友達という名の生贄
そこまで分かっているのなら、セナは私の苦境も知っているはずだ。
でもセナからはココを気遣う言葉しか出てこない。彼がココを優先して考えるのは当たり前だとしても、身の危険すら感じるようになった私のことも少しは考えてほしい。
「勝手なこと言わないで! あなたたちと関わるようになってから、酷い嫌がらせを受けるようになったのよ。ココには悪いけど、これ以上あなたたちに近づきたくないの」
「ひどいことを言うんだね。そんなことを言われてココがどれだけ傷つくか考えもしないんだ」
「っ、だったら! セナが適当な理由を作ってココに伝えればいいじゃない。私のせいにして構わないし! だからお願い、これからは会っても無視するようにココに言って。とにかくもう無理なの、限界なの」
ココだけが大事なこの男に、私の状況も気にかけてなんて言っても無駄だ。
私が悪い人間だったとココに言えばいいだけの話だ。近づかないようにしてくれればそれでいい。
とにかくもう話しかけないでくれ、いないものとして扱ってくれと必死に懇願する。
――だがセナからは予想外の言葉が返ってきた。
「僕らのせいで君が嫌がらせを受けるようになったのは分かっているよ。でもね、だからこそアンナが必要なんだ」
「……え、どういう意味……?」
「僕らのいないところでココへ執拗に嫌がらせをしていた子たちが、今は君にご執心なんだよね。おかげでココへの嫌がらせがぱったりやんで平和になったんだ。だから僕はこの状況を変える気はない」
「なっ……何? え、待って、それって……」
「僕はこうなることを期待して、積極的にアンナに声をかけていたんだ。予想よりも早く結果が出て、効果がありすぎて驚いているけど」
「……っ!」
彼は私の現状を全てわかっていた。
むしろそうなることを期待して私に声をかけていたと、しゃあしゃあと言い放つ。
「隙をついて嫌がらせをする女子たちに手を焼いていたんだ。注意しても、やり方が巧妙になるだけで改善しない。色々手を打ったけど、男の僕らだけじゃ守り切れない部分がどうしても出てくるから、女の子の味方がほしいと思っていたんだよね」
「それが、私に声をかけていた理由……?」
「うん、そう。女子たちの不満は無理やり抑え込んでも逆効果だった。だったらはけ口を別に作ってやればいいと思ってね。予想通り、アンナに女子たちの怒りが向いたらココへの嫌がらせはすっかりなくなったんだよ! だから君には本当に感謝しているんだ!」
「……っ!」
ふざけるな。人を何だと思っているんだ。
怒鳴りつけてやりたかったが、頭に血が昇りすぎて言葉がでてこなかった。
真っ赤な顔でぶるぶる震える私に、セナはことさら優しい顔で微笑みかける。
奇麗な笑顔で悪魔のような言葉を吐く。
あの時告げられた言葉は一生忘れられないだろう。
孤立してひとりぼっちになったことも、悪しざまに罵られたことも、突き飛ばされて怪我をしたことも、セナは全部そうなると分かった上で放置した。
いや、むしろそうなることを期待して仕向けていたということか。
絶句していると、セナは優しい微笑みで驚くべきことを口にする。
「だからね、これからもアンナにはココのそばにいてもらいたいんだ。君がいてくれるだけでココへの被害が減らせるからね。あ、もちろん君への嫌がらせはエスカレートしないように対処するよ。現状のままではないから安心して」
ここまで言われてようやく我に返った。
「っ、嫌に決まっているでしょ! 私がどれだけひどい目に遭ったと! ココへの嫌がらせをする人に直接注意すればいいだけでしょう! なんで関係ない私が憎まれ役をやらなきゃいけないのよ!」
「分かるよ。あの子たちのやり方は本当に陰湿だからね。でも仕方がないんだ。ココは君以外に女の子の友達がいないし、君にしかできないことなんだよ」
「な、何よそれ……! ありえない、絶対に嫌よ!」
ココのために捧げられる生贄のヤギ。それが私。
彼女に友人として認められ選ばれたのだから、スケープゴート役になるべきだとセナは言う。
そんな役を進んでやりたい人などいるわけがない。
「とにかくお断りだから。今後はあなたたちを見かけたら全力で逃げることにする。特にあなたとは……もう二度と口をききたくない。もう絶対絶対! 話しかけないで!」
「うーん……。そっかあ、アンナが絶縁したいっていうなら僕は構わないけど、そうすると君はもっと状況が悪くなると思うけど、それでもいいの?」
「え?」
言いたいことを言ってその場から逃げようとした私の背中に、不穏な言葉が投げかけられた。足を止め振り返る。
「……どういう意味?」
「ん? だって、縁を切った相手を僕は庇わないし、むしろ『あの子には迷惑していたんだ』とかって周りに言うかもしれないよ? それを聞いた人たちが、どんな行動に出るか……分からないほど君は馬鹿じゃないでしょう」
「な……っ」
それは明確な脅迫。
セナがもし、「アンナには迷惑していた」なんて言おうものなら、彼を崇拝する女生徒たちは正義の鉄槌とばかりに私を攻撃するに決まっている。
嫌がらせは、今は一応セナたちから見えないところでおこなわれている。それは私がセナたちと仲が良いと思われているから、表立ってはできないのだろう。
縁を切った私に待っているのは地獄だ。
事態は改善しない。今更縁を切ったところで平穏な日々は戻ってこない。
それはきっと、退学したって終わらない。
ほとんどの貴族子女が通う学校で失敗した者が、その後貴族社会で生きていけるわけがない。高位貴族の令嬢の不興を買ったのだから、親も立場をなくす可能性だってある。
……なにより、数年後に入学する予定の弟妹たちがいる。
私がここで選択を誤れば、弟妹達に悪影響があるかもしれない。
すでに孤立無援な私に、選択肢なんて最初から残っていなかったのだ。
今私にできることは、セナに絶対服従を誓うことだけ。
「もしアンナが、それなりに役目を果たしてくれるのなら、嫌がらせをする子たちにちゃんと釘を刺してあげる。彼女たちのヘイトをコントロールできるのは僕だけだよ。アンナにもメリットあるし、悪い話じゃないはずだ」
死なない程度に殴られろと言っているのと同じなのに、メリットなんて言葉をつかってほしくない。
だが、この提案に頷く以外選択肢は残されていない。
追い詰められた私は、ぐっと唇を噛みしめて言葉を振り絞る。
「……分かった。セナのいうとおりにする」




