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第六話

第六話「袋の鼠」

 

霧が、ゆっくりと晴れていく。

視界が開けた時には――

影鼠の姿はなかった。

 

「……消えた」

 

レイが息を呑む。

「うわ……もういないよ、にいちゃん!」

ショコラは、周囲を一瞥する。

焦りはない。

「……焦っても仕方ねぇな」

軽く肩を回しながら、言う。

「とりあえず、この街を探るぞ」

「え……でも、時間が――」

「大丈夫だ」

即答だった。

「影鼠の話、覚えてるだろ?」

レイは頷く。

「……一日あれば、隣の市に行けるって」

「ってことは」

ショコラは、指で空間をなぞるように示す。

「この鼠市自体、そこまで広くない」

「……あ」

「つまり、無闇に追い回すより」

一拍。

「地形を把握した方が勝率は上がる」

レイが、目を見開く。

「……すごいね、にいちゃん」

ぽつりと漏れる。

ショコラは、少しだけ照れくさそうに笑った。

「なんだよ、それ」

「いや……」

少しだけ視線を逸らしながら。

「頼もしいなって思って」

「……そうか?」

「うん」

短い肯定。

ショコラは、鼻の頭をかきながら顔を逸らす。

「……へへ、まあ行くぞ」

 

――それから。

二人は、鼠市を駆け回った。

路地を抜け、分岐を曲がり、影を潜り。

ありとあらゆる道を踏み、繋ぎ、頭の中に描いていく。


だが――

「……多すぎるな」

ショコラが低く呟く。

「全部覚えるのは、無理だ」

レイも頷く。

「ほんと……迷路みたいだよ」

その時だった。

奥の路地――

ショコラは物音と同時に小さな影を見る。

「――っ!」

ショコラの視線が、鋭く跳ねる。

次の瞬間。

「いた!」

言うが早いか、地を蹴る。

「にいちゃん!?」

レイも、慌てて後を追う。

入り組んだ道を、迷いなく駆け抜ける。

 

そして――

辿り着いた先は。

「……行き止まり?」

積み上げられたゴミの山。

逃げ場のない袋小路。

「にいちゃん……ここ――」

「いや」

ショコラは、目を細める。

「逃げてねぇ」

――その瞬間。

ゴミ山の上。

ぬらり、と。

影が動いた。

「……ようやく来たか」

そこにいた。

影鼠。

「お前らがあまりにも遅いからな」

くつくつと、笑う。

「わざわざ、姿を見せてやったんだよ」

ショコラは、ゆっくりと構える。

「行き止まりだぞ」

「逃げ場、ないけど?」

その言葉に。

影鼠は、口角を吊り上げた。

「……本気で言ってるのか?」

空気が、変わる。

「“行き止まり”程度で」

声が、低く沈む。

「俺が捕まるとでも?」

ぞわり、と。

肌が粟立つ。

「……空でも飛べりゃ、捕まらねぇよな」

ショコラが、わざと軽く言う。

その瞬間。

影鼠が、笑った。

明らかに――さっきとは違う笑み。

「……甘いな」

その一言で。

空気が、凍る。

「お前らは、何も分かっていない」

次の瞬間。

ざわり、と。

ショコラたちの足元から、影が膨れ上がる。

「――ッ!」

現れた無数の子鼠。

地面を埋め尽くすほどの数。

「喰らえ」

一斉に、襲いかかる。

「くっ――!」

ショコラが身構える、その刹那。

「――凍れ!」

レイの声。

次の瞬間。

氷柱が、放たれる。

無数に広がり、鼠の群れを貫く。

「ギッ……!」

命中した鼠たちは、粒子となって崩れ、消えていく。

だが――

一匹。

氷を掻い潜った一匹が、レイの肩に食らいついた。

「っ――!」

「ぐあぁッ!!」

肉が、抉られる。

鮮血が飛ぶ。

「レイ!!」

ショコラが叫ぶ。

だが、レイは歯を食いしばる。

「……っ、大丈夫……!」

震える手で、傷口に触れる。

「凍れ……!」

傷口が、瞬時に凍りつく。

出血が、止まる。

影鼠は――

笑っていた。

「ははははは!!」

高く、甲高く。

「どうした?」

その声が、ゆっくりと低くなる。

「何か勘違いしてないか?」

目が、細くなる。

「俺は“鬼ごっこ”とは言った」

一拍。

「だが――」

「逃げるだけとは、一言も言ってない」

空気が、張り詰める。

そして。

「……お前らを殺さないとも、な」

沈むような声。

レイが、言葉を失う。

影鼠は、鼻で笑う。

「いい顔だ」

「“話が違う”って顔してやがる」

一歩、踏み出す。

「だがな」

「この試験を受けたのは、お前らだ」

「ルールを決めるのは、こっち」

「お前らに口出しする権利はない」

その言葉は、冷たかった。

「第一――」

「こんな試験で死ぬようじゃ」

「銀河管理局なんぞ、入れるわけがない」

沈黙。

レイは、何も言えない。

だが――

「……確かにな」

ショコラが、口を開く。

その目は、死んでいない。

「言ってることは、間違ってねぇ」

一歩、前へ出る。

「じゃあさ」

にやり、と笑う。

「俺たちが、お前をぶっ飛ばして捕まえても」

「文句ねぇよな?」

影鼠の眉が、わずかに動く。

「あ゙?」

低い声。

ショコラは、構えた。

「やってみろよ」

静寂。

次の瞬間――

空気が弾けた。


「――いけ。インフィニティラット!!」

影鼠の声が落ちた瞬間、路地という路地から再び子鼠が溢れた。

黒い奔流。

さっきよりも多い子鼠が、地面を埋め尽くしながら押し寄せてくる。

「レイ!!上に飛べ!!!」

ショコラの叫びと同時に、二人は地を蹴った。

空気を裂くように跳躍し、屋根へと飛び移る。

直後――

さっきまで立っていた地面は、完全に“黒”に呑まれていた。

「……っ」

レイが息を呑む。

下では、子鼠たちが一斉に顔を上げていた。

獲物を見つけた捕食者の目。

逃げ場は、ない。

ショコラは、静かに口を開く。

「……レイ。……あれをやる」

その一言で、レイの表情が凍りついた。

――思い出す。

あの日。

寺で起きた、あの出来事。

神雷、

覚醒、

そして――

兄が、動かなくなったあの瞬間。

「……嫌だ」

首を振る。

「嫌だ!!あの力使ったら、また……また、にいちゃん起きなくなるじゃん!!」

一歩、詰め寄る。

「もし……もし倒せなかったらどうするの!?寝てるにいちゃん守りながらなんて、戦えないよ……!!」

ショコラは、一瞬だけ目を細めた。

そして――レイの肩を、しっかりと掴む。

「レイ」

静かに、だが強く。

「……落ち着け」

その声に、レイの呼吸が少しずつ整っていく。

「……ごめん」

小さく呟く。

ショコラは、少しだけ笑った。

「俺さ……あの時、死んだと思った」

風が、吹く。

「力が暴走した時。でも、隣にはお前がいた。じいちゃんも」

視線を戻す。

「止めてくれた。だから今、こうして立ってる」

拳を軽く握る。

「逃げた方がいい時だってある。楽になる方法なんていくらでもあるんだよ。」

「――でも、俺は逃げたくない。この力から。この力を持った以上、向き合わなきゃいけないんだ」

短く、息を吐く。

「それが……俺の責任だ」

沈黙。

レイは何も言わない。ただ――考える。

そして。

「…………わかった」

顔を上げる。

「でも、絶対、加減して」

ショコラは、いつものように笑った。

「任せとけって」

二人は、屋根の上で向かい合う。

ショコラは、ゆっくりと目を閉じた。

――暗闇。

意識の奥に、沈む。

その中で、“光”が揺れた。

「…………ここだ」

次の瞬間、目が開く。

バチッ。

黒と金の雷が、身体を走る。

瞳が、朱に染まる。

――神雷。

――覚醒。

それは同時に解き放たれた。

影鼠の目が、細くなる。

「……ほう。神式の力持ちか」

ショコラは、ゆっくりと地面へ降り立つ。

そして――一歩、踏み込んだ。

瞬間、雷が大地を駆けた。

黒い波のように広がり、周囲の子鼠たちを一瞬で焼き払う。

空気が、静まる。

屋根の上で、レイは拳を握りしめていた。

(……大丈夫)

信じている。

だが――

(……暴走だけは……)

その不安は消えない。

 

「レイ!なんか意外といけそうだぞ!」

ショコラが見上げる。

その声は、いつも通りだった。

レイの肩が、少しだけ抜ける。

だが――

影鼠は、冷静だった。

「力は認めてやる。正面からやれば……確かに勝てるかもな。だが、それじゃあ試験には受からねぇ」

その瞬間、影鼠の姿が揺れる。

「捕まえるのが目的だろ?」

言い終わる前に、駆けた。

「させるかよ!!」

ショコラが雷を放とうとする。

だが――弾けない。

制御が追いつかない。

「くそっ!」

「にいちゃん!」

レイが叫ぶ。

「……大丈夫!逃走方向、分かる!」

すぐに切り替える。

(……さっきは偶然だったけど、今度は、そうはいかない……)

二人が走り出そうとした、その瞬間。

「――はぁ。ほんっと、もう少しだったのに」

ため息混じりの声。振り返る。

そこに、立っていた。

黒髪の少女。

セミロングの髪。

年齢は同じくらいか、少し上。

そして――その周囲には、無数の“地図”が浮かんでいた。建物、路地、地形。

すべてが、空間として可視化されている。

「……なんだよ、お前」

ショコラが眉をひそめる。

少女は、じろりと睨んだ。

「あんたたちのせいで、せっかく追い詰めてたのに台無しになったって言ってるの」

レイは、即座に頭を下げる。

「ごめんなさい……!」

少女は、呆れたように息を吐く。

「……はぁ。まあいいわ。ここからは――協力しましょ」

「は?」

ショコラが間抜けな声を出す。

「なんでだよ」

少女は鼻で笑った。

「あんたたちじゃ、あの鼠見つけられないでしょ?」

図星だった。

ショコラは、少しだけ眉をひそめる。

「……お前、何ができるんだよ」

その言葉に、少女のこめかみがぴくりと動く。

「あのねぇ!さっきから“お前”お前って――私には名前があるの!」

一拍。

「ミリア」

ショコラも負けじと指をさす。

「俺もある!ショコラだ!」

「……レイです」

ミリアは、こめかみを押さえた。

「……もういいわ。話してる時間、無駄」

次の瞬間、周囲の“地図”が高速で切り替わる。

建物構造、

路地の繋がり、

高低差――

すべてが視覚化される。

「……すごい」

レイが息を呑む。

ミリアの目が、細くなる。

「――そこね」

ぴたりと動きが止まる。

次の瞬間、すべての地図が消えた。

「見つけた」

振り返る。

「影鼠の位置、把握済み。――ついてきなさい」

ショコラは、頭を抱えた。

「……もう仲間になってんのかよ……」

それでも、二人は走り出す。

新たな“導き”を得て。

――試験は、次の局面へ。

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