事故の原因
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入院しているコーブスに会えないかとマチアス先生に訊ねたが、現在彼ともうひとりの子は事故の関係者ということで面会謝絶になっていると言われた。
それに、後遺症が残ると言われた彼らの精神状態を考えると、他の生徒にとても会える状況ではないらしい。
コーブスと知り合いだったとはマチアス先生には言えなかった。
それを言ってどうしたいのか、私自身分かっていなかったのもある。
彼に会いたいと言いつつ、会いたくないとも思っていた。もし……いや、あり得ないと思うけど、万が一コーブスに『お前と仲良くしたせいだ』と言われたらどうしようとわずかな不安がぬぐえなかった。
そんなわけないと自分で否定しつつ、いつまでもその考えが私のなかで燻っていた。
もやもやした気持ちとは裏腹に、入院生活では穏やかな時間が過ぎていった。
訪ねてくるのはマチアス先生とベアトリス先生がほとんどで、教務主任が一度来た以外、学校関係者は誰も現れない。
クラス担任や薬草学の先生が来るかと身構えて緊張していた私は、肩透かしを食らった気分になる。
別世界に来たような平和な時間のなか、ゆっくり療養して私は順調に回復していった。
骨折以外の怪我が治り、あとは足の骨がつながるまで療養するだけとなった頃。
私は退院して教務課の宿舎へと移った。
食事は部屋まで運んでもらえたので外に出る必要がない。部屋の中で療養しながら松葉づえで歩くことになれる練習をして過ごした。
練習するといっても、足に負担をかけなければ松葉づえで移動するのは難しくなかった。暇を持て余してもらったプリントをやってみたりしたが、すぐに終わって私は数日で暇を持て余すようになった。
その頃合いを見計らったように教務主任が訪ねてきた。
自習の準備が整ったという知らせだった。
各教科の先生に自習用の課題を作ってもらうように話が済んでいて、本当にマチアス先生の研究室の一角に自習スペースができていると言われ、ここまでしてもらって断るなんてできるわけがない。
不安があったが、宿舎から研究室のある棟へは教員用の通路を使えるので、生徒たちと全く会わないで行き帰りができる。嫌だったら止めてもいいから、まずは試しに通ってみてと説得され、私は翌日からマチアス先生の研究室に通うことにした。
……まあ、ずっとマチアス先生と一緒にいられるという好条件に抗えなかっただけというのもある。
「すみません、ご迷惑おかけします」
「迷惑じゃないよ。空き時間はアンナさんに僕の作業を手伝ってもらおうって下心もあるからさ、課題が終わったら声かけてね」
深々頭を下げる私にマチアス先生は冗談交じりで応じる。
空き教室や自習室を提案されていたら、きっと断っていただろう。誰が入ってくるか分からないところにひとりきりで、他の生徒が入ってきたら何をされるか分からない。
退学したい気持ちは、正直まだ残っている。
けれどマチアス先生のそばにいられる嬉しさが勝って、今は先のことはあまり考えないようにしている。
「はい、これ今日のプリント。最初のうちは自習だけど、アンナさんが良ければ直接先生から授業をしてもらえるよ」
「いや、それはちょっと。会いたくない先生もいるんで」
「あー、そういや言ってなかったけど、先日の件で選択授業の教師と、Bクラスの担任は謹慎になっているから、今は別の先生に代わっているよ」
「ええ? そうなんですか?」
事も無げに言われたが、今回の事故に関係のない先生が謹慎になったと聞いてマチアス先生を二度見した。
先生は作業しながら淡々と事情を話してくれた。
「そ。多分謹慎後は移動か退職になる。彼らが生徒たちの嫌がらせを見て見ぬふりをしていたのも聞き取り調査で分かったからね。生徒たちの加害を助長する行為で、学校の教育理念に著しく反するとして処分されたんだよ」
外部調査員が調べた結果、生徒間での嫌がらせや迷惑行為が横行していたのに、教師たちは何の対処もせず放置していたと判明した。そして一番悪質だったBクラスの担任に謹慎処分が下された。
「ずいぶんと重い処分なんですね。というか、学校側がその処分を受け入れたのが意外でした。見て見ぬふりと言っても、直接の加害者でない先生たちの責任になるんですか?」
私の印象では、教師は基本的に生徒たちのトラブルには関与しないというスタンスだったから、学校側がそういう方針を取っているのかと思っていた。
そもそも担任の先生など事故とは直接関係ないのに、調査委員会から処分を受けることに違和感がある。
「実は、事故調査して判明したことが彼らの処分につながっているんだ」
詳しく説明するね、と前置きしてから先生は私の疑問に答えてくれた。
「あの暴走した馬は解剖に回されたんだが、胃の中から毒草が出てきた。異常に興奮した原因はその毒草のせいだ。特殊な育成環境でしか育たない毒草だから、飼い葉に混じるようなことはまずありえない。ということは、誰かが故意に食べさせたのだろう」
「故意に……薬草園からその毒草を盗んできたんでしょうか」
それが事実ならあの事故は人災ということになる。
この件が先生たちの処分とどうつながるのか分からなかったが、私は結論を急かさず先生の言葉を待った。
「そうだね。調査員が確認したが温室からその毒草が一部刈り取られていた。それでね、犯人は騎士科の生徒の誰かだと調査員は考えている」
その毒草は、食してから三十分以内には効果が表れる。
騎士科の訓練中で馬は生徒たちのそばにいて、馬が暴れ出した時間から逆算すると授業が始まってから毒草を食したと考えられる。
だとすると、それができるのは授業を受けている生徒の誰かだろう。教師は授業中騎乗していたので、ひとまず容疑者から除外されていた。
「生徒が犯人だとして、でもなんでそんなことしたんでしょうか?」
「恐らく……その馬に乗る生徒への嫌がらせだろうな」
「あ、乗馬訓練を失敗させてやろうってことですか」
あの毒草は気付け薬や興奮剤の原料として使われることもある。
「だから草を食わせた犯人は、馬術訓練を失敗させてやろうという程度の安易な考えでやったんじゃないかな」
戦場の兵士が己を奮い立たせるためにその葉を噛んで戦いに挑んだという逸話もあるくらいだから、騎士科の子には毒草の認識が薄かったのかもしれない。
薬草学を学ぶ身としては、あれは毒性が強くて加工前の生の葉を口にするなんて正気の沙汰じゃないと思うが、知識のない騎士科の生徒だったらあり得るだろう。
興奮した馬から落ちて皆の笑い者になればいい、授業の評価点を下げてやろうなどという、つまらない嫌がらせ。
「あり得る話ですよね。生徒たちの足の引っ張り合いは日常茶飯事でしたし」
「そうらしいね。生徒たちの聞き込みでそういう話が山ほど出てきて、調査員が頭を抱えていたよ。調べると、明るみに出ていないが騎士科では足の引っ張り合いによる事故が過去にも起きていた」
私がそうだったように、騎士科の授業でも嫌がらせが横行していた。
困っている生徒がいても、下位貴族の子女であれば先生たちは助けずに見て見ぬふりを貫いていたようだ。
先生に被害を訴えても対処してもらえない。
むしろ、授業を妨害したなどと評価を下げられる。先生たちは立場が弱い被害者のほうに責任を押し付けているほうが楽だったのだろう。
加害者たちは、何をしても咎められない状況が続いた結果、嫌がらせ行為がだんだんとエスカレートしていった。
「すごく分かります。私も中等部の時担任の先生に相談したけど、一方的に私が悪いみたいな言い方をされて何も対応してもらえませんでした。だから学校っていうのはそういうものだと思ってましたし」
「そうだね。薬草学とBクラスの教師は、アンナさんに対する嫌がらせを放置して助長させた件もあるけど、聞き取り調査で他の生徒からもいろんな訴えが上がってきて今回の処分につながったんだよ」
私は自分のことでいっぱいいっぱいで気づいていなかったけれど、学校内では足の引っ張り合いや嫌がらせが横行していた。
ここ数年、学生同士のそういったトラブルが一気に増加していて、学生課から担当教員たちに問題解決に動くよう何度も注意をしていたらしい。
「嫌いな奴を貶めるため、評価を下げるために嫌がらせをする。それが当たり前のように行われていた。処分された教師たちは知ってて無視していたんだよ。今回の事故も、担当教員たちがきちんと問題解決に動いていたら、起きなかった」
度重なる注意を受けていたにもかかわらず、担当教員たちは何の対処もせず生徒同士が揉めるのを見ても放置し続けたのだ。




