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8.エマージェンシー、エマージェンシー

「あいつ、めっちゃやばいって」

 もし切られたのが俺の体だったら、あの低木と同じように真っ二つになっていることだろう。

「うお。他にもいるじゃないか」

 低木を切った牙ウサギが先頭だったのか、次から次へと崖から牙ウサギたちが降りてくる。

「やべええ!」

 エマージェンシー、エマージェンシー。

 牙ウサギたちが俺と女の子を狙っているかも……いや狙っていると見て動くべき。

「緊急事態だからごめん!」

 気絶している彼女に一言謝罪し彼女を抱えあげた。怪我の状態をみてから動かせるか判断したいところだが、事態は急を要する。

 急ぎポップアップテントを出し、ポップアップテントの中へ駆け込んだ。

 ポップアップテントの扉を閉め、ふうと息をつく。

「これが火事場の馬鹿力ってやつか」

 いざとなればなんとか動けるもんなんだな。我ながらビックリである。

 外では牙ウサギたちが集合してポップアップテントを囲んでいた。ガシガシと牙でポップアップテントを攻撃しているようだったが、安全性能抜群なポップアップテントはビクともしていない。

 牙ウサギも気を失ったままの女の子もウサギ耳……この子が牙ウサギたちの主人であいつらはこの子を取り返そうとしていたり?

 彼女の目が覚めないことには何とも言えないな。

 仰向けに彼女を寝かせたものの、どうしようか。腰ベルトには鞘とポーチが取り付けられていて、鞘には俺のサバイバルナイフと同じくらいの大きさのダガーが装着されていた。

「ごめん」

 一言謝罪してから、ダガーを拝借する。

 勝手に彼女の持ち物に触れることは抵抗があったものの、刃物をそのままにしておくわけにはいかなかった。

 状況的に俺が彼女を助けたことは分かってもらえると思うが、気が付いたら襲い掛かってくるかもしれないもの。さすがにロープで縛るのは気が引けてそのまま寝かせることにしたけど……。

 彼女は体にフィットしたお腹の見えるTシャツを着た上からベストを羽織っていた。小さな胸が規則的に上下しているから、致命的な怪我は負ってないと思う。

 露出の多い服なので、細かい傷がそこら中についているのが見える。目立つ傷は右ひざの辺りだ。内出血があるのか、はっきりとはれているのが分かった。

「うーん、折れているかもしれないなあ」

 ちょうど膝辺りまでブーツの高さがあるからこれ以上詳しいことは分からん。

「う……」

 その時、くぐもった声を出し彼女が意識を取り戻した。

 目が開いた彼女に声をかけようとしたところ、先に彼女が悲鳴をあげる。

「きゃあああ」

「お、俺、あやしいもんじゃ、き、君が倒れてて」

「キ、キラーラビット……」

「ん?」

 跳ねあがるように起き上がり、膝を抱えてガタガタと震える彼女。

「キラーラビットって、外にいる牙の生えたウサギのこと?」

「は、はい……そ、そうです。キラーラビットに襲われて」

 気が動転しているらしい彼女は状況がまだ分かっていないようだった。気絶する前のことがフラッシュバックしているのかもしれない。

「キラーラビットはここに入ってくることができないよ。あいつらが恐ろしいことは俺もよく分かっている」

「は、はい。あ、わたし? あれ?」

「君が倒れていたので、ここに運んだんだ」

「幌の中……ですか? あ、ありがとうございます!」

 ようやく状況が飲み込めてきたらしい彼女が深々と頭を下げるも、苦痛に顔がゆがむ。

「やっぱり痛むのか。楽な姿勢で」

「は、はい」

「右膝かな?」

「力が入りません」

 触れてもいいかな? と彼女の了解をとってから膝に触れる。随分と熱をもっているようだ。

 ブーツを脱がせると、強く打ち付けたのか膝下が膨れ上がり、擦り傷もついていた。腫れ方からして骨が折れているのかも?

 捻挫だったら力が入り、骨折だったら力が入らないのだっけ? う、うーん。

「膝は消毒してから固定しよう。他にも細かい傷があるから消毒するよ」

「消毒?」

「ええと、傷の治療をするからそのまま待ってて」

「あ、ありがとうございます! 回復術師さまだったのですね!」

「いや、治療用の道具で治療をするだけだよ」

 キャンプに怪我はつきものだ。草で手を切ったり、火の粉で火傷したり、釣り針が刺さったり、なんてことがしょっちゅう起こる。

 そんな時はこれ。

 ウエストポーチから救急セットを取り出す。

「あ、あ、あ……ま、まさか、賢者さま……!」

「い、いや、そんな大層なものじゃあ」

「で、ですが、腰に装着した精巧な鞄はアーティファクトじゃないのですか! そ、それに、空間魔法まで!」

「お、落ち着いて、痛むだろ」

 痛みがあるだろうに、体を起こそうとした彼女がペタンとお尻を床につけ声にならない声をあげる。

 驚くのも分からなくはないが、怪我をしているのだから無理しちゃあいけない。

「これが救急セット……治療道具だよ」

「……それもアーティファクトですか! ダ、ダメです、わたしなんかに勿体なさ過ぎます!」

「ど、どうだろう」

 彼女のあまりの狼狽ぶりにこっちもたどたどしくなってしまった。空間魔法というのは何となく意味が分かるものの、アーティファクトってのは何なのだろう。

 ウエストポーチや救急セットって珍しいものだったのか? となると、あまりおいそれと見せない方がよかったり?

 いや、彼女にとっては珍しいものだっただけという可能性もある。一旦、ウエストポーチや救急セットのことは保留にしとこう。今は彼女の治療を優先しなきゃ。

 傷を消毒し、軟膏を塗る。膝も同じように消毒して固定するものがなかったので包帯を巻くにとどめた。

「凄いです、痛みがひいていきます」

「いやいや、まさかそんな」

「ヒールをかけてくださったのですね」

「いや、だから……」

 止めるのも聞かず、彼女が立ち上がろうとして頭をポップアップテントの天井にぶつけそうになり、慌ててしゃがむ。膝を普通に折り曲げて。

 やせ我慢でもできる動きじゃないぞ。

 本当に完治したのか? 元々膝の怪我は酷くなくかすり傷だったとか? そんなわけないよなあ、あれほど腫れていたんだし。

 心当たりはある。救急セットもサバイバルナイフたちと同様にチート化しレベル2になっていると思う。レベルを更に上げたら切れた腕でも引っ付けたりすることができるようになったりするんだろうか? 想像するとうすら寒くなってきた。


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