「惨めだ」
「ひょっとして、見捨てられた……?」
ルイは友達を見捨てるような人じゃない。きっと戻ってきてくれると信じていた。
でもどれだけ待っても、私の許に助けは来なかった。
やっぱり、あの時目が合って逸らしたのは、気のせいじゃない。
ココを助けることだけに全力を注ぎたいから、私のことは見ないふりをしたんだ。
よく話すようになって、ルイと友達になれたような気がしていた。でも結局彼にとって、私はあくまで『ココの友達』という付属品でしかなかった。
ありがとうと言ってくれたことも、いい奴だと褒めてくれた言葉も、向けてくれた笑顔も全部全部、ココのための上っ面で言った嘘だった。
「友達だって……言ってくれたのに……」
あれも嘘だったんだ。
憧れていた彼の姿が全て幻想だったと気づいて、過去の奇麗な思い出がガラガラと崩れていく。
私は目を伏せて、ルイが去っていた方角から目を逸らした。
騒ぎが大きくなって次々と人か駆けつけてきて、近くで授業をしていた生徒たちが救助に加わり始た。
周囲が一気に騒がしくなる。
怪我で動けない子たちの救助に来た人たちが手分けして手当に当たっている。
……けれど、いつまで経っても私のところには誰も来てくれない。
私の顔を見て、ちょっと顔をしかめて皆離れていってしまう。
自分の状態が分からないが、かなり重症の部類のはずだ。
どうして……と思っていると、通り過ぎる人たちの会話が耳に聞こえてきた。
「アレも誰か助けてやれよ」
「ヤダよ、お前行けって」
「救助隊が来るだろどうせ」
嘲るような声。冷水を浴びせかけられたような感覚がした。
ああ……悪い噂が付きまとう私は、こんな場でも避けられてしまうのか。
負傷者は私以外にもたくさんいるのだから、わざわざ嫌われている奴を進んで助けたいとは誰も思わない。
大丈夫か。
頑張れ。
すぐ手当するから。
怪我人を励ます言葉が遠くで飛び交うのをぼんやりと聞いていた。
短時間で足の痛みが増してきて、どんどん腫れてきているから骨が折れているのかもしれない。
不安で怖くて、どうしたらいいか分からなくて涙が出そうになる。でも歯を食いしばって必死に堪えた。
『泣いてるじゃん』とかって嘲笑されたら惨めで死にたくなるから、絶対に涙なんて見せたくなかった。
「……惨め、だな」
自分の口からこぼれた言葉に、これ以上ないくらい打ちのめされた。
惨めだ。惨めだ惨めだ惨めだ。
友達だと思っていた人には無視され、怪我をしていても助けたくないほど嫌われている。
動けない姿を見て半笑いで通り過ぎて行く生徒たち。
それを見上げるしかできない私は、最高に惨めだった。
こんな仕打ちを受けなければいけないほど、私は罪深いことをしたのだろうか?
〝手を貸さなくても、誰かが助けるだろう〟
〝自分で何とかするだろう〟
〝日ごろの行いのせい。自業自得だ〟
ヒソヒソとそんな声が聞こえてきて、耳を塞ぐ。
みんなが私のことを忘れたみたいに感じていたのは間違いだった。
だってこんなにも激しく嫌われている。
顔も知らないような騎士科の男子たちに、あんなことを言われる意味が分からない。私が彼らに何をしたっていうのか。誰かが流したよく分からない噂で、どうしてこんな目に遭わなければいけないのか。なにもかも理解できない。
――あ、私もう、頑張れないかも……。
家族のため、弟妹達のために、卒業まであと二年頑張ろうと自分を奮い立たせていた気持ちがポッキリ折れた。
もう退学でいい。この場所から逃げられるならなんでもいい。
辞めよう、明日にでも。
怪我を理由に、明日にでも退学届けを出すんだ。
もうこんなところにいられない。
友達と言いつつ私の存在を無視するココも、見なかったことにしたルイも、壊れてもいい駒としか思っていないセナも、みんなみんな大嫌いだ。大嫌いだ大嫌いだ大嫌いだ。
……こんな惨めな自分が、死ぬほど嫌いだ。
泣かずにいるのが精いっぱいで、私は地面にうずくまって目を瞑る。
この苦痛だけの時間が少しでも早く過ぎるように……。
「アンナさんッ! アンナさんしっかり!」
私を呼ぶ声にハッとして顔を上げると、汗だくで息を切らしたマチアス先生とベアトリス先生が私を覗き込んでいた。
「せ、んせい……?」
「ああ、なんてこと……酷い怪我じゃない。今担架を持ってくるから、動いちゃ駄目よ」
ベアトリス先生が私の様子を見て、真っ青になって急いで担架を探すために引き返した。そのあいだにマチアス先生が足を保定し、他のところに怪我がないか抱き起して確認し始める。
「アンナさん、しゃべれるか? 足のほかに痛いところは? ああ、いや苦しかったら返事しなくていい。痛いよな……こんな……」
先生の声と表情から、私を心底心配しているのが伝わってくる。それを見ていたら我慢していた涙が一気にあふれてきた。
「せっ、せんせいっ……う、うう、う。わた、わたしっ」
「うん、来るのが遅くなってごめん。ひとりで不安だったよな。ごめんな」
「ルイがっ……私を無視してっ……誰もっ、誰も助けてくれなくてっ」
「ひとりで頑張らせてごめんな。もう大丈夫だから」
「もう……もう、消えたい。いなくなりたいっ。うっ、うえええん」
「……っ」
はっと息を呑む音が聞こえ、私を抱きかかえる腕に力が入る。
「ごめん、対応が遅れた僕が悪いんだ。辛い思いをさせてごめん」
何も悪くないのに先生は何度も私にごめんと謝り続けた。
ほとんどの怪我人はすでに運び出されていて、この場に残っている怪我人は私だけになっていた。
救助に当たっていた生徒たちが遠巻きにしてこちらを見ている。
視線から逃れるように顔を伏せた。
マチアス先生が観客になっている彼らに気づいて、怒りを爆発させた。
「お前らっ! こんな大怪我の子をどうして誰も助けなかったんだ! お前らそれでも人間か!」
怒鳴られた生徒たちは、ハッとして気まずそうに顔を逸らす。
「謝罪も反省もないのか。クズばかりだな」
ぎりっと奥歯を噛みしめる音が聞こえ、マチアス先生は生徒たちをきつく睨んだ。
厳しい言葉を投げかけられ、生徒たちは小さな声で「すみません……」とボソボソ呟いていた。
「マチアス! 担架持ってきたからアンナさんを乗せて!」
ベアトリス先生が持ってきてくれた担架に乗せられる。救護の人が気遣って、周囲の目から私が隠れるようにブランケットをかぶせてくれた。
「大丈夫だからね、アンナさん。私たちがついているから」
「すぐに病院で治療してもらえる。一緒に行くから心配いらないよ」
先生たちの励ます声が聞こえ、安心した私はそのまま気を失った。
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