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N.O.AH  作者: トマト


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2/9

共感ノイズ

朝。


軌道都市ハーモニアは、いつも通り静かだった。


人工太陽。


人工空。


人工気候。


全部が完璧に管理されている。


だがリオの部屋だけは違った。


工具。


配線。


空き缶。


そして知らない少女。


「……夢じゃねえよな」


床で寝ていたリオは頭を抱える。


ベッドでは銀髪の少女が眠っていた。


昨日拾った。


いや、“落ちてきた”。


普通に考えれば人生終了案件だ。


ユニオンで未登録改造体を匿うのは重罪。


最悪、“反社会協力罪”。


都市追放コースである。



少女がゆっくり目を開ける。


赤い目。


機械みたいな視線。


だが昨日より少し弱って見えた。


「……ここどこ」


「俺ん家」


「最悪」


「こっちの台詞だわ」


リオは栄養バーを投げる。


少女は数秒警戒したあと、受け取った。


「毒入ってない?」


「だったら先に食うなよ」


少女は小さく鼻を鳴らす。


その時。


端末が鳴った。


《エンパシア異常値を検知》


《下層B-17区画勤務員は直ちに出動してください》


リオが顔をしかめる。


「仕事かよ……」



数十分後。


下層区画。


空気が妙だった。


ざわざわしている。


人々が苛立っている。


誰かが怒鳴っていた。


「ふざけんなよ!!」


別の場所では泣き声。


さらに別の場所では笑い声。


感情がバラバラだ。


エンパシア都市では珍しい。


普通、人々の感情はある程度均される。


空気が共有されるからだ。


だが今日は違う。


混線している。



リオは整備ゲートへ入る。


同期中枢。


巨大な演算機が並び、青い光が脈動していた。


技師たちが怒鳴り合っている。


「同期率戻らない!」


「感情流量が逆流してる!」


「どこから流入してるんだ!?」


リオは配線パネルを開く。


ノイズが酷い。


耳鳴りみたいな感覚。


だが周囲ほどではない。


隣の技師は頭を押さえていた。


「くそ……吐きそう……」


別の技師は泣いている。


「なんでこんな悲しいんだ……」


リオだけが比較的平然としていた。


上司が気づく。


「お前……平気なのか?」


「いやまあ、ちょっと頭痛いくらい」


その瞬間。


全員がリオを見る。


妙な沈黙。


エンパシアノイズは普通、

全員へ強制的に流れ込む。


なのに。


なぜかリオだけ影響が薄い。



突然。


モニターが赤く染まる。


《感情同期暴走》


《感情識別不能》


《警戒レベル3》


次の瞬間。


区画全体へ感情が流れ込む。


怒り。


恐怖。


絶望。


悲鳴。


大量の感情が一気に脳へ叩き込まれる。


技師たちが倒れる。


誰かが叫ぶ。


「止めろ!!」


「誰の感情だこれ!?」


「一人じゃない!」


リオは思わず後退する。


流石にキツい。


でも耐えられる。


なぜだ。



その時だった。


モニターへ一瞬だけ謎の文字列。


《N.O.AH》


すぐ消える。


誰も気づいていない。


リオだけが見る。


「……は?」


直後。


システム停止。


都市全体が一瞬ブラックアウトした。



帰宅途中。


街は妙に静かだった。


誰もが疲弊している。


空気が重い。


道端で泣いている女。


笑い続けている男。


放心している老人。


エンパシアが乱れると、

都市そのものが精神不安定になる。


リオは初めて少し怖くなった。


この街は、

“みんな繋がってる”前提で作られている。


だから一箇所壊れると全部壊れる。



部屋へ戻る。


少女は起きていた。


リオを見るなり言う。


「ノイズ、起きたでしょ」


「なんで分かる」


「始まったから」


「何が」


少女は窓の外を見る。


遠くの人工空。


そこには政府広報ドローンが飛んでいる。


《市民の皆様へ》


《本日の同期異常は軽微なシステム障害です》


《不安を感じる必要はありません》


少女は小さく笑った。


冷たい笑い。


「この都市、壊れ始めてる」


リオは眉をひそめる。


「……お前、何知ってんだ」


少女は答えない。


代わりに。


昨日のチップを見つめる。


《N.O.AH》


その文字を見た瞬間だけ、

彼女は明確に怯えていた。



夜。


リオは眠れなかった。


外では人工雨。


静かな都市。


だが耳の奥で、

誰かの感情が微かに響いている気がした。


悲しい。


怖い。


苦しい。


エンパシアの残響。


この都市では、

他人の感情は完全には消えない。


リオは天井を見る。


そしてふと思う。


「……俺、自分の感情ってちゃんと分かってんのかな」


その頃。


都市中央同期塔。


巨大サーバ群の奥。


誰もいないはずの部屋で、

一つのモニターだけが点灯していた。


《観測対象:リオ》


《同期適合率:異常値》


《N.O.AH予測誤差:増大中》


そして。


画面の奥で、

誰かが笑っていた。

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