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9.喰らえ

 青くなる俺の心中など露知らず、座ったままペコリとお辞儀をした彼女が感謝の言葉を述べる。

「本当にありがとうございました! 賢者さま」

「賢者ではないけど……」

「も、申し訳ありません! 導師さまでいらしたのですね」

「あ、いや」

 どうすりゃいいねん。彼女の盛り上がりにタラリと冷や汗が流れる。

 とりあえず、賢者と導師が別物だということだけは分かった。

「導師さまだから幌に結界術を使われていたのですね! ただの幌がキラーラビットの牙を受けて平気なはずがありません!」

「げ、元気になってよかったよ。俺は長船新。賢者とか導師じゃないよ」

「アラタ様。わたしはキララです。助けていただき、怪我の治療まで、ありがとうございます」

「キラーラビットが諦めるまでここで待ってもらっていいか」

 はい、と満面の笑みを浮かべて頷くキララ。会話が終わるとまた動き出さないかとヒヤヒヤしている何か話題を……と彼女へ話を続ける。

「アーティファクトって何のことなんだろう?」

「古代より伝わる伝説級のアイテムのことです! あ、いえ、他にも魔法のアイテムという意味もあると聞いてます」

「ほ、ほお。このポーチとかがアーティファクトに見えるのかな」

「はい! それほど精巧な鞄を見たことがありません! 素材もそうです! アラタ様は魔法だけじゃなく、お持ちのアイテムも伝説級なのですね!」

 ぐ、逆に彼女を興奮させてしまった! しかし、俺への態度を見る限り、ダガーを彼女に渡しても大丈夫そうだな。

 

「……というわけなんです」

「そいつは災難だったなあ」

 キラーラビットが諦めてくれるまでの間と思い、キララが怪我をした経緯を聞いていた。

 彼女はフォイエ村というウサギ型の獣人――ウサギ族が住む村に住んでいて採集のために村の外へ出ていたのだって。

 彼女はウサギ族の祭りのため、赤い果実を探しに遠出していた。そこでキラーラビットに遭遇し逃げていたところ、崖から転落してしまったのだということだ。

「赤い果実(?)は見つかったの?」

「い、一応、だけど……崖から落ちた時に落ちちゃったの、です」

 余程動揺しているのか長い耳を忙しなく動かしていた彼女の言葉遣いが素に戻っている。言った後、ハッとしたように「粗雑な言葉遣い、も、申し訳ありません!」と頭を下げた。別に喋りやすい方で喋ってくれてもいいのだけど、下手に突っ込むとややこしいことになりそうなので、ここは黙っておくとしよう。

 彼女の言う「落ちた」とは彼女が持っていた赤い果実を詰めた袋なりを落としてしまったってことなのかな。

「落としたとなったら、キラーラビットに食べられちゃっているかもしれないなあ」

「キラーラビットが赤い果実を食べることはないです。そ、その、肉しか食べないので」

 彼女の顔が引きつり、アーモンド形の瞳の形も変わってしまった。

 自分が食べられそうになったのだものな……不適切な発言すまない。

「あー、キラーラビットはまだ立ち去ってくれないなあ」

 こいつはマズイと思った俺はあからさまに話題を変える。 

 わざとらしく膝立ちで窓際を覗き網戸メッシュ越しに外の様子を確かめた。網戸は穴が開いているけど、外からの攻撃を受けないことは確認済みだ。

 まだいるな。いつになったら諦めてくれるんだろう、あいつら。俺は食べてもおいしくないぞ、って言っても言葉が通じないか。

「キラーラビットは狙った獲物を執拗に追いかけます……」

「ポップアップテントは突破できないと分かって、もうポップアップテントに突っ込んでこなくなったけど、まだ周りにいるなあ……」

「キラーラビットはアラタ様の結界を突破できません。ですが、攻撃を受けたわけじゃないのでわたしたちが出てくるのを待ち構えているんです」

「俺ならすぐに諦めちゃうけどな」

 猫が得物がでてくるのをじーっと待っているのと似たようなものかもしれない。

 ポップアップテントから出てきさえすれば狩れる。奴らの感覚からすれば、ずっと巣に居続けることはできない、と考えているのだろう。鳴くまで待とう時鳥ってやつなのだ。

 正直、数日間ならここに引きこもることは可能。クリーンアップポイントと元から持っていた携帯食糧もある。

 最悪水だけでも数日間は生きていけるし。そこまで籠城すればさすがのキラーラビットといえど、諦めてくれると思いたい。

 窓を閉めたら気配を感じとることができなくなって……はないか。そもそも窓を閉めるには外に出てシートを降ろさなきゃならないからダメだ。

 相手が一匹だけなら切れ味の鋭すぎるサバイバルナイフでなんとか仕留めることができるかもしれんが、敵は複数いる。うーん。

 キラーラビットの話題が続き、自分で自分を抱くようにして座り込んでいるキララはウサギ耳までペタンとさせていた。

 気絶していた時も長い耳が半ばほどでペタンとなっていたよな。耳って音を集めて鼓膜に届ける構造なんだっけか。

 あれだけ大きいとさぞ聞こえるんだろうなあ。ん? そうか!

 ウエストポーチから取り出したるは小さな箱。アンテナとソーラーパネルがついているそれは、ポータブルラジオである。

 異世界だからラジオを楽しむことはできないが――。

「キララ、耳をふさいで」

 彼女が俺の指示通りに両手で耳を抑えたことを確認し、音量をマックスにして窓からラジオを出し電源を入れる。

 キイイイイイイイイイイン!

 ラジオから不快な金切り音が鳴り響き、あまりの音量にラジオを落としそうになった。

「まいった……ラジオのチート化は音量の強化なのか……?」

 そもそも音量マックスでラジオをつけたことがないので、元々これくらいの音量がでるのかもな。

 キララはというと、耳をふさいでいたにも関わらず、座ったままの姿勢で前方に倒れ込み気絶していた。

 キラーラビットも全て気絶してひっくり返っているように見える。ひょっとしたら気絶していない個体もいるかもしれないから、慎重に事を進めなきゃだな。

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