疑念
「すごく興味深いですね……! 外国とうちの国でそんなに違いがあるなんて知りませんでした。というか、先生は外国で働いていたことあるんですね。魔法があっても、うちの国の薬は価値が高いんですか? 私、才能ってただの向き不向きくらいに思ってました。いいなあ、外国に行ってそこの薬草で薬を作ってみたいですね。効能にどれくらい差があるのか、確かめてみたい……」
ひとりでペラペラしゃべると先生がぶっと噴き出した。
「あっ、ごめんなさい。喋りすぎました」
「いやいやごめん。アンナさんも将来研究オタクになりそうだなあと思ってつい。僕は昔から好きな分野の勉強に没頭して他のことは見えなくなるタイプだから、似ているね」
「だって、面白くてつい……」
少しすねた声を出すと、また先生はケラケラと笑う。私もつられて笑い転げる。
こんなに心から楽しいと笑うのはいつぶりだろう。少なくとも学校では一度もこんな風に笑ったことはなかった。作り笑顔が得意になったぶん、何も楽しいと思えなくなっていた。
そういえば私は薬草学の授業が好きだった。
入学して、最初は勉強するのが楽しかった。
知らなかったことを知れる喜びとか、学ぶ楽しさとかあったはずなのに最近は学校に来るのが辛すぎてそんなことも忘れていた。
「楽しいことがあるのはいいことだよ。卒業後の進路だって無限にある。僕もベアトリスも、アンナさんが楽しいことをたくさん見つけられるように手助けをするから」
「ありがとうございます……」
嬉しくてへにゃりと顔が緩む。変な顔になっている気がして、両手で顔を叩いて誤魔化した。
「とは言っても、僕は昔から人付き合いが苦手で、学生が興味ありそうな娯楽とか分からないけどね……ベアトリスに訊ければいいんだけど、今は忙しいからなあ」
「ああ、しばらく来られないと仰ってましたね」
ここ最近ベアトリス先生は研究室に来ていない。
実は今、保健室にはこの前停学になった女生徒たちが通っていて、ベアトリス先生は加害者である彼女たちの相談に乗っているのだ。
停学になったショックで登校が難しくなり、現在は相談室でカウンセリングと授業を受けている。
相談役となっているベアトリス先生は、公平性を保つため私と接触しないほうがいいと言ってここ最近は顔を合わせていない。
保険医として、現在クラスに復帰できない彼女たちのほうを優先するのは当然だが、マチアス先生ひとりで私の面倒をみている。その件で、ベアトリス先生が謝罪していたのを見てしまった。
保険医でもない、高等部の先生でもないマチアス先生は、本来私の面倒をみる義務なんてない。それなのにこうして私を引き受けてくれるのは、先生が優しいからだ。
「負担になりたくないなあ……」
「ん? なんて言った?」
「いえ、なんでもないです。私、研究室の奉仕活動が学校生活で一番楽しいです。いっぱい働くんで、ずっと続けさせてください」
「頼もしいなあ。アンナさんが来てくれてホント助かるよ」
先生は、温室が整理されてきれいになったと言って笑う。
絶対にこの場所を失いたくない。
唯一私が受け入れてもらえる場所。
だから私が抱いている感情を、セナに悟られてはならない。
***
「あー! アンナ。会えてよかった!」
廊下を歩いている時、後ろから名前を呼ばれた。
この学校で私の名前を呼ぶのは、普段はココしかいない。でも私を呼んだ声はココでもルイでもセナでもない、明るい声だった。
恐る恐る振り返ると、こちらに駆け寄って来るコーブスの姿が見えた。
「訊きたいことがあったんだ。アンナって馬術練習場の整備っていう奉仕活動やったことある?」
周囲の人の視線がこちらへ向いて、一瞬身を竦めるが、すぐに皆興味をなくして歩いていく。ホッとしてコーブスに向き合うと、彼は無邪気な笑顔で友人を指さして紹介してきた。
「コイツがそれに申し込むか迷っててさー、内容知ってたら教えてやってくんね?」
「そうなんだよ。あの依頼、何やるか全然説明ないんだよなー」
彼の友人からも屈託なく話しかけられ、唖然とする。
活動中によく話すようになったコーブスとは、会えば普通に挨拶をする程度の仲になっていたが、他の生徒たちがたくさんいる廊下で、友人と一緒に話しかけられるとは思わなかった。
「アンナ?」
ぽかんとしていたが、コーブスに名前を呼ばれて我に返る。
「あっ、えっと……馬術訓練場だよね? やったことあるよ。その時はコース整備だったよ。線を引き直すとか、コースの整備がメインで、あとは授業当日の予行演習とかもあったかな」
「へー。馬房の掃除とか、馬装の手入れとかはないの?」
「道具の手入れは、滅多にないけど依頼が出る時があるよ。馬房は危ないから馬に慣れている騎士科選択してる人限定だし私は参加したことない」
「「そーなんだ!」」
そろってぱあっと笑顔になる二人。こんなあけっぴろげな笑顔を向けられることがないから、眩しく感じる。
「アンナってマジで奉仕活動詳しいよな。助かるわ」
「野外活動なら俺にもできそうだなあ。アンナさんだっけ? 教えてくれてありがとうな」
「あ、いえ。どういたしまして」
「今度昼飯おごるわ」
「いやいやいや、こんなことでおごらせられないよ」
以前にやった活動内容を教えただけだ。お礼されるほどのことじゃない。
「謙虚だなあ。遠慮しなくていーのに」
「遠慮とかじゃないよ。アドバイスになったなら私も嬉しいし」
普通に話しかけてくれるのが嬉しくて笑顔でそう答えると、コーブスはちょっと目を瞠って笑い返してくれた。
「アンナに訊いて良かったわ。お前マジでいい奴だな」
「えっ、ちょ、褒めすぎだからもうやめて」
反応が面白かったのか、二人は声を上げて笑い、私もつられて笑顔になる。
じゃあありがとなー! と重ねてお礼を言い彼らはじゃれ合いながら去っていった。
「びっくりした……」
コーブスは私の悪い噂なんて気にしないと言ってくれたけれど、その友達までも普通に話しかけてくれるとは思わなかった。
彼らまで変な目で見られていないか心配になりちらっと周囲を見渡すが、誰もこちらを気にしている様子はない。
そういえばここ最近、私の周囲がとても静かになっていた。
――その理由は多分、あの三人と一緒にいないから。
ココが体調を崩して、ひと月前くらいから学校を休みがちになっている。
ココは生まれつき体が弱く、一度体調を崩すと回復するまでに時間がかかる。今回も風邪をこじらせて一週間ほど寝込んだあと、一度学校に来たがすぐにまた熱を出して、それ以降は来たり来なかったり。クラスが違う私はほとんど顔を合わせていない。
ルイとセナは彼女に付き添って休むことも多く、ココがいなければ私と一緒に登下校することもない。
彼らと一緒にいなければ、地味な私は目立たないから、皆の視界に入らないんだと気がついた。
彼らがいないだけで、こんなにも楽になるんだ……。
ココたちと過ごしている時と、全く違う。
三人揃って休みが続いた頃には、誰も私に嫌悪の目線を向けなくなっていた。
そもそも、その他大勢の私が皆から嫌われるのは、異物が三人の中に混じっているせいだ。
彼らがいないと、みんな私のことを忘れたみたいになる。授業の関係で話しかけなきゃいけない時も、普通に接してくれる。むしろ「誰だっけ?」みたいな顔をされる時もあるのが不思議だ。
今回はココの体調が本当に悪いみたいで、休みが長引いているから、彼らと一緒にいない時間が増えるほど私の環境は穏やかになっている。
静かな時間を過ごしているうちに、ひとつの疑問が浮かんだ。
……ココたちと一緒にいないだけで、こんなにも変わるの、おかしくない?
私自身は何も変わっていないのに、周りの態度というか空気が全く違ってきている。私のことを見るたびに睨んできたり嘲笑ってきた子たちすら、興味を失ったように目も合わない。
「もしかして、しっかりと私が嫌われ役になるように、普段はセナが周囲を煽ったりしていた、とか……?」
ふと独り言が口からこぼれる。
だがすぐに首を振ってその考えを否定した。
もしそうなら、たった二、三週間彼らがいないだけでこんなに空気が変わるわけがない。私を嫌っていた人たちがそのことを忘れたみたいになるのはおかしい。
なんでだろう……とは思ったが、誰かに訊けるわけじゃないし疑問に答えてくれる人もいない。私は考えることを投げ出した。
いずれにせよ、平和な日々を過ごせるだけで幸せだった。
ココが体調不良で休んでいるのだから喜んではいけないが、あまりにも周りが静かで過ごしやすくて毎日ストレスを感じなくいい。
いつまでもこんな日が続けばいいのに。




