第七話 出会い編の舞台裏 策士コリンの憂鬱 ③
第七話の三つ目のお話です。
会が始まるとラウルは速攻で村の者たちに囲まれた。
豪華な料理いくつも並べられ色とりどりの花々が飾られているコリンの自宅の応接間には、村一番を競う演奏家たちが集い順番に演奏している。
(全く。兄ちゃんは何やってんだよ)
ラウルの傍にソニアはいない。
コリンがキョロキョロとソニアを探して応接間を端から端へと見渡すと視界の端に普段よりも少しだけ華やかな装いの彼女を捉える。
ラウルが村の者、主に女性たちに取り囲まれている間、ソニアは一人美味しい料理に舌鼓を打っていた。その表情はとても晴れやかだ。
ソニアのそばにも村の男性たちが変わる変わるやって来ては褒め称えるが、彼女の態度は意外と素っ気ない。
(困っている人には優しいけど、下心があるような者にはにべもない態度。きっとそう言うことが分かっちゃう人なんだろうな)
コリンはそう思いながらソニアを観察する。
今のソニアはそれなりにドレスアップしている。
普段からシワのなりにくいドレスを持ち歩いていているんだろう。この為に準備するような時間もなかったし、そこまで旬な装いでもなかった。こういう準備をするのはただ旅慣れた人だけではない。
例えば貴族。
彼らは旅をするのにもお供に何人もの従者や侍女を従わせ、衣類や宝飾品をいくつも持って行くそうだ。
旅先でパーティーに招待される場合もあるし貴族なら当然のことなのだろう。
貴族なら習慣としてドレスを持ち歩くことが身についているということだ。
他であり得るのは色々な衣装を使う大道芸人とか、平民でも王宮に取り立てられた文官などはパーティーに出席する機会があると聞くから旅で持ち歩くのもおかしくはないだろう。
(でも、一番あり得るのはやっぱり。……彼女は貴族なのかな……?)
でも本当にそうだったとしても彼女がそれを明かさない以上は今まで通り接するのがいいとコリンは判断した。
コリンはソニアに声をかける。
「お疲れ様でした!今日は本当にありがとうございました」
コリンは深くお辞儀をしてお礼の言葉を告げ、微笑むソニアにそのまま続けて問いかけた。
「会が始まってから、兄ちゃんとは話しました?」
「いえ?彼は今日の主役なんですからわざわざ私となんて話さなくてもいいんですよ?……だって彼はやっと左手に悩まずに生きていけるんですから!きっとこの村でも役立つはずなんです。だからこそもっとこの村の人たちと打ち解けないと!」
ソニアは確信を持っているようでうんうんと何度も何度も頷く。
(あぁ、ソニアさん……分かってないなぁ?……兄ちゃんの気持ち)
「あの……ソニアさん?兄ちゃんは、兄ちゃんは多分……」
コリンが言いかけて視線を上げると慌てた様子のラウルが近づいてくるのが見えた。
コリンはすっとその場から離れた。
(兄ちゃんが来たなら本人からその言葉を聞くのがいいよね)
ソニアさんが声をかけた僕の方に一瞬視線を向けたけど、僕は気にせず遠ざかった。
(ソニアさんごめんなさい)
コリンは心の中でソニアに謝罪しながら、室内の状況を確認する。
(……えっと兄ちゃんがこっちに来れたってことは兄貴たちがうまくやってくれたってことかな?)
コリンはニパッと口を孤を描くように笑みを浮かべた。
コリンの二十歳と二十三歳になる二人の兄はコリンとよく似た顔立ちをしている。
(いや、僕なんかよりずっと整っていて男前なんだけどね)
そんな兄二人が可愛い弟である僕の為に協力してくれたのだ。
*
それは今朝のことだ。
コリンは父である村長の執務室を訪れていた。そこには二人の兄も同席していて、お祝い会について打ち合わせをしていたのである。
コリンはこの時、長男のリョカ兄と次男のシェル兄に相談したのだ。
「きっと兄ちゃんは戻って来たら多分皆んなに取り囲まれると思うんだ。兄ちゃんの性格から察するに、会の間に話しかけてくれた人たちをいちいち断ることが出来なくて、ソニアさんと話す時間も取れない気がする。だからリョカ兄とシェル兄に協力して貰いたいんだよね」
「へぇ?面白そうじゃん」
「お前が俺らにお願いだなんて珍しいな?なんか訳があるんだ?」
二人の兄はコリンの顔を覗き込む。
明らかに面白がっていて、何だか少し不愉快な気分になってコリンは眉を顰めた。
「……なんでもいいだろ?兄ちゃんが奥手過ぎるんだよ」
「あぁ――。な〜る」
「いいんじゃね?手伝うよ。何をすればいい?」
コリンよりはラウルと年齢が近い二人の兄は、何やら察してそれを好意的に受け止めてくれた。
そうして二人が協力してくれることになり、コリンは作戦を伝えた。
「名付けて『木を隠すなら森の中!イケメンを隠すならイケメンの中!大作戦』だよ!」
思わずガッツポーズをする。
「ダセェ名前」
「俺は作戦名としては分かりやすくていいと思うよ」
(兄ちゃんの傍にリョカ兄たちを投入する。そうすれば、この村の村民は普段あまり話す機会のない兄たちと話したがるに違いない。二人とも普段は村にあまり長く滞在しないからな。
村民がリョカ兄たちに気を取られている間に兄ちゃんはソニアさんの元に近づくことができれば、後は自分で何とかするだろう)
そう思ってすぐにそれを否定する言葉が次々と思い浮かぶ。
(え?何とかするでしょ?いい大人なんだから何とかするよね?えぇぇぇ……何とかしてください!)
コリンは少し不安になった。
(せっかくリョカ兄たちが協力してくれることになったのに、当の本人が何とかしないなんてことはないよねぇ?)
コリンは僅かに心に残る不安を無理やり追いやった。
(それにしてもリョカ兄たちは本当によくやってくれた!)
コリンの二人の兄が村民の輪に入ると早々に何人もの女性たちに話しかけられる。
彼らが投入されるとほぼ同時に波が引くようにラウルは解き放たれた。
そしてハッと我に帰り、ソニアを探し始める。
すぐに彼女を見つけたようでラウルはそそくさと移動始めた。
目指すは分厚いローストビーフに齧り付きうっとりしているソニアのところだ。
(兄ちゃん、ソニアさんと二人で話している。さっきから遠くで二人の様子を見ていたけど、何やら様子がおかしいんだよな)
ラウルが右往左往してソニアを避けるように室外に飛び出して行く。コリンは嫌な予感がして、ラウルの後を追った。
小走りで通路を通り過ぎて行くラウル。
コリンは後ろから呼び止めた。
「兄ちゃん。どうし……兄ちゃん?」
「コリン」
兄ちゃんは絶望に打ちひしがれていた。
「どうしたの?!もしかしてもうフラれた?!」
「フラれてない……ってお前なんで?!」
ラウルは赤面している。
(え?なんで知ってるのかって言いたかったの?もしかして今まで隠せてると思ってたの?!それこそ驚きなんだけど!)
半ば呆れてコリンは穏やかに問いかけた。
「……兄ちゃんバレバレだから。でどうしたの?」
「コ、コリン……ソニア、明日出立するって……」
ラウルのその愕然とした表情にフッとコリンは笑みを溢す。
(そりゃそうだ。兄ちゃんはそんなことも考えてなかったのか。……早い遅いはあれど、ソニアさんは旅の途中なんだ。この村には立ち寄ったに過ぎない。……そして、この村に立ち寄らせたのは、他でもない僕だ。)
「……で?兄ちゃんはどうしたいの?」
「…………行き……」
「え?なんて?」
あまりにゴニョゴニョと小さな声で言うもんだからコリンもイラッとして言葉少なに聞き返す。
「――っ俺も一緒に行きたい!!」
「だったら、それを本人に言うべきだろ?」
「……あぁ、そっか。そうだな」
ラウルは顔を上げコリンを見つめる。
「すまない。お前は俺よりずっと大人だな。うん、言うよ。ソニアに」
ラウルにもう迷いはないようだった。




