嬉しい嬉しい嬉しい
「そうなんですか……あのでも、先生の個人的な事情を、私が聞いてしまって大丈夫ですか?」
「ええもちろん。だってアンナさんは言い触らしたりしないでしょ」
信頼していると言われているようで、ほわっと胸が熱くなる。
「無性愛者っていうのがどうにも理解されなくってねぇ。愛を知らないだけだとか、人としておかしいとか、欠陥女だのと散々うるさく言われたわ」
「なまじ美人だったからな。しつこく付きまとう男もいて学生時代は大変だったよな。初心だと誤解されて、無理やり迫られることも多かったし」
「男性のほうが理解できないみたいで口汚く罵られることも少なくなかったけど、マチアスは普通に『そうなんだ』で済ましてくれたから、それからずっと友達付き合いが続いているの。変わってるでしょ? マチアスって」
話を振られ、コクコクと大きく頷く。
貴族であれば結婚は義務と考える人のほうが多い。
すんなりとベアトリス先生の主張を受け入れるマチアス先生は、かなり柔軟な考えの持ち主だと思う。
仲の良い二人を見て、すぐに恋愛関係を想像した己の見識の狭さを恥じるばかりだ。
「気持ちに寄り添ってくれる友達って、素敵ですね」
「そうなのよ。学生時代にね、無理やり既成事実を作ろうとしてきた男をぶん殴っちゃったことがあるんだけど、なぜか男のほうを味方するヤツが多くって。私が悪者にされそうだった時に男の中で唯一マチアスだけが味方になってくれたのよ」
男性を擁護する意見が想像以上の多かったらしい。
「力ずくで女性を押さえ込むことが、『情熱的』だって擁護する奴がいるって知って驚いたな」
「女友達でも、愛されてるね~とか頭沸いたこと言う奴がいたのよ。私だってびっくりしたわ」
被害を訴えても、そんな的外れな意見を言う者がいて、無罪放免になりそうだったところを、マチアス先生を含む友人たちが味方になり戦ってくれたそうだ。
そのエピソードに私は感動して、涙ぐみながら先生を尊敬のまなざしで見つめる。
「友人と正義のために戦う……! カッコイイです……!」
「いやいや、襲った相手が悪いって当たり前のことを言っただけなのに、なんかレジスタンスみたいな扱いになって大ごとになっただけだよ」
「なまじ相手の男が高位貴族だったから、難しい状況だったの。それなのに立ち向かってくれたことには感謝しかないわ。でもねえ、そんなマチアスは自分のことに関してはヘタレっていうかダメダメなのよ。友人としてもどかしいわ」
「おい、俺のことはいいから。……ほら、そろそろ仕事に戻ろう」
マチアス先生はあからさまに自分の話題を避け、椅子から立ち上がる。ベアトリス先生に目線を送り、余計なことを言うなと牽制していたのを見て、雰囲気的にまずい話題なのだと理解した。
先生に学生時代のことは質問しないほうがよさそうだ。今後の会話に気を付けようと心に刻む。
嫌がらせを受けていた私を気にかけてくれるのは、先生も人間関係で苦労した過去があるからなのだろうか。
ふとそんなことを考えるが、顔に出ないよう気をつける。
ただの生徒が踏み込んでいい内容じゃない。気にかけてもらっているからと、調子に乗って距離感を間違えると嫌われる。
「アンナさん、薬草の摘み取りと下処理もやってみようか。加工の工程を知っておくと調薬の授業で役に立つから」
「はい! ありがとうございます!」
マチアス先生が振り返って微笑んでくれる。ベアトリス先生は、そんな私たちのやりを見て嬉しそうにしている。
本当にいい人たちだ。
だからこれ以上欲張っちゃいけない。
先生たちは、不憫な学生を見るに見かねて親切にしているだけだ。好かれていると錯覚して、彼らに寄りかかったらきっと、鬱陶しくなって嫌われる。
分をわきまえろ。
与えられる優しさだけで満足しろ。
欲張りになるな。
べったりと寄りかかって甘えたくなる気持ちを抑えるために、私は心の中で何度もそうつぶやいた。
***
マチアス先生は生粋の学者気質らしく、薬草に関する事柄が仕事を超えてただ好きなようだ。
私が作業中にも薬草について色々と教えてくれる。
まだ相関性が証明されていない研究や最新の薬についてなど、高等部の授業では絶対に扱わない内容の話を本当に嬉しそうに語る。
時々訪れる学生や教師にはそっけない態度で応じるから、人嫌いなのかと思っていた。でも研究分野の話をもってこられると、とたんに目を輝かせ嬉々として喋り出す。
純粋な雑談をするのは、ベアトリス先生くらいのものだ。
私に対しても、最初は扱いに困っているように見えた。
仕事の説明以外はあまり話しかけてこなかったけれど、私が意外と薬草栽培に詳しいと知ってから打ち解けて、よく話してくれるようになったので嬉しい。
「アンナさんはよく勉強しているね。学校の教科書には載っていない栽培の知識はどうやって知ったんだい?」
「実家が田舎でして。薬草畑もたくさんありましたから、実地研修ができましたし、栽培に関する書物は家にあるものをよく読んでいました」
「そうかあ。だからアンナさんと話が合うんだな。僕も田舎の出身だから、王都の気忙しい人たちとはどうもテンポが合わなくってね。学生時代もよく人をイラつかせていたよ」
「……私はマチアス先生と話すの、すごく楽しいです」
「はは、そう言ってもらえるとありがたい」
薬草の生長具合をチェックしながら先生は穏やかに応じる。
話が合うという言葉はお世辞みたいなものだとは分かっているけれど、それでも心が浮き立った。
教室でも授業でも誰とも話をしないから、雑談ができるだけでも私には貴重な時間だった。
作業しながらマチアス先生と雑談するのが、何より楽しい。
「あ、この間アンナさんに間引きと植え替えをしてもらった薬草、一気に葉が増えたんだ。やっぱりアンナさんは緑の手を持っているね」
生長の記録を取っていたマチアス先生が私を振り返ってにっこりと笑ってくれた。
「先生の指導が適切だっただけで……私は何も」
「いや、この薬草は気難しくて、生育条件を揃えても上手くいかないことが多い。不思議だけれど、育ての人の影響を受けるんだ。こんなにグングン伸びるのは、アンナさんの持つ『才能』だよ」
「ほ、褒めすぎですよ。私は言われた通りにしただけですもん」
「まだその才能の価値を知らないだけだよ。よその国に行ったら、魔法使いだと言われるような能力なんだよ」
貴重な手だよと言われ、嬉しくて舞い上がりそうになる。
おだててくれているだけだろうけど、私の存在を肯定されたみたいでたまらなく嬉しい。
「じゃあ、ええと私、先生のお役に立てましたか?」
「もちろん。卒業後も助手として働いてもらいたいくらいだ」
ーー嬉しい。
嬉しい嬉しい嬉しい。
どきどきと心臓が跳ねて、顔が赤くなっているのを見られないように下を向く。先生は挙動不審の私に気づかず薬草の生長具合をまだ褒めていた。




