まだ頑張れるよ
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幼い頃、一度だけルイと関わったことがある。
直接会話をしたわけではない。私はただの傍観者だったけど、彼から目が離せなくなる瞬間があった。
あの日の彼の姿が、今でも忘れられずにいる。
幼い頃のお茶会で、とある令息が参加していた時のことだ。
その子は生まれつき肌に疾患があり、体調が良い時だけ集まりに参加していた。
普段いないその子に男の子たちが話しかけたと思ったら、見た目のことをからかい馬鹿にし始めた。
男の子たちは面白いことを言っているつもりなのか、笑いながらしつこくからかいつづけて、場の雰囲気がどんどん険悪になっていった。
私はたまたま近い場所にいたが、とうしたらいいか分からずオロオロしているだけだった。
止めに入るべきか、大人たちを呼んでくるか。
迷っているうちに、彼らに間に割って入った男の子がいた。
それが、まだ幼かった頃のルイだった。
ルイは当時から同い年の子たちより頭一つ分背が高くて、からかっていた男の子たちも少し怯んでいた。
「お前たち、それが男として正しい言動だと思っているのか?」
彼の第一声でその場にいた皆が固まってしまった。
当時私たちは五歳か四歳くらいだった。だが、ルイは大人のような物言いで、正しい言動かを子どもたちに問いかけた。
「己を振り返って、誇れる振る舞いをするべきだ。俺は騎士を目指す身として、正しい人間でありたいと思っている。お前たちは、そのままでいいのか?」
彼のまっすぐな言葉に、その場にいた誰もが心を射抜かれていた。
騎士として、という言葉に男の子たちがハッとして、目が醒めたような表情になった。
そして男の子たちは、からかっていた男の子に「ごめん」と謝り、周囲の者もほっとしていつの間にか和やかな雰囲気に戻っていった。
ルイはその後、何事もなかったかのようにその男の子たちと談笑していた。
私はただ遠巻きにそれをみていただけだ。
迷いなく彼らの前に出ていったルイが眩しくて、彼の姿がまぶたに焼き付いていた。
そして、何もできなかった自分を恥じた。同じことが起きてもきっと小心者の私は行動に移せる勇気が出せないだろう。
〝あんな風に、まっすぐで正しい人になりたい〟
そう強く思ったあの日の出来事が、脳裏に焼き付いている。
あれからずっと、ルイを眩しい目で見ていた。
――だから恋なんかじゃない。
ただ憧れているだけで、何かを望んだことなど一度もないし、これからだってない。ルイはココの騎士であり、私はココの友達だから視界に入るだけのその他大勢だ。
それを分かっているからこそ、ちゃんとわきまえた行動をしてきたつもりだ。
一番バレてはいけない人に知られてしまった。
あの時、動揺せず聞き流せていれば気取られなかったはずなのに……。
これでまた、セナに弱みを握られた。
すでに生かすも殺すも彼の胸三寸な状態なのに、ルイに横恋慕しているとでも噂を流されたら、ココを利用して好きな男に近づいていると詰られるのは目に見えている。
これから先、ほんの少しもセナの機嫌を損ねるわけにはいかない。
うずくまったまま動けずにいると、頭上から予鈴が鳴る音が響いてきた。
一瞬、何もかも投げ出してしまおうかと考えてしまうが、家族の顔を思い浮かべてぐっとこらえて立ち上がった。
自分のことだけならともかく、まだ幼い弟妹の足枷になるわけにいかない。こんな悪評を抱えたまま中退なんてことになったら、弟妹達が入学後どんな目に遭うか分からない。
あと二年、たった二年我慢すればいいだけだ。死ぬわけでもないのだから、頑張れるはずだ。
「……頑張ろう、私。まだ頑張れるよ、私。大丈夫」
顔を叩いて気合を入れて教室へと向かった。
教室に入るとほとんどの生徒が席についていて、遅刻ギリギリで現れた私を見て一瞬室内が静まり返った。驚いて固まっていると、皆が一斉に目を逸らす。
ここ最近、積極的に嫌味を言ってきた女生徒たちが青い顔をして俯いている。
ああ、停学の件が効いているのね……。
これまで成績や家柄が良い子たちは、多少の問題行動があっても厳重注意で終わっていた。それなのに今回は、成績優秀な令嬢たちが揃いも揃って停学という重い処罰を受けたことに皆驚いている。
停学の理由は、課題の不正や恐喝だとセナは言った。
正直、その程度で……? と思った人は多いだろう。青い顔をして俯いている人たちは、自分も心当たりがあるのかもしれない。
予想通り、私への嫌がらせもその日はなにひとつ起きなかった。
当たり前だ。何が処罰の対象になるか分からない状況で、私なんかへのつまらない嫌がらせで停学になったらたまらない。そんなリスクを冒すほどの価値が私にはないのだから、ちまちまとした嫌がらせや嫌味はしばらく鳴りを潜めるだろう。
停学になった子たちが戻ってきたら逆恨みされるかもしれないが、しばらくは安全だ。
この日は歩いていても足を引っかけられることもなく、荷物がなくならない。いつもは私だけ配ってもらえないことが多い配布物までも、きちんと私の机にきてくれた。
配布物はいつも先生にもらいにいかなければならないので、また無くしたのかと責められて評価を下げられる理由のひとつになっていたから本当にありがたい。
心なしか先生も態度が優しい気がして、申し込んだ奉仕活動の予定表をわざわざ手渡してくれた。
「温室の掃除と研究室の書類整理の仕事はお前ひとりみたいだな。急な依頼だしこっちを優先でいいぞ。他は人数が足りているからな」
「あ、はい。ありがとうございます」
保健室からの依頼は色々問題があって実現しなかった。
その代わりにマチアス先生が依頼を出してくれた。
こんなに早く、と驚くが、これを口実に昼休みも抜けられるからとてもありがたい。
午前の授業が終わると同時に、教室を出る。
ちょうどAクラスの教室から出てきたココと出会えた。
「アンナ―! 迎えに来てくれたの?」
「あっ、違うの。新しい奉仕活動の依頼があってね、詳しい話を聞きに行くからお昼は三人で食べてって伝えにきたの」
「ええ~そうなんだぁ、残念……」
「ごめんね、あ、明日は一緒に食べようね」
マチアス先生の依頼が嬉しくて、つい自分から明日の約束を申し出る。
それを聞いたココがぱあっと笑顔になった。
「アンナからお昼誘ってくれるなんて嬉しい! 明日ね! 絶対よ!」
嬉しそうにはしゃいだココにぎゅっと抱きつかれて、驚いて固まる。
昼食の約束をしただけでそんなに喜んでくれるのか。なんだかいろんな感情がぐるぐるして、私もぎこちなくココを抱き返す。
「アンナ大好き。お仕事頑張ってね」
「ありがとココ。私も…………好きよ」
少しの罪悪感を覚えつつ、『好き』と返事とする。
後ろに立つセナと目が合って、気まずくて目を逸らした。
「ごめん、急ぐから」
逃げるようにその場から離れた。
セナはうっすらと笑っていた。
あの笑みは私を責める意味だったのだろうか。
彼のあの顔がいつまでも頭から離れなかった。




