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第三話 特異体質と騒音の原因

「じゃあ行きますよーっはい!」

 知り合って半日と経っていない間柄の二人なはずなのに、結構な至近距離。ソニアとラウルは三十センチと離れていない距離感になり、照れもありながら気合いを入れたソニアは詠い始めた。

 

 それは先ほどラウルを眠らせる時に詠ったものとは違う、浄化の詩だ。これは主に状態異常等を改善させたい時に使用する魔術である。ソニアはとりあえずラウルの身体の問題を一旦状態異常と判断してそれを改善する処置を行う事にしたのである。その処置が浄化の詩なのだ。


「りいん りいん りいん」

 ソニアが鈴の音のような言葉を発すると、白い円錐状の光がラウルを覆い、ソニアの言葉に反応するように波打つ。

 

「っは!」

 ソニアがムビラを奏で詠い始めるとソニアと視線を交わしているラウルは直ぐに術中に嵌った。最初のうちは左手の平に集中していた熱が別の力にゆっくりと押し出されていく。

 そしてゆっくりと押し出された熱は意志を持ち始め自ら流れていく。それが身体の隅々へと行き渡っていくのをラウルは感じていた。

 冷たかった身体に熱が行き渡って……温かい。


 気がつくと、ラウルはソニアに両方の二の腕を掴まれていた。ソニアは二の腕だけでなくペタペタと衣服の上からラウルの胸や腹、背中に触れ、状態を確認しながら説明する。

「な〜る〜ほ〜ど〜……うんうん。とりあえず体内の魔力はきちんと身体を循環するようにはなったわ……でも」

 ソニアはそのままラウルを見て続ける。

「これは……たぶん呪いね。私の浄化の詩で1箇所に留まる事は少なくなったはずだけど、まだ呪いの所為か左手に熱は溜まりやすいみたい。そうね、週に一・二回は放出するようにした方がいいわね。たぶんその方が体調は安定すると思うの」

 

 ソニアがここまで話すとラウルは彼女の言う『呪い』という部分が引っかかったようで独り言のように呟いた。

「呪い……?」

「そう。呪い。所謂呪術というものね」

 

 この国ではあまり使われていないが隣国では普通に使われている。

「ラウルさんの身体の何処かに、痣みたいな印ってないかしら。呪いは掛けた者、掛けられた者双方に痣のような印がつくらしいんだけど」

 人を呪わば穴二つ。

 これは呪った本人にも印が付く。

 呪いというのはそういうものだ。

 

「あぁそれなら」

 ラウルはソニアに背中を向けると、シャツを少しはだけさせ、左肩甲骨をソニアに見せた。

「いつ付いたのか分からない痣がある。気づいたのは随分前、十三・四歳頃だったろうか」

 左肩甲骨に付いていた痣は時間の経過の所為か少しボヤけていたが、明らかに自然についたものとは異なる形状をしていた。

 

「まぁ、呪いについては私も専門外なので分からないから、呪術師とか専門家には一度見せた方がいいわ。……あとは放出が出来れば問題ないわね、そして洞窟にいるっていう魔獣。これはセットで解決できるように何とかしましょう」

 

 考えながらソニアがそう言うと

「セット……?」

「セットとは?」

 コリンとラウルは顔を見合わせた。

「そう!一気に解決よ!」

 ソニアは人差し指を立て、二人の前に突き出した。


 ***


 翌日、ソニアとラウルは魔獣が潜んでいると噂の洞窟の前に立っていた。

 昨日は夜遅くなってしまったので魔獣退治は今日する事にしてコリンの自宅に泊まらせて貰ったのだ。

(大した事してないのに本当に申し訳ない……)

 

 確かにここに立っていると五月蝿いぐらいに洞窟の中から不思議な音がしている。

 

(…………咀嚼音?)

 動物が何かを食べているかのような咀嚼音がしたと思えば、スライムを弄っているようなネチョネチョした音や何かを泡立てているような音。色々な音が順番に聞こえてくる。


「ここの洞窟は古くからあるらしい。たまに魔物が出たりするから危ないって事でここへは村の大人も来ないはずだ」

 ラウルはそう言って特に怯む事もなく洞窟に入って行く。ソニアもそれに着いて行く。


(ラウルは元々冒険者だという話だったけど?)

 彼の腰に今掛かっているのはレイピアだ。ソニアは魔術師なので冒険者として組む分には問題はない。敢えて言うなら回復役が一人いると安心な事ぐらいだ。


「ラウルさんは剣士さんなんですね」

「あぁ。魔術も使えなくはなかったが、この体質になってからは使っていないからどうかな」

 ラウルはそう言って少し考える風にしてからソニアに尋ねた。 

「ソニアさんはどうして旅をしているんだい?物騒な世の中だ。君みたいな女性の一人旅はあまり多くはないからね」

「あぁ〜。そうですね。私は両親を探してるんです」

「両親?行方不明とか?」

 ラウルは心配そうに振り向きソニアを覗き込んだ。

「いえいえ。両親はたぶんこの国と隣国の国境付近に向かっていると思います。そこで会えるはずなので」

 

 ソニアはラウルを安心させようと笑みを浮かべた。それはその通りだったようで、ラウルはホッとしたようにまた前に向き直り歩き進める。

(この人私を信用しすぎじゃない?)

 ソニアは嘘をついている訳ではなかったが、自分が言った事をそのまま受け止めているであろう誠実なラウルの事を寧ろ心配してしまっていた。

 

「両親は私が魔術学校の寄宿舎に入ってからはあちこち夫婦で旅する事が多くて一ヶ所に止まっていないんですよ。最後に届いた手紙が『国境に向かう』というシンプルなものだったので卒業と同時に寄宿舎を出て両親を追いかける事にしたんです」

 

(うん。嘘ではない)

 自分に言い聞かせて笑顔でラウルに話す。

 

「そうか。じゃあ旅の途中で時間を使わせてしまったな」

「大丈夫ですよ。すぐに追いつけるので。ラウルさんこそ冒険者なのに村に止まっていたのには左手の事以外に何か理由が?」

「いや、あそこは……」

 ラウルがそう言いかけたところで、魔獣の音がさらに大きく聞こえる。あまりの大きな音に土壁もバリバリと震えている。

(耳が痛い……この音の大きさは魔獣が近くにいる所為?)


 ソニアはラウルを見た。

 彼は真っ直ぐ前を見ている。その左手にはいつも通りグローブを装着している。

「ラウルさん。あなたの左手をここで貸していただけますか?」

「左手?」

「そう。その左手に集中して魔力を溜めたら、溶かして固めて欲しい物があるんです」


***


「凄い!これがあるだけで洞窟の外に音が漏れない!」

 ラウルは感動していた。

 単純な事である。魔獣の出す音が五月蝿いなら壁を作って遮断すればいい。

 要は洞窟の入り口にラウルが左手の熱で溶かした鉛と羊毛を貼り付けた壁を作ったのだ。

 

 そして、彼は自分の手が人の役に立った事に涙していた。

 ラウルの左手は集中して操作すればかなり高温になる。体内をきちんと魔力が巡るようにしたから、意識していない時はそこまでにはならないが、その操作方法をきちんとマスターすれば、ラウルも思い通りにその手を活用する方法が身につくだろう。

 

(洞窟の入り口は小さかったし、この辺で壁を作っておけば、持って行った物だけで足りるはずと思っていた。本当に足りて良かった)

 

 ソニアはホッとしていた。魔術書三冊入っているリュックの隙間に鉛と羊毛を詰め込んで行ったので、他に何も入らなかった。

(長期戦になるとこの後大変だけど……大丈夫かしら)

 一抹の不安が残るものの仕方がない。

 サクッと終わらなそうなら、直ぐに戻ろう。

 

 作った壁の奥へとラウルとソニアは二人とも自分の耳を抑えながら入って行く。

 洞窟の奥深くには開けた空間が広がっていた。が、開けた空間に魔獣の身体がピッタリと嵌っている。大きな毛玉がミチミチと壁いっぱいに広がっていた。

 

(ん……?)

 それを見て二人は動きを止めた。

(もしかして……?)

(……これって出られなくなってる?)

 ラウルはソニアを見て促した。魔術を使って何とかならないか、と言いたいのだろう。

 

 ソニアは魔獣を見据えた。

 

(やっぱりこの子壁に挟まって動けないんだわ)

 ソニアは魔獣を横目で見ながらリュックを下ろすと中から一冊の魔術書を取り出した。

 

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