外喰楔
私はお化けが苦手だ。
前にも触れたことがある話題だが、私はお化けが苦手だ。
もちろんそんなものがこの世(この世という言い方をするとまるであの世があるかのようになってしまうが、実を言うと言葉として遣うことはあれど、私はあの世の存在も信じちゃあいない)に存在していないことは重々承知なのだけれども。
だけど怖い。
しかし怖い。
怖いものは怖い。
幼い頃からお化け(お化けとか、妖怪とか、都市伝説とか)とは怖いものだと、恐ろしいものだと、恐怖すべき対象であると、そう教わってきた。教わってはないかもしれない。学んできた。培ってきた。私の記憶が。人生が。私の経験したこれまでの全てが、お化けは怖いものであると、そう強く深く囁くのだ。いや、喚き散らすのだ。
お化けが怖くない人の気持ちは分からない。何せ私は怖いのだ。怖くない人が怖い。そんなのはおかしい。だって、怖くなかったらお化けじゃないんじゃないの。
「明かりを消せ、楔」
兄の外喰要に言われて、私はその兄の部屋の電灯を落とした。
今ここに――この部屋に、人の人間が集まっている。
「準備はいいな、お前ら」
いつもよりも低いトーンで周りの人間に呼びかける我が兄。外喰要。
「いいんだけど、クーラーの音で何だか雰囲気出ないね」
兄貴の隣に座って微妙な文句をつける兄貴の友達。九里古里千切。
さっきまで初めて兄貴の部屋に入ったことを喜んでいた。というか今もにやけたままだ。
「じゃあ切っちゃいましょうよ。窓開けるわね」
と、言った通りにエアコンの電源を切り、窓を開ける女の子。余口初古。
『繁栄派』の子らしいが、兄貴と仲がいいみたい。ちょろっと話したけど、いい子そうである。いい子なんじゃね。
「うはー、私こういうの初めてなんすよー。ドキドキしてきたー」
あぐらをかいてもぞもぞと落ち着かないシャツ全開の女の人。麻柄々去。
この人も『繁栄派』の一員なんだそうだ。接しやすい。初古ちゃんと去さんはつまり、兄貴からしたら友達の友達にあたるわけだ。仲良さそうで何よりです。
「楔ちゃん。座って、座って。ここ」
自分の隣、兄貴のカーペットをぽんぽんと叩く美少女。伊久川懐未。
最初はもちろん『繁栄派』の二人に警戒していたけど、打ち解けたというか、気にしなくなったというか。そんな感じだ。
「急かすなって。逃げないから」
懐未ちゃんの叩いたカーペットの上にあぐらをかく。
足元の蝋燭を倒さないように。
おや。
おかしい。
一体何故、足元に蝋燭なんて置いてあるのだろうか。
人数分。6人分。蝋燭6本。一人一本。火の点いた。
明かりを消して。蝋燭の火に照らされて。この6人は何をしようとしているのか。闇鍋ではない。鍋はない。乱交でもない。それは私が止める。確かに現状、兄貴以外全員女性という彼にとってはおいしい状況になってはいるが、ひょっとしてそれは計算に入っていたのだろうか。
輪のように並べられた蝋燭。それを取り囲むように輪のように並ぶ私たち。
何を隠そう。夏である。夏の夜といえば怪談である。私はそうは思わない。でも怪談である。兄貴は昔からお化けが怖いという点に関して私をいじってくる。自分も大して度胸はないくせに。
この集会は兄貴が主催した。百物語というものがある。百人集まり、一人一本、怪談を話す。話し終えたら蝋燭の火を消していく。百全ての話が終わった時、本物の怪異が現れるという。有名な話だ。
外喰要という男は、数少ない友達に声をかけてまで、この私に嫌がらせがしたかったのだろうか。私に話を持ちかけてきた時には既に人数が集まってしまっていたし(兄貴含め5人だけだけど)、兄貴の鼻を折ってはまずいので、私は渋々参加を承諾した。
こうして私が一生懸命解説モノローグしているうちに、兄貴が深呼吸一つ、口を開いた。
「じゃあ始めるぜ。六物語」
少ねえ。すっくねえ。
「これは私が二年生の時のことなんだけど、夏になると、毎年よくおじいちゃん家に遊びに行ってたんだ。お父さんとお母さんと、兄貴と私、全員で。いつも3日間くらいだったかな。向こうに行ってたのは。それでさ、その年の……確か、二日目。田舎の夕方って、何だか怖くない?私は怖いと思うんだけど。ああいや、何でもない。向こうに行ってる間はお父さんもお母さんも仕事がないからのんびりしててさ。大体居間か台所にいるんだよ。おじいちゃんは畑か居間にいるんだ。おばあちゃんも畑か居間か台所。そんなに部屋もないし、とにかく居間くらいしかいるところがない家なんだよね。夕方だし、畑仕事も終えておじいちゃんもおばあちゃんも家にいる時間帯。街灯が少ないから夜は外に出ないしな。説明が長くなっちゃったけども、私はその日その時、居眠りしちゃったんだ。窓から吹き込む風が気持ちよくてさあ。居間の畳で寝ちゃったんだ。ほんの少しの間だと思ったんだけど、起きた時、周りには誰もいなくなってた。おかしいんだ。眠る前には皆居間にいたのに。夕方だから外に出るってこともないだろうし、ましてや全員でさ。おじいちゃんとおばあちゃんは声がでかいから、話していれば家のどこにいても聞こえる筈なんだ。だけど、誰の声もしない。なのに、音が聞こえる。家の床板が軋む音。ぎし、ぎし……って。人が歩いてるような感覚で。畳をする音も聞こえる。人が歩いてるような感覚で。誰もいないのに。早く誰かに会いたかったんだけど、私は怖くなって動けなかったんだ。居間の隅っこで体育座りしてた。皆どこ行っちゃったんだ。早く帰って来い。って念じながらな。その間にまた眠っちゃったのか、それともそれらずっと夢だったのか分からないんだけど、そこで私は、また目が覚める感覚を覚えるんだ。兄貴の声で『楔、楔』って。おじいちゃんの家で、変わらない夕焼け空で、兄貴の声で、知らない男の人が私を呼んで起こしてくれた。いや、全く知らないんだ。家族の誰かでは絶対にない。隣の家の人でもない。町の誰かだったのかもしれない。でもおかしいよな。明らかに成人した男の人が、まだ子どもだった兄貴の声で喋るなんて。私の名前を知ってるくらいありえるとは思うけど。他人の家に上がりこんで、他所の子どもを起こすって、そもそも変だし。それでな、その人、私が起きたのを確認すると今度は『早く行くぞ』と外へ出て行った。それもまた兄貴の声で。動転してたのか幼さ故なのか分からんが、私はまんまと着いて行こうとしちまったんだよな。その人の後に。縁側へ出て、靴を履こうと足を伸ばした瞬間――私は足首を掴まれた。縁側の下から伸びた腕にだ。絶叫して下を覗き込むと、そこにいたのは兄貴だった。顔を上げた時には、謎の人はいなくなっていたし、家の中を見てみると家族は全員そこにいたんだ。あれが何だったのかはさっぱり分からんし、夢を見ていたのか実際にあったのかも分からんが、私が直接体験して最も怖かった話は以上だな」
自分で話しておいてなんだが、怖い。凄い怖い。今でも当時の恐怖と不安が鮮明に蘇る。暑さのせいではない。嫌な汗が出る。
一呼吸した後、目の前の蝋燭の火を吹き消した。
「ちなみにこの時が楔が漏らした最後の記憶になる」
隣で余計なことを言う兄。
「え、楔ちゃん、小二までお漏らししてたんだあ?」
「そうだけど……。しょうがないだろ。兄貴のせいだ」
しかもおねしょじゃなくて意識が覚醒したまま漏らすっていうね。いや、覚醒はしてなかったかもだけど。
懐未ちゃんや千切さんなら百歩譲ってともかくとして、何で初対面の人にまでお漏らし最終記録を知られなくちゃあならないんだ。畜生兄貴め。
畜生兄貴が口を開く。
「まあ、本人だけが怖い体験談だったな。というかそれ俺聞いたことあるよ。被ってんじゃねえよ全く。じゃあ、この流れで次は俺の番だな」
「ちょっと待って兄貴。私トイレ」
腰を浮かす。立ち上がる。
「待つのはお前だ楔。この六物語の最中、この部屋から出ることは許さん」
「何でだよ!トイレ!小さい方!行かせろ!お前の部屋でお漏らしの記録を更新してやろうか!」
いつものノリで言っちゃったけど、初対面の人がいるんだよな。少し恥ずかしくなった私だった。
「安心しろ楔。ここに、空のペットボトルを用意しておいた」
非常に頼もしい表情でペットボトル(500ミリリットル)を差し出してくる兄貴。
それを蹴り飛ばしてとりあえず私は元の席に着いた。
「我慢するよ。そんなに切羽詰ってるわけじゃないし。我ながら尿意を誘う話をしてしまったと思っただけで」
「尿意を誘う話って何だ……」
怖い話のことだけど。
「まあいい。次は俺だ。心して聞くがよい」
「この話をするに当たって、まず一つ説明しておこうと思う。我が家の風呂の掃除は基本的に俺の母、外喰周が行っている。俺は基本的にしない。親父もしない。たまに妹の楔がやっている。なんて奴だと思うかもしれないが、それはまあ置いておけ。大事なのはそこじゃない。そこだけれども、怒るところではない。まあ置いておけ。ある日のことだ。妹の楔が言ったのだ。『兄貴さあ、あんまり風呂ではしない方がいいぜ』とな。俺にはこの言葉の意味がすぐに分かった。ここではあえて俺に気を遣って主語を抜いたであろう妹のデリカシーを無視して分かりやすく話を分解しよう。風呂でするなとは、つまり風呂で自慰行為を働くな、という意味である。何故俺にそんなことが分かるのか。心当たりがあるからである。では何故妹の楔に俺が毎日ではないにしろわりと頻繁に風呂で自慰行為を働いていることが分かるのか。問題はそこになる。しかしこれもすぐに解決する。母が仕事や家事で忙しかったり、そうでなくとも気まぐれを起こし風呂の掃除を買って出る楔のことである。排水の調子が悪い、つまり排水溝が詰まっていることに気が付いた楔は、なんと!こともあろうか!排水溝の掃除をしたのだ。それはもちろん、手の届く範囲でだ。だがしかし、その手の届く範囲にあったのだ。あってしまったのだ。通常であれば俺が発射した我が同胞が排水溝に詰まるなどという失態を犯す筈がない。温水でたんぱく質が固まってしまうとは言え、そこで足を取られる筈などないのだ、が!しかし!無理もない!彼らの行く手を阻んだのは排水溝の汚れに絡め取られ、自らもまた排水溝の汚れそのものと化した髪の毛!それらである!汚水に塗れた俺を含む家族達の髪の毛は、排水溝の中に張り巡らされる言わば一つの包囲網!我が同胞達はそれにやられた!分かりやすく言えば排水溝に詰まった髪の毛に俺の精液が絡んでたんですけど。まあ今でこそ平然と話せますけど、当時は滅茶苦茶恥ずかしかったですね。ええと、以上。俺の体験した最も怖い話でした」
兄貴がそっと蝋燭の火を消す。
「さあ、次だな」
「ちょ、ちょっと待った。待った。待って。兄貴。ちょっと待って」
「何だ楔。おしっこか」
「おしっこじゃなくて。今の話――」
「おう、皮肉にもお前の話では俺が怖い。俺の話ではお前が怖い――みたいな感じになったな」
「そういうことでもなくて――」
「次はお前だぜ九里古里。とびっきり怖いのを期待してるからな」
「うん。頑張るね。それと今日、お風呂借りていってもいいかな」
「駄目だ」
「駄目か……」
私の抗議をよそに、千切さんが話し出す。
「私はこう見えて、結構夜更かしをする人間なんだけど、そのせいもあって、ちょっと寝不足気味になることが度々あるんだよね。家族もいないから、朝は一人でわたわた支度して家を飛び出すなんてことがしょっちゅうなんだ。その日も、二度寝をしてたら電車の時間ギリギリって時刻になって、寝惚けたままに、急いで着替えて家を飛び出したんだ。何とか電車には間に合って一安心って感じだったね。その後は特に不都合なく無事に登校できたんだ。だけど、問題はそこから先に起こった。……いや、起こったというのは御幣があるかな。問題は既に起こっていた。その問題に気が付いたことこそが真の問題だった――ってところかな。ちなみにその日の私の服装はというと、ミニスカートの下に、淡い黄色のタイツを穿いていたんだけども、ミニスカートってどうしても。気を付けているつもりでも、ふとした瞬間にあられもない姿を晒してしまうことがあるんだよ。もちろん、その場の人間の配置とか、角度とか、ポージングとか、様々な要因によって晒してしまうかどうかは変化してくるんだけど。それでね、昼休みのことだった。クラスの子が私に息を若干荒げて話しかけてくるの。『九里古里ちゃん、もしかして今日Tバック?』って。私は思ったね。この子は何を言ってるんだろう。そもそも私はTバックの下着なんて持ってない。ふとした拍子にスカートの中が見えてしまい、よく見えなかったがためにそんな勘違いをしてしまったのだろうと思った私はその子に訂正することにしたんだ。『そんなわけないじゃん。そんなの穿かないって。よく見てよ』。誤解を正すためだとは言え、わざわざたくし上げて見せる必要はないと今となっては思うわけだけども、もしかしたらその時はまだ寝惚けてたのかもしれないね。私はスカートの裾を指で摘まみ上げてその子だけにスカートの中を見せた。『九里古里ちゃん大胆!』ふんすふんすと更に鼻息荒げてその子は言ったんだけど、私は『ああ、いきなりパンツを見せ付けるなんて大胆なのねと思ってるんだろうな』……その程度にしか思わなかった。だけどね、違ったんだ。とんだ無恥だったよ。その日私は、パンツを穿き忘れていたんだ。……以上です」
やっぱり止めとけばよかった――そんな表情で千切さんが火を消す。
「非常に興奮する怖い話だったな。さておき九里古里、いくら寝惚けていて慌てていたとしても、パンツを穿き忘れるって状況が理解できないんだが、何なんだ?寝惚けて一度パンツを脱いだのか?」
兄貴がやらしいところに突っ込む。
「あ、やば……。ええと、あー、ええとね……」
千切さんがあからさまに口篭る。
そこへ麻柄々さんからの助け舟が出されるのだが。
「夜した後穿かずにそのまま寝たからでしょ?」
「麻柄々さん!?麻柄々さん!?ちょっとお!?」
「いいじゃんいいじゃん大丈夫だよ。私もノーパンで寝たことあるからさ」
「麻柄々さんはよくても私にはまだまともなイメージがあるんだよ!?」
「あはは、ないって」
「あるよ!?」
「うるさいぞ九里古里。ムードは大切にしろ」
変態(兄貴)からの一喝。
千切さんは口を噤む。
「さて、次は初古――お前の番だ。行けるな?」
「う、うん……。私こういうのはあんまり自信ないんだけど、やるだけやってみるわね」
「ああ、チャレンジ精神が重要だ」
緊張を隠そうともせず、余口初古ちゃんは話し出した。
「この間、××から血が出たの。凄く怖かった」
あれ?終わった?
余口ちゃんが蝋燭の火を吹き消すと。
一瞬。
間が空いて。
「お前まだだったのか!めでたいな!」
「おめでとう!」
「おめでとー初古ちゃん!」
「おめでとだね!」
私を除く全員の口から祝いの言葉が飛び出してくる。
「あ、ありがと……。あのね、その時ね、心配かけちゃうだろうから枕には言いたくなかったんだけど、夜中だったし、去も千切ちゃんも寝てるだろうし、一人で悩んでたんだけど、意を決してね、枕に相談したのよ。あいつが焦ってる姿なんて初めて見たわ」
「見てみたい」
「見てみたい」
「見てみたい」
兄貴と千切さん、麻柄々さんが三者三様(ではない)、同じ感想を述べる。
「吹き出したコーヒーを拭こうともせずに、すぐ環瑚玖に連絡してくれてね、環瑚玖も環瑚玖でいつもみたいに気持ち悪い感じじゃなくて、すっぴんだったっていうのも手伝って、凄い普通に優しくしてくれたの」
「すっぴん見たい」
「まともなところもあるんだ」
「見直したっす」
兄貴と千切さん、麻柄々さんが三者三様、感想を述べる。
「その時はすっごく怖かったんだけど私、これでもう枕の子ども産めるのよね」
「犯罪」
兄貴と千切さん、麻柄々さんの声がハーモニー。
……いや、何の話だ?これ。
「こんなのでよかったかしら、外喰」
「ああ、いいぜ。全然いい。とても怖かった。最高」
「よかった。さあ、じゃあ次は去の番ね。頑張って!」
「イエッサー!任せてよ!」
麻柄々さんが話し出す。
「×××××××××××××。×××××××××××××××、××××××××××××?×××××××××××××××××××××××××××××××××××、××××××××、×××××××××××××××××。×××、×××××××××××××××××、××××××××××××××××××××××××××××。××××××××××××××。×××××××××××××××××××××。×××××××××××××××!××。×××××××××××××。××、××××××?××××××××××、××××××?×××××××。××××××××××××××××。××××××××××。××××××××。××××××××××××××、××××××××××××××××××、××、×××××××××××××××××××××。×、××、××××××××。×××××××××××××××××、×××××××××、×××××、××。××××××××××××××××、×××××××××××××。××、×××××××××××?×、×××××××××××××××××××××××××。×××××××××××、××××××××××××××××××××××××。×××××××××××××××××××××××××××××。××××××××××××××××、××××××××××××。××××××××××××。××××××××××××、××××××××××××、×××××××××××××××××××。××××××××××××××。×、×××××××××××××××××××××××、×、××××××。×××××××××××××××。×××××、×××××××××××。××××××××××××××。××××××××××××××××、××××××××。××××××××××××。×××××××××××××××。×、×××。××××××××――×××。×××××××××。××××××××!××××××××××!×××××××××××××××××××。×××××××××××。××××××××××××××××、××××××××。××××××××××。××××××××××、×××××××××××××××××××××××××××××」
麻柄々さんが得意気な表情で火を消した。
すると、である。
「てめえそれただのエロい話じゃねえか!」
わけの分からないキレ方をする兄貴。
「麻柄々さん、それはないよ。あまりにも品がない」
続けて麻柄々さんを非難する千切さん。
「え、何?潮って何?どういうこと?」
麻柄々さんの話の内容がいまいち理解できていない余口ちゃん。
「お、大人って感じだねー……」
私に同意を求めてくる懐未ちゃん。
どういうことだ。
「え、違った?こういうことじゃなかったっすか?」
「違えよ!全然違えよ!何一人だけ性交体験語ってんだよ!あまりにも生々し過ぎるわ!立つに立てんわ!」
しれっと勃ってんじゃねえよ。
「お前らには事前に話を通してある筈だろうが!性的な怖い話を用意しろと話をした筈だろうが!何だ今の話は!ただただ性的なだけじゃねえか!」
「やー、私的には結構怖かったんすけどー……」
「ゾっとする下ネタを用意しろと言ったんだよ!周囲が引く猥談を披露しろと誰が言ったよ!」
「私としてはそんな話をしろという要ちゃんにわりとドン引きだったんすけど……」
「それは私も引いた」
「私もよ」
麻柄々さんの意見に賛同する千切さんと余口ちゃん。
兄貴が、腕組みをして、眉間に皺を寄せつつ話し出す。
「全てはな、怪談会で妹をビビらせるだけビビらせて、ついでに本人だけガチの怪談を語ってとても恥ずかしい思いをさせる嫌がらせのために仕組んだことなんだ。ここで羽目を外されると主催者としてお前を看過するわけには行かなくなる」
「おい」
兄貴を呼んだのは、私だ。
「今言ったことは本当か」
「何だよ楔。聞いていたのか」
兄貴がこちらを見る。
「ああ、本当だぜ。全くやれやれだ。こんな悲惨な結果になってはしまったが、俺の当初の目的は一応果たしたと言える。ふふ、その気になってるお前の姿は滑稽だったぜ」
瞬間。
部屋の床が破裂したかのような――否、爆裂したかのような。室内の空間をまさに引き裂いて、私の右足が弧を描いてしなる。振り翳される鞭のように。或いは振り下ろされる刃のように。私の右足は、外喰要の首を捉えた。
筋肉の断裂する音がする。
頚椎が粉砕される音がする。
私を捉えていた彼の瞳孔は、今や虚空さえも見過ごしている。
外喰要は、彼自身の部屋の中心に、倒壊するが如く崩れ落ちた。
「い、妹さん……。怒るのは分かるけどこれ、死んでないかな……?直るかな……?」
千切さんのそんな言葉を背に受けて、私は兄貴の部屋を後にした。
「災難だったねー」
「本当だぜ」
後日談。
休日に私の部屋に遊びに来た懐未ちゃんと、兄貴の催した六物語について話している。
「でも、要さんを蹴り殺す前の、涙目で真っ赤になってる楔ちゃん、可愛かったかも」
「殺してねえよ……。そりゃだって、流石に恥ずかしいよ。自分だけガチで怖い話してさあ。苦手なのに。兄貴に付き合ってやってるつもりが、嵌められてたんだぜ。情けないにも程があるっての」
「だけど、妹を騙すために『繁栄派』の人まで呼んじゃうってのは、愛か憎か分かんないけど、どっちにしろ大分深いものがあるんだねー」
「そう言われると悪い気はしないんだが、あんなのは二度とごめんだぜ」
にこりと可愛らしく笑って、懐未ちゃんは私を見ている。
「そういやさ、べつにどうだっていいんだけどあの時、懐未ちゃんまで番が回りきらなかったよな」
「そうだねー。私の番が来る前に楔ちゃんが要さんを蹴り殺しちゃったからね」
「殺してねえって……」
千切さんがすぐに蘇生しなかったら、ひょっとして死んでいたかもしれないが。
「気になる?私の話」
いたずらっぽく、上目遣いで懐未ちゃんが言う。
「気になる……まあ、気になるな。怖い話じゃないんだろ?エロくて怖い話というか、皆恥ずかしい失敗談的な感じだったし」
「怖い話――ではないかな。どうなんだろう。失敗談でもないけどね?」
「恥ずかしいのか?」
「ちょっとね」
懐未ちゃんの恥ずかしい話か。
興味ある。
深々ある。
エセ中国人か私は。
「私ね――」
懐未ちゃんがそこまで言って。
唇が触れる。
私の唇に懐未ちゃんの唇が触れる。
背中まで細い腕を回され、任された彼女の体重を支え切れずに私はカーペットに後頭部を軽く打ち付けた。
おふざけでキスくらいしたことあったし。困惑するようなことでもなかったのかもしれないが。押し倒されちったぜ。へへ。
ゆっくりと互いの唾液交換を済ませた後、懐未ちゃんは少し離れて――
「楔ちゃんが好き」
そんなことを言うのだった。
ああ、私も好きだぜ(友達として)!……なんて、朴念仁振ればいいのだろうか。
知ってるぜ。……と、色男染みた決め台詞でも吐けばいいのだろうか。
私としたことが、口に出すべき言葉が定まらない。
眉間に皺が寄ってるか?だらしなく口が開いたままか?私は私の表情が分からないままでいた。
「……友達としてね」
懐未ちゃんが後から付け加えた言葉に安心するような。がっかりするような。いや安心したわ。大安心だわ。心が安らぐわ。
「あ、ああ……うん、私も好きだよ。ズッ友だょ」
「何で『よ』の発音弱いの?」
「これはこういう表現としか」
「そうなんだ」
驚かせやがって。全く。これだから美少女は。ヒヤヒヤするぜ。
兄貴なら確実に落ちてるよ。即落ちだよ。
兄貴に限らず男なら落ちてるよ。陥落ガイ(男性の意)だよ。
柔めに彼女を(おっぱいを触りながら)押し退けて体勢を起こす。
「しかしとんでもないな懐未ちゃんは。危ない危ない。私としたことがもう少しで落ちるところだったぜ」
あははははー、と、無邪気そうに笑いながら懐未ちゃんは私のベッドに倒れこんだ。そのままカーテンを開けて、半開きの窓を全開にして、部屋に風を取り込む。
爽やかな夏の風に混じって、懐未ちゃんの声が聞こえる。
「落ちればよかったのに」
怖い話だった。




