11.川を目指そう
「簡単なものだけど、熱いから気を付けてね」
「いい匂いです。魔法のようなお料理ですね……」
レトルトを見たのが初めてだったらしく、目を白黒させるキララ。
はふはふさせながら折りたためるフォークとスプーンでミートソースを絡めたパスタをパクリとする。
俺の動作を見てから彼女も同じように口の中にパスタを収めた。
うん、まあ、こんなもんだよな。外で食べるからおいしさがマシマシであるが、カップのパスタよりはおいしいかな程度である。
ドリアにしたら結構おいしんだけどねえ。レトルトでも。
一方でキララの反応は劇的なものだった。演技かよ、と思わせるようにフォークを握りしめたまま頬に手を当て「んー」と喉を鳴らしている。
ウサギ耳も彼女の動作に合わせ上下に揺れていた。何それ、可愛い。
「とても、とても、おいしいです!」
「喜んでくれて嬉しいよ」
「トメトは大好物なんです!」
「赤い果実ってトマト……トメトのことだったの?」
キララがブンブンと首を横に振る。違ったのか、赤色だしトマトかなあと思ったのだけどハズレだったらしい。
すると彼女は俺にこれくらいの、と親指と中指でわっかを作る。
「それで、色は赤色のものも紫がかったものもあります」
「ええと名前は確か」
「ムラモです」
「名前からじゃやっぱりわからないな……」
実物を見るまでは赤い果実と呼んでおくとしよう。もし赤い果実が果物だったら、俺の知っているものは多くはない。
チェリーかプラム(すもも)のどっちかかなあ。イチゴの可能性もあるか。
話をしつつも俺も彼女も食べる手は止まらない。俺も彼女も腹ペコだったので一口食べるとある程度腹が膨れるまでは止まれないさ。
「トメトとお肉……他にも色んなものが入っていて、これほど濃厚なソースになるんですね」
「そ、そうだね」
「凄いです! 結界に空間魔法、そして、お料理まで!」
「料理は買ったものだよ」
ははは、と笑うしかない。ただのレトルトだから、褒められてもこう微妙な気持ちになる。
「パスタが好きなのですか?」
「それなりに好きだよ」
「フォイエ村に来られた時はわたしの一番お気に入りのパスタを是非召し上がってください!」
「へえ、それは楽しみだよ」
乗りかかった船だ。彼女と共に村まで送り届けたいことを申し出ると、恐縮しつつも彼女が承諾してくれた。
決して異世界のパスタが食べたかったわけじゃあない。いや、ちょっとだけ、パスタに惹かれた。
またキラーラビットが来ないとも限らないし、帰り道で彼女が大怪我を負ったりなんてことがあったらと思うと心配で安眠できなくなりそうだし。
無事を知らせるスマートフォンも異世界にはないから、もやもやしたままになっちゃうだろ。
しかし、その前に行かねばならぬところがある。
「キララ、近くに川か湖ってないのかな?」
「川があります」
「おお、案内してもらいたいんだ」
「もちろんです!」
おお、近くにあるのか。たまたま怪我をしている彼女と出会ったわけだけど、俺の方こそ幸運だったよ。
川なら水浴びも釣りもできる。異世界の釣りはどんなものなのか、楽しみでならない。
「食べたらさっそく案内してもらってもいいかな?」
「はい!」
「あ、忘れてた。キラーラビットの肉とか牙って使う?」
「い、いえ……キラーラビットはもう……」
キラーラビットに襲われたからトラウマになっているらしく、彼女の表情が固まる。
ひょっとしたら狩猟対象かもと思って一匹だけ残していたのだけど、残り一匹もクーラーボックスからのゴミ箱行きにするか。
俺は俺でイノシシ肉がまだあるから、キラーラビットの肉は必要無かった。ならば、クリーンアップポイントにした方がいいと思ってさ。
だってよお、都合7羽のキラーラビットで350ポイントにもなったんだぞ。もう一羽追加で400ポイントだぜ。これで割高なレトルトやらを注文すれば、長期保管可能な食材が増える。いや、レトルトじゃなくても、アイテム一覧の中は時間が停止しているらしいから、極端な話、アイスクリームだっていつまでも溶けずに保管できるんだった。といっても、レトルトの利点がなくなるわけじゃあない。簡単に調理でき、それなりにおいしい食べ物は貴重なのだ。
それにクリーンアップポイントなら他の用途にも使うことができるし。
腹ごしらえもしたし、外敵もいなくなったので隘路をゆっくりと進む。
「キララ、足は痛くない?」
「全然平気です! 怪我をする前より調子がいいくらいですよ!」
なんて笑顔で長い耳をピコピコさせながら返すキララであったが、俺の方は懐疑的なんだよな。
救急セットで歩けるまでに回復したことは確かなのだけど、いきなり歩いて無理させたくないという思いが強かった。
かといって隘路は逃げ場がなく、枝なども殆ど落ちてないのでキャンプにも適さない。
せめて隘路だけは抜けておこうとノロノロと進んでいたわけなのさ。
「どうしたの?」
途中何度か俺の方を向き、視線を前に戻すことが何度かあったので気になって彼女に問いかけてみた。
すると彼女は「う……」と言い淀むもぎゅうっと拳を握りしめようやく口を開く。
「あ、あの、わたしのためにご無理をさせていましたよね」
「どこでそう思ったの?」
まるで見当がつかない俺は彼女に問い返す。
「わたしが気絶している間もずっと結界を張ってくださっていたので……余計に魔力を使わせてしまったのかと。いくつもの魔道具を使われておられましたし、空間魔法もふんだんに」
「外に出たら魔物が来ないか心配だっただけだよ。道具やポップアップテントを使っても俺が疲れるわけじゃないから心配しないで」
「魔法の維持と警戒二つはさすがの賢者さまでも困難なのでしょうか。で、でしたら、わたしが魔物を警戒します! これまで何度も村の外へ一人で出ていますし、キラーラビットの時も早々に気が付いたんですよ」
「お、おお。それは助かる。索敵は任せてもいいかな?」
「はい!」
今日一番のひまわりのような笑顔で頷く彼女であった。あの長い耳で魔物の足音を拾うことができるのかな?
彼女が索敵してくれるというのならこれほど心強いことはない。探索はもちろん食事でも大助かりだよ。ポップアップテントの前で縮こまって調理をするより、椅子とテーブルを置いて広いスペースで食事をしたいじゃないか。これからは広々としたところで食事をすることができそうでワクワクしてきたぞ。




