縋りつきたい
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目が醒めた時、知らない天井が見えた。
吊るされた自分の左足。白い包帯が巻かれた腕。青い病院着を着ている。
「あ……病院……?」
搬出されるまでは記憶があるが、その後は全く覚えていない。この状態になるまで私はずっと眠っていたようだ。
今、何時だろう……。
時計を探して顔を上げると、すぐそばで誰かが私の名を呼んだ。
「あ、アンナさん。良かった、目が醒めたんだね」
「……マ、マチアス、せんせい」
ベッドの隣の椅子にマチアス先生が座っていた。
「左足が折れていたんだ。あばらにひびが入っているし、右肩の骨は折れていないが強くぶつけたせいでひどい打撲になっている。怪我のせいで熱が出ているから、しばらく入院になるよ」
「はい……」
「まだぼんやりしているかな。無理もない、二日も意識が戻らなかったんだ」
「二日?」
気を失ってから私は今までずっと眠っていたらしい。
先生はなかなか目覚めない私を心配して何度も様子を見に来ていて、ちょうど付き添ってくれている時に意識が戻ったと笑顔で教えてくれた。
「すみません……あの、助けてくれて、ありがとうございました」
「いや、騒ぎに気づくのが遅くて、すぐに駆け付けられなくて悪かったね」
「ううん、先生が来てくれなかったら、もっとずっと放っておかれただろうから……来てくれて嬉しかったです」
私の言葉に先生がぐっと唇を噛む。
「あの事故の件について、話してもいいかい?」
「はい。大丈夫です」
私が眠っていた二日間に、事故調査が行われていた。
「暴走したあの馬は、騎士科の騎乗訓練中だった。生徒が乗っていたら急に暴れだして、柵を破壊して温室棟へ侵入してしまったそうだ」
「訓練中……授業で何かあったんでしょうか」
「生徒たちの証言によると、突然馬の様子がおかしくなってコントロールがきかなくなったらしい。実際、捕獲したあとも馬はずっと興奮状態で……その後頓死した」
蜂にでも刺されたか、毒草でも食べたのか分からないが、とにかく異常な状態だったため、現在詳しく調査中だという。
「事故の被害者として知る権利があると思うから、ひとまず現時点で分かっていることを伝えたけれど、話を聞いて具合が悪くなったりしていないかい?」
「問題ありません。蚊帳の外にされたらモヤモヤしちゃうんで、教えてほしいです」
「そうか。うん、じゃあひとまず今日はこれで帰るよ。また来るから、ゆっくり休んで」
そう言って先生は椅子から立ち上がる。その瞬間、とっさに腕を伸ばして先生の袖を掴んだ。
「ん? どうしたの?」
「あの……手を握ってくれませんか」
普段ならこんなこと絶対に言えない。怪我をして弱っていることを言い訳にして、先生の優しさに縋ろうとしている。
先生は少しだけ微笑んで、私の手をぎゅっと握ってくれた。大きくて温かい手に包まれて、安心感で胸がぎゅっとなった。
「眠るまでここにいるから」
「いえ……今だけ、ほんのちょっとでいいですから」
そこまで引き留めるわけにいかない。
この手のぬくもりを覚えておけるように、もう一度ぎゅっと握り込んだ。
先生も私の手を握り返してくれて、反対側の手で頭を優しく撫でてくれる。
温かくて大きな手。
……ずっとこの手を握っていたい。
ずっとここにいてと縋りつきたい。
悲しいわけじゃないのに、涙があふれてくる。
ぽろりと一粒涙が頬を伝わる感触がして、私は手を放して目尻を拭った。
「ありがとうございます。落ち着きました。また……来てくれると嬉しいです」
「っ、ああ。時間が空いた時はいつも顔を出すよ」
ここは学校に隣接する療養院だから、と私を励ますように言う。
先生は何かもの言いたげにしていたが、私がわざと目を閉じると眠ったと判断して静かに帰って行った。
扉が閉じた音を確認してから、目を開ける。
先生が握ってくれた手を見つめて握り込む。
目が覚めた時、マチアス先生がいてくれて心から安堵した。
先生の顔を見たら『大丈夫』と思えた。
ずっと、先生の優しさに甘えちゃ駄目だと己に言い聞かせてきたけれど、もう無理だ。差し伸べてくれる手を拒むなんてできない。
「先生……」
遠巻きにしている生徒たちに怒鳴ってくれた。
あの時の先生は、ヒーローそのものだった。
絶望の中から掬い上げてくれたあの手を、私は一生忘れないだろう。
振り返りもしなかったルイの姿は思い出したくもない。
何が〝正しい人間〟だ。
何が〝誇れる振る舞い〟だ。
幼い頃に言っていたあの言葉は、嘘だったのか。
いや、その義侠心が、その他大勢の私には発揮されないだけなんだ。
どうでもいい存在だから、風景と変わらないから、気に留めなかったんだ。
結局はココだって同じだ。
友達だと言いつつ、あの時、ココは近くにいると分かっている私のことを振り返りもしなかった。
姿が見えなかったセナは、離れたところで放置される私を見て笑っていたんだろう。皆からヘイトを向けられ、惨めにうずくまるしかできなかった私の状況は彼の思惑通りだったのか。
彼らのことを考えると吐きそうになる。遠巻きにされていた記憶も、嘲るような笑い声も、全て忘れたい。




