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第四話 アンドレアサーカス団


(試したいこと?)

 ソニアは不思議に思って小首を傾げた。


「さっき果実水を受け取った時に思ったんだ……」

 そう言いながらラウルは、伏せている子フェンリルの傍に桶に入った水を持って来た。

「俺はこういうことも出来るんだなって」

 ラウルは桶の中に手を突っ込むと俯いて目を閉じた。


(魔力?がラウルに向かって流れているのが空気を伝って分かる。それに熱が引いて行く感じ……これは!)


 ラウルの左手の力は不思議だ。

 高熱を発するだけではなく、冷やすことも出来るのかも知れない。


「ほら、触ってみて」

 ラウルの言葉にソニアも桶の中に手を入れる。

「――冷た!」

「だろ?もしかしたら、訓練次第で凍らすことも出来るかも知れないな」


(水を凍らせるって!これも呪いの所為なの?魔術でなら分かるけど……)

 ソニアもイルマも呪いは専門外だ。

 だがラウルは自分の体のことだから何となく分かって来たらしい。

 

 動揺するソニアが呆然としてラウルを見つめるが、ニヤリとラウルは口角を上げると子フェンリルの前足を桶の水に浸らせた。

 

 子フェンリルは特に抵抗することなく素直に桶に前足を入れた。


 最初はビクッとした様子だったが、彼のこの行動が悪意のあるものではないことを分かっているのか怒る様子も怯える様子もない。


(子フェンリルのことはラウルに任せて大丈夫そうね)

 ソニアは一安心して事態を収束させる方向で考えを巡らせた。


 そしてソニアは調教係の団員に尋ねた。

「この子フェンリルがサーカス団に加わった経緯は知ってる?」

「いや、俺は知らない。でも……団長なら何か知ってると思う」


 彼はこのサーカス団の中では下っ端で、あまり詳しいことは知らないと言う。

 

 ソニアはイルマを横目で見ると彼女は澄ました表情で、こちらを見ている。


「イルマ!貴女なにか――」

 ソニアが問い詰めるように口を開くと、イルマは口元に人差し指を当ててシィッと言う。

 

 そして彼女は調教係の団員に尋ねた。

「その団長のところに案内してくれるかしら?」



 ――団長室。

 そこには細身で長髪の男性、ベルナルド・ダミアーニが居た。その辺にいる破落戸のような男性二人も傍に控えさせている。


 ベルナルドは元々は貴族だ。男爵家の嫡男であったが素行が悪く十代で勘当され平民になった。

 大道芸をしながら生計を立て、二十代でサーカス団を立ち上げた。やはり金に苦労した所為でケチで後ろ暗いこともこれまでにやっているのだろう。それが人相に分かりやすく出ている男だった。


 調教係の団員は二人がステージで待つ間に団長との面会を段取ってくれた。

 意外にも面会はすぐに受け入れられ、イルマとソニアは団長室へと案内された。


 イルマを先頭に、ソニアも続く。

 ラウルは子フェンリルの面倒を見てくれている。テーはソニアの首に巻き付いたままだ。

 

「やぁ。君たちが魔獣騒ぎを収めてくれたっていう方たち?僕はこのアンドレアサーカス団の団長のベルナルド。君たちは――」

「私はイルマ。こっちはソニアよ」

 イルマが軽く頭を下げ、紹介されたソニアも頭を下げた。


「魔獣騒ぎを収めてくれて感謝する。ただ、この騒ぎの所為で暫くは客の入りも良くはないだろうな。ほんと踏んだり蹴ったりだよ」

 ベルナルドはさも魔獣騒ぎが自分の所為ではないと言いたげに踏ん反りかえる。


「今回の一件、何でこうなったか分からないということ?」

 イルマが問うと、それは当然で自分たちは被害者だとでも言うようにベルナルドは大きく頷いた。

 

 するとイルマは少し不機嫌そうに眉を顰めた。

「あの魔獣は、公的な機関の許可を得た正規業者を通じて購入されたものじゃないわよね?」

 

 イルマのその一言に、ベルナルドの表情はピクリと引き攣った。

 イルマは畳み掛ける。

 

「魔獣の取引法規は理解している?」

 イルマのその問い掛けに惚けようとしているベルナルドはさぁと両手の平を上に向ける。あくまでも自分は分からない、関係ないと言わんばかりだ。


 その様子に痺れを切らしたイルマは大きなため息を吐いた後、腰に手を当て真っ直ぐにベルナルドを見据える。

 

「一、魔獣は国ないしは領主の許可を得た正規業者を通じて購入する事を義務とする。

 一、正規業者から購入した魔獣は魔物愛護の観点から管理者を設定する。また管理者は管理者規程の講義を二時間以上受講する。

 一、この法規に違反する個人、組織に於いては罰金または罰則規定に則り厳罰に処す。

 ――確かもっと詳しく書かれた書面が国から配布されているはずだけどそれは読んでるかな?」


 イルマは柔かにベルナルドに微笑みかけた。

 彼は引き攣った笑顔でイルマに尋ねる。


「き……君は、もしかして――もしかして、そうなのか?!」

 

 今度はイルマが大きく頷き、左胸の内ポケットから金色のメダルを取り出しベルナルドの前に突き出した。

 それは、クトールで十人しかいない女性官吏のメダル。

 

「はい!クトール国第一魔術師団唯一の女性潜入捜査官――イルマ一級魔術師です!」


 目を大きく見開いたベルナルドはガクッと力なく項垂れた。



 ベルナルドの話では元々はきちんと正規業者から魔獣を購入していたと言う。

 ところがここ最近、魔獣の購入に対する税金が高くなっていて、そこを違法業者につけ込まれたようだ。


 アンドレアサーカス団が近年魔獣の購入がないことに加え、税金の支払いが滞ることが増えていた為、イルマはその捜査を担当していた。

 

 そして、新たに魔獣を仕入れたという情報が入り調査の要請があったのだ。

 

 イルマはアクリュの街に潜入し、サーカス団が裏業者から魔獣を購入したことが分かると、すぐにその業者と接触、何も疑われることもなくその業者の彼女の座に収まった。


 裏業者の男性はイルマにゾッコンで、結婚も視野に入れているらしい。

 食堂で聞いた会話は、まさにこの裏業者のものだったのだ。


 団長室ではイルマは税金担当の捜査官に引き継ぎを済ませ、ベルナルドはその担当捜査官に取り調べを受けていた。

(イルマ、仕事早い!)

 

 ソニアは急に心配になってイルマに尋ねる。

「え、えーっとイルマ?裏業者の人とはこの後どうするの?」

「えぇ?裏業者の男?お縄よお縄。決まってるじゃない!」

「でも結婚する予定って言ってたわよ?食堂で話してたわ」

「そうなの?まぁ、潜入捜査の為だけの関係だったし。仕方がないわよね。私にはいい人がいるから。ふふっ」

 

 イルマが嬉しそうに微笑むと、捜査官が何人もサーカス団の天幕に入って来て団員を連行して行く姿を横目で見守っている。

 

 その中にすごい整った顔立ちの男性がいた。ソニアの知る彼女のタイプで一番の男性かも知れない。


(全てのパーツが好みから外れていない!)

 ソニアは驚愕しながらその男性の姿を見送る。

 

(まぁ、イルマもイイ女なのよねぇ。勉強も出来るし頭の回転は早いし、攻撃魔術のキレもいいし。学校では同じ学年で五本の指に入る位の見目の良さで本当にモテてたのよね。まぁその分ご令嬢からのやっかみは酷いもんだったけど)


 ソニアがその男性からイルマへと視線を動かすとイルマは半眼にしてソニアを睨んでいる。


「え?なに?」

「彼はダメだからね」

「いや私のタイプじゃないから」

「でも見てたじゃない!」

「いや、イルマのタイプの男性がいるなと思って見てただけよ」

「ほんとに?」

「ほんとほんと」

 

 ソニアのその言葉に何とか納得したイルマは、何かぶつぶつと呟いている。ソニアはラウルがどうとか……。

(うわ、ちょっと嫌かも……)

 ソニアは何だかこんなイルマを面倒くさいと思ってとりあえずスルーすることにした。

 

次回で一旦書き溜めたものがなくなりそうなので、また少しお休みします。

その間に全く別の短編を書くかもしれません。

もしそうなったらぜひそちらもお楽しみください。

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