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第三話 フェンリルの子


 喫茶店の外がザワザワと賑やかになり、悲鳴も聞こえる。

「天幕の方で魔獣が暴れているらしい!誰か!加勢してくれ!」

 喫茶店に駆け込んできた中年の男性が叫んだ。

 

 三人が店の外に出ると、確かに天幕から大勢の観客らしき人たちが飛び出して来た。

 走って行く人々の合間を縫って中年男性が案内した天幕の入り口から、イルマを先頭にテーを肩に乗せたソニアとラウルの順に天幕の中に入って行く。


 天幕の中――。ステージの上には調教係の団員だろうか、暴れている魔獣をなんとか落ち着かせようと声をかけている。


 ガルルルルゥッ

 唸り声を上げているのはフェンリルの子どものようだ。首輪をつけられ、強く団員に引っ張られていて、それに抵抗するかのように首を振り後退りしている。

 

 ステージの周り、観客席を見れば、あちこちに血の跡が残っている。


 たぶん何かの理由でショーの最中に突然人に襲いかかったんだろう。後から首輪をつけて大人しくさせようとしたに違いない。

 あの首輪はおそらく魔導具だ。どこかに術式が記述されていて完全な状態ではないが、魔術が発動しているようにソニアには見えた。


 ソニアが詠う準備をしようとするが、ほぼ同じタイミングで子フェンリルは再び暴れ出した。

 首輪についたロープを掴んでいた調教係の団員は、子フェンリルが咆哮を上げ、強く首を振った勢いでステージ上から観客席まで吹き飛ばされた。


 子フェンリルはすぐにこちらに照準を合わせ今にも襲いかかってきそうだ。


 (そもそもどうしてこんなことになったのかしら。何か……引っ掛かるのよね。もやもやするって言うか……。えぇっと何かしら。よく考えてみないと)

 ソニアはここに至るまでの経緯を丁寧に振り返ろうとした。

 

 そうしている間にも子フェンリルはステージ上を端から端へと暴れ回り、一輪車も吹っ飛ばしてクニャリと曲がってしまった。


 すると傍でテーが異音を発した。柔らかく高い音だが、耳障りではない。寧ろ聞いていると穏やかな優しい気分になる音だ。その所為かフェンリルの動きは少し鈍くなったようにソニアは感じた。


 テーも協力してくれている。


 その様子を見、自身を落ち着かせながらソニアは考える。

(この街に来て、サーカスの天幕の前を横切ろうとしてイルマに会ったのよね。……一旦イルマとは別れて、宿をとって。……そうラウルと食堂に行ったのよね)


 思い浮かぶのは、近くの食堂での会話。

 

『「イルマってお前の女だろ?いい女だよなぁ?」

「そうだろ?今回のことで手柄立てたら一緒になろうと思ってんだ」

「じゃああの子どももさっさと売っちまわないとな」』

 

(あれはイルマと一緒になる為に手っ取り早く子どもを売って金にしようってことなんじゃないかしら?!ってことはあの子どもって……もしかしてフェンリルの子どものこと?)

 

 ソニアは考えてある結論に達した。

 それは彼らが無許可で魔獣狩りをしている可能性についてだ。

 

 そしてイルマのこと。

(イルマは今何して生活しているんだっけ?)

 学校を卒業する時にした会話。ソニアは制服姿のイルマを思い出していた。

(学校を卒業してどこに就職すると言っていた?――ええっと……確か……)

 記憶の中のイルマは楽しそうに将来の夢を語っていた。

『ソニア!私――――になるわ!』

 ソニアは意識から解き放たれるように現実に引き戻される。


 ソニアはハッとしてイルマを見つめた。

 イルマはソニアの視線に気づくと微笑んで、すぐに詠唱を始めた。

 その微笑みはあれだ。

 バレちゃったか、ってやつだ。


「水の精霊よ」

 イルマは握りしめた左腕を上に突き上げると人差し指の指輪についた金属板をフェンリルに向けて差し出す。

「大気に宿し同じ志を持つ者よ」

 イルマは攻撃魔術の使い手だ。その詠唱は正確で繊細。

「今ここに集え。魔獣フェンリルを我魔力により我元に拘束せよ」

 イルマの唱えた水属性の魔術は指輪の金属板から激しい渦を巻きながら高速でフェンリルに襲いかかる。


 ソニアはイルマの水魔術の動向を気にしながらムビラを手に構え、先ほど吹き飛ばされた調教係の団員の様子を見守った。


 彼は受け身を取れず強く背中を打ったようだったが、命に別条はなかったようだ。

 この隙に腕と足の力で床を這いずり、出口に逃げようとしている。


 ソニアはそれを横目で見送ったが、そうこうしている間にフェンリルはイルマの水魔術を飛び跳ねるように床を蹴って避けた。パシャンッと水が飛び散ってソニアとラウルに掛かった。


「チッ」

 イルマは舌打ちして向かって来る子フェンリルを避ける。

 

 ソニアは子フェンリルに向けて眠りの詩を詠う。

 

 (兎に角今はあの子の動きを封じなければ)


 ソニアはムビラを奏で詠った。ラウルを眠らせた時にも詠った詩だ。

 だがフェンリルは首を振り、眠ることを拒んでいるようだ。


 するとそばでイルマの魔術と子フェンリルとを見ながら考えるようにしていたラウルがあることに気づいた。

「もしかして、こいつ怪我してるんじゃないのか?ほら」


 ラウルがそっとフェンリルに近づく。

 子フェンリルは警戒して後退るが、ラウルがさらに近づくと唸り声を上げながらもその場に留まった。


 ラウルが手を差し伸べると彼はクゥンと小さく鳴いて、伏せた。そうすることで怪我をしているところを見せようとしているのかも知れない。

 

 そしてソニアはラウルが指すところを見れば、彼の言う通り、子フェンリルの足は痛そうに赤く腫れ上がっている。

 

「これは……酷いわね」

 イルマがチラリと調教係の団員を見れば、彼はばつが悪そうに項垂れている。

 おそらく、この者だけではないが団員たちで調教していることを理由に、この子に暴力を振るっていたのだ。

 だからこの子はそれに反発して暴れた。


「ソニア。ちょっと待って」

 ソニアが納得して、回復の詩を詠おうとするのをラウルが制止した。

 そして不敵に微笑む。

 

「ちょっと試したいことがあるんだよね」

 

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