私が一番気持ち悪い
談笑しながら弾むような足取りで歩くココ。
その両隣に立つふたりは穏やかに笑っている。
そんな三人の姿を私は後ろから眺める。
いつも通り、よくできた絵画のような光景の三人。
踏まれて汚れた私は、彼らの世界を穢す存在だと言われているような気がした。
「なんか……気持ち悪い……」
彼らは特別な存在で、凡人の私とは違うという先入観があったから、彼らの関係性について深く考えたことがなかった。
今にしてやっと『この人たちはおかしい』と感じた。
――奇麗なものだけって、なに?
ココを大切にしているようで、無知で馬鹿なままでいてほしいと言っているようなものだ。それが正しいと思っているのなら、本当に気持ち悪い。
まともそうに見えるルイだって結局、ココを真綿でくるんでしまい込んでいるのだからセナと同じだ。
これまで私はルイを公明正大な人だと信じていた。
でも、よく考えてみれば、学年中に嫌われている私の現状にこれまで一度も言及したことがない。
私にまったく興味がないから気づかないと言う可能性もあるが、実はルイもセナの計画を察していて、それでもココの安全のために黙認している……可能性もある。
すれ違う人たちが頬を染めて彼らを見つめている。
その後ろからついていく私は、そのどれもが気持ち悪く思えた。
「……でも、結局何も言えないで黙ってついていく私が一番気持ち悪いな」
自虐的な言葉が自分の耳に空々しく響いた。
***
マチアス先生の研究室に行ける奉仕活動の日だけを楽しみに、私は毎日を過ごしている。
他の奉仕活動も変わらず続けているが、他の生徒たちがいると気疲れするので、本音ではマチアス先生のところだけに行きたい。だがそれでは先生に迷惑をかけてしまうので、この日を心の支えにして頑張っている。
「先生、この鉢を植え替えすればいいんですよね?」
「はい。ああいや、それは重いしこっちの株分けを頼みます」
「大丈夫です。土の入れ替え、結構好きなんですよ。この鉢植え替え前に水に漬けますか?」
「アンナさんは働きすぎですよ。もっと簡単な作業だけをお願いするつもりだったのに、活動時間めいっぱい働くじゃないですか。毎回泥だらけになるし……そんなに無理しないでください」
先生の心配する言葉に肩を竦めるだけにして、作業に取り掛かった。
無理するどころか、先生との作業は楽しくて仕方がないし、ありがとうと言われるのが嬉しくてついやりすぎてしまう。
土を扱うため、汚れるから温室作業の時は作業着に着替えている。
何度かマチアス先生の依頼に他の子が受けたいと来たことがあるが、私が作業着で泥だらけになっている姿を見て、そそくさと逃げ帰った。
以来、奉仕活動の希望者は来ていない。
生徒たちは、薬草を素材として扱うことはあっても、栽培は基本的に農民の仕事という意識が強い。
私は実家の領地で栽培にも関わっていたから汚れることにあまり忌避感はない。でも他貴族子女には泥で汚れるのは耐えられないらしい。おかげでこの奉仕活動の依頼は私が独占させてもらっている。
マチアス先生も、薬草学は栽培から管理することが大事だと言っていて、作業しながら薬草について勉強になる話をたくさんしてくれるから楽しくて時間があっという間にすぎてしまう。
「ねえーいるのー? アンナさーん! マチアスー!」
奉仕活動で私が来ている時は、ベアトリス先生が空時間に様子を見に来てくれる。どうやらマチアス先生が、女生徒と二人きりだと問題になるかもしれないと心配して、来るように頼んでくれたようだ。
「ああ、ベアトリスか。じゃあちょっと休憩にしようか」
「ベアトリス先生が来ると必ず美味しいお茶が飲めるから嬉しいです」
「アンナさんたらまたそんな泥まみれになってぇ。今日はおやつも持ってきたの。手を洗っていらっしゃい」
先生はそう言いながら勝手に棚から茶器を取り出し用意を始める。マチアス先生とベアトリス先生は同級生だったそうで、元々仲が良く、今回先生として同じ年に偶然着任したと教えてくれた。
「マチアスさあ、アンナさんに仕事させすぎじゃない? 活動依頼はアンナさんの息抜きの場にしてもらうためだったのに、こき使ってるじゃない」
「あー……そうなんだけど、正直手が足りなかったから、つい」
まったくもうと肩を小突かれ、マチアス先生は苦笑いしていた。
傍目で見ても仲が良い二人の距離は近い。
二回目に出くわした時も、そういえば二人一緒にいた。
あまり考えていなかったが、もしかして……と気づいて恐る恐る二人に訊ねる。
「あの、ベアトリス先生とマチアス先生は、恋人同士なんですか?」
疑問形ながら確信を持って訊いたのに、二人はそろって驚愕の表情で私を振り返った。
「やだ違う違う違う! マチアスとは昔からの腐れ縁で、純粋に友達よ」
「信頼する友人だからね。そういう関係にはなり得ないよ」
一生懸命否定する二人を見て、プライベートなことに踏み込み過ぎたと気づいて慌てて頭を下げる。
「すみません、失礼な質問をしてしまって。マナー違反でした」
「いやいや、内緒にしているとかじゃなく、本当に違うのよ。誤解しないで」
「確かに誤解してもしょうがないよな。うっかりしてた俺らが悪いよ」
口調が砕けたマチアス先生が苦笑する。私に話す時は丁寧な言葉使いだけど、ベアトリス先生相手では『俺』なんだなと知って、この人たちは本当に仲が良いんだなと感じた。
「というかね、私は無性愛者なのよ」
「え?」
ベアトリス先生はなんてことない風にそう告げた。
「私ねえ、昔から恋愛感情というものがなくて、それがどんな感情なのか分からないのよ。ほとんどの人には理解されないけどね、マチアスは数少ない理解者のひとりなの」
「恋愛感情がないんですか?」
「そう。あでも親愛や友愛はちゃんと分かるのよ? でも恋愛感情だけはどうしても理解できなくて。お前は異常だって言われ続けて、外国の書物でようやく自分が無性愛者だと気づいたのよ」
遠い目をして喋るベアトリス先生は、少しだけ眉を顰め何かを思い出しているようだった。
「ベアトリスは、他人から恋愛感情を向けられると気持ち悪いと感じてしまうと悩んでいたんだ。自分には理解できないから、とよく告白を断っていたよな。それでよく揉め事になっていたけど」
「だって、恋愛感情が絡むととたんに人は不条理になるでしょう。好きという言葉を免罪符みたいに使われるのも嫌でね。一生結婚しないって決めてるの」
だから今までもこれからも、恋人を作る気はなく、ましてや結婚なんて考えただけで吐き気がするほど嫌なのだとベアトリス先生はカラカラと笑う。




