第22話
花萌祭まであと1週間になった。
1年生では、毎日どのクラスからも歌声が聞こえてくる。
6月になって蒸し暑く感じてるけど、そんなの誰も気にしてないみたいだ。
でも、今日は土曜日。休みの日に練習しているクラスはない。
休みの日は部活と勉強優先という方針が貫かれているからだ。
つまり、練習できるのはあと4日。来週の金曜には、もう本番だ。
陸上部の練習中、もも上げやダッシュを繰り返しながら、頭の中では常に「春に」が鳴っている状態だった。
俺の横には、いつものように颯人がいる。颯人を見ると、嫌でも思い出すんだ。
これまで教室や音楽室で練習してきて、俺たち1の3は間違いなくうまくなった。他のクラスにも引け取らない、いやそれ以上と言っていいぐらいの完成度だ。
でも、1の6の演奏を聴いたとき、持っていた自信が崩れ去っていく音がした気がした。
たまたま、1の6の横を通りすぎた、という体で、俺と彼方で偵察に行った時だった。
圧倒的な音楽が聞こえてくる。音量も、声室も、ハーモニーも。全てが別次元だった。 その中心にいたのが今俺の右隣にいる颯人だ。颯人の指揮は見事だった。
それ以上にすごかったのが花音のピアノだ。ピアノのことなんてまるで分からない俺にも、そのすごさが伝わってくるくらいだった。いつも愛瑠のピアノを聞いてすごいと思っていたけど、圧倒されるっていうのはこういうことなんだろう。強弱、テンポはもちろん、一音一音が体に直接響いてくるみたいだった。いくら子供のころからコンクールで活躍していたからって言っても、今は部活が中心のはずだ。だからこそ、すごいと思った。
俺はチラリと、少し離れたところで走っている花音を見た。花音は自分の走りに集中しているみたいだ。0コンマ1秒でも自分のタイムを縮めようとしているのが分かる。あの集中力、本当にスゴいな。
気がつくと、隣にいた颯人ははるか先を走っていた。いかん、俺も集中しなくっちゃ。
今日も気持ちのいい汗をかいたな。
部室で部活終わりのどうでもいい話(先輩の恋バナが多いんだよな)をして、いつもどおり1年生の仲良しグループで帰路についた。
颯人、勇気、俺、その他いつものメンバーだ。
女子も、花音をはじめとして同じようなメンバーでついてくる。
フェミマについて、みんなでジュースやアイスを買った。俺はもちろん、カリカリ君だよ。颯人もカリカリ君だ。
自転車を停めたまま、フェミマ前で少し話をして帰るのが俺たちのルーティンだ。
「そういや、慎一お前明日は愛瑠ん家で指揮の特訓らしいな? お前、めっちゃいいよな~」
颯人に現在彼女がおらず、愛瑠のことが気になって仕方ないことは部員だったら誰でも知っていた。現に、颯人を気になっている女子もいるけど、それを知ってるから告白してないらしい。
「まあな。でも、彼方と夢乃も一緒だからな。それに、俺はお前の方がうらやましいよ」
足速いし、イケメンだし、モテるし、裏表ないし。できるなら変わってほしいよ。
「どこがだよ。あ~俺も愛瑠の家行きたかったな~」
颯人は心底悔しそうだった。それを見て周りの男子が、「お前まだ諦めてないのかよ」「玉木さんは今全員振ってるから無理だって」なんて茶化している。
てか愛瑠って、今全員振ってるんだ。ちょっと前なら、告ってきた男子とすぐにつきあってたのにな。何かあったんだろうか。
「うるせーな。いいんだよ。てか、俺も明日花音の家で特訓するんだぜ」
はあ? 何だって?
それを聞いた男子全員が「え」という顔をした。男子の中にはもちろん花音が気になっているやつがいるからだ。
「あ、2人じゃないからね。合唱部の子も一緒だから」
後ろから花音が慌てたように付け加える。少しだけ、頬が赤く見える。
「花音の家ってスゴいらしいぜ。家もでかいし、家の中に防音室があって、グランドピアノが置いてあるんだってさ。やっぱ、お医者さんの家は違うよな~」
そういや、花音の両親は医者だったな。花音は1人っ子って話だし、颯人の話も本当だろう。
「ちょっと、颯人。恥ずかしいから」
そう言って、更に顔を赤らめた花音は後ろの女子のグループに戻っていった。後ろからは、「颯人くん来るの明日だよね?」「え~いいな~」「何か、えろ~い」なんて、けしからん話で盛り上がってる。やっぱり女子も考えること一緒だよな。
「ちょっと。そんなんじゃないって。普通の練習だから」
花音は赤い顔を更に赤くしていた。何だかかわいそうにも見える。
「慎一、お前たち1の3には絶対に負けないからな。優勝は俺たち1の6がもらうから」
俺の肩をガッとつかみながら、颯人がふふんという余裕顔でそう言ってくる。
「あ? 俺たちの団結力をなめんなよ。絶対に逆転してやるから、見てろよ」
俺も負けじと、颯人の右肩に左手を回す。
ガシッ。ものすごい力で、俺と颯人が捕まれたのが分かった。
勇気だ。身長185cm、体重85キロの巨体に捕まれたら、俺たちは動けない。
「おいおい、なんでお前達2人の勝負になってんだ? 俺たちも負けねーぞ」
そう言うと、勇気は後ろを見る。後ろにいた他の男子もうんうんと頷いていた。
「まあ、あと6日で答えが出る。楽しみだな」
颯人のその一言で、今日は解散になった。
俺は花音と2人で花岡南駅へと急いだ。
電車に乗るまで無言だった花音が話しかけてくる。
「慎一、指揮頑張ってるんだってね。夢乃と愛瑠が褒めてたよ。彼方も」
「え、そうなの?」
「うん。すごく頑張ってうまくなってるって。慎一に指揮やってもらって良かったって言ってたよ」
あいつら、俺がいないとこでそんなこと言ってたのか。うれしいけど、俺はまだまだだ。
「いやいや、花音のピアノの方がすごいよ。俺、音楽のことは分からないけど、花音のピアノがすごいってのは何となく分かるから」
「そんなことないよ。愛瑠のピアノもすごいから。・・・明日は、お互い特訓だね」
「そうだな。俺たちは負けないけどな」
「私たちだって、負けないよ」
そう言うと、花音は言葉とは裏腹な、嬉しそうな笑顔を見せた。
か、かわいい。
次の日の朝。俺は西園寺駅で夢乃と待ち合わる予定になっていた。
昨日の夜、「一緒に行くから待ち合わせしよっか」と言われるがまま一緒に行くことになった。
以前の俺なら「誰かに見られたらどうしよう」とか、「恥ずかしい」とか思ってただろうけど、今は違う、と言いたい。何せ、いいのか悪いのか、かわいい子だけには慣れてるからね。
それよりも、愛瑠の家か~。緊張するな、そう思ってたときだった。
「お待たせ」
俺が1人で立っていた西園寺駅のホームに夢乃が現れた。
その瞬間、俺は思わず固まってしまった。
髪がいつものトレードマークであるポニーテールではなくて、ロングだった。
白いTシャツの上に水色のサマーセーター? って言うんだっけ? を着ている。黒のハーフパンツからすらりとした白い足が伸びている。
長い髪が風に揺られて、太陽に当たってキラキラに光っている。
いやマジで、私服の夢乃がかわいすぎる。まぶしすぎて見られないって。
「お、おう。おはよ。別に、待ってないよ」
俺はどうしても、ぎこちなくなってしまう。
「そう? なんかちょっと緊張してる? じゃ、行こっか」
そう言って、夢乃は俺の袖を引っぱった。
えっと、これって、デートじゃないよな? いや、そうじゃないって分かってるんだけど、おかしな妄想をしてしまうくらい、夢乃が反則級にかわいかったんだ。
俺は、愛瑠の家が、とか考える余裕もなくなって、何とか夢乃について行った。




