事故
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今日の選択授業は野外活動になる。
薬草学を選択している生徒全員で学校が所有する薬草園で実地授業となる。
病み上がりのココも一緒に野外に来ていた。
「ココ、本当に大丈夫?」
「もちろん! もう元気になったもの!」
屋外での作業だからココは休んだほうがいいんじゃと助言したが、風がなく暖かい日だから大丈夫と言い張り、彼女も一緒に薬草園まで徒歩で向かっていた。
「いい天気だねー。野外活動って楽しいから好きなんだぁ」
「ココ、あんまりはしゃぐと疲れちゃうよ」
寝てばかりの日々が続いて鬱々としていたらしいココは、校舎を出たところからずっとはしゃいでいる。
やっと学校に来られて嬉しい! とニコニコと笑い、楽しくてしょうがないらしい。
話す時に時折私のほうを振り返る。金色の髪がふわりとたなびいて、その美しさに目が離せなくなる。
他の人より間近で何度も見ているのに、あまりにも奇麗でハッとする瞬間がある。
久しぶりに見るココの笑顔は輝くように美しく、周りを歩く人たちの目線を釘付けにしている。
控えめに周囲を見回し、ココを見ている人を観察する。
ほとんどが夢見るようなまなざしだが、なかには眉をひそめ憎々し気に見つめている人がいる。
嫉妬なのだろうか。それとも敵意か。
好意であれ悪意であれ、美しいものに目を奪われているのは変わらない。私だって好意百パーセントでココを見ているわけじゃないけれど、この美しさには目が逸らせなくなる。
歩いていると、仕切られた柵の向こうに騎士科の生徒たちの姿が遠くに見えた。
「あ、薬草園は馬術練習場から近いんだね。セナとルイに会えるかなあ」
「どうだろう。騎乗訓練は外周に出ることも多いし、馬が薬草食べちゃうといけないから、薬草園の敷地には入れないしね。コースがあるところは高い柵が立ってるから、近くても見えないかも」
「そっかぁ。二人が馬に乗る姿、見たかったなー」
「セナたちが来ちゃったら女の子たちが大騒ぎで授業にならないよ……」
馬術訓練場は薬草園の隣にあるが、しっかりした柵で仕切られている。隙間からわずかに馬の姿が見える程度だ。
目的の薬草園に着くと、柵の向こう側から騎士科の人たちの掛け声が聞こえてくる。距離は近いが、案の定彼らの姿は見えない。
今日作業する高設栽培の薬草がある場所は、大きな屋根が立てられていて直射日光に当たらない場所だから作業が楽でいい。
歩いてきて疲れた顔をしていたココも、涼しい場所で顔色が良くなっている。
「アンナ、一緒に作業していい?」
「うん。先週座学で習った内容に沿って観察記録をつけるから、ノートを……」
薬草の特性を覚えるのが今日の授業の目的だ。
休みが続いていたココにフォローを入れながら作業をしていると、ドカン! と何かが衝突する大きな音が響いた。
「なっ、なに?」
衝突音に続いて、バキバキと木が割れる音が聞こえたと思った次の瞬間、巨大な馬が柵を超えて目の前に乗り込んできた。
「きゃああああああああっ!」
飛んできた柵に数名の生徒がなぎ倒され、大きな悲鳴が上がる。
突然のことに皆が一瞬呆然としていたが、悲鳴を聞いて我に返り全員パニックになって逃げだした。
馬はめちゃくちゃに暴れながら周囲の人と物を蹴散らし、薬草の栽培棚が次々と倒れていく。
逃げ惑う人たちにもみくちゃにされながら私たちも逃げなきゃとココを振り返る。
「ココ! 早く……っ」
振り返って手を伸ばしかけたが、ココは地面にへたり込んで立てなくなっていた。慌てて彼女の手を引っ張り、無理やり立たせて怒鳴りつける。
「しっかりして! 逃げるよ!」
肩を掴んでゆすると、ココはハッとしたように私を見た。手を引いて力ずくで走りだそうとした時、暴れる馬が方向を変え私たちのほうへ走ってくるのが見えた。
一瞬のことで考える暇なんてなかった。馬の蹄がココに迫るのをみて、とっさに彼女を助けようと体が動いた。
「危ない!」
ココの腕を引っ張り、横に突き飛ばす。
「きゃあ!」
ココはたたらを踏んで大きな鉢に躓いて転んだ。
その代わりに、私が馬の目の前に出てしまった。逃げる間もなく、眼前まできていた馬に蹴り飛ばされた。
「かはっ!」
馬と衝突した私は一瞬宙を浮き、棚に叩きつけられた。
ガシャン! と大きな音を立てて棚が壊れる。
私はぶつかった衝撃で息が詰まり、視界がチカチカして気を失った。
「……痛ッ」
数分か数十分か分からないが、痛みで意識が戻った時、騎士科の人々が馬を捕らえている光景が目に入った。
馬の首にはもう縄がかけられているけれど、それでも滅茶苦茶に暴れる馬を押さえ込めず生徒と教師たちが総がかりで縄を引いている。
「おいっ! もっと縄を持ってこい!」
「振りほどかれるな! 全員で抑え込め!」
「引け引け! 動きを止めろ!」
馬の脚にも縄をかけ、縛り上げるとようやく馬は動きを止めた。
騎士科の生徒たちの人たちは力尽きて座り込み安堵の息をついていたが、栽培されていた薬草は全て破壊しつくされ、怪我をした人たちがあちこちでうめき声をあげている大惨事になっていた。
「う、動けない……」
起き上がろうとしたが、足に鋭い痛みが走る。体のあちこちもズキズキと痛み、立ち上がることもできない。
顔を上げると、離れたところに座り込むココの姿が見えた。怪我はないようだが、驚きと恐怖で泣きじゃくっていた。
彼女の近くにいこうともがいたが、少し身じろぎするだけで激痛が走る。
怒号が飛び交う中、ココを呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。
「ココっ! どこだ! ココー!」
ルイがココの名を叫びながらこちらに走ってくる姿が見えた。
「ルイっ。助けてぇ」
ココが呼びかけに応じて声を上げると、ルイが彼女のそばに走り寄ってきた。泣きじゃくるココを抱きしめ、無事を確認している。
「ココ! 無事で良かった!」
「怖かったよぉ。私、転んじゃって……」
「ああ、すぐ手当しよう」
ルイは大きな腕でココを抱き上げ天蓋の外に向かい始めた。
「ま、って……ルイ……私も……」
私もここにいる。手を貸してほしい。
気づいてもらいたくて、必死に彼に呼びかけた。
掠れた声しかでなかったけれど、名前を呼ぶ声に気づいたのかルイが反応してこちらを振り返った。
気付いてもらえた! と喜びかけたが……ルイの瞳はすっと私から逸らされる。
「え……?」
確かに目が合ったと思ったのに。
ルイはもう振り返ることなく、急いでこの場から離れていく。
「まっ、待って。動けない、の」
喉が苦しくて小さな声しかでない。
お願い、見捨てないで。もう一度振り返って。お願いお願い、お願い……。
心の中で願うけれど、ルイの背中は遠ざかりやがて見えなくなる。
「違う……大丈夫……ココを助けたあと、きっと戻ってきてくれる……」
ルイがココの安全を優先するのは当然だ。でも救護に預けたらきっと戻ってきてくれる。
ルイ本人が戻れないとしても、きっと誰かに頼んで助けてくれる。
彼が去った方角を見続ける。
――でも、いくら待ってもルイが戻ってくることはなかった。




