度見する。
いつも誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。
たまにろくでもない書き間違いをしててすみません…。




