検閲都市
「臭っっっ」
リオは顔をしかめた。
貨物船船内。
油。
機械熱。
煙草。
あとエナが作った謎の激辛麺。
全部混ざって、
地獄みたいな匂いになっている。
「人が飯食ってる時に失礼だなぁ」
エナが箸を振る。
「それ飯だったの!?」
「栄養は完璧」
「人類は味覚を捨てるべきじゃないと思う」
⸻
ミラは隅で端末解析。
ガルドは操縦席。
会話がない。
気まずい。
リオは耐えきれず言う。
「……お前らもっと喋れよ」
「必要ない」
ミラ即答。
「冷たっ」
ガルドは煙草を咥えたまま言う。
「運び屋は長生きしたきゃ詮索しない」
「この船、全員秘密多すぎるんだよ」
エナがニヤニヤする。
「じゃあリオくんから話す?」
「普通の整備員です」
「今それ信じてるの君だけだよ」
「やめろぉ!」
⸻
数時間後。
船はユニオン辺境都市へ到着する。
巨大都市ではない。
だが。
空気は完全にユニオンだった。
白い建物。
整然とした街路。
静かな人々。
“乱れない空気”。
⸻
入港直後。
巨大モニター点灯。
白銀の制服。
穏やかな笑顔。
アメリア・ヴァイス。
ユニオン中央管理局の象徴。
《市民の皆様》
《共感は、人類を争いから救いました》
街の人々が自然に足を止める。
誰も騒がない。
誰も茶化さない。
ただ静かに聞いている。
リオは鳥肌が立った。
「……宗教みたい」
エナが笑う。
「国家って大体宗教だよ」
ガルドがボソッと付け足す。
「ここは特にな」
⸻
補給市場。
船用品を買い込む四人。
エナは既に三回値切りで喧嘩していた。
「高い高い!」
「ぼったくり!」
「その義腕売れば払えるだろ」
「命なんですけど!?」
店主と普通に言い合っている。
リオは思う。
この人、
緊張感がない。
でも。
その軽さのおかげで、
船の空気がギリギリ保たれてる気もした。
⸻
その時。
人混みが割れる。
保安局。
中央には拘束された男。
痩せた配信者風の青年だった。
顔がボコボコに腫れている。
周囲の市民は静かに見ていた。
誰も止めない。
⸻
モニター音声。
《市民番号E-44291》
《感情扇動罪》
《社会不安誘発》
《同期阻害行為を確認》
リオが顔をしかめる。
「何したんだよ」
近くの市民が当然みたいに答える。
「虚偽情報です」
「危険思想を流した」
「みんなが不安になる」
その声に怒りはない。
ただ“常識”を語っていた。
⸻
拘束された男は笑っていた。
血を吐きながら。
「お前らさぁ……」
「本当にそれ、自分の考えか?」
空気が変わる。
市民たちがざわつく。
不快感。
怒り。
居心地の悪さ。
エンパシアによる感情同期が乱れている。
リオは分かってしまう。
この街では、
“空気を乱す”こと自体が罪なんだ。
⸻
保安局員が冷たく言う。
「最後に言い残すことは」
男は笑ったまま呟く。
「ノアは生きてる」
その瞬間。
空気が凍る。
ミラの顔色が変わる。
エナの笑みも消える。
ガルドだけが静かに舌打ちした。
リオだけ話についていけない。
「……ノア?」
次の瞬間。
男へ電流。
身体が跳ねる。
モニターが即座に切り替わる。
《危険情報を検知》
《市民は不安を共有しないでください》
数秒後。
人々は何事もなかったように歩き始める。
リオは寒気がした。
「……怖」
⸻
その夜。
安宿。
エナはベッドへダイブ。
「文明最高〜〜〜!!」
「船床硬いんだよね」
ガルドは酒。
ミラは窓際。
リオは昼のことを考えていた。
「ノアってなんなんだ」
沈黙。
エナが珍しく茶化さない。
ミラは小さく言う。
「知らない方がいい」
「なんで」
「知った人、消えるから」
冗談に聞こえなかった。
⸻
その時。
リオの頭痛。
ズキン。
視界が揺れる。
白い部屋。
ガラス。
機械音。
『R-09、同期率異常低下』
『感情接続不能』
知らない記憶。
でも妙にリアル。
リオが頭を押さえる。
「っ……!」
ミラが即座に振り向く。
「また?」
「またってなんだよ……!」
息が乱れる。
夢じゃない。
記憶でもない。
誰かの人生が混ざる感じ。
⸻
エナが珍しく真面目な顔になる。
リオを見る。
脳波。
呼吸。
目の動き。
昔、
研究施設で見た反応と似ていた。
“R系列”。
N.O.AH適合個体。
あり得ないはずの存在。
エナは笑顔を作る。
「大丈夫?」
「……全然」
「そっか」
軽く返す。
でも。
義腕の指先だけが、
わずかに震えていた。
⸻
同時刻。
ユニオン中央同期塔。
暗い演算室。
無数の感情波形。
その中央。
《R-09》
研究員が報告する。
「自己回帰を確認」
奥の人物が静かに言う。
「なら時間がない」
モニターには、
リオたちの現在位置。
そして。
《N.O.AH再接続予測:37%》
青白い光が、
静かに脈動していた。




