道が拓ける
「……私は噂の内容も知らなかったんだから、分からないよ。えっと、もう行くね。今日はありがとう」
「えっ、ま、待って」
無理やり話を切り上げ逃げ出すが、コーブスが手を掴んで引き留めてきた。
「なに?」
「あー……その、アンタのことよく知らないのに、噂を鵜呑みにしてごめんな。噂してた奴には俺から言っておくよ。嘘広めんなって」
「ありがたいけど、しなくていいよ。擁護したら、あなたが悪く言われるかもしれないし」
「そっ、そんなの、悪く言う奴のほうが悪いんだから、俺は気にしない!」
きっぱりと言い切る彼が眩しく見えた。
彼はきっと、絶望とか孤独とかと無縁の人生を歩んできたんだろう。いい人なんだろうな。でも青い正義感で私なんかと関わったら必ず痛い目を見る。
「ありがとう。でも無理しなくていいからね。じゃあ……また」
「うん。あ、俺も結構奉仕活動入れてるからさ、次会ったらもっと話そうぜ」
まっすぐな瞳で言われて、反射的に頷く。
彼は「じゃーな!」と笑って去っていった。
まだセナの子飼いという疑念はぬぐい切れないけれど、もしかするとセナと友達なだけで裏はないのかもしれない。
まだ彼を信じられないし、気を許してはいけないと自分に言い聞かせるが、それでも今日の出来事は私の気持ちをいつになく上向かせていた。
***
「それで、コーブスくんと話すようになったのかい?」
「はい。と言っても作業の合間にちょっと雑談するだけですけど」
週一回の楽しみである薬草学の研究室で、マチアス先生に日々の出来事を報告していた。
コーブスがかばってくれた日の出来事を報告した時は、先生は我が事のように喜んでくれて、信じてくれる人がひとりでもできたらきっと他の人も変わってくると励ましてくれた。
あれからコーブスは以前より奉仕活動で一緒になることが多く、顔を合わせれば挨拶をしてくれるし、周囲の目も気にせず話しかけてくれるようになった。
「セナの指示で私に近づいている可能性もまだあるんですけど、今のところただ正義感の強い親切な人っていう印象です」
コーブスはあの日宣言した通り、私の噂をしていた人に注意してくれた。だが鼻で笑われお前は騙されていると逆に注意されてしまい、誤解を解くことができなかったと謝られた。
「すぐに誤解は解けないにしても、元よりアンナさんの悪評は根拠がないんだから、いずれ皆に分かってもらえるよ」
「いやあ……それは無理ですよ。人の認識を変えるのって難しいじゃないですか。私はもう『ココたちにつきまとう横暴で非常識なヤツ』って評価が固定されてるから、どう頑張ったって今の立ち位置は変わらないんですよ」
先生が励ましてくれているのは分かるが、私の誤解が解けて以前の友達が戻ってくるなんてことはありえない。一度悪い印象がついてしまった人と仲良くしたい人なんていない。
自虐的すぎると言われそうだけど、これまで私だって色々努力した過去があって学んだ事実だ。
「そんなに悲観しないで。案外、人は見ているものだ。事実と違うと気づいている人はちゃんといるよ」
「うーん……」
確かに見ている人はいるだろう。だが私は、そこから積極的に助けてあげたいと思ってもらえるほどの何かを持っていない。
元々、人畜無害なその他大勢程度の立ち位置だった。
だからそれなりに仲良くしてくれる人がいたけれど、悪評がついた時点で切り捨てられた。評価がひっくり返ったところで、もう一度仲良くしたいほどの魅力が私にはない。
もしこれが、ココのように魅力ある人物だったら違っただろう。
いてもいなくても変わらない私の話をされて、悪評は間違いだったみたいよと聞いたところでどうでもいい話題は耳に入らない。
「今は学校で寮暮らしだから、アンナさんはこの状況がずっと続くと思っているんだろうけど、学校って所詮は限られた場所で、ここでの価値観が全てじゃない。この先いくらでも変わっていくよ。だからそんなに悲観しなくていい」
先生はそう言って黙り込む私の頭を撫でた。
「でも、卒業してからも貴族同士の付き合いは続きますよね。ついた評価はずっと付きまといます」
「そんなことはない。職に就けば能力重視になるから、学生時代の評価なんて何にもならない。いっそ卒業後は、外国に行ったっていい。アンナさんは成績優秀だし才能があるから、他国でも仕事に困ることはないよ」
閉ざされた場所で限られた人々と濃密に過ごしているから、視野が狭くなっているだけで世界は広いんだと諭され、目から鱗が落ちた。
「で、でも外国なんて行ったことありませんし、私みたいなのが行ってもらえる仕事なんてあるんでしょうか」
「医の国で高等教育を受けた人材なんて引く手あまただよ。特に君は才能があるし、外国でもその才は役に立つ」
入学時に受けた適性検査で、私は植物育成と調薬に適していると判定が出た。ふたつ適性があることを、『才能がある』と先生は言っている。
先生は『緑の手』と称したが、植物育成の適性がある者が育てた薬草は、そうでない者が育てたものに比べると成長速度や生育の良さが全く違ってくる。
私はその適性のある者としても特に優れていると言ってくれたが、そこまでの違いがあるのか私には分からない。
調薬の適性のほうが薬の効能に差が出るためもっと分かりやすい。
同じ材料、同じ工程で作っても、適性によって効能に明確に違いが出ると、授業で習った。
「適性がある人が手掛けると、作物も収穫量も増えるしそれだけでも素晴らしい才能だよ。それに加え調薬の才もあれば、国内でも外国でも歓迎されるに決まっている」
「あの、でも疑問なんですけど、この国の知識と技術を国外に流出させてもいいんでしょうか? 国の主要産業が他国に取られやしませんか?」
先生の話を聞いて疑問に思ったことを訊ねてみる。
国に教育してもらった私が、卒業後に他国で働くのは許されることなのだろうか。
「その疑問に関してはいずれ授業でやるはずだが、薬草に関してはこの国の土でしか育たないものが多いんだ。それに同じ薬草でも、他国の物は効能が薄いというのが分かっている。だから技術があっても、他国で同じものは絶対に作れないんだ」
「えっ? そうなんですか?」
「不思議なことに、この土地はいろんなものが大きく育つんだよね。同じ種類の家畜でも、カールスレイ王国の生き物は、他国よりずっと大きいよ」
「そんなに違うんですか?」
「外国から来た人は皆、市場を見てびっくりするらしいよ」
鶏を見て「魔物だ!」と驚いた大使がいたとマチアス先生が笑いながら教えてくれて、想像して思わず吹き出す。
「野菜も家畜も大きく丈夫に育つから、この国は大きな飢饉に見舞われたこともない。加えてここでしか育たない薬草がある。だから過去何度も侵略の危機にあってきたんだ」
我が国には、『農具片手に剣を持つ』という言葉がある。
己の畑を守るために、たとえ農民であっても有事の際は剣を取り戦う。古来より民人は独自の武術を身に着け、侵略者と戦ってきた。この肥沃で温暖な土地を狙う国は多かったのだろう。
このあたりの歴史は授業で習ってきたが、この国が特別な土地を持っているからだとは知らなかった。
「国内でしか育たない薬草でも、種と栽培技術を持っていかれる心配はないんですか?」
「不思議なことに、同じ栽培条件を整えても外国では発芽しないという現象が確認されているんだ」
土に含まれる成分なのか、それとも気候か複合的な理由なのか。
理由は解明されていないが、医薬に関して我が国が突出して優れているのは、他国では入手困難な薬を安価で使えることが理由のひとつになっている。
「育たない理由はまだ判明していないんですよね?」
「うん。だから外国ではこの『才能』を、魔法と呼ぶんだ。僕もよその国で働いていたけど、魔法使いだと言われたことがあるよ。その国は魔法が存在していたからね」
「えっ。本当に、魔法なんてあるんですか? 空を飛んだり?」
本で読んだような魔法使いがいるのか、と興味津々で訊き返す。
「魔法使い様に直接会ったことがないから、空を飛べるかは分からないけどね。でもその魔法使いが現存する国でもカールスレイ王国特有の薬は作れないんだから、『才能』を持つアンナさんはある意味魔法使いみたいなものだよ」
まだ習っていないことを先生に教えられ、私は興奮が止まらなかった。




