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異行  作者: yoho
夏休み
41/47

宮方由紀次朗

 心優しい人間であると、俺は自負している。

 物心ついた時が一体いつ頃なのか分からないので、この場で言及するようなことはしないが、そうなってくるとしかし、早速な話ではあるが、この話を始められそうにない。出鼻を挫かれるとはこのことだ。苦心の末にポリシーを叩き折るような気持ちで俺は続けようと思うのだが、生憎俺は特別ポリシーなんてものを掲げた覚えはない。

 物心ついた時から、俺には殺生に興味を持っていた。

 家の中外、至る所に丁度よく虫がいた。

 手足をもぎ取ってやると、たぶん苦しそうに……あァ、でもどうなんだろうか。虫には痛覚がないと聞いたことがある。ということは、俺はこの数十年間、えらく恥ずかしい勘違いをしていたということに他ならない。痛めつけて遊んでいた相手が、痛みを感じていなかっただなんて、もちろんその虫たちは殺してやったけれど、これこそ俺が墓場まで持って行くべき人生の汚点!しまった!ベリーシット!やっちまった!過去の遺恨をこんな形で思い知らされるとは!何たる屈辱!

 それはそれとして俺の住んでいた家では猫を飼っていた。

 猫の種類には詳しくないので、もちろん詳しいことはこの場で言及しない。飼っていた身として特徴を挙げるとするのであれば、体重5キロ程度の三毛猫だ。鳴く時はニャーと鳴いていた。

 幸か不幸か、奴は俺の目についてしまったので、とりあえず普段から柔らかいと感じていた腹を少しばかり強めに押していたら、動かなくなってしまった。そこでどうでもよくなった。その頃である。俺が自分の性癖に気がついたのは。

 殺すまでが楽しいのであって、死んだ物に興味はない。

 なるほど、分かりやすい。

 我ながらそう思ったものだ。

 ここで一つの持論を発表させてもらおう。

 人間というのは、関係性だ。人間一人では、そりゃアただの人間一人だ。人間一人であって人間一人でしかない。ザ・ヒューマン!二人以上いて、初めて感情や個性が生まれる。愛憎は、一人だけでは生まれない。それでまァ、何やかんやたくさんの人間がいるわけで、その中で関係性を保って、我々は生きているというわけだ。何とも難儀。何とも奇跡。俺はどちらかというと口下手な方なので、持論を発表するだなんだと言っておきながら、このような体たらくを晒してしまっているわけだけども、つまるところ何がいいたいのかと言うと、だ。

 自分を生んだ人間を殺すなんて、人生で一度あるかどうかの経験だぜ。











「宮方。もう出てきていいの?」


 アジト内部の通路歩いていると、余口よぐち初古ういこと鉢合わせた。


「というかあんた、謹慎なんてちゃんと守るのね。意外だわ」

「何を言う。俺ほど真面目で規則に縛られたがりな男もそうそういないものだぜ」

「規則を破ったから謹慎を受けてるんでしょうが……」


 もっともなことを言う。

 賢い子どもというのはかわいそうだ。というよりも、賢そうに見られてしまった子どもはかわいそうだ。周りは賢い子だと思って接する。賢いことを期待する。自分の考えに同調できると期待する。そして、いざ歳相応な行動をすれば、幻滅をする。まァその賢い姿というのは、賢そうな姿というのは、つまりは偽りなわけだから、幻なわけだから、幻滅とはまた言い得て妙だったと自賛しようと思う。

 初古はべつに賢くもねェし賢そうにも見えねェが。


「あァそうだ初古。枕さんは部屋にいんのか?」

「ううん。今日は外に出てるわよ。仕事」

「そォか……」

「枕に何か用?」


 腕組みをしながら初古はそう言った。


「何だァお前、枕さんのマネージャーか何かかよ」

「違うけど」

「じゃあ彼女か何かかよ」

「ち、違うけど……べつにあの、そう思いたかったら思っ」

「謹慎を受ける原因であるあの騒動の際に、ちょっかいかけた枕さんに刀を折られてな」

「最後まで聞きなさいよ……」

「新しいのを買おうかと金をせびりに行くつもりだったんだが、丁度いい。初古、金をくれ」

「嫌よ。枕とやり合うあんたが悪いんじゃない。刀を折られたのも謹慎を受けたのも、自業自得よ」

「重々承知の上でこの発言だ。問題ねェだろ」

性質たちが悪いわね。というかあんた金なら持ってるでしょ?しょっちゅう殺してるんだから」

「人を殺せば金が手に入るのか?どォりで殺人事件が耐えないわけだ」

「ぶっ殺すわよ」

「ハハハ」


 宵越しの金は持たぬ――なんて主義はありゃしねェが金に執着がないのは事実である。

 俺はカードを持っていない。口座も作っていない。現金を持ち歩く。もしくは置いておく。アジトの自室にてきとうにばらまいておいた金は、寝て起きたらなくなっていた。部屋の鍵をかけておかなかったのは完全に俺の不注意だが(そもそも鍵をかける習慣はないが)、しかし絶対的に悪いのは金を取っていった奴である。


「え、盗まれたの?それは気の毒だったわね。流石に同情するわ」

「同情するなら金をくれ」

「家なき子に謝れ」

「すまん」

「しかしまあ、盗んだ奴も度胸あるわね。宮方から金を盗むなんて。それも寝てるあんたの部屋に忍び込んでこっそり取っていくだなんて。やってることは小さいけど、そこで狙うのが宮方って辺り、大物なのかもね?」

「大物に取られたんなら、俺の金も光栄なことだろォな」

「知らないわよ……。あんたがいいなら私はいいけど」

「だがお前、感心しねェぜ。何であろうと盗人を褒めるなんてのはよ」

「褒めてないわよ。命知らずって言っただけ」

「命知らず?そりゃまたどォして?」

「だって、あんたの金を盗むなんて、殺してくれって言ってるようなものじゃない」

「いや、俺は金を盗まれたくれェで人を殺したりはしねェよ」

「そうなの?沸点が分からないわね」

「盗もうがくれようが殺す時は殺す」

「絶対あげないからね」


 初古は二歩、後ずさった。

 金のやりとりと命のやりとりは関係のないものだ。金をくれたから殺さないなんて、商売じゃあるめェし。俺がやってるのは商売でも何でもないのだ。あ、いや、人を殺して報酬が出てる以上、俺がやってるのも商売なのか?どうなんだ?分からない。

 俺は果たして金に踊らされているのだろうか。それとも金と踊っているのだろうか。

 まさか。

 金に執着はないと先刻宣告したというのに、俺は金と大親友だったとでもいうのか!何てこった!激しく自責!人生の汚点がまた一つ増えた!


「何てことだ!何てことだ!しまったしくったやっちまった!おのれ金の亡者め!たとえ便所に隠れていようとも探し出して息の根を止めてやる!」

「急にどうしたのよ……」

「悪いが初古よ。俺は急用ができたんでな。井戸端会議はここまでだ」

「あ、ちょっと!刀はいいのー!?」


 俺は駆け出した!便所にである!











「お――」


 特に便意もないのに便所に来てしまった。衝動というのは怖いものだ。人を狂わせる。人を殺す。

 そこで小便をしに来たらしい男を見つけた。会った。遭遇した。飛沫がかからない位置から声をかけることにした。


「しばらくだな藍三らんぞうさん。同じアジトに住んでいるのに、こうも会わないってのは、こりゃあ一つの天の巡り合せずってヤツかァ?」

「だといいね。僕はお前とあまり顔を合わせたくない。それよりお前、初古ちゃんの匂いがするな。何をしていた?」

「何をしていたってお前、言葉一つで語り切れるほど、俺は単純な生き方はしていないつもりだぜ」

「一つで足りなければ百でも千でも説明しろ。切り刻まれたいのか殺人鬼」

「仮に俺がその殺人鬼だとして、殺人鬼に対して随分と物騒な物言いをするんだな。いやァ、よく言われると思うが変わり者だよなァあんた」

「いいから答えろ」

「それに切り刻むっつったって、お前その腕でかァ?てめェの一物イチモツ握るので精一杯だろォがよ。どーしたんだァその腕は。一度千切れてくっつけ直したみてェにぎこちない動きしてるぜ」

大渦傾おおうずなだれ


 藍三さんはちんこ触った手で獲物を抜いた。洗ってないのに。不潔だった。

 俺は避けたが、避けようが避けまいが結果こうなっていただろうことは分かる。便所の鏡が音を立てて割れた。鏡代の請求は藍三さんに行くだろうから、俺は気にしないことにした。


「俺の謹慎中に何か面白ェことでもあったのか?んん?さっさと手を洗って教えてくれよ」


 素人の――素人以下の太刀筋というヤツだ。落ちたものだ。このロリコンほどの男が、一体誰にやられたというのか。


「なァロリコン。あ、間違えた藍三さん。俺は謹慎明けに世間話を初古としてきただけだが、マジにその腕はどうしたんだよ。気になるだろ。教えろよ」


 ロリコンが睨んでくる。ああ怖い怖い。この眼光で女子中学生を品定めしているのかと思うとぞっとしない。そっとしておこう。


「……君は鴉と馬鹿をやらかして謹慎中だったんだね。外喰要だよ。あの男がアジトに乗り込んで来たんだ。九里古里を助けるためにね」

「要?」


 要だと?外喰要?へえ。そりゃ。たまげたもんだ。

 俺は過去、要に敗北している。色々と回りくどいやり方でマッチングさせてもらったが挙句、敗北している。

 九里古里のおかげで一命をとり留めたはいいものの、その九里古里と万推が上の連中に何か余計なことを言ったらしい。俺は要への接触を一切禁じられた。

 規制や規則は大して気にしないタイプの大らかな人間ではあるが、勝てない相手に挑むほどのマゾヒストでも俺はない。要は俺の心臓を貫いた唯一の人間だが、べつにその唯一性には今の段階では惹かれない。俺は一度敗れた相手にしつこく付き纏う戦闘狂みたいなキャラではない。そのうち再熱するかも知れないが。


「ああ。憎い奴だ。初古ちゃんを誑かして、辱めて、貶めて。僕がこの手で殺してやらないとならない」

「はァ、そうすか。というかロリぞうさん。初古は枕さんが好きなんだろ?」

「黙れ!その河馬の肛門のような汚い口を閉ざせ!全身細切れにして酒枡に小詰めにしてやろうか!」

「んなこたァどうでもいいんだがらんコンさん。要が千切を助けにって聞こえたが、そりゃ何の話だ?」


 河馬の肛門ってそんなに汚いのか?河馬好きな人に失礼じゃねェか?俺は嫌いだけど。


「九里古里が勧誘した異能力者の脱走に加担したことで罰せられていたんだ。罰を与えていたのは僕だが。どんな情報網があるのか知らないが、それを小汚く醜悪に掴んだ外喰が解放するために特攻を仕掛けてきたというわけさ」

「で、千切は?」

「いないよ。もういない。まんまと外喰が連れて帰った。九里古里にも手を出すなと上から言われてる。全く、どうかしているぜ」


 俺が枕さんに喧嘩を売った時――あの時あの場にいた奴が、勧誘した異能力者だったのだろうか。倒れてる千切とあと、ツインテールの女子高生とオレンジの髪の可愛い子がいたけれど、あのどっちかか。

 ふと自分も脱走に加担してしまっていた気がしたが、誰も何も言っていないので、俺も何も言わないことにした。


「おいおい困るぜ。千切がいなくなったんじゃ、俺の相方は誰が務めるんだァ?俺ァあんたと組むなんて嫌だぜ」

「それは僕の台詞だ。お前と毎日顔を合わせるなんて苦行に他ならない」

「というかよォおい。俺はそのうち千切を切ってやりてェと考えていたんだが、これじゃそいつも叶わねェじゃねーか!」

「そうか。それはよかったね。フラストレーションを溜めていればいい」

「ブラストローション?何プレイ用だよ。溜めてどォすんだ」

「くたばれゴミが」


 俺に酷い罵倒を浴びせて、藍三さんは便所から出て行った。酷い奴だ。酷いロリコンもいたものだ。











「よォチンピラ。俺と組む気はないか?」


 千切が『繁栄派』を抜けたというのは大問題だ。

 俺が切ってやりたいという願望が芽生えていたというのも大きな問題であるし、無茶をする俺の尻拭いというか蘇生を行う役回りがいなくなるというのも大問題だ。

 したがって俺は、相方探しの度に出たのであった。

 そう難しい問題じゃあない。

 べつに回復ができずとも問題はない。

 俺が無茶を控えればいいだけのことなのだからな。


「よう殺人鬼。組むとでも思うのか?」


 真っ先に声をかけたのはこの男。

 『繁栄派』内部ランキング第10位。

 麻羽桐あさばぎり軍司ぐんじ

 何も俺とて無作為に無用心にこの男に声をかけたわけではないのだ。ちゃあんと意味がある。


「二つ返事で了承されるとは思っちゃあいないが、まァ聞けよ。お前を誘うのにはわけがある」

「はあ?」

「お前は上位ランカーでコンビを組んでねェだろう。だからだ」

「それだけかよ」


 声をかけた理由といえばそれだけだが。

 そして上位ランカーでコンビを組んでいないのはこの男だけというわけでもない。特に唯一性などありゃしないのだ。

 しかしまァ、他にも思うところはあるんだな、これが。


「『繁栄派』内部で独自のピラミッドを作り上げるお前の奔放さ、気に入ったよ。俺と組め」

「嫌だね。それに俺は奔放なんじゃねえ。俺には俺のルールってもんがあんだ」

「格下じゃねェとお前の洗脳が効かないということでもないだろう。俺にも試してみればいいじゃねェか。その自慢の『狂信者イスフール』をよ」

「まさか素直に受けるわけじゃあるめえ?」

「おいおい、まさか俺をそんな、見縊ってくれるなよ。俺だって自分の身は自分で守る。その時はお前を切るさ。切ってキルさ」

「他を当たれ!」


 元々こいつはチンピラのヘッドであり、異能の力で更にチンピラ集団の信仰を深めたと、いうことらしい。

 『繁栄派』外部にも独自の集団を控えさせているとさえ聞く。内部と外部を分ける理由は至ってシンプルなものである。異能力者か否か。『繁栄派』上層部は異能力者以外を組織に加入させることをよしとしない。『繁栄派』は異能集団。異能がなければ異端。異能の世界でしかない。しかしそれは上層部のみの考え方だ。賛同している者も中にはいるが、俺を含め非異能力者を淘汰しようという確固たる信念を持つ者は少ない。麻羽桐軍司もその一人。異能力者と非異能力者の仲間がいる。どちらも使う。それが正しいとは、俺も思う。

 洗脳の異能『狂信者イスフール』。

 こいつの独裁国家というわけだ。


「連れないことを言うなよ。お前は単独じゃゴミみてェなもんじゃねェか。俺が用心棒になってやろう」

「だから群れてんだよ。単独で行動しないことこそが俺の武器だ」

「その輪の中に溶け込めるか俺とて少々不安もあるが、なに、上手くやってみるさ」

「その気になってんじゃねえ!」


 やれやれ、俺も中々どうして嫌われたものだ。

 というかこいつ、単独でゴミは認めるというのか。外見に反して潔い奴だ。


「気に入ったよ。その心意気に免じて今回は手を引こう」

「そうかよ……」

「だがお前、楽しいのか?洗脳したノータリン共を引き連れて。賛同しか返って来ない仲間に囲まれて」

「……俺の洗脳はそう強力なものじゃねえ。本人の意思は残る。発言もちゃんとできる。俺の命令に逆らえなくなるだけだ。その気になれば細かい指示もできるが、全員に使えるほど俺自身が器用じゃねえのさ」

「猿山の大将で満足か」

「満足だね」

「そォかい。そりゃ愉快なこったな。せいぜい楽しく生きるといい。ヤり放題だなお前」

「やかましい」


 ふむ、あてが外れたな。

 他を当たるとしてみよう。











「ヘイサリーちゃん!俺と組まないか!」

「ノーセンキュー由紀ちゃん!おっ断りだね!」


 断られただと?

 一体何故だ。

 理解し難い。


「馬鹿な。お前にとっても悪い取引じゃねェ筈だ。断る理由があるというのか」

「確かに私はコンビを組んでないけど、それについては複数での任務に引っ張りやすいっていう周りから見たメリットもある。でも私は異能の特性的に接近戦が弱いから、近接が強い由紀ちゃんと組むことで互いの欠点をカバーできるというメリットもある。でもね由紀ちゃん」

「何だ。何かあるなら言ってみせろ」

「あなたが怖い」

「何てこった!」


 なんとそんな!そんな問題があったとは!露知らず!

 俺は存在するだけで周囲に恐怖を与える災害のような男だったのか!

 心外だ!


「いや……因果応報というか、天網恢恢というか……」

「陰毛かいかい?蒸れてんのか?」

「何で皆私に対して下ネタ振ってくるんすか!」

「振って来たのはお前だろォがよ」

「振ってないよ!」


 余談だが、俺は日本とロシアの血が混じるクォーターであるが、地毛は黒髪だ。この金髪は染めたものだ。染物だ。

 したがって陰毛も漆黒だ。 


「まァそう邪険にするな。何も俺ァお前に手を出そうなんてつもりはさらさらない」

「どっちの意味で?」

「どっちも意味でもない――と、言いたいところだが生憎俺は気分屋でな。手が滑ることがないとは言い切れない」

「手が滑って切るの?触るの?」

「切るが」

「嫌だよ!」

「はは、俺は切られたがりは好まねェ。その点を踏まえ考えてみると、案外相性は悪くないんじゃあないかと思わないか?」

「たまったもんじゃねーっすよ。それは由紀ちゃんにとって都合がいいってだけじゃん」

「何だ去よ。お前は都合のいい女だったのか」

「撃つよ」

「撃ってこい!」

「刀も持ってない状態で何言ってんすか。死にたいの?」

「死にたくはない。死ぬつもりはない。死ぬようなことはしても死ぬつもりは毛頭ないのさ」

「だったらもっと言葉を選んだ方がいいっすよ……」


 言葉を選ぶ。

 しかしそれはつまり、自分に嘘を吐いているということに他ならないのではないか?

 本心を隠して。自分を隠して。いい面構えて胡麻摺って。大多数の人間がやっていることだ。しかし自分を隠すなと偉そうに人は語る。理想論。夢物語。矛盾を抱えて世界は回るのか。

 どうなんだ現代人!

 言葉を選んで生きている軟弱者め!

 自分を偽り生きていて悔いを遺さず往けるのか!


「とは言うが俺も言葉上の駆け引きというヤツを楽しめない愚か者ではない。言葉選びは大切だな」

「というか、さあ。由紀ちゃんはそもそも単独行動の方が好きじゃないんすか?異能的にも、相方がいると足手纏いでしょ?」


 飛べるんだから、と去は言う。


「飛べるわけじゃねェ。浮いてるだけだ」

「組織内でも浮いてるしね」

「酷いことを言う」

「事実っす」

「話は戻るが去ィ、足手纏いなんてことは断じてない。俺は見ての通り誰かとの関係性を求め続けているのさ。人は一人では生きていけないだとか、そんな言葉を聞いたことはないか?あるだろう。正にそれだ。俺がそれだ。誰しもがそうであるとも思うのだが、俺はそれが特に強い。一人で食って寝ることはできても、生きていくことはできない。俺には誰かが必要なんだよ」

「でも、殺すじゃん」

「そりゃ大切だからこそさ。俺ァ何も無差別に人間を殺すわけじゃねェ。大切だから殺すんだ。価値があるから殺すんだ。興味がないものを壊して何が楽しい?」

「それは分からないけど……」

「分からないだろうな。そんなことに意味はない。大切なものを失うという得体の知れない背徳感に、俺は打ちひしがれている。絶望感に縊り殺されそうだ。それがいいんだよ。かけがえのないものを作るには時間がかかるが、失うのは時として一瞬だ」

「……ドミノ倒しみたいなもの?」

「おおっとォ!俺の美学をお遊びと一緒にしてくれるなよなァ!ハハ!俺は爽快感を楽しんでるんじゃない!喪失感と快楽が入り混じる!感情を持って生まれたこの俺に感謝だ!」

「私には分かんないな。同じ人殺しだから、あなたのことだけを悪く言うつもりはないけどさ、やっぱり分かんない」

「分からなくていいさ。人は時に唯一性を求める」


 他者との違いを優越と思い上がる。呆れるほどに楽しい生き物だ。

 同じ異端を持つ者がいたとして、外面的には喜ぶ振りをして内面的にはその限りではない。同じ苦労を分かち合える者。同じ穴の狢。その者と比べより異端であり悲惨であるか、その者と比べより異端でなく幸福であるか。結局競うのだ。


「由紀ちゃんさあ、好きな人とかいないの?」

「何を言うかね。俺は愛の深い人間だ」

「でも愛故に殺しちゃうんすよねー?困ったもんだなー本当。どうにかなんないの?」

「どうにかなってるからこうなんじゃないか?」

「正論を言われた」


 難しそうな顔で去は続ける。

 この世は難しいことだらけだ。しかしそれも有り難い。何せ我々は悩むことで、より成長することができるのだから。解決できないこととて放っておくには値しない。答えのない問いも、誰かの逃げ道となることがあるだろう。終わりを拒む人間には、答えのない問いが救いとなることがあるだろう。


「由紀ちゃんはさ、好きな人ができたら、殺したくなるの?」

「なるんじゃないか。好きじゃない人間を殺しても、俺に得はないからな」

「その好きな人と、ずっと一緒にいたい――とか、思わないんすか?」

「思うさ。愛おしくて、守りたくて、他の誰にも渡したくない。そんな感情が俺にもあるさ」

「…………何かあったの?」

「何もないとは、言えないな。何もない人生など、どこを探せどありはしねェ。だがなァ去、散々繰り返し大変申し訳なく思う限りだが、その思いをもってして殺してしまうのが。愛おしくて、守りたくて、他の誰にも渡したくないからこそ俺の心は動くんじゃねェか。震えるんじゃねェか」


 俺を心配しているのかどうなのか。

 俺は俺で楽しくやっているから心配などご無用なのだが、まァこいつもこいつのやりたいようにやればいい。俺はそれを止めはしない。


「壊れそうな程に!狂いそうな程に!俺は感動する!失うことで感動する!愛深き故に、俺は断ち切りたがるのさ」

「それって感動なの……?だったら、私はご遠慮かなー……」

「おいおい、何のために生まれたよ。感動なくして、人の心は語れんぜ」


 去を相方にするのもどうにもどうやら難しい。

 さっきはああ言ったが、俺が難題に挑むのが好きなチャレンジャーであるというわけでは決してない。

 逃げるべき時は逃げる。挑むべき時は挑む。

 俺はその場を後にした。











 葉桜はざくらしきは死んだ。

 宮方由紀次朗が高校二年生の時に死んだ。

 高校二年生の葉桜識は死んだ。

 正確に言えば――殺された。

 大般だいはつ戮寧りくねいに殺された。

 当時不良のトップであった大般は、孤高かつ蔑まれない存在であった俺を疎ましく思ったらしい。

 つまり葉桜識は俺への見せしめとして殺された。

 俺がまだ黒髪だった頃。

 ロン毛だった頃。

 人を殺していなかった頃。

 クラスで浮いていた俺に近付く者などいなかった。

 葉桜識を除いては。

 あいつが俺から鉛筆を借りたのが。高校二年の冬のこと。

 あいつがクォーターを初めて見るとはしゃいだのが。高校二年の冬のこと。

 あいつが俺の高い鼻が当たってキスがし辛いと笑ったのが。高校二年の冬のこと。

 あいつが理科室の実験台の上で蛙よろしく開かれたのが。高校二年の冬のこと。

 あいつが俺のことを好きだと言ったのが。高校二年の冬のこと。

 あいつがいなくなったのが。高校二年の冬のこと。

 大般戮寧が俺に殺されたのが。高校二年の冬のこと。

 大般戮寧の仲間16人が血と肉の塊になったのが。高校二年の冬のこと。

 俺が屋上から飛び何事もなく校庭に着地したのが。高校二年の冬のこと。

 俺が家族を失ったのが。高校二年の冬のこと。

 俺が殺人鬼と呼ばれたのが。高校二年の冬のこと。

 失うくらいならば自ら絶ってしまえばいいなどと。他の誰かのものになるならば殺してしまえばいいなどと。世間をざわつかせるヤンデレ染みた考えがあるわけじゃあないが。

 動かなくなった葉桜識を。冷たくなった葉桜識を。死んでしまった葉桜識を見て。俺が思ったことといえば。

 思わず声が出た。

 俺の肺を通して。

 俺の喉を通して。

 俺の唇を通して。

 たった一言。

 誰に言うでも聞かせるでも伝えるでもなく。

 純粋な本心が口を出た。


「もったいない」

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