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第六話 魔道具令嬢ジーン 後編

いつもより少し長めです。


 グレンフェル伯爵。

 伯爵領の中でも広大な土地を持ち、領地経営も無難にこなす。

 魔力量も大して多くはなく、かと言って少なくもない。

 どの派閥に属す事もなく、いつも比較的中立の立場を保っている。

 

 ソニアの事がなければ、本当に全くもって目立たない伯爵家。

 だがそのおかげでソニアは隣国に留学(ついほう)するという名目で済んでいるのである。

 

 そして現伯爵はソニアの兄であるネイト・グレンフェル伯爵だ。

(親友のお兄様。ひさびさにお会いするわ。あぁ緊張する)

 

 ジーンは門の前に降り立ち、というか転げ落ちた。

 そしてスカートに付いた砂を払い、驚いて遠巻きにしている門番に声を掛けた。


 真夜中である。

 そう易々とこの時間に人を邸内には招き入れないだろう。たとえ身綺麗にした公爵令嬢であっても。

 

 ジーンは少し考えてから、ひとまず名乗り、取り次ぎを頼んでみた。

(これでダメだったら他の手を考えましょう)

 

 門番の二人のうちの一人が邸内に入っていく。

 暫くして、家令の男性を連れ立って戻って来ると「今伯爵は別件の対応中」とやはり断られてしまった。

 

 恐らくウォルフォード公爵家の一件の対応に追われているのだろうと想像したジーンは一旦出直そうと思ったが、俯けば首から掛けていたペンダントが視界に入り思い留まった。


 ソニアとお揃いのペンダント。

 こんな宵闇にあってもその存在感は失わない。いつも前向きで力強い眼差しを向けてくるソニアのように。

 

(このペンダントを伯爵に見てもらったら来たのが私だと分かってもらえるかしら?)

 ジーンは家令の男性にそのペンダントを預け、もう一度伯爵に掛け合って欲しいと伝えた。


(伯爵はソニアとお揃いのこのペンダントの事を知ってるのかしら。二人は仲は悪くないようだったし、知っていてくれたらいいのだけど)


 ジーンがドキドキしながら待っていると、再び家令の男性が戻って来た。

 伯爵から入邸の許可が出た事を聞くと、ジーンはホッとして彼に着いて行く。


 応接室に案内されるとそこにはグレンフェル伯爵が既に居て、ソファに座るよう促される。

 ジーンは手に持っていたスタンブルーをソファに立て掛けてから軽くカーテシーをしてソファに座った。

 

「ご無沙汰しております。デビュタント以来ですので、一年ぶりでしたでしょうか」

「そうですね。この魔石のペンダントがなかったら思い出さなかったかも知れません。失礼致しました」

 伯爵は公爵令嬢であるジーンに礼儀正しく非礼を詫びた。

「いえ、こちらもこのようなお時間に突然お伺いした事、申し訳ございません」

 ジーンも謝罪する。

 

「早速で申し訳ない。今ウォルフォード公爵家の火災についての対応に追われていて……」

「えぇ、私もその件でお伺い致しましたの。ソニア様にはもうご連絡差し上げたのですか?」

「いえ、まだ。……事実確認は出来ておりますので、これからするつもりでいました」

 

 ジーンに対して言いづらい事でもあるのか、時折視線を彷徨わせ言葉を濁しながら伯爵は話を続ける。

「ソニアにはこちらから、追って連絡を……」

 そう言った直後、伯爵はハッとしてジーンを見た。

 

「そうか……まさに天の助け。チャイルズ公爵令嬢。申し訳ないが公爵令嬢である貴女だからこそ、一つお願いしたい事があるんだが、聞いて頂けないだろうか」

 そう言う伯爵は先ほどの迷いを感じさせない、寧ろ何か良くない事でも画策しているかのような野心の籠った瞳をしている。

 

「え……えぇ。私で出来る事でしたらお手伝い致しますが……」

 

 ジーンが一瞬怯みながらそう言うと、伯爵は直ぐに口を開く。

「他家へ……他の公爵家へ行って頂きたいのです」


 ジーンはピンッときた。

「なるほど。ヘイリー公爵家とマリガン公爵家には王家から降嫁された方がいらっしゃいましたね」

「えぇ。シェリンガム公爵家の夫人はもう亡くなられましたが、確か血の繋がったお子さんが二人いらっしゃったはずです」

 

「王家の血筋……」

 ジーンが口に出すと、伯爵は自身の口の前に人差し指を置き「シッ」と声にならない声で囁いた。

「ここから先は危険ですから。まずはご自分の身の安全を第一に考えてください」


 恐らくまだ推測の域を出ないが、王家の血筋を排除するような、排他的な動きがあるという事なのだろう。

 だからジーンにも気をつけろ、と言いたいのだ。

 

「分かりました。一旦自宅に戻ってから護衛を付けて出直す事にします。……そもそも、まだこんな時間ですし?」

 そう言ってジーンは軽く窓の外に視線を送った後、深く頷いた。


「……ふふっ。流石はソニアの親友だ。思考がよく似ている。本当に恋人同士じゃないのかい?」

 伯爵はジーンの姿を眺めて和かに微笑んでいる。

 

 ジーンは既に立ち上がっていて、カーテシーをしようとワンピースのスカートを軽く持ち上げていた。

「え?……せっかちなところ……でしょうか?」

「それもそうかも知れないね」

 伯爵がそう言うとジーンは少し照れたように赤くなる。

「えっと私はソニアと恋人同士と言われて悪い気はしませんが……彼女はどうでしょう?」

「ふふ。彼女もまんざらじゃないと思うよ。でも少しは私の入る隙も貰えるとありがたいんだけどな」

 

 伯爵はジーンにソニアだけではなく自分の方も見て欲しいと言いたかったのだろうが、そんな事とは露知らずジーンは言葉を返す。

「まぁ、伯爵は本当にソニア様の事を大切に思っていらっしゃるんですね。でも私もその気持ちは負けませんけれど」

「ふっ。そういう意味じゃなかったんだけどな……?」

 伯爵は困ったような笑みを浮かべてジーンを見つめていたが、思い付いたようにジーンに告げた。

「そうだ、帰りはこちらの馬車で送らせよう。それは危ないから一緒に乗せていくといい」

 

 それ――スタンブルーの事らしい――を手に持つと伯爵から指摘されてはたと気づく。

(危ないって事、何でわかったのかしら?え?もしかして転んだところ見てた?)


 ジーンは急に恥ずかしくなった。

 

「ありがとうございます。そうさせていただきます」

 ジーンは少し赤くなりながらそのままカーテシーの続きをし、素直にその好意を受け取った。


***


 翌日からジーンは他の公爵家に赴き、昨晩の火災の事や王家の血筋を排除する動きがある事などを伝え注意喚起して回った。


 この国で王家の血縁である公爵家は五つあり、ヘイリー公爵家、マリガン公爵家、シェリンガム公爵家、キーツ公爵家とレアード公爵家だ。


 グレンフェル伯爵家から帰宅して、要件を纏めた書状をこの五つの公爵家に持ち込んだからきちんと伝わったとジーンは思っている。


(大丈夫よ。きっと)


 ジーンは再びチャイルズ公爵邸に戻り、昨日の事が嘘のようにゆったりとした時間を過ごし、自室から外を眺めた。窓の外には嘗てソニアと一緒にお茶会をした庭園が見える。

 

(あぁ、ソニア。ソニアが帰ってくるまでにスタンブルーを改良しておかなくてはいけないわね)

 ジーンは顔の前でグッと手を握り、気を引き締めた。

 ペンを持ち机いっぱいに紙を広げ、すべき事を纏める。


(急に上に行ったり、ピタッと止まり過ぎたりしないように、と)

 ・上昇時に高度が急激に上がらないようにする機能

 ・スピードをゆっくり落とす機能

と記入する。

 

(それとこんな機能もあると飛んでる時は楽ね)

そう思って

 ・平行飛行時に一定のスピードを保つ機能

 ・人がいるところでは対人性能を優先する機能

と追記した。


(後は……そうねー。これが上手くいったらカップル仕様のスタンブルーがあってもいいかも知れない……そしたらソニアと……うふふ。親友なんだからいいわよね?)

 ジーンはそんな事を企みながら紙に書き込んでいく。


 そうやって、静かに物書きをしていると、思考が違う方向に少しずつ少しずつズレていく。

 

 そうしているうちに、逸らしてはいけない現実から目を逸らそうとしている自分に気づいた。

 

 ただそれすらも、はぐらかそうとしている自分に何とか思い留まり、ジーンは考え始めた。


(……ウォルフォード公爵家に火を放ったのは……一体誰?……王家の血筋を排除する動きなどあってはならないわ。これじゃあクーデターじゃない?)

 ジーンは鳥肌が立った。

(怖い)

 でも未だこちらに確かな情報はないし、解決の糸口もないから疑問は疑問のまま取り残されていく。

 

 公爵夫妻らしき遺体は本当に夫妻だったのだろうか。実は二人もソニアの両親も公爵令息も、全員が無事に生きていて犯人を探そうと暗躍しているのではないか、寧ろそうであって欲しい。

 

 推理小説の読み過ぎかと思われる思考に偏ってしまうぐらいにジーンは不安だった。


 ジーンは震える手でスタンブルーの改良箇所を書き連ねる。手だけでなく、その文字も震えている。


(しっかりしなさい!ジーン)

 ジーンは自分に言い聞かせた。


(これがあれば、きっと役に立つはず。きっと、きっとソニアの役に立つわよ!)

 ジーンはそう思って自分を奮い立たせる。


(私は……ソニアの為に、魔導具を作るの。ソニアがあの時、私たちの日常を救ってくれた事。今でもすごく感謝してる。ソニアが自分の能力を犠牲にしてしまった事、ずっと申し訳ない気持ちだった。いつか……いつか恩返しがしたいとずっと思っていた。だから……私は、私に出来る事をする)

 ジーンは机の上に広げられている紙を見つめる。その目には迷いはもうない。


(記述が出来ない彼女の為に、私は記述する。作る事が出来ない彼女の為に、私は魔導具を作る)

 

 改良点を比較的簡単な魔術式にして書き連ねれば試し書きが終わる。

 

 ジーンのペンを持つ手はもう震えていなかった。いつも通りの自信に満ち溢れたタッチで紙の上を滑るペンは、スタンブルーの魔術式を勢いよく書き連ねていく。


(そう、私はソニアとスタンブルーで飛ぶんだから!)


 ジーンが次にソニアと再会する時にはスタンブルーは改良版ができていることだろう。

 

 ソニアと二人でカップル仕様のスタンブルーで空高く舞い上がる姿を、ジーンはしっかりと思い描いた。

 

予告通り、しばらく次の章の執筆の為少なくとも二、三週間空く予定です。

よろしくお願いします。

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