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異行  作者: yoho
夏休み
42/47

麻柄々去

 人を見た目で判断するのはよくないと思う。

 最近何だか何でか他人からの評価が低いというか軽く見られているというか軽いそのものというか、そんな感じがする。

 人を見た目で判断するな、というのは、内面までしっかり見たうえで判断しろ、ということだと思うのだが、これはもちろん、しっかりでなければ意味はない。それどころか評価を下げかねない。

 中途半端に知られてしまった情報が、私の評価を下げることは、それは何より悲しいことだ。私の知らないところで私の情報が漏れ、私の知らないうちに私の評価が下がる。

 そんな世界は、生き難くて当然だ。

 私は、無上に無情なこの人の世を、どこか疎ましく感じているのかもしれない。

 私はビッチっぽくなんかないと思うんだ。










「は…………」


 爽やかでない目覚めを迎えた。まあそもそも、私――麻柄々まからがらさりという人間は、寝起きはそれほどいい方でも何でもないから、爽やかな目覚めは日常的に迎えられていないんだけども。

 しかし中でもよろしくない――寧ろ悪いと言ってよい目覚めを迎えたのがこの朝である。

 理由は承知している。熟知している。存知あげている。

 昨晩から今朝方にかけてのアルコール摂取である。飲みそうだね、とよく言われる。つくづく人を見た目で判断するのはよくないと思うのだが、私は酒が強い方ではない。でも飲んでしまう。馬鹿だとも言われる。

 承知して熟知して存知あげていると大見得切ったものの、当方飲むと記憶が飛ぶタイプです。ここがどこで、どんな過程を経て就寝へと至ったのかということは、理解していないし記憶していない。さっぱり分からんちん。

 誰かのアパートだろうか。小さな部屋の大きな窓から差し込む日差しを受けながら、私は同じ布団で横になっている、未だ目覚めを迎えていない男を見つめていた。


「マジすか……」


 外喰要。

 蝿のような化け物に変身する異能力者。かつて私の所属する異能集団『繁栄派』に乗り込んで来て、散々に暴れ回って千切ちゃんを連れ去ったというか助け出した男。その際私とも交戦し、総合的な被ダメージは彼の方が多いのだろうが、結果的に見れば私は敗北した。無数の蝿に身体を貪られて。そんな過去のトラウマ復活を忌避し、友好関係を築いているものの、言ってしまえば彼と私は敵同士である。

 何で一緒に寝てんの?

 あと何で私全裸なの?

 したの?

 やったの?


「マジっすか……!」


 こんなしょうもないロミジュリがあってたまるか。

 マジかよまじーよ。

 ないって。流石にそれはないって。私そんなに股緩くないって。オマタ・ユルクナイネン。

 何で私要ちゃんと朝チュンしてるんだ。

 おかしいだろう。

 とりあえず服を着ることにした。周囲を見渡して、気付いたことが一つ。


「あれ、パンツがない……」


 パンツがないのだ。

 無造作に脱ぎ散らかされた、昨日着ていたであろう服たちを漁ってみても、パンツが出てこない。ブラは元より付けていないのである筈もないが、ノーパン主義ではないのだ。パンツはある筈なのだ。

 安らかな表情で眠り続ける要ちゃんに目をやった。


「要ちゃーん、私のパンツ食べた?」


 返事はない。

 寝ているのだから当然だ。

 私だって冗談だ。起きない程度の小声で問いかけた。返事をされても嫌だし、食べられていてはもっと嫌だ。というか殺す。

 仮に要ちゃんが私のパンツを食べていたとしても、握っていたとしても、穿いていたとしても、それを取り返そうとは思わないので、自分のパンツは諦めることにした。

 代わりと言ってはなんだが代わりに、この部屋の主のパンツを借りる。質素な部屋で物も少ないが、女性の部屋のようだ。隅にあるタンスから適当に一枚拝借して、足を通した。ついでに自分のシャツを羽織った。

 1DKかな?

 部屋の奥の引き戸を見てそう考えた。そうであれば、私が今いるこの部屋こそが、奥ということになるのだけども。この向こうに誰かいるのだろうか。誰がいるのだろうか。不安はあったが、要ちゃんが起きる前にここから脱出しようと思ったのだ。いや、この状況から脱出しようと思ったのだ。

 引き戸に手をかけ、そっと開いた。


「あれ、あれれ」


 九里古里くりこり千切ちぎり余口よぐち初古ういこ

 私のよく知る二人が、テーブルの下に足を伸ばし、部屋の間取りよりも二周り小さいカーペットの上で寝転んでいた。そして眠っていた。

 思い出した。

 私は思い出した。

 もう思い出したもんね!

 テーブルの上と下と周りにと散乱する空き缶。酒とジュース。食い散らかされたスナック菓子と市販のおつまみ。明治ミルクの破られた包装紙。

 私は千切ちゃんの借りているアパートでの飲み会(と言っても酒が飲めるのは私だけ)に招待されたのだ。そこでまた例の如く、記憶がなくなるまで飲んだということも理解した。

 そういえば飲み会を提案したのは私だった気がする!私か!私なのか!

 この面子であれば、要ちゃんがいるのも納得だ。

 それは納得だがどうして私は一緒に寝てるんだ。要ちゃんは服を着ているけど。

 まああれだな。きっと私は酔うと脱ぐんだな。たぶんそうだ。きっとそうだ。まさか要ちゃんに一途に恋している千切ちゃんのアパートで、千切ちゃんが寝ている隣の部屋で要ちゃんと寝ちゃったなんてこと、ないだろう。いや、暗喩でなくそのままの意味で寝ちゃってはいるんだけども。

 安心した風を装って(誰に対して装っているのか分からない)冷や汗を垂らしながら、私は千切ちゃんを起こす――のは怖かったので、初古ちゃんを起こした。


「んあ……あー、おはよう、去」

「おはよう初古ちゃん」


 眠そうに目を擦りながら、いつもより更に酷いくせっ毛を――寝くせっ毛を揺らして少女は言った。


「……去。後光が差してる」

「え、そう?照れるなあ」

「褒めてない。あんたの股から日が射して眩しいのよ」

「あれ、寝起き悪いっすね」

「正直な感想よ」


 股に後光って。

 私は初古ちゃんの隣に腰を降ろした。


「あの、初古ちゃん、聞いておきたいことがあるんだけど……」

「何?あんたのパンツなら外喰が食べちゃったわよ」

「マジで食ったの!?」


 パンツって食べれるの!?人体に悪影響ないの!?飲み込めるの!?

 とんでもないクッソド変態じゃん!人類の限界と常識を超えて変態した変態じゃん!


「冗談よ。あたかも本当にパンツが食べられちゃったかと信じてるみたいな反応しないでよ。私が焦るっての。あんたのパンツなら千切ちゃんの胸の谷間に挟まってるからね」

「あ、本当だ!」


 千切ちゃん何してんの!?

 痴女だったの!?レズだったの!?環瑚玖かんごくさんに鍛えられただけあるわ!


「言っておくけど、寝てる千切ちゃんの胸の谷間に脱ぎたてのパンツを挟み込んだのはあんただからね」

「何てこった!」


 変態私じゃん!私一人じゃん!人類の限界と常識を超えて変態した恥女レズは私だったんじゃん!

 類稀なるショックを受けた。


「まだ二人とも寝てるんだから静かにしなさいよ。聞きたいことって何?」


 そうだ。

 身の潔白が保障できるまで要ちゃんと千切ちゃんを起こすのはまずい。

 私は声を落ち着かせて初古ちゃんに質問する。


「あのさあのさ、酔っ払っちゃって昨日の記憶が抜け落ちてるんだけど、私、要ちゃんに何かしてた?」

「何かって……そりゃあ色々してたけど」

「倫理的によくないことしてた?」

「具体的に何をしたら倫理に反するのかよく分からないわね……」

「襲ってた?」

「あ、うん。襲ってた」


 アウトー!

 駄目だー!もう駄目だー!おしまいだー!


「外喰ったら情けないわよね。男のくせに、去に力負けするんだから」


 無理やりか……。私が強引に要ちゃんを組み伏せたのか……。


「ち、千切ちゃんは……その時何か言ってなかった……?というか止めなかった……?」

「最初は笑ってたけど、そのうち不機嫌そうになって、最終的にはふてくされてたわね」


 止ーめーろーよー!

 何を看過してるんだよー!


「じゃあじゃあ、私要ちゃんの童貞奪っちゃったの……?」

「童貞……って、何……?」


 私の4人目要ちゃんなの……?あ、変なカミングアウトしちゃった。モノローグだからいいか。


「ねえ、童貞って何なの?」

「処女と対をなす存在だよ」

「あんたのこと?」

「ビッチじゃないよ!?私ビッチじゃないよ!?」

「そういう話だったの?」

「ビッチじゃないよ!?」


 ビッチじゃないんだよ!?

 自分と千切ちゃんが経験ないからって私をビッチ呼ばわりするのはやめてほしい!二十歳で経験人数が3人って多いの!?多くないよね!?普通だよね!?あ、要ちゃんを入れたら4人か!でも多くないよね!?


「あれ、ごめん、去。私何か勘違いしてたかも」

「そ、そう!そうっすよ!私はビッチじゃないっすよ!」

「あんたは酔った勢いで脱ぎはしたものの、外喰に対していやらしいことをしたわけではないわ」

「そっちか!」


 私のビッチ認定は覆されないのか!

 いや。でも。


「……そうなの?初古ちゃんの教育上よろしくないからオブラートに包んで言うけど、私は全裸にはなったものの、要ちゃんの上に跨って腰を振ったりはしてないんすね?」

「包むと言ったなら包みなさいよ。そういうの何て言うんだっけ?騎上位だっけ?」

「何で知ってるの……。誰に聞いたんすか。鴉さんではないだろうけど」

「外喰」

「この男やはり殺しておこうか」


 すやすや眠る要ちゃんを振り返った。


「いや、いいのよ。私から聞いたんだから」

「聞かないでよ!そういうことなら私が教えるよ!こんな不純物の塊みたいな男に聞かなくたって!」


 不純物ふじゅんぶつの鎌足かまたり


「あんたに聞くと生々しい答えが返ってきそうだから……」

「ぐえーっ!」


 こんないたいけな少女に、要ちゃん以上の変態だと思われてる……。ショック……。大ショック……。


「何落ち込んでるのよ。べつに私はあんたが凄いエッチでも、嫌いになったりなんかしないわよ」

「凄いエッチじゃないよ……」


 というか凄いエッチって何さ。筆舌に尽くしがたいプレイ内容みたいな言い方しなくても。そして私がそのプレイの体現者みたいな言い方しなくても。


「あ、うん。べつに落ち込んでないっすよ。大丈夫大丈夫。とにかく私は要ちゃんとは何もしてないんだよね?」

「腕相撲してた」

「勝ったのか!」


 要ちゃん弱いな!私特に鍛えてるわけでも何でもないんだけどな!弱いな要ちゃん!


「情けない話よね。私と千切ちゃんに勝ったからって調子に乗っちゃってさ。そこで勝ち誇ってるのも情けないし、あんたに負けるのも情けないわ。負けを認めずに何度も挑んだあたりもね」

「ははー、なあんだ。腕相撲ね。はいはい。私が無理やり要ちゃんを押し倒したわけじゃなかったんすね。よかったー。安心したらお腹空いてきたね」

「何を焦ってたのか知らないけど……」


 誤解は晴れたようで、何より何より。そもそも誤解をしていたのは私だけだったんだけどね!うけるー!

 訪れた平穏に胸を撫で下ろしていると、初古ちゃんが手櫛で髪の乱れを直し(直ってない)、立ち上がった。


「ちょっとコンビニ行ってくるわね。何か食べたい物ある?」

「行く行く、行くっす。私も行くよ」

「いいわよ。待ってると時間かかるもん。あんたお風呂入ってないし、頭ぼさぼさだし、顔むくんでるわよ」

「いってらっしゃいませー!」


 任せることにした。

 頭、というか髪がぼさぼさなのは初古ちゃんも同じだと思うけど。











「うーん、んー、んー……あー……んー…………。おはよう、麻柄々さん」

「おはよう千切ちゃん」


 千切ちゃんが目を覚ました。

 初古ちゃんがコンビニに出て行って数分後のこと。テレビもつけずにぼーっとしていたので起こしてしまったということはないだろう。自然に起きたんだろう。カーペットの上に放り出されていた眼鏡を装着して、一言。


「うわ、何これ」


 千切ちゃんが自分の胸の谷間に挟まっている異物に気が付いて、それを指で摘まみ上げてそんなことを言った。

 柔らかいカーペットの上に、放り投げられる異物。


「パンツだ……」


 パンツです。

 パンツですとも。

 それも私のね。


「……誰の?」

「あはは」

「麻柄々さんの?」

「うん」

「何で?」

「何でだろうね」


 睨まれた。怖い。怖いよ千切ちゃん。睨まなくたっていいじゃんか。


「麻柄々さんでしょ」

「え、えー、何で?私が脱ぎたてのパンツを女の子の胸の谷間に挟んで喜ぶような女に見えるかなー?」

「簡単なことだよ。初古ちゃんはこんなことしない。ふざけて私の胸の谷間に物を挟むような子じゃない。外喰くんも違う。外喰くんは女の子の脱ぎたてのパンツを誰かの胸の谷間に挟むようなことはしない。そんなことをするくらいならきっと食べる」


 酷い共通認識だ!

 要ちゃん完全にパンツ食べる人だと思われてる!


「それに、外喰くんは私の胸にいたずらなんてしてくれないだろうし」


 してくれる……って、どうしてされてありがたいことかのように言うんだろう……。恋は盲目ってヤツなのかな……。眼鏡の度合ってないんじゃないかな……。


「以上のことから導き出される答えは一つ。麻柄々さん、私の胸の谷間にパンツを挟んだのはあなただよ」

「ふっ……はははっ、はっはっはっはっは!ああそうだよ。正解だ探偵さん。私はどうしても許せなかったのさ、あんたのその豊満な胸の谷間がな!」

「変に乗っからなくていいよ」

「あっはい」


 トリックを全て暴かれて動機も明らかにされた犯人が、居直るというか諦めるというかヤケクソになるというか、そんなシーン。コナンでよく見るよ。


「でも、その動機はおかしくない?」

「はえ?」


 変に乗っかったのは私だけど、そこに疑問を感じるあたり、千切ちゃんも変なんじゃない?


「私の胸の谷間が許せないなら、そこに何かを挟むなんておかしいよ。だってそれじゃあ、谷間の存在を強調することになっちゃうじゃん」

「言われてみればそうっすね。じゃあどうすればよかったのよ?」

「そっと布を被せる」

「優しさか!」


 風邪をひかないようにか!


「もしくはセメントで谷間を埋める」

「拷問か!」

「トラウマが……」


 千切ちゃんが頭を抑える。

 『繁栄派』に拘束され、藍三ちゃんの拷問を受けていた。その時の、まだ新鮮なトラウマが彷彿とされるのだろう。

 確かに私もデリカシーなかったけど、谷間にセメントなんて言う方が悪いと思う。


「なんてね。冗談だよ。牙綺さんはセメントなんてかけなかったし。石灰ならぬ切開だったよ。胸の両方を切り開いて――」

「ごめん。ごめん。私が悪かったっす。この話はやめにしよう」

「まだ朝だもんね」

「夜でも拷問の話はしないっすよ!?」


 その話をされると私が責められているような気分になる。助けなかったことに関して。いや、だって、私もそこまで酷い内容だとは知らなかったし。言い訳、なんだけど。

 環瑚玖さんが通い詰めてることは知ってたから、てっきりエロ拷問だと思ってた。


「うん?あれ――」


 私の頭から反省の二文字が早々に消え失せた頃、千切ちゃんが何かに気付いたような声を漏らした。


「麻柄々さん、それ、私のパンツ」

「あ」


 そうだったね。千切ちゃんのパンツ借りてるんだったね。千切ちゃんの胸の谷間に私のパンツがあって、私の股間に千切ちゃんのパンツがある。等価交換だね。……なんて言ったらぶったたかれそうなので、考えるだけに留めた。

 私の格好はと言うと、千切ちゃんに(勝手に)借りたパンツと、自分のシャツを着ている(前は締めてない)だけだ。そりゃあバレる。バレて困ることもないんだけど。


「ごめんごめん。借りてるっす」

「べつにいいけどさ。自分の穿けばいいじゃん」

「起きた時、見当たらなかったから、つい」

「自分でここに入れたのに?」

「うん」


 自分の胸の谷間を指差す千切ちゃん。誘ってんのか。


「借りる時に見たんだけどさー、黒ばっかっすね。勝負下着?」

「黒い下着が勝負下着なら、私は常に臨戦態勢ってことになるね」

「いい心がけじゃないっすか」

「麻柄々さんじゃあるまいし」

「そういうキャラ付けやめて!」


 またビッチとか言うの!?ビッチじゃないよ!至ってビッチじゃないよ!


「でもあれっすね。どれもこれも黒だと、いつ勝負すればいいのか分かんないっすね」

「分からなくていいよ。それに私、勝負下着なんて持ってないから」

「またまたー。そんなこと言うけどさ、実は今穿いてるのがそうなんじゃないのー?」

「そそっそそそそそ、そんなわけないじゃん。何言ってるの麻柄々さんは本当に淫乱だよね考えることが常軌を逸してるよ全く」


 図星かよ。

 しれっと私を淫乱呼ばわりしやがって。

 要ちゃんが家に来るからって勝負下着を穿くのはいいけど、私と初古ちゃんがいる中でそれをどう活用するつもりだったんだろう。不意に見られてもいいようにだろうか。


「どんなの穿いてんの?どれ、お姉さんに見せてみ」

「セクハラ!セクハラだよ麻柄々さん!外喰くんみたいな顔になってるよ!」


 本当に要ちゃんのこと好きなの……?それでいいの……?


「そういえば麻柄々さん、初古ちゃんの姿が見えないけど、どうしたの?帰っちゃった?」

「初古ちゃんならコンビニに買い出しに行ったっすよ」

「そうなんだ。悪いことしたな。一人で行かせちゃって」

「着いてくって言ったんだけど、断られた。あんたを待ってると遅くなるって言われて」

「うん。だろうね。麻柄々さんお風呂も入ってないでしょ。入ってきた方がいいよ」

「臭う?」

「臭わないけど」

「香る?」

「香らないけど」

「漂う?」

「何が?」


 分かんない。

 言ってみただけ。


「そー。風呂入ってないみたいなんすよねー。そのまま寝ちゃったみたいで。私、酔うと記憶飛ぶタイプなんすよー」

「知ってる。もう大変だったよ、昨日は」

「脱衣腕相撲大会してたらしいっすね」

「脱衣してたのは麻柄々さんだけだよ。全員で負けたら脱ぐ腕相撲大会をしてたみたいな言い方はやめて」

「私全敗じゃないっすか」

「全勝だったけどね」


 女子同士でもしてたのか。そんなに盛り上がるかな。腕相撲。


「要ちゃんってば、私に勝とうと必死だったみたいっすねー。あはは」

「記憶が飛んでれば許されるってわけじゃないからね」

「えっ」


 何かした?

 やっぱり何かしでかしてたの?私。


「腕相撲を始めた時、麻柄々さんはもう脱いでたんだよ。パンツはまだ穿いてたけど」

「はあ……」

「これ、どういうことか分かる?」

「分かんないっす」

「胸を見せ付けたまま腕相撲してたんだよ」

「何……だと……!?」


 マジかよ!私のおっぱい要ちゃんに見られ放題だったのかよ!

 顔合わせ辛っ!


「ああ、勘違いしないでね。外喰くんには大事な部分は見えないようにしたから」

「え、どういうことっすか?ニップレスでも貼り付けてくれたんすか?」

「かえって卑猥だよ。そもそもこの部屋にそんな物はない」

「じゃあどうやって」

「私が麻柄々さんの後ろから乳首を手で隠してた」


 かえって卑猥だよ!ニップレスどころじゃねーよ!むしろありがたいよ!普通に女子のおっぱい見るより断然珍しい光景だよ!


「外喰くんが何度も何度も再戦を申し出るから、私も苦労したよ」

「そいつ勝とうとしてないよ!勝敗は眼中にないよ!自分のおっぱいをいい物かのように言ってなんだけど、要ちゃん私のおっぱい目当てだよ!」

「そういうこと言わないで」

「擁護するんだ!?」


 これでもなお!?不屈か!


「私もあそこまで外喰くんにがっつかれたい」

「あの、私なんかより千切ちゃんの方が断然変態だと思うんすけど……」

「心外だよ。私は好きな人に振り向いてもらいたいだけだよ」

「物は言いようっすね……」

「あ、そういえば」


 何かとよく気付く千切ちゃん。多感なお年頃なのだろう。

 視線を正面の私から、奥の部屋へと移した。奥の部屋の布団で寝ている要ちゃんへ、恐らくは移した。


「外喰くん、まだ寝てるんじゃん」

「起きないっすね」

「寝顔撮っておこう」

「うわー」

「何?引くなら勝手に引けばいいよ。私は人前で脱ぐ人にどう思われようと傷付かない」

「それを言われると何も言えねーっす」


 携帯を片手に奥の部屋へと移動する千切ちゃん。布団の手前まで進んだところで、動きが止まった。

 そしてこちらを振り返った。


「麻柄々さんは、どこで寝てたの?」


 この威圧感。

 『繁栄派』『戦闘班』として数々の死線を潜り抜けてきた私ではあるが、今までのどれとも違う、生命の危機ではなく、人間としての危機。人徳人道を踏み外す危機感。それを感じていた。

 初古ちゃんの証言に拠ると、寝ている千切ちゃんの胸の谷間に私がパンツを挟んだ。初古ちゃんはそれを見ていた。要ちゃんが全裸の私が布団に入るのを、良くも悪くも見過ごす筈はない。初古ちゃんも見ていれば止めるだろう。恐らく要ちゃんは男子として隔離され、隣の部屋で寝ることになったのだとして。寝た順番は、要ちゃんもしくは千切ちゃん、次いで初古ちゃん、最後に私。たぶんこうだ。

 よって知らないのだ。千切ちゃんは私が要ちゃんと一緒の布団で寝ていたことを知らないのだ。要ちゃんが寝ている布団に私が勝手に忍び込んだであろうことを知らないのだ。私が要ちゃんに寄り添って生身で一晩明かしたことを知らないのだ。

 やっべ。


「こ、ここだよ?千切ちゃん初古ちゃんと一緒にこの部屋で寝てたよ?」

「外喰くんの布団の隣に、誰かが入っていた形跡があるんだけど」

「初古ちゃんじゃないっすかね?ほら、よく枕さんと一緒に寝てるみたいだし、人肌恋しくなったのかも」

「今千切ちゃん初古ちゃんと一緒にその部屋で寝てたって言わなかった?」

「私が寝付いた後に移動したのかも」

「ふうん……?」


 ゆっくりと要ちゃんに――否、要ちゃんの寝ている布団に近づく千切ちゃん。

 そして要ちゃんの寝ているすぐ隣に顔を近づけて。

 またもこちらを振り返る。


「麻柄々さんの匂いがする……」

「すいませんでした!」


 謝ることしかできなかった。


「で、でも、寝ただけだから!何もしてないから!確かに全裸だったけど、ただそれだけだから!」

「外喰くんの隣で寝られたことをただそれだけどは随分だね。外喰くんの匂いを嗅ぎながら寝られたことをただそれだけとは随分だね。外喰くんの体温を直に感じながら寝られたことをただそれだけとは随分だね、麻柄々さん」

「ごめんなさい、ごめんなさい。悪気はなかったんです。ごめんなさい」

「羨ましい」


 ぎりぎりと歯軋りしながら、涙目で彼女は切実そうに呟いた。

 今私が千切ちゃんにしてあげられることは、実はある。言葉をかける。ただそれだけだ。ただそれだけだが、それができる。唆すことが、できる。


「千切ちゃんも要ちゃんと寝ればいいんすよ。私は不本意というか不意にやってしまっただけだけど、千切ちゃんは意識下でそれを望んでやるわけだから、千切ちゃんの方が圧倒的に意味のある行為になるよ」

「………………」


 駄目か。

 万事休すか。

 『繁栄派』ランキング第8位。麻柄々去、殉職か。この地に眠るか。


「やってみる」


 と、千切ちゃんはそう言った。

 私は助かったし、千切ちゃんは脱ぎ始めた。

 あ、というか、服まで脱ぐんだね。そこまで揃えるんだね。べつに私に対抗しなくたって、要ちゃんをどうこうする気はないんだけど。

 上着とスカートを脱ぎ終えて、千切ちゃんが紅色のカラータイツに手をかける。エロい。タイツを脱いでる姿を見せ付けた方が、勝負下着より効果あるんじゃないか。と、思っていたのも束の間。それはもうあられもないが私が千切ちゃんの勝負下着を説明する必要はないので割愛。というか見せずに脱いでしまう勝負下着に意味はあるのだろうか。

 千切ちゃんの肌色面積が100パーセント(厳密に言えば眼鏡を装着しているし、あと部位によって色が違ったりはする)になった。


「お……お邪魔します」


 気付けば私も緊張していた。見ていていいものなのか疑問は多少残るものの、目を逸らすことはできなかったのも事実。千切ちゃんが豊満なおっぱいを揺らしながら布団へと潜り込んだ。

 要ちゃんは眠っている。

 千切ちゃんは興奮している。

 背後の音にいち早く気付いたのは、然るべくして私だった。


「たっだいまー!皆からあげクン好きよね!レッドもあるけど、私辛いの苦手だから食べちゃっていいからね!」


 元気いっぱい初古ちゃんの凱旋だった。いや、何に勝利したのか知らないけども。


「わ、わっ!千切ちゃん!?何してるの!?」

「初古ちゃん!あんまりでかい声を出しちゃ駄目っすよ!」

「麻柄々さんの方が大きいよ!」


 三人とも大声でした。朝から元気で何よりだと思った。

 が。


「何を騒いでんだようるせえな!」


 要ちゃんが起きた。

 キレ気味というか、キレてる。寝起きはどうやら悪いらしい。


「あ、外喰くん……」

「九里古里」


 千切ちゃんの名前を呼んで、要ちゃんの唇の動きは止まった。というか全身の動きが止まった。

 同級生の可愛い巨乳の女の子が、朝起きたら全裸で隣に寝ているなんて、とんでもないラッキースケベ――というかもうラッキーじゃなくて相手の確信犯スケベなんだけど、そういうことじゃなくて、自分でも何が言いたいのかよく分からなくなっちゃったけど、まあ男子にとってはいいことなんじゃないかな!?


「は」

「外喰くん?」

「あ」

「おはよう?」

「ひゃあああああああああー!」


 奇声――もとい悲鳴をあげて布団から飛び出す要ちゃん。布団の敷かれている部屋から出ると私を発見し――


「わあああああああああああー!」


 再度奇声。違った。悲鳴。

 千切ちゃんは全裸でもちろんなんだけど(下半身は布団に覆われて見えない)、私もシャツとパンツしか着ていない。寝起きの童貞には刺激が強すぎたんだろうか。


「な、何っ?どうしたの外喰!?」


 全裸女(千切ちゃん)と半裸女(私)から逃げ出した要ちゃんは、玄関に立っている初古ちゃんに縋るようにしがみ付いた。動揺してはいるものの、そっと手を添えてあげているあたり、初古ちゃんはいい子だなと思った。


「初古……!」


 初古ちゃんにしがみ付いたまま、震える身体を動かして、要ちゃんは私と千切ちゃんを交互に指差して、最後にこう叫んだ。


「痴女がいるっ!」


 何が正しくて何が間違っているのかもう私には分からなかったが、からあげクンはおいしかった。

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