深海都市
「海底都市ぃ?」
リオは嫌そうな声を出した。
貨物船食堂。
安定のボロさ。
安定の臭さ。
そして安定のエナの変な飯。
「はい今日の朝食〜」
紫色のスープ。
発光している。
リオが真顔になる。
「なんで光ってんの」
「栄養」
「栄養は発光しねえんだよ」
ガルドが普通に飲んでいる。
「慣れろ」
「慣れたくねえ」
⸻
今回の依頼は、
海底都市への医療物資輸送。
ネレイス。
深海適応人類。
地上人類とは半ば別種扱いされている存在。
リオは端末資料を見ながら顔をしかめる。
「なんか普通に怖いんだけど」
エナが笑う。
「差別ですよ〜」
「いやだって写真怖ぇもん!」
「お前それ本人の前で言うなよ」
⸻
数時間後。
地球圏海上。
ストレイ・ドッグは海へ降下していた。
黒い海。
荒れる波。
そして。
深海へ沈んでいく巨大光。
リオは窓へ張り付く。
「うお……」
海底。
そこには都市があった。
巨大ドーム。
青白い光。
まるで深海そのものが文明になったみたいだった。
⸻
《ネレイア》。
深海適応人類居住区。
通称、
“沈んだ都市”。
⸻
入港ゲート。
気圧調整。
水流制御。
特殊空気循環。
全部普通じゃない。
リオの耳が痛くなる。
「うわ気持ち悪っ」
エナがケラケラ笑う。
「初心者だ〜」
「お前平気なの?」
「昔いろんな環境区行ったからね」
「何者だよほんと」
エナはニヤッと笑う。
「天才技師」
「胡散臭ぇ」
⸻
ゲートが開く。
冷たい空気。
湿気。
薄暗い青色照明。
そして。
ネレイスたち。
半透明に近い肌。
大きな黒い瞳。
首元の発光器官。
静かな視線。
人間に似てる。
でも、
確実に違う。
リオは無意識に立ち止まった。
ネレイス側もこちらを見ている。
興味。
警戒。
嫌悪。
全部混ざった目。
⸻
その時。
小さなネレイスの子供が、
ミラを見るなり母親の後ろへ隠れた。
「……地上人」
母親が慌てて口を塞ぐ。
気まずい空気。
リオは苦笑する。
「俺らめっちゃ嫌われてね?」
ガルドが短く答える。
「歴史がある」
⸻
昔。
地上国家は海底資源開発を進めた。
環境破壊。
強制移住。
深海労働。
その結果、
適応した人々は深海へ追いやられた。
ネレイス側は今でも地上を信用していない。
逆に地上側は、
彼らを“人類じゃないもの”扱いする。
つまり。
どっちも互いを怖がってる。
⸻
市場。
発光魚。
浮遊水槽。
海藻建築。
知らない文化。
リオはちょっと楽しくなっていた。
「なんかゲームの街みてえ」
エナは既に屋台飯を食っている。
「これ美味いよ〜」
「いやお前何でも食うな」
「失礼な」
その直後、
エナの口から煙。
「辛っっっ!!!」
「めちゃくちゃ辛い!!!」
リオが爆笑する。
「ざまぁ!!」
「水!! 水!!」
ミラが無言で差し出す。
エナが感動する。
「ミラ優しい……結婚する?」
「しない」
「即答ぉ」
少しだけ、
空気が柔らかくなる。
⸻
その時。
都市警報。
赤い光。
《外壁区画損傷》
《避難警告》
爆発。
海が揺れる。
ネレイスたちがざわつく。
ガルドが即座に立ち上がる。
「テロか」
エナが端末確認。
「地上排斥派っぽい」
「また思想かよ……」
リオはうんざりする。
どこ行ってもこれだ。
⸻
避難路。
パニック。
海水漏れ警報。
その途中。
昼間のネレイス少女が転倒する。
周囲は気づかない。
リオは咄嗟に走る。
「危ねぇ!」
少女を抱えて飛び込む。
直後。
天井崩落。
海水噴出。
ギリギリだった。
⸻
少女は震えていた。
「……なんで助けるの」
またその質問。
リオは苦笑する。
「最近それ流行ってんの?」
少女は困惑している。
たぶん、
地上人へ助けられると思ってなかった。
リオは頭を掻く。
「別に、人助けに理由いる?」
その言葉に、
後ろのネレイス老人が複雑そうな顔をした。
「……優しいだけでは、歴史は変わらん」
重い声だった。
⸻
その夜。
宿泊区画。
窓の外には深海。
暗い海の中を、
無数の発光体が泳いでいる。
綺麗だった。
リオは少し見入る。
そこへエナ。
缶ジュース片手。
「青春してる?」
「うるせえ」
エナは隣へ座る。
珍しく静かだった。
「ねぇリオ」
「ん?」
「もしさ」
「人類が本当に別種になったらどうする?」
突然だった。
リオは少し考える。
ネレイス。
火星人類。
機械化種。
確かに、
もう同じ“人間”じゃなくなり始めてる。
でも。
「……それでも人間じゃね?」
エナは笑う。
「甘いなぁ」
でも。
その笑顔は少し寂しそうだった。
⸻
同時刻。
深海都市外壁。
暗い海。
そこに、
黒い潜行装甲の集団。
赤いセンサー光。
通信。
《R-09確認》
《対象ミラ確認》
《回収作戦を開始する》
深海の闇が、
静かに動き始めていた。




