外喰要
嫌な思い出だ。
俺がまだ小学生だった頃、毎年夏になると家族で海へと出かけていた。遊びに行っていた。
子どもというのは無邪気なもので、それはそれは無邪気なもので、何をするにも邪気がない。まさに無邪気。無邪気そのもの。
両親と楔が遊び疲れて休んでいる時にも、俺は一人で岩場を探索していた。
そこでイソギンチャクに。岩場に咲く、生える、イソギンチャクに――指を突っ込んで遊んでいた。
イソギンチャクに指を突っ込んで遊んでいたのだ。
イソギンチャクに指をである。
指を突っ込むと水を噴いて縮こまるのが面白くておかしくて、両親と楔を呼んで見せ付けた。
俺がイソギンチャクに指を突っ込んで水を噴かせるその様を!
かつての俺は、外喰要は得意気に見せ付けていたのだ!
いつからその行為をしなくなったのかは定かではないが、両親はおろか楔すらもその話は掘り返さない。俺が気にし過ぎなのか、それとも笑い話にできないほど恥ずかしいと思われているのか。
食卓で会話やもしくはテレビからイソギンチャクという単語が聞こえてくる度に、俺の体は震えるのであった。
「お前、そんなの着るのか?」
「私はもう自分の心を律するのはやめたからな。学生服と同じくスク水も卒業だ」
夏だし、水着買いに行こうぜ。
現在フィットネス水着を手に取っている楔は、過去に――このデパートへと出かける前にそんなことを言った。
数年単位で海に行っていない俺には毎年水着を買う女子の考えはいまいち理解できないが、しかし我ながら珍しくこの妹の誘いを蹴ることはしなかった。
それはもちろん、水着が見たかったからである。
重ねてもちろん、妹の水着が見たかったからではない。
妹が友達と、覇嶺さんを呼ぶと言ったからである。何故十代女子二人と三十代女性が一緒に水着を買いに行くのか若干の疑問ではあったが、その場では提唱しないことにした。
「その水着じゃあ余計に律されてるだろ。締まりがよくなってるだろ。ライフセーバーかよお前は」
「ぶぉん!」
「ライトセーバーじゃねえよ。ライフセーバーと言ったんだ」
「ははん。ライフセーバーね。確かに、否定はできないぜ。誰にだって、誰かの命を救う権利がある筈だ」
何だこの妹。頭おかしい。
しかしあれだな。付き添いってのはいいな。
合法的に女子の水着を品定めできる。あ、いや、品定めと言っても、俺が買うわけじゃないんだけど。何というのか……視姦?いやいや、水着を目で犯すって、どんだけ上級者なんだよ。
「これは動きやすそうだけど確かに味気ないよな。なあ兄貴、私に水着選んでくれよ」
「はあ?嫌だよ」
「嫌なのかよ……」
「俺が選んだらお前、どうせ後で文句言うだろ」
「兄貴が選んだ物に私が文句つけるわけないだろ」
「凄い信頼されてる!」
逆に怖い!
仕方がないのでてきとうに水着売り場を見回して、目に付いた物を指差し、俺は言った。
「じゃあ、あそこにある紐みたいな奴は?」
「兄貴、実の妹に羞恥プレイして楽しいのかよ」
「文句言うじゃねえかっ!」
冗談でも乗って来いよ!
「後で文句言うだろ、と釘を刺されたから、今のうちに文句を言ったんだけど」
「屁理屈だ」
「兄妹だから気を遣う必要ないだろ」
「屁の話!?」
べつに気にしやしないけど、外ではやめろよ。音が出るのはさあ。
「それに私、兄貴みたいにスタイルよくないから恥ずかしいぜ」
「やめて!いかにも俺のスタイルがいいみたいに言うのやめて!文字だけだと誤解しちゃう人も出てくるから!周りに聞こえたらそれはもう恥ずかしいことになるよ!あのチビスタイルいいとか思ってんのかしらと嘲笑われるよ!」
「兄貴を馬鹿にする奴は私が許さん」
「お前のせいだよ!」
恐ろしいことを言い出す妹だ。何て誤解を生もうとするんだ。迂闊に野放しにはできない。
などと考えながら、俺は楔の足腰を改めて眺めながら口を開いた。
「しかし楔よ。お前、スタイルがよくないとか言うけれど、べつにそんなことはないと思うぜ。身長は女子にしちゃまあ普通だと思うし、そりゃ胸は小さいが、ちゃんと運動していたのもあって腕も足も引き締まってるしな」
「兄貴……」
「AV見てるとさ、結構あるんだよ。顔は可愛いのに、体がだらしないってヤツ。パッケージ見ておっと思って借りたのに、背中が写ったりするとずんぐりむっくりというか。お前顔に比重持って行かれ過ぎだろっていう女優がさあ」
「死ねよ……」
「何でっ!?」
褒めたのに!褒めたのに!
「私の身体を見てそんなことを考えてたのかよ。最低の兄だぜ。全くしょうがないな。ただし私の部屋はお父さんとお母さんの寝室の真上だから、兄貴の部屋でな」
「何の話だよっ!」
そろそろ喉が渇いてきたので、妹にチョップしてから俺はその場を去った。
「要さん。楔ちゃん、見てないですか?」
「楔なら今紐みたいな水着の試着してるよ」
「マジですか!?」
一緒に呼ばれた――というか、そもそも先にこの子と予定していたところに、俺を組み込んだようだが。その妹の――楔の友達。
伊久川懐未。
美少女だった。
再三言っているように俺は年上好きなのだが、人間というものはそう単純ではない。年上好きが年上しかいけないとは限らない。その逆もまた然り。外見年齢という言葉もあるくらいだ。例外というものはいくらでもあり得るのである。
超可愛いのだった。
あ、楔が紐みたいな水着の試着をしているというのは嘘だ。
「見に行くのか?だったら手を貸しな。俺が連れて行ってあげるぜ」
「え、水着売り場ですよね……?分かりますけど……」
「そういうことじゃあないんだよ。君は可愛いから、水着売り場をうろつく変質者の目に留まってしまうだろ。そういう輩から、俺が守ってやるのさ」
「あの、要さん。たぶんなんだけど、水着売り場をうろつく変質者は、あんまり怪しければ店員さんが対処してくれると思う……」
「何だよ懐未ちゃん。要さんなんて水臭いじゃないか。お兄ちゃんと呼んでいいんだぜ」
「いや、それは恥ずかしいです」
「恥じることあるかよ。大丈夫だ、さあ。妹の友達は妹だ」
「男友達も!?」
揚げ足を取られた。
楔の友達なだけある。
「あ、でもお義兄ちゃんっていいかも」
「ん?ん……?んん?」
イントネーションは確かにお兄ちゃんのそれだったが――何だ?拭えないこの違和感は?
言葉の裏に隠された真意を、読み取ることができない。日頃のコミュニケーション不足が祟ったか。おのれ世間!
ちなみに俺は妹萌えではない。
現実の妹に絶望したから空想の妹を求めているとか、そういうの全然ない。
「お義兄ちゃん!」
「お、おう……」
何か釈然としないが、可愛いからいいや。
「まあいいや。懐未ちゃん。楔はまだ水着見てると思うぜ。俺はジュース買ってくる」
「喉渇いたんですか?私の飲みかけでよければありますけど」
「へ?」
ありますけどと言われても。どういう意味?
いいの?飲んでいいの?
「いいですよ。飲みきれないし」
そう言って懐未ちゃんは、鞄からビンのジュースを取り出した。というかデカビタを取り出した。
俺好みのチョイスだった。
「そうか。悪いな。じゃあ頂くよ」
「どーぞ」
受け取ったデカビタの、ビンとキャップを握る。
「マジで飲むけど……その――懐未ちゃんは、間接キスとか気にしないタイプなのか?」
「気にしないですよ。というか、気にしないようにしましたね」
と、言うと。
「学校でね、私の飲みかけのストローとか、取ってっちゃう人がいるんですよ。他にも使ったティッシュとかタオルとか」
「アイドルかよ!」
怖い業界だな!
「うわあ、安心する。そういう突っ込み安心する。やっぱり兄妹なんですね」
「褒められてるのか……?」
「褒めてます」
褒められたようだ。
しかし、妹に似てるというのも、嬉しくない褒められ方だな。
仮に俺と楔が似ていたとしても、俺があいつに似たのではない。あいつが俺に似ただけだ。
「まあそんなわけで、回し飲みとか気にしないタイプですから、いいですよ。どーぞどーぞ」
「そうか。じゃあ遠慮なくもらうぜ。俺は懐未ちゃんの使用済みティッシュなら二千まで出すけどな」
「返してください」
そんな。
ここまで来てそんなことを言われても。
「何でだよ!同級生の変態にはストローくれてやってるんだろうが!俺にも間接キスさせろおっ!」
「気にしないとは言ったけど気にはしてるんですう!何も言わないで飲んでくださいよ!」
「つべこべ言わずに私の口付けたジュースを飲めってか?おいおい、最近の女子高生は大胆だな」
「楔ちゃんに言い付けますよ」
「すいませんでしたっ!」
デパート2階、暮らしとファッションのフロアの中央辺り、自販機とベンチが並ぶ広場で、俺は深々と土下座をした。
休日のデパートである。人は当然多い。
「あの……要さん。私まで恥ずかしいんですけど……」
あ、名前呼びに戻った。
頭を上げろということか。往来の場で土下座をやめろということか。
俺はゆっくりと、視点を床の幾何学模様から上方へと移していった。
「恥ずかしいって?何言ってんだよ懐未ちゃん。紫とは顔に似合わずと言ったところだが、なかなか似合ってるぜ」
そして懐未ちゃんのパンツを拝んだ。いや、拝んでしまった。事故である。
「ぎゃあ!」
顎に懐未ちゃんのブーツがクリーンヒット!
強烈なご褒美だ!眩暈がする!喜びのせいだろうか!
「……もう、よしてくださいよ要さん。楔ちゃんにも見られたことないのに」
「後半の意味がいまいち分からないが……」
「同性で友達の楔ちゃんにも見られたことないのに、あんまり関わりのない異性である要さんにパンツを見られたことがショックだって意味です。それ以外の意味はないです。ないですからね」
何で強調するんだよ。逆に怪しいよ。
懐未ちゃんはスカートの裾を抑えながら溜め息を吐いて、立ち上がった俺を見た。
「じゃあ私、楔ちゃんのとこ行きますからね。それ、飲んじゃっていいですから」
土下座の時もずっと手に持っていたデカビタのことである。
べつに今聞くことではないのだが、気になっていたことがある。
この子は。懐未ちゃんは、楔と共に『繁栄派』に追われた友達――なんだよな。だとしたら、ある筈だ。楔ではなくて、この子に、異能の力がある筈なのだ。
今聞くことでは――ないのだが。
「ありがとう。それと懐未ちゃん。お前の異能力が何なのか、聞いてもいいか?」
「え?ああ、いいですよ。べつに」
教えてくれるようだ。
「私の異能は――」
いい加減喉の渇きが限界だった。デカビタを口に含む。
「体液を強酸に変える」
「ブパァッ!」
そして噴き出す。
「うわ、要さん。汚い」
「ごめん!でも、自分で聞いておいてなんだけど、その解説をするにはあまりにもタイミングが悪過ぎるだろ!」
「嫌だなあ要さん。強酸に変えた唾液が入ってたらビンごと溶けてるって」
「怖過ぎぃっ!」
「じゃあ今度こそ楔ちゃんのとこ行ってきますね」
早歩きで立ち去る懐未ちゃんを見送りながら、俺は思った。
我ながら迷惑な客である。
それにしても、口に含んじゃったけど、大丈夫か?大丈夫だよな。妹の友達を疑っているわけではないが、俺はちょっと殺されかけても文句は言えないレベルのセクハラをしてしまったからな。いや、でも元々セクハラ慣れしてるみたいだし、たぶん大丈夫だろ。
とか、そうやって他人忍耐力におんぶにだっこでセクハラをするのは、人道外れて最低だと思いました。
「いやあ、楔ちゃんに誘われたからその場のテンションで返事しちゃいましたけど、よくよく考えると私、もう水着って歳じゃないのかも……」
さっきまで懐未ちゃんと一緒にいたらしい覇嶺さんは、俺の隣に座ったままそう言った。
「何言ってんだよ覇嶺さん。杉本彩を見習えよ」
「あの人は見習っていいんでしょうか!確かに凄く美人ではあるけれど、目標としては高過ぎないでしょうか!というか私そこまで歳行ってないですからね!」
「でも懐未ちゃんのダブルスコアだろ?」
「まだですよ!」
楔によると、懐未ちゃんがもうすぐ18歳だったっけ。覇嶺さんの誕生日の方が後だから、ダブルスコアは達成ならずだな。残念。
「しかしな覇嶺さん。水着を着るのに歳は関係ないと思うぜ。欧米なんて大きなおばさんがビキニを着るものだから、肉に埋もれてまるでヌードっていうサービスショットが出来上がるんだぜ。それに比べりゃ、覇嶺さんは超イケてるぜ」
「超イケてる……って、私に合わせて言ってませんよね?死語ですよね?知ってますよ?」
「何をアピールしてんだよ。というか死語かどうかなんて、どうでもいいだろ」
「ぐわ、眩しい……。これが……若さか……」
クワトロ大尉みたいなこと言ってる……。
何だか最近この人面白い……。
「いいんですよ。慰めてほしいわけじゃありません。自分の意思で自重しようと思っただけですから」
「そうか。残念だな。覇嶺さん、こんなにいい腰をしているのに」
切なげな表情を浮かべながら、俺は覇嶺さんのくびれから腰骨までのラインを衣服越しに往復して撫でた。
それに対してなのか、覇嶺さんは俺の両頬を軽くつねり引っ張った。痛くはなかった。
「何をするんだ覇嶺さん」
「あれ?普通に喋れるんですね。ほっぺをつねられると、いふぁいいふぁい、っていう風になりませんか?」
「ならないもんだぜ。試しに自分でやってみればいいじゃないか」
「ふむ」
覇嶺さんは俺に腰を撫でられながら自分の両頬をつねり始めた。
変な人がいる。
「要くん。痛い、痛い。……本当だ、普通に喋れますね」
「おい、今のは俺が痛々しいという意味か覇嶺さん」
「そんな意図はありませんでしたが……。何か言えと言われたらいやらしいです。さっきから。手が」
「おっと失礼」
危ない危ない。俺の手が覇嶺さんの腰に馴染み始めていた。彼女が指摘してくれなかったら同化していたかもしれない。本当に危ないところだった。
俺はどうして覇嶺さんの腰を撫でていたのだろうか。
何でだっけ?
「思い出した。そうだよ覇嶺さん。俺まだ覇嶺さんのへそを見たことがないじゃないか」
「見なくていいんですけどー……」
「いや、ちゃんと見るよ。責任を持ってしっかりと見る。見させてくれ。それが、俺にできることだと思うから」
「その使命感はどこから来るんですか」
「ここかな」
自分の心臓をノックした。
魂が、震えるぜ。
「ふふふ。要くんがそこまで言うんなら仕方ないですねー。一緒に見てくださいよ、水着」
「是非もない」
二人してベンチから腰を上げた。
すぐ近くではあるが、水着売り場へ歩みを進める。
「覇嶺さん。貧乳にはマイクロビキニがよく似合うっていう定説があるんですが」
「誰が貧乳ですか」
「ああ、失礼しました。ド貧乳にはマイクロビキニが――」
「誰がド貧乳ですか!」
「え……?え……?」
「オロオロしないでください!これ以上小さい表現があるの?みたいな顔をしないでください!」
わあ。ド貧乳が怒った。
「それに、嫌ですからね。マイクロビキニなんて。あんなの着るなんて、相当プロポーションに自信があるか、とにかく見られたい変態のどっちかですよ」
「だな。俺もそう思う」
「じゃあ何で勧めたんですか……。私のことを相当な自信家もしくは変態だと思ってたんですか」
「心外だな。俺は貧相なおっぱいと柔らかい尻をほぼ晒して恥ずかしがる覇嶺さんが見たかっただけだ」
「私訴えたら勝てますよね」
「ごめんなさい」
やや先を歩いていた覇嶺さんは、後ろを――つまり俺の方を振り返って、そのまま俺の手を取った。
笑顔だった。
「ま、夏ですからね!多少のおいたは許しましょう!」
覇嶺さんに手を引かれ、水着売り場へと俺は連れ込まれたのだった。
その後覇嶺さんと、懐未ちゃんと、楔。三人が水着を服の上から当ててみたり、実際試着をしてみたりする様を役得とばかりに眺めていた。そして時々しゃがんだりもしていた。
そして覇嶺さんは結局、パレオとかいうあの邪魔臭い憎い布が付いた、オレンジ色の水着を買っていた。
「来ちゃったけど、どうしようかな」
「平気平気!豊胸手術の跡だなんて、誰も思わないっすよー!」
「そうよ千切ちゃん!そんなこと言うのは外喰だけよ!」
翌日の、ことになる。
土日の二連休。
楔、覇嶺さん、懐未ちゃん。この三人と水着を見に来たのが土曜日ならば、九里古里、初古、麻柄々。この三人と水着を見に来たのは日曜日である。
二日続けてハーレムを築いた俺である。やり手である。なかなか俺もやるものである。
店員には少々白い目を向けられるかもしれない。
「私は身体の傷跡を豊胸手術の手術痕だと思われることを心配してたわけじゃないし、仮にその心配をしていたとして、一番言われたくない人に言われてるんだけど」
九里古里が俺の方をチラ見。チラ見すんな。チラ見せならしてもいいけど。
「あのなあ九里古里。この間は茶化したが、この際だからはっきり言っておくぜ。俺は傷跡なんて気にしないし、というか――ともすれば気にしないどころか部位によっては興奮する。女の身で身体に傷跡が残ったのは気の毒だと思うけどよ。俺は一般的な意見しか言えないけど、それって逆にエロい。武器になってる」
「ありがとう。フォローしてくれてるのは分かる。ありがとう。でもそれ全然一般的じゃない」
一般的じゃないのか。
だって九里古里、おっぱいに――それも北半球(おっぱいの上部)に傷があるんだろ?超エロいじゃん。他の所にも傷はあるらしいけど。
そりゃあ無傷のおっぱいもいいけれど、ダメージおっぱいには、ダメージおっぱい特有のエロスがある。それはやはり背徳的なものになってしまうかもしれないが、それはそれで仕方がない。負ってしまったものは、背負っていくしかない。おっぱいなのに背負うというのも変な話だが。
だから、安心していい。九里古里は、ちゃんとエロい身体をしているから、安心していい。
「じゃあ去は私と一緒に選んでよね。大人っぽいヤツ!」
「ははーん。いっすよー。私は『性なる弾丸』と呼ばれた女だからねー」
初古が麻柄々を連れて別行動を始めた。
どうでもいいけどその異名即席で考えたの?それともマジにそう呼ばれてるの?どちらにせよ恥ずかしい奴だな。『高圧縮衝撃炸裂弾甘美』がかわいそうだよ。
「どうしようか。私としては未だ水着に抵抗があるんだけど、外喰くんの水着でも選ぼうか」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。怖気付いたのなら、俺が選んでやる。着いて来い」
「ほ、本当!?選んでくれるの!?」
九里古里は巨乳、巨乳、巨乳……。昨日の控えめ連中とは比べ物にならない。強いて言えば懐未ちゃんは楔や覇嶺さんと違ってちゃんとおっぱいがあったが、それでも九里古里とは勝負にならない。
こいつは基本的に装備品に黒を入れたがる習性がある。現実にしろゲームにしろ。
確かに巨乳だし黒いビキニも似合うだろう。巨乳だし。似合うだろうし、着た姿すらも容易に想像もできる。
だけど、それでいいのだろうか。そんな単純な、遊びのない答えでいいのだろうか。誰もが言える言葉を言うだけが俺の役目じゃないだろう。
九里古里は俺の選んだ水着なら八割方着るだろう。
だからこそ。
ちょっと面白そうなヤツがいいな!
逆に白で行ってみるか。明るい色だと遠慮しそうだけど。白。白のワンピース。いや、でもワンピースは流石によくないな。へそが見えないもんな。奇を衒い過ぎてへそを隠してしまっては、本末転倒だ。そんなのクールじゃない。
フリルはどうだ。可愛い系。んんん、しかし、しかしな。フリル……いるか?必要あるか?いや、もちろんフリルを提案したこと自体が“敢えて”であって、必要にかられたものではないので、必要性の話をすれば当然ないのだが。いらないよな、フリル。九里古里のおっぱいはフリルなんて防御壁、邪魔なだけだ。フリルなんて、九里古里のおっぱいに失礼だ。よってフリルもなし。
三つ案が潰れたが、しかし――どうだ?見えてきた。と言うより既に――見えている。
「随分真剣に悩んでくれてるんだね。てっきり白黒斑模様でも手に取って、ホルスタインとか言われるのかと思ってたけど。嬉しいな」
ずうっとにまにましながら思考中の俺を眺めていた九里古里。が、喋った。
お前俺のことを何だと思ってるんだ。選択肢が広がっちゃったじゃないか。
「九里古里、お前はこれがいいんじゃないか」
俺は水着を手に取った。売り物の女性用水着を手に取るのは初めての経験であるが、その姿は堂々としたものであった。
ピンクのビキニ。あえてこうした。あえてそうした。九里古里がピンクを身に付けている姿があまり想像できなかったから。あえてなのだ。ピンク。いかにも可愛いらしい色だ。落ち着いたカラーリングで纏めようとする九里古里だからこそ、ピンクを選んだ。胸元にリボンが付いている。これはよい。あってよいのだ。このリボンが胸元を若干隠すことで、九里古里の谷間により深い夢を与えてくれる。
「これは……か、可愛過ぎない……?」
「大丈夫だ。問題ない。絶対可愛いぜ」
九里古里が、目を見開いた。
いつも半開きの目を。
そして唇を震わせながら、声を震わせながら、こう言った。
「ま、ふぐぁっ……ご、ごめん……ちょっとトイレ行くからそれ持ってて……!」
涙声、だったんだけど。
泣かれたよ。女の子に水着選んだら泣かれたんだけど。どういうことなの。こんなの絶対無理着れない、この人センスおかしい――ってことなの。
まあ、気にしていても仕方がない。持ってろと言われた以上この水着は九里古里が戻ってくるまで持っているつもりだが、男が一人で女性用の水着を持ったままうろつくというのはいかんせん具合がよくない。
初古と麻柄々に合流することにした。
「よう。順調か?」
「おっ、要ちゃん。そっちこそどうなんすか。千切ちゃんの水着は決まったのー?」
「これを選んだら、泣かれた」
「泣かれたの!?」
見たところ、麻柄々一人のようだ。試着室周辺をうろついていたことから察するに、初古が試着中か。
「お、おかしい水着じゃないし、可愛いと思うよ。……嬉し泣きだと、いいっすね……」
俺のセンスの悪さに泣かれても嫌だけど、かといってそれも重いよ……。
「まあ、それはいいんだ。初古は試着してんのか?」
「そうそう。最初は紐みたいな奴を見て鼻息荒くしてたんだけど――」
「あの紐みたいな奴か!」
「あんなの買って行ったら、私が鴉さんに怒られそうだから、止めておいた」
「懸命な判断だな」
話が一段落着いたところで、タイミングよく試着室のカーテンが開いた。
「じゃじゃーん!どう?似合うかしら?」
フリルの付いた黄色い水着だった。
明るい色似合うなあこいつ。
「あれ、外喰どうしたの?千切ちゃんは?」
「ああ、あいつなら今うんこしてる」
「いや、流石にうんこはしてないでしょう」
「だってトイレ行くっつって5分経ってるぜ。うんこだろ」
「うんこね」
たぶん違うと思うけど。
「でも駄目よ?千切ちゃんが戻って来た時に長かったな、なんて言っちゃ」
「分かってるよ。俺はデリカシーのある男だ」
「ならよし」
麻柄々!お前突っ込めよ!
明らかに今の会話おかしかっただろ!どう聞いても変だっただろ!お前が突っ込むんだよ!
「えーっと……。初古ちゃん、似合ってる!可愛いっすよ!」
投げた!
強引に話題を戻したと言った方がいいか!まあこれで戻れば問題ねえや!
「ああ、そうだな。俺もそう思う」
「ちょっと、照れるじゃない」
「やあやあ、お世辞抜きにマジで似合ってるっすよ。超可愛いっす。抱きしめたいっす。ぎゅーって」
「俺もそう思う」
「外喰はやめて!」
俺に辛辣な態度をとった後、じゃあこれにしようかしらとご機嫌に、初古は試着室のカーテンを閉じた。
俺と麻柄々は試着室から少し離れた所で。
「あの水着、お前が選んだのか?」
「うん?うん。可愛いっしょ?本人はもっと際どいのを希望してたみたいだけど、それは何だか私まで罪悪感を感じちゃうので……」
「まあそうだろうな。仕方ねえよ。だけど、どうやって丸め込んだんだ?」
「鴉さんが好きなのはたぶんこっちっすよー、とか言って」
「単純だなあいつ」
「素直でいいことじゃないっすか」
「でも実際、鴉が最も安心できるのは、ああいう水着だろうな」
「そうっすよねー」
紐水着を着た初古を前にして、鴉が動じるのか、やはり鋼の男なのか、気になるっちゃ気になるが。
そんなことになれば俺にもとばっちりが来るかもしれない。それは御免だった。
「…………………」
気まずい。
そもそも俺と麻柄々って、そんな仲良くないし。休戦してるだけだし。
だけれども、黙っているよりはいいだろう。俺から話しかけることにした。
「麻柄々、お前は水着買わないのか?」
「うーん、どーしよっかなー。欲しいっちゃ欲しいんすけどね」
「お前はやっぱり、正面ガバァーだろ?」
「言われると思ったけどさー……。私の印象って胸元しかないんすか?」
「何だお前。まるで自分の胸元に自信があるかのような物言いだな」
「そういう意味じゃないよそういう意味じゃないよ。要ちゃんは、開いてる胸元しか見てないのかなって」
「おいおい、あまり俺を見くびってくれるんじゃないぜ。俺はちゃんと細長い足の指もすらっとした足も艶のある太もももやや深めのへそも結構大きめの手も厚みがあって柔らかそうな唇も――ちゃんと見てる」
「おー怖っ!」
両肘を抱え自分で自分を抱きしめる体勢で麻柄々は言った。
見てたら見てたでこれだよ。どうしろってんだ。
「ああ、あれはどうだ麻柄々!」
「何すかー?」
「あの、あれ。細い襷を胸の所で交差させてるみたいなヤツ」
「あー、あれっすかー。いやねいやね要ちゃん。流石にキツいでしょ。あれ背中なんて全開っすよ?」
「何か不具合でも?背中汚いとか?」
「綺麗だよ。ただ、あれはちょっと恥ずかしいっすよ」
「謙遜すんなよ『性なる弾丸』」
「聞いてたのかよ……。だからね、アジトで戦った時に要ちゃんにも言われたんだけどさー、私、そんなに胸がおっきくないっすからー」
「手伝いますが?」
両手の指をわきわきさせて麻柄々へにじり寄る。
と、額に感触。麻柄々の指先が俺の額に当たっている。手が鉄砲の形を作っている。
俺は両手を上げた。ホールドアップ。抵抗の意思なし。
「結構気にしてんだぜー。要ちゃんに並乳並乳って言われたの」
「そうか。それはすまなかった。だが、全く悪意はなかったんだ。俺は並乳も好きだ」
「節操なしなだけじゃないっすか」
「そう言われても仕方がない。俺はおっぱいのことが大好きだから」
「ここまで来ると清々しいっすね」
初古が水着を買った頃に、九里古里が戻ってきた。俺の手から水着を受け取って、嬉々としてレジへ持って行った。麻柄々も九里古里と初古に唆され、結局水着を購入した。
もちろん俺は買っていない。
メールが届いた。
覇嶺さんと、九里古里と、初古から。
ついでに楔からも直接言われている。
内容といえば揃いも揃って、海に行こう。である。
当然――断った。
3通のメールと、あと楔にはそれぞれ全く同じ返事をした。
「海?嫌だよ面倒臭い。俺、人混みは苦手なんだ。苦手というか嫌いなんだ。何をするにもままならねえし、楽しそうな若者集団が騒いでるのとか見ると、時と場合によっちゃ殺意すら湧いてくる。可愛い女の子を眺めていようにも、まあそのほとんどは男連れだろうな。見る価値なし。それどころか、下手すりゃ連れの男に絡まれる。最悪だ。それと、磯臭いのも嫌なんだよ。俺魚介好きじゃないしさ。そんで何よりイソギンチャク――見たくないから」
俺は水着が見たかったのであって、海だなんて、そんなものは眼中にない。興味もない。水着回だからって海に行く必要はねえ。プールすら必要ねえ。着ればいいんだ、着れば。
覇嶺さんと、九里古里と、初古。あと楔。
全員が全員、しょんぼりしていた。




