040
「どうした兄貴、浮かない顔してさ」
「お前は俺を飛頭蛮か何かと勘違いしてるのか」
「いや、お前は蝿男だろ」
憂原と別れ、帰宅したリビングにて、ソファに座った妹に冗談を飛ばしたら罵倒染みた言葉が返ってきた。何だ、流行ってるのか、俺いじめ。
「浮かない顔してるとは言うがな楔、俺が浮いた顔してる時があったかよ」
「そう言われると確かに、大体兄貴はいけない顔をしてるよな」
「いけない顔はしてねえよ!」
そんな犯罪者みたいな!
いけるよ!全然いけるよ!いけてる顔してるよ!
「悪い悪い、間違えた。大体兄貴は売らない顔をしてるよな」
「どんな顔だ!」
そんな災害時の性悪露天商みたいな!
売るよ!何だって売るよ!定価の5倍でな!
「冗談冗談。大体兄貴は儚い顔をしてるよな」
「薄幸少女か!」
そんなちふゆさんみたいな!
俺の顔で儚いのは黒目の存在感くらいだよ!ほぼ黒胡麻だよ!
「何か抱え込んでるのか?性犯罪とか」
「兄に犯罪者の汚名を着せるのはやめろ」
「私はどんな時だって兄貴の味方だからな」
「優しくするな」
家に帰ってくる度にこの妹、同じ姿勢をとっているなと思うのだが、またもこうしてリビングのソファにふんぞり返っている。最もテレビが見やすい位置に。ふんぞり返っている。
ふんぞり返ったまま、妹は言う。
「そういえば性犯罪繋がりで思い出したんだけどさ」
「最悪な繋がり方だな」
「性犯罪だけに?」
うまくない。まずい。
「さっきもニュースを観ていたら、女性を暴行して後に殺害――ってな事件があったんだけど」
「絶えないな。物騒な世の中だよな、本当」
「どうして殺す必要があるんだろうか」
どうして――と、言われても。
物騒な疑問を投げかけられた。
「そりゃあお前、口封じのためだろうよ」
「口封じねえ。必要あるか?口封じ。だってレイプされても泣き寝入りって実際多いらしいぜ。放っておいても性犯罪者が犯した性犯罪は闇に葬られるんじゃないの?」
「泣き寝入りする女性が多いってだけで、そんな情報を鵜呑みにしてイかして生かして返したところ、通報されましたじゃあ話にならないだろうが」
「まあ、そうだけど。例えばだけどさ、兄貴が一時の気の迷いと欲求不満が祟って女の子を襲ってしまったとしよう」
「笑えないな……」
「笑いごとじゃないからな。……正直に言ってみ。兄貴は、事が済んだ後どうする?」
「事が済んだってことは、俺はこの上なく冷静になってるわけだろ。たぶん、自分の犯した罪を再認識して、自分の犯した女性に謝る」
「謝って許してもらえりゃ警察はいらないな。タフな相手だったら、下手に出た兄貴をその事実で脅して、いいように使う。そして奴隷のように扱われた兄貴は最終的に堪忍袋の緒が切れて女性を殺害……と」
「より悪い結果に!」
「やってしまったものはしょうがねえだろ。謝るなんて許しを請うような真似はやめて、黙って去るが一番正解に近いと私は思うぜ。きっとそれが、自分のためにも相手のためにも、一番いい。その場で自決なんてのも、被害者の女性にダブルトラウマだから、もっての外だな」
「ふうん。難しいんだな。強姦って」
「そうだな。学校教育の一環として、性犯罪をもっと大きく取り上げるべきだと、私は思うぜ」
「断固拒否だよ」
国語数学よろしく、黒板の日程表に『3限:性犯罪』なんて並んでるのか。シュール過ぎるわ。
略して性犯?学生が性犯たりーわーとか言うの?世も末だよ。
「暗い話題は置いといてさ、楔」
「兄貴の人生はそう暗くないと思うぞ」
「誰の人生が性犯罪と共にあるんだこの野郎」
視線どころか顔の向きまでちゃっかりテレビのままに、楔は失礼極まりない。
「お前さあ、去年文化祭って何やってたっけ?」
「うん?文化祭?兄貴、来てなかったっけ?」
「俺が行くわけないだろ、母校の文化祭なんか。その時の俺はわざわざ高校生に紛れてアウェー感を楽しみに行くほど暇じゃあなかったぜ」
「文化祭はアウェー感を楽しむものではないけど、そうだっけか。私のクラスは、スタンプラリーだったな。校内を歩き回ってスタンプを集めて来いって」
「面倒臭いな」
「全部集めて回ってきたのは高校生以下だけだったぜ。父兄の方々も、先生方も、校内踏破がよほど厳しかったと見える」
「景品とかあったのか?」
「私のブロマイド」
「いっらねえ!」
最っ高にいらねえ!暴虐の限りかお前!誰が喜ぶんだそれ!
「わりと好評だったぜ。ほら、私、後輩にモテてたから」
「え、そうなの?初耳なんだけど」
「後輩の女子にな?」
「あー……」
そういえばよくこいつに見せてもらってたっけ。
後輩の写真。こいつ付きの写真。随分と仲が良さそうに見えたものだけれど、あれはなるほどそういう。
「楔さんってば大人気だったからな。兄貴と違って」
「うるせえよ」
「後輩ちゃん達に聞いてみたことがあるんだけど。私の兄貴、知ってる?って。外喰要、知ってる?って」
「…………」
「誰一人として知らなかった」
「言わなくていいよ!」
そんな真実聞きたくなかった!卒業式で名前呼ばれてるのに!
やっぱり現実なんてあまり見ていて気持ちのいいものじゃあないよな。ほどほどにしとかなきゃな。いつまでも見ていると、どんどん駄目な人間になっていく気さえしてくるぜ。怖い怖い。
最近――というか春辺りからだけれど、この妹がつるんでいるやたら可愛い女の子――伊久川懐未ちゃんも確か俺や楔と同じ紀柴木高校の学生だった筈だ。二人は在学時代からの付き合いなのだろうか。
「ああいや、違うぜ?懐未ちゃんは卒業してから会った。私としたことが、あんなに可愛い子がいたなんて、全然気付かなかったぜ」
「懐未ちゃんは今三年生だよな。ということは俺が三年の頃に入学して来てる筈なんだけど、俺も気付かなかったな。視界に入ってりゃあんな美少女、忘れるなんてことはないと思うんだが」
髪の色だって派手だし。それはもう鮮やかなオレンジだし。オレンジというか、山吹色?目に入れば、意識してしまうと思うのだけれど。
まあこの兄妹が、揃って入学式を寝て過ごしていたというのも、要因の一つなのかもしれない。
「兄貴は行ってないから知らないだろうけど、私は懐未ちゃんちの文化祭行ったんだよ」
「前半は言う必要ないだろ」
「懐未ちゃんちは、喫茶店というか、何て言うんだろうな。茶屋?みたいな。教室を学生レベルの和風な内装にして」
「毒のある言い方だな」
「店員は皆割烹着なんだけど、懐未ちゃんだけミニスカ着物にエプロンドレスで猫耳だった」
「イメクラか!」
何だそのスポットライト!
クラスメイトに祭り上げられてその気になっていても可愛いし、無理やりやらされていても可愛いし、むしろ自分からノリノリで立候補していても可愛い!どう足掻いても可愛い!
俺も見たかった!
「違えよ、茶屋だっつってんだろクソ童貞。何がイメクラだ。行ったこともないくせに」
「どんな罵倒も受けてみせる。だが楔、その時の――なんだ。証拠写真的な物は、現存してはいないのか?」
「うわあ凄え。鼻の下が伸びるってこういうことなんだな」
どうやら俺は今、鼻の下が伸びているらしい。やれやれ、どこまで行っても人間って奴は、自分を客観的に見ることはできないらしい。
楔は黙って携帯をいじっている。
「……あるにはあるけど」
「頼む」
「ううん……。まあ、いいか……」
楔が携帯の画面をこちらへ向けてきた。
そこには、着物を少々はだけさせ、頬は紅潮、息荒らげにこちら(撮影者)を見つめる猫耳姿の懐未ちゃんが写っていた。
「今晩使っていい!?」
どんな状況だよ!
「駄目。それにこれは私が懐未ちゃんとこにお邪魔した時に厨房というか、教室の隅の控え室でさ、ちょっと遊んでたら何だかそんな雰囲気になっちゃってね。私は至ってノーマルなんだけど、あまりにスケベチックだったから記念に撮っちった」
「何でだよでかした!」
「そうは言ってもキスまでしかしてないし」
「しっぽりやってるよ!というかまたかよ!」
「あの子、随分と欲しがりさんでな……よくせがまれるんだ」
「俺の妹が色男みたいなこと言ってる!」
女子の遊びってそういうもんなの?
ひょっとして懐未ちゃんって百合っ子なんじゃないの?
どうなの?
もしそうだったとして楔とそういう仲になったら、僕は兄として記念写真が欲しいです。
あ、最中のね?
「あー、懐未ちゃん可愛かったなー」
「あー、俺も見たかったなー」
「私でよければ着るけど?」
「お前ではよくないから着なくていい」
「あ、そう……」
せっかく顔も似ていることなんだし、俺がちょちょいと楔に変装してやれば、胸ぐらい触り放題なんじゃないだろうか。パンツくらい眺め放題なんじゃないだろうか。匂いくらい嗅ぎ放題なんじゃないだろうか。
いやいや、それは流石に。いくらなんでも。兄として、人としてのプライドが許さないだろう。
だけれど俺は、大切な物のためならいつだってプライドを捨てる覚悟はできている。
「しかし、茶屋な。まあなんだ、喫茶店と似たようなもんだな」
「そうだな。飲食店。というか何、兄貴?出し物やるの?」
「ああ。実行委員に抜擢された。まんまとな」
「押し付けられたって正直に言えよ」
「相方が使えない野郎でな。俺が何とかせねばなるまいと思って」
「お化け屋敷とかは?」
「おいおい楔。馬鹿にするんじゃねえよ。仮にも情報系学校のデザイン科がお化け屋敷なんて、ちゃんちゃらおかしいぜ」
「お化けのデザインすりゃいいじゃん」
「俺に独創性はないぞ」
「頼りないことこの上ないな」
「それに、そんなスペースはないんだ。教室内はうちの科の展示物でほとんど埋まるから、ほんの一部分しか使えない」
「不条理だな。それもう作品展示だけでいいだろ」
「俺もそう思う」
そう思うんだけど。たぶんクラスの連中もそう思ってるんだろうけど。担任もそう思ってるんだろうけど。
だったら何で出し物なんかやるんだ。
満場一致でいらないじゃないか。
この世の不条理、ここに極まる。
「だが決まっちまったものは仕方がない。やるしかねえのさ」
「ふうん。頑張れよ。私はバイトと学校説明会巡りで忙しいから何の力にもなるつもりはないからな」
「結構だ。お前の手は借りんよ」
「いや、今しがた知恵を借りようとしてきたんじゃないのかお前」
「知恵は知恵だ」
さあて。
明日も中村と作戦会議だ。俺の方は収穫なしと伝えなければならん。そして奴からの収穫なし報告を受けなければならん。大忙しだ。
風呂に入って飯食って、そんでさっさと寝るとしよう。
「収穫なしだ」
「ほー、奇遇だな」
「やはりか」
何だこの会話。馬鹿みてえ。
「え、何、二人共なの?何してたのさ」
昨日からしてみれば翌日のこと。
今日からすれば今日のこと。
またも日中の授業課程を終え、放課後会議と洒落込む俺と中村の輪に、九里古里千切は自然に参加している。
「麻柄々と憂原と妹に聞いてみたんだけど、全然参考にならなかった」
「麻羽桐と懸厳蒐と牙綺に聞いてみたんだけど、全然話にならなかった」
「外喰くんはまだいいとして中村くんはもうそのチョイスがおかしいよね!?明らかに人選ミスってるよね!?麻羽桐さんはチンピラだし懸厳蒐さんは古過ぎるし牙綺さんに至ってはもう学歴ないよね!?」
麻羽桐軍司とは、『繁栄派』内部ランキング第10位の男で、『狂信者』を持つ異能使い。面識はないが、独自の派閥を築きチンピラを纏め上げている猿山の大将らしい。
懸厳蒐拿國天とは、『繁栄派』内部ランキング第2位の男で、『阿吽』を持つ異能使い。面識はないが、上層部の護衛を務める古株で、齢84になるらしい。
牙綺藍三とは、『繁栄派』内部ランキング第5位の男で、『刃渡八景』を持つ異能使い。面識はあるが、拷問屋でロリコン、キチガイ染みたキチガイ野郎らしい。
「んだと九里古里ィ。麻羽桐と牙綺に関しちゃ何も言うことはねーが、懸厳蒐に聞いたのは悪くねーだろ。温故知新という言葉を知らねーのか」
「麻羽桐さんと牙綺さんのチョイスが間違ってたことは自覚してるんだね……。まあそうだね。お年寄りの人に聞くという案自体は悪くないのかも」
「ただまあ話にならんかったけどな」
「だよね」
何だ。俺に分からん話題で盛り上がるな。
強いて言えば牙綺の話題なら分かるが、それはむしろ聞きたくない。
役立たずの男二人に代わって、関係のない九里古里が仕切る。
「分かった分かった。二人共、何もいい案はなかったんだね。それじゃあ僭越ながら私から提案があるんだけど」
「おう九里古里。言ってやれ言ってやれ」
「つまんなかったらただじゃおかねーけどなァ」
「あれ、おかしいな……。恩着せがましいようだけど、私は二人に協力してあげてる筈なんだけどな……」
九里古里が意見を発表する前に不安に駆られている。何が彼女をそこまで追い詰めているのか。
「ま、まあいいや。私が考えたのは似顔絵コーナー」
「却下」
「つまんね」
「ちゃんと聞きなさい」
出される意見に対してのコメントだけはシビアな男達である。
「教室の一角を受付にしてね、お客さんの写真を撮るの。それで、他の教室を見てもらってる間に似顔絵を描くんだ。で、帰る時とか、時間をおいて取りに来てもらう」
なるほど。
確かに、その場で描いてちゃ後がつっかえるし、時間がかかり過ぎる。スペースもとれないし、回らなくなる。
だけど写真を撮って一度帰すのならば、見られている緊張もなく作業に専念できるし、ある程度の人数には対応できる。
「受付はもちろん君達がやることになるんだろうけど、それでも似顔絵は協力してもらえばいいじゃない。何も、そこまで君達だけに任せられてるわけじゃないでしょ」
それはそうだが。
問題がある。
「そいつはなるほど面白い案だとは思うが九里古里、重要な問題があるだろ」
「何かな?」
「俺達はデザイン科であってイラスト科じゃあないんだぜ」
「知ってるよ?」
承知の上だよ。そんな表情を、九里古里は浮かべた。
「だから――デザインするんだよ。お客さんの似顔絵を。私達イラスト科はそりゃもう好き勝手自分の好きなイラストを描いて展示しているけど、所詮皆漫画アニメタッチなんだよね。私もだけど」
「いや、お前のは違うだろ」
漫画アニメタッチ(あだち充作品ではない)にも触れてないだろ。何か変な線が引いてあるだけだろ。
九里古里千切は絵が下手だ。
利き手を封印しているのではないかと疑うくらいに絵が下手だ。タッチもクソもない。とにかく下手糞なのだ。
「だけど、君達はデザイン科だ。デザインすればいいんだよ。ただ写真に似せて描いたって面白くないし、時間がかかるだけ。だったら、簡略化でも何でもして、自分のデザインにしちゃえばいいんだよ」
「………………」
「………………」
随分と。
「却下」
「えっ?」
簡単に言ってのける。
「無理」
「あれっ?」
素晴らしい案だと思う。
思うがしかし。
それはできるならばの話である。
そもそも俺がメインとしているのは広告チラシ系のデザインだし、ただ単に人の顔をアレンジするのであればわけはないが、各個人を特徴付けて印象付けて平面化するなんてこと、おいそれとできるわけがない。それも一日で何人、何十人と。まず圧倒的に時間が足りない。そして何より技量と経験が足りない。例えクラス全員が協力的な姿勢を見せてくれたところで、到底完遂できるとは思えない。
ありがたい案ではあったが、荒唐無稽なのだ。
「そ、そうなの……?デザイン科の作品ってどれも凄いと思ってたから、そんなの簡単にできちゃうんだろうと考えてたけど、そんなに難しいことだったんだね。ごめん、いい案だと思ったんだけどな」
「気にすんな九里古里ィ。ドンマイドンマイ」
「そう落ち込むなよ。切り替えて行こうぜ」
「君達の仕事は私を励ますことじゃないけどありがとう……」
本当に。
本当に案としては素晴らしいものだったと思うのだけれど。
いざ決行してこっちはボロボロ、作品は中途半端でお客さんに渡ってしまったのならば、クレーム必至なのではと危惧してしまう。所詮学生のお遊び半分と受け取ってもらえたならばそれでいいのだが、万が一にも反感を買ってしまってはまずい。文化祭どころではなくなってしまう(あとたぶん俺達が責められる)。
「さあて、振り出しに戻ったな中村」
「そーだな外喰。どーするよ」
「そういや今日は九里古里がタイツじゃなくて生足なんだけど、どう思う」
「さーな。目の保養も甚だしいがどうだ、誘ってんじゃねーのか」
「息をするように話題を逸らすね君達は。あとべつに誘ってないよ。一昨日もそんなこと言ってたけど、君達は私をどれだけ誘惑的な女だと思ってるのさ」
日によって残暑が厳しかったり優しかったりする昨今ではあるが、九里古里のタイツ率も上がって来たというところ。ここへ来てまた生足をひけらかす九里古里を見て、一つ話題にせずにはいられなかった次第である。
九里古里の質問は無視して返答する。
「いやいや、タイツを脱ぎ捨てた女を前にして、顔色一つ変えないというのも、男としてどうなんだ」
「顔色一つ変わってないけどね。そんなに言うなら何かしてみれば?」
「じゃー、ここは俺が――」
「中村くんは駄目」
ぴしゃり。
九里古里の生足に向かって伸びた中村の細く骨張った手は、生足本体――九里古里の手刀によって打ち落とされた。
「そりゃあ、私が目の前でタイツを脱ぎ捨てたのならその時は誘ってるのかもしれないけどさ、今日に至っては朝から穿いてないわけだし」
「常に臨戦態勢ってことなんじゃねえの?」
「痴女かよ私は」
「違うのか?」
「違うけど」
痴女ではないらしい。
「たまたまだよ。たまたま穿いてないだけ。私がいつでもどこでもタイツを穿いてると思ったら大間違いだよ」
「風呂場でも穿いてるとは思ってないが」
「お風呂場でも穿いてると思われてるとは思ってないよ」
「むう。しかしタイツキャラとしてそれはどうなんだ」
「私はタイツキャラじゃない」
そして眼鏡キャラでもない、と九里古里は言った。
いや、眼鏡キャラは許容しろよ。眼鏡してるじゃん。
「タイツも眼鏡も駄目となると――」
「巨乳キャラしかねーな」
「中村くんは黙って」
ぴしゃり。
中村は黙った。
「中村の意見に賛成するのは癪だけれど、タイツキャラでも眼鏡キャラでも確立されたがらないとなると、いよいよそういうことになっちまぜ」
「まあ、でも、タイツや眼鏡よりは、巨乳の方がいいかな」
「え、そうなん?そういうもん?」
やっぱり自分のおっぱいに自信あるの?
微妙な表情のまま、九里古里は答えた。
「だって、タイツや眼鏡は言わばアタッチメントでしょ?胸は、私自身のものだし。身体の一部だし。私そのものの魅力と言っても過言ではないんじゃないかな」
「九里古里千切、取り柄はおっぱい――と」
「そこまで端的な物言いはしてない。流石に自分で魅力とか言うのはどうかとも思ったけど」
「だけど実際、お前のおっぱいは魅力的だと思うし、アタッチメントであるタイツや眼鏡もお前の魅力を相乗効果で引き出していると思う。それらのトライアングルによって九里古里千切という人物が輝いてくる事実というのは、受け入れて然るべきなんじゃないか?」
「どうしよう。外喰くんが私を褒めてくれてる気がするのにちっとも嬉しくない」
ここで中村が(中村だけの)沈黙を破る。
「待てよ。俺はべつに九里古里のおっぱいにしか魅力を感じてねーぞ」
「黙ってろよトロピカル野郎」
「今の発言最低じゃなかった?」
中村の意を汲むと、恐らくは眼鏡・タイツ・おっぱいの三つの中で、彼はその中の一つであるおっぱいにしか魅力を感じていないという意味合いでの発言なのだろう。しかし彼の発言だけを見てみれば、聞いてみれば、それは畜生のそれと変わりない。
身体目当て――みたいな。
とは言え眼鏡・タイツ・おっぱいの三銃士はそもそも外見的特徴を集めたもので、これら全てに魅力を感じていたところで、言ってしまえばそれとて身体目当てに過ぎないのだが。
「誰がトロピカル野郎だ」
「どう見てもトロピカルじゃねえか」
だってTシャツに『常夏』って書いてあるんだもの。
九里古里からの糾弾は回避(というかただの無視)し、俺の発言につっかかってくる中村。
大体お前突っ込まれるまで意固地になって着続けていただけで、今はもう文字T卒業したんじゃねえのかよ。
「卒業してねーよ。突っ込まれてからようやく自由な気持ちで着られるようになったっつーだけだ」
「まあ、どうでもいいんだけど。3ヶ月前のことだから本当にどうでもいいんだけど」
「どーでもいいと言われるとどーでもいいんだが、そういやこの間な」
中村による文字Tエピソードが始まる。
「『繁栄派』の仕事の最中のことだったんだがよ、数人での戦闘になってたんだな。こっちが3人、向こうが10人くれーだったかな。死にも喰らいもしやしねーが、流石に戦闘中は気を張ってるもんで、些細な変化に気付かねー俺がいんだよ」
「おう」
「基本的には俺を盾にして麻柄々と仕宮が遠距離から敵を仕留める……みてーな方法でつついてたんだが、その時ぶち殺された敵の返り血が俺の服に飛んだんだ」
服には『怠臥の王』の力は反映されないのだろうか。
「んで、俺の服に書いてあった『盛大』が『盛犬』になっちまってな。ふと俺が振り返ったら麻柄々と仕宮は爆笑よ」
「………………」
前のくだりが血生臭くていまいち笑えないんだけど。
「え、何が?大の字が犬になっちゃったっていうのは分かるけど、そんなに笑うこと?」
九里古里が厳しい疑問を投げかける。
仕方ないので俺が手解いてやろう。
「おい、九里古里、話の全貌が見えているか」
「大の字が犬になっちゃった……だけでしょ?」
中村は真顔。無言。
「それがどういうことか分かるか」
「え?どういうこと?ちょっと空気が和んだとか、そういうこと?」
「違うぜクリをコリコリ九里古里ちゃん」
「今凄いこと言わなかった?」
言ってない言ってない。
「中村の話を解説すると、敵の返り血を浴びて中村の服に書いてあった『盛大』の二文字に血で点が加えられるんだ。そうすることで中村の服に書いてある二文字は『盛犬』になる」
「それは分かる」
「『盛犬』……考えてみろ。字面が間抜けなだけじゃないということが分かる筈だぜ」
「『盛犬』『盛犬』……。盛る……犬……あっ」
「気付いたようだな」
「発情期か!……ってこと?」
「そうだ」
九里古里が正解へと辿り着いた。
ふと中村の方へ目をやると、安らかな笑みを浮かべていた。そしてそのまま滑らかに彼は腕組みを解き、右腕を振りかぶる。中村の動きに合わせるように、俺もまた右腕を振りかぶる。
三人しかいない教室に、手の平が打ち付け合わせられる音が響いた。
「何で今ハイタッチしたの……?」
「緊迫感ねえな『繁栄派』」
「まーな。そんなもんだろ。いやしかし、その時組んでたのが麻柄々と仕宮で助かったぜ。あの二人じゃなかったらあそこまでのレスポンスはもらえなかったろーからな」
「いや、まあ、うん、たぶん麻柄々と仕宮さんからしたらたまったもんじゃないだろうけどな」
敵の前で隙を曝け出すような状況を、まさか味方の最高戦力によって作られるとは思うまい。気の毒に。
「『犬盛ってる』って一文、あの二人合わせて16回は言ってたぜ、はは」
……うん?
ちょっと待てよ。
中村が短小包茎の童貞野郎だという話は、麻柄々も知っていた。察するに仕宮さんも知っているのだろう。
だとするならば。
最初はただ単に犬が盛っている――つまり発情期の唐突な出現に笑っていたのかもしれないが、笑う対象が次第に別のものに変化していったとするならば。
「中村」
「あん?何だよ外喰」
「お前それ、童貞が盛った犬のTシャツ着てるって意味で二人は笑ってたんじゃないか?」
中村の口角が。下がる、下がる。
隣で九里古里が俯いて震えている。
額に青筋を立てたかと思うと、中村はゆっくりと席を立ち上がった。
「外喰、俺は急用ができた。今日は解散だ」
「お、おう……」
夕暮れの教室から出て行く、『繁栄派』内部ランキング序列第1位の哀愁漂う背中を、俺と九里古里は静かに見送った。




