境界の運び屋
下層港区は、
いつ来ても空気が悪い。
蒸気。
排熱。
油。
違法燃料。
全部混ざって、
肺が汚れる感じがする。
リオは人混みをかき分けながら歩いていた。
隣にはミラ。
フードを深く被り、
ずっと周囲を警戒している。
「……視線痛ぇ」
リオが小声で言う。
「お前目立つんだよ」
「あなたも」
「なんで?」
「挙動が田舎者」
「傷つく」
⸻
保安局ドローンが頭上を飛ぶ。
ミラの肩が一瞬だけ強張る。
リオはそれに気づく。
この子、
ずっと緊張してる。
たぶん昨日から一度も安心してない。
⸻
「で、どうすんだよ」
リオが聞く。
「逃げるって言っても」
「船とか金とか」
「俺らほぼ詰んでるだろ」
ミラは即答。
「境界宙域へ行く」
「だからその行き方を――」
その時だった。
横から声。
「諦めろ」
低い。
重い。
振り向く。
デカい男。
軍用コート。
片目義眼。
無精髭。
傷だらけ。
壁にもたれて煙草を吸っていた。
周囲のチンピラですら、
微妙に距離を取っている。
ヤバい人だ。
リオの直感が言っていた。
⸻
「密航したい顔してる」
男が言う。
ミラが即座にナイフへ手を伸ばす。
反応が速い。
だが男は動かない。
「殺気強ぇなガキ」
「誰」
ミラの声は冷たい。
男は煙を吐く。
「ガルド」
短い。
それだけ。
⸻
リオはガルドを見る。
なんか怖い。
でも。
妙に“慣れてる”。
こういう危険な空気に。
⸻
ガルドは二人を観察する。
まずミラ。
セパラ系改造。
未登録。
逃亡中。
目つきが完全に追われる側。
そして。
リオ。
こっちは変だった。
普通の下層整備員に見える。
でも。
“空気”がズレている。
ユニオン人特有の同期感が薄い。
感情共有社会で育った人間特有の、
あの“同調圧”がない。
昔見た。
ああいう目を。
⸻
燃える村。
同期拒否区域。
泣き叫ぶ子供。
逃げる住民。
部隊全員が同じ空気だった。
『危険思想区域を処理します』
誰も疑問を持たない。
感情が同期していたから。
“正しい空気”が完成していた。
ガルドだけが、
その空気に馴染めなかった。
だから気づいた。
これが虐殺だと。
⸻
目の前のリオは、
あの時の自分に少し似ていた。
空気から浮いている。
感情同期に馴染みきれていない。
ユニオンじゃ、
そういう人間は珍しい。
⸻
「……お前」
ガルドがリオへ言う。
「ユニオン育ちか?」
「え? そうだけど」
「珍しいな」
「何が?」
「その目」
リオは困惑する。
「目?」
ガルドはそれ以上言わない。
⸻
ミラはまだ警戒している。
「何が目的」
ガルドは煙草を捨てる。
「別に」
「ただ」
数秒。
ほんの少しだけ、
彼の表情が変わる。
「ガキ追い回す連中が嫌いなだけだ」
その言葉だけ、
妙に本音だった。
⸻
リオは聞く。
「じゃあ助けてくれんの?」
「タダじゃねえ」
「やっぱり」
「働け」
現実的。
でも、
通報されるより百倍マシだった。
⸻
ガルドは歩き出す。
「来い」
リオとミラは顔を見合わせる。
「……信用していいと思う?」
リオが小声で聞く。
ミラは少し考える。
「半分くらい」
「低くね?」
「でも今はそれで十分」
⸻
港の奥。
ボロい貨物船。
《ストレイ・ドッグ》。
見た瞬間、
リオは顔をしかめた。
「え、これ?」
「飛ぶ」
「今“飛べる”じゃなくて“飛ぶ”って言った?」
ガルドは無視。
⸻
船内へ入った瞬間。
天井から女が降ってきた。
逆さまで。
「お、新入り?」
ピンク髪。
ゴーグル。
六本腕。
ニヤニヤ顔。
情報量が多い。
「うわっ!?」
リオがビビる。
女はケラケラ笑う。
「いい反応〜」
「私はエナ!」
「技師!」
「ハッカー!」
「借金王!」
「最後誇るな」
⸻
エナはミラを見る。
次にリオを見る。
その瞬間。
彼女の目が一瞬だけ止まる。
“R系列”。
昔の研究資料。
感情同期耐性個体。
脳波異常。
適合者。
あり得ない。
なんでこんな所にいる?
でも。
エナは笑う。
全部隠して。
「……面白そう」
リオは嫌な予感しかしなかった。
⸻
その頃。
港上空。
保安局ドローン。
《対象反応確認》
《未登録改造体を検知》
警報が鳴り始める。
エナが笑顔で言った。
「はい逃げるよ新入り〜」
リオは叫ぶ。
「急すぎんだろぉぉぉ!?」




