第23話
俺は電車に乗って、いつもと同じように花岡南駅を目指した。ただ、横にいるのがいつもと違うピッカピカの夢乃(いや、普段からキラキラ光ってるみたいな存在なんだけど)だったから、電車の中でずっと緊張しっぱなしだった。
電車に乗っている学生と思われる男子は、全員が一度は思わず夢乃のほうを見ている。そして決まって同じように、その後俺の顔を見て、もう一度夢乃の方見るんだ。
いやマジで気持ちはめっちゃ分かる。バッチリ決まった正統派黒髪ストレートロング美少女の隣に、普通のモブな冴えない男子がいるんだもんな。俺だって同じ状況に出会ったら間違いなく両方を3度見ぐらいするわ。
でも、夢乃は周りの視線が全く気になってないみたいで、「愛瑠の家楽しみだね~」とか、「頑張って練習しよう」なんて普通の会話をしている。夢乃みたいな美少女にとっては、こんな状況なんて慣れっこなんだろうな。
「えっと、言っていいか分かんないけど、今日の、その、格好、すごく似合ってるな」
俺は今日西園寺駅で夢乃に会ったときから言いたいけど言えなかったことを言った。というか、言ってしまった。
夢乃は一瞬、え、という顔をした。でも、すぐにその表情は終わって、にっこりと笑った。
「でしょ? ありがと。今日は結構自信あったんだ」
「そ、そっか。」
いつも自信持っていいと思うけど、なんて気の利いたこと、俺に言えるわけがない。
気がついたらもう花岡南駅に着いていた。よく、楽しいときは時間があっという間に過ぎる、っていうけど、電車に乗ってる時間は体感1分もなかったな。
でも、楽しいよりも、緊張がほとんどだった気がする。
俺と夢乃は花岡南駅から自転車に乗って、普段学校の行くのとは反対方向の南に進んだ。愛瑠の家がその方面らしいからだ。
「こっちだよ」
夢乃は愛瑠から聞いてるみたいで、時々停まってはゴーグルマップを見て、すいすいと進んでいく。俺は後からついて行った。
街中からだんだんと住宅街の方に向かっていく。行くごとに、明らかに豪邸が増えていった。そういう場所なんだろうか。
「あ、あそこ。彼方がいるよ」
夢乃にそう言われて前を向くと、彼方が大きな家の前に立っている。
彼方は自分で愛瑠に家を聞いたらしく、愛瑠の家の前で俺たちを待つと言っていた。
でも、自転車がないな。どうやって来たんだろう。
「おつかれ、彼方。待ったか?」
そう言うと、彼方はいつもの爽やかなイケメンスマイルを見せた。
「おつかれさん。いや、俺もさっき着いたばっかりだから、全然待ってないよ」
彼方はワンポイント柄の白いTシャツにデニムというシンプルな服装だった。着る人が違えば「ダサい」と言われそうだけど、彼方には圧倒的に似合っている。
「そう言えば彼方って、今日は自転車じゃないの?」
俺も思っていた疑問を夢乃が彼方に言う。彼方は何てことない、という顔だ。
「ああ。愛瑠に場所聞いて分かったんだけど、結構家が近かったんだよ。走って5分ぐらいのところだったから、ちょっと走ってきたんだ」
「へぇ~。案外近いんだな」
「じゃあ、早速お邪魔しよっか」
夢乃はそう言うと、玄関のインターホンを押した。
愛瑠の家は洋風の、館、って言っていいんだろうか。それぐらい立派で大きな家だった。聞いたところによると、愛瑠の父親は花岡市民なら誰でも知っている地元の大企業のお偉いさんらしい。
父親が社長やってる夢乃の家も大きいし、両親が医者の花音の家も大きいらしいけど、これもすごいな。
っていうか、俺らのグループの女子最強すぎないか? 見た目かわいいし、実家太いし。俺ん家とか全然普通なんだけど。
すると、ドアが開き、愛瑠が姿を見せた。
愛瑠は以前見せた地雷系? の私服とは違って、すごいフリフリの、すごくかわいい服を着ている。
全体的に黒と白で色はシンプルなんだけど、ふわふわヒラヒラしてて、スカートが前が短くて後ろが長いやつだ。確か、ゴスロリ、って言うんだっけ。
何より所々がすけすけで、何て言うか、見るだけでドキドキしてしまう。さっきまで夢乃にドキドキしていたのに、それを全部忘れてしまうぐらいの衝撃だった。
「あ~みんな着いた~? ど~お~、あたしカワイイでしょ~」
俺は愛瑠がかわいすぎて何も言えないでいる。多分、口がぽっかり空いているはずだ。
思わず隣の彼方を見たけど、彼方は無表情だった。すごいな、彼方って。
「愛瑠すごくかわいいじゃん。似合ってるよ!」
「ほんと~? 夢乃も今日すごくかわいいよ~。だよね~、しんいち~」
愛瑠がいたずらっぽい表情でそう言う。なんで今俺に振るんだよ!
「あ、ま、まあ、2人とも似合ってる、と思う。すごく」
俺は女子を褒めることなんて慣れてないけど、何とかそう言うことができた。
「ありがと~。だよね~。彼方はどお~?」
愛瑠は俺に向けていた目をくるっと動かすと、背の高い彼方の顔を覗き込んだ。
「ああ。2人とも似合ってると思うよ」
さらりと、何てことないように言ってのける。本当にかっこいいな方は。
「ほんとにそう思ってる~? じゃあ~、入って~」
最後まで愛瑠は小悪魔フェイスだった。対して、彼方はクールフェイスだな。
中に案内されると、広い居間っぽい空間を抜け、2階に上がった。2階の奥の部屋が愛瑠の部屋らしい。
「じゃあみんな~、ど~ぞ~」
ガチャ、と愛瑠が扉を開けると、何だか甘い香りが漂ってくる。
「どこでも座っていいよ~。ベッドでもいいからね、しんいち」
部屋の中は白とピンクで統一されている。いかにも愛瑠らしい空間だった。結構広い部屋で、入ってすぐアップライトのピアノが置いてある。
何より気になるのが、奥にある白いベッドだ。いくつかのぬいぐるみと、ふわふわしてそうな布団とベッドが見える。ここで愛瑠は毎日寝てるのか、なんてちょっと気持ち悪いことを考えてしまったじゃないか。
家に入ったときから緊張為ていたけど、部屋に入ると更に緊張した。何せ、女子の部屋に入るなんて初めてだったからだ。
「ど~お~しんいち~? 私の部屋は~。」
またまた嬉しそうに愛瑠が言う。
「いや、俺女子の部屋なんて初めて来たからめっちゃ緊張してるわ」
「やっぱり~? 私の部屋が最初なんだ~。何か運命だね~」
「彼方は~、もちろん女子の部屋に行ったことあるよね~」
俺も少しそれは気になった。多分経験済みなんだろうけど、今の彼方には女っ気がまるでないからな。
「確かにあるけど、昔の話だよ」
彼方は相変わらず、あまり表情を変えずにさらりと言ってのける。
「それより、今日は慎一の指揮の特訓だろ? 早くやらないとな」
「そうね。愛瑠、ピアノ弾いてくれるかな」
「おっけ~。よ~し、がんばろ~」
そう言うと、愛瑠はアップライトのピアノの上に指を置く。たちまち「春に」のメロディーが鳴り出した。こうして、俺の指揮特訓は始まったのだ。




