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第五話

第五話「第一次試験開始」

 

山を越え、森を抜け、荒野を進み、ぬかるむ沼地を踏み越える。

ただひたすらに、前へ。

休むことも忘れたように歩き続けて――

気づけば、三日が過ぎていた。

足は重い。

喉も渇いている。

それでも、歩みは止まらなかった。

やがて――

朽ちかけた一本の看板が、視界に入る。

風に揺れ、ぎしりと軋むそれには、かろうじて文字が残っていた。

――この先、十二市――

「……やっと、か」

ショコラが小さく息を吐く。

「ここまで、ほんと長かったね、にいちゃん……」

隣でレイも肩を落としながら、それでもどこか嬉しそうに笑った。

三日間、ただ歩き続けた二人の兄弟。

その足は、ようやく――“始まりの地”へと辿り着く。

 

「……ここが、鼠市」

境界を越えた瞬間、空気が変わった。

湿っている。

肌にまとわりつくような、重たい空気。

どこか淀んだ匂いが、鼻をかすめる。

「なんか……じめっとしてるね……」

レイが顔をしかめる。

見渡せば、建物は密集し、細い路地が無数に伸びていた。

どこへ続いているのか分からない細道が、まるで迷路のように絡み合っている。

空は狭い。

建物に遮られ、光はほとんど届かない。

昼間のはずなのに、街全体が薄暗く沈んでいた。

そして――

「……なんか、見られてる気がする」

レイが小さく呟く。

人の気配はある。

だが、視線は感じるのに、姿が見えない。

影の奥。

路地の先。

建物の隙間。

“何か”が潜んでいる。

この街は――普通じゃない。

 

「……とりあえず」

ショコラが周囲を見渡す。

「通行券、どこでもらえばいいんだろうな」

レイも同じように視線を巡らせる。

だが、案内板も、受付のようなものも見当たらない。

その時――

「――お困りですか」

声が、した。

二人の目の前に。

いつの間にか、一人の人物が立っていた。

深く被った虚無僧笠。

その下から覗くのは、口元だけ。

顔は見えない。

だが――

「銀河への道のりを、知りたくはありませんか……」

震えるような、女の声だった。

その一言で、空気がさらに重くなる。

ショコラは、一瞬だけ目を細める。

だが、すぐに口を開いた。

「……知りたい」

迷いはない。

「俺たち、銀河管理局の試験を受けに来たんだ」

まっすぐに告げる。

「どこで受ければいい?」

虚無僧は、動かない。

沈黙が落ちる。

風の音だけが、細く通り抜けていく。

やがて――

「………………」

ほんのわずかに、顔が下を向いた。

「……こちらです」

短く、それだけ告げる。

ゆっくりと、背を向ける。

そのまま、迷いのない足取りで歩き出した。

 

「……にいちゃん」

レイが小さく囁く。

「……あの人、大丈夫かな」

ショコラは、少しだけ考える。

だが――

「行くしかないだろ」

そう言って、歩き出した。

 

――この選択が。

この街の“本質”へと繋がっていることを。

この時の二人は、まだ知らない。


そのやり取りを――

少し離れた高所から、ひとりの男が見下ろしていた。

白の和装。

風に揺れる黒髪の一つ結び。

その瞳は、静かに細められている。

観察する目だ。

試すように。値踏みするように。

「……なるほど」

わずかに口元が歪む。

「……面白い」

男は、影に身を預けたまま、二人の行く末を見送った。

 

虚無僧は、一度も振り返らない。

狭い路地を抜け、さらに奥へ。

光は途切れ、空気は重く、湿り気を増していく。

足音だけが、やけに響いた。

ショコラはただ、前を見る。

まるで――“止まる”という選択肢が、最初から存在しないかのように。

やがて、行き止まりのような場所へと辿り着く。

地面に開いた、黒い穴。

底が見えない。

「……ここは」

「鼠市の地下道です」

虚無僧が答える。

その声は、相変わらず震えていた。

一歩、足を踏み入れる。

――ひやり、と。

温度が落ちる。

空気が、重く沈む。

音が消える。

異様な静寂。

 

そして――

「……来たか」

甲高い声が、闇を裂いた。

視線の先。

闇の奥から、一匹の“それ”が現れる。

鼠。

だが――

ただの生き物ではない。

その瞳は、明確に“意思”を宿していた。

「よくもまあ」

ゆっくりと、首を傾ける。

「人間風情が、よくもこんな試験を受けようと思ったものだ。」

笑う。

乾いた、嘲るような笑い。

「愚かじゃのう……実に、愚鈍ぢゃ」

「まあ、その根性だけは…」

その言葉を裂くように。

「……にいちゃん」

レイが、小さく呟く。

「……あれ、喋って――」

――次の瞬間。

「喋ってる途中でしょぉがぁ!!!!」

爆ぜるような怒声。

空気が震え、地下道の壁がびり、と軋んだ。

「す、すいません……!」

レイが慌てて頭を下げる。

鼠は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「……まあいい」

興味を失ったように、視線を外す。

だが次の瞬間。

その目が、鋭く細められた。

「――名乗っておこうか」

空気が、変わる。

軽さが消える。

圧が、満ちる。

「銀河管理局第一次試験」

一拍。

「鼠市担当――」

ゆっくりと、口元が吊り上がる。

影鼠えいそだ」

その名が、空間に沈む。

重く。

確かに。

ショコラは、一歩も引かない。

ただ、真っ直ぐに見据える。

「……で?」

短く、言う。

「何すりゃいい」

その言葉に。

影鼠は、楽しげに笑った。

「簡単じゃ」

尻尾が、ゆらりと揺れる。

「この俺を――捕まえろ」

静寂。

「……は?」

レイの声が、間の抜けた音を出す。

「鬼ごっこ、じゃ」

当然のように言い切る。

「お前らが鬼」

「逃げるのが、俺」

「――ただ、それだけの話よ」

その軽さが、逆に不気味だった。

レイが、眉をひそめる。

「……でも、そんなの」

「能力使えば――」


「甘い」


一言で、切り捨てられる。

その瞬間。

空気が、冷えた。

ショコラが、ゆっくりと周囲を見渡す。

路地。

分岐。

影。

迷路のように入り組んだ構造。

「……なるほどな」

ぽつりと呟く。

「この街そのものが、逃げるための舞台か」

影鼠の口元が、歪む。

「勘がいい」

「制限時間は、明日の夜明け」


「十二時間――といったところか」

 

「……短ぇな」

 

「さらに」

 

声が、わずかに低くなる。

「一度でも失敗すれば――三日間、再挑戦は不可」

レイの顔色が変わる。

「……三日」

影鼠の瞳が、細くなる。

「そしてこの瞬間をもって――第一次試験、開始とする」

重い宣告だった。

「全体制限は、二十日間」

 

「……結構シビアだな」

 

「安心しろ」

「この十二市は、一日あれば隣へ辿り着ける」

ショコラが、小さく息を吐く。

「……つまり」

「失敗は、三回まで」

「そういうことだ」

その瞬間。

影鼠の足元から、霧が立ち上る。

ゆっくりと。

確実に。

空間を侵食するように。

「――では」

姿が、溶ける。

「始めようか」

声だけが残る。

「せいぜい――」

「楽しませてくれよ?」

次の瞬間。

影鼠の姿は、完全に消えた。

静寂。

「……消えた」

レイの声が、かすれる。

ショコラは、ゆっくりと拳を握る。

その目に、迷いはない。

「……さて」

一歩、踏み出す。

「捕まえますか!」

――こうして。

銀河管理局第一次試験。

その試練が、静かに幕を開けた。

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