037
「外喰さん外喰さん。あのぅ、これって、焦らしプレイってヤツ……なんでしょうか……?」
何言ってんだこいつ。
俺が『喝采肉塊』に犯されて数日後のこと。解放されて数日後のこと。
着拒を解除し忘れていた、憂原と遭遇した。学校の帰り道、駅に向かう途中で遭遇した。遭遇しがてらに、そんなわけの分からないことを言われた。
「いや、俺は何も焦らしてなんかいないけど」
「焦らしてないの?じゃあ何でしょう?」
こてんと小首を傾げて憂原が尋ねる。
何でしょう?知らんがな。憂原の疑問の答えを俺が知る由もなし。そもそも憂原の疑問を俺が知る由もなし。
「なあ、憂原。何を言ってんだよ。何の話をしてるのか、俺にはいまいち見当がつかないぞ」
「この間のことですよ。外喰さん、あたしにキスしてくれたじゃないですかぁ……えへ、えへへうへ……」
しまった。
厄介な問題を残していた。遺恨を遺していた。おのれ遥原遠来。許すまじ。
「あれは、違う。違うぞ憂原」
「分かってますよ。あんな酷いことを言ったのは、あたしを傷つけるためなんかじゃあないんですよね。分かってますってば。外喰さんってば、優しいんだからぁ」
「それも違うぞ憂原」
そりゃあお前を傷つけようとして言ったわけじゃないけども。どころか俺の意思による発言ではなかったけども。
「友達じゃない……って、言ったじゃないですかぁ……」
そういやそんなことまで言いやがったっけな。まずいまずい。訂正しないと。俺の友達が九里古里一人になっちまう。数少ない俺の友達が。
それにこいつと友達になったのは、おせっかいながら少しでもこいつに人との付き合い方を学ばせる――とまではいわなくとも、練習させるためでもあるのだ。上から語れることなど何もないが、放っておけなかったからなのだ。
訂正、しなくては。
「ごめんな憂原。あれは忘れ――」
「友達は終わり。恋人になろう……って、ことですよね……?」
「んなわけねえだろボケ」
あ、これはもちろん当然、当たり前のことだけれど、俺自身の意思で言ってますよ。『喝采肉塊』なんて、そんなもんは綺麗さっぱり吐き出した。もし仮に今の発言を暴言というのなら、その暴言は俺自身の意思で吐いたものである。そこには何の後悔も反省もなかった。
憂原がない眉を上げてきょとん。小さなへの字口をしてきょとん。
「違うの?」
「違う」
「何で?」
「何でと聞かれても……」
何でと聞かれても……。
ぼかしてもかえって面倒になるだけだろう。元より隠すつもりもないが、正直に話すことにした。
「あのな、憂原。あの時俺がおかしかったのは――」
「ううん。おかしくなんかないですよ……何も、おかしくない。あの時の胸の高鳴り、忘れません。あんな力強いファーストキス……初めてでした」
うん。そりゃファーストキスなんだから初めてだろうね。でも違うんだよね。そういう話じゃないんだよね。というか話聞けよ。
確かにファーストキス奪っちゃって悪かったけど。申し訳なかったけど。あれ以上言ってたら、こいつ自殺しちゃいそうだったし。瀕死の相手を助けるために人工呼吸、みたいなものなんだと捉えていただければ幸いなんだけど……。何を言っても言いわけにしかならないのは、分かっちゃいるが。
「憂原!」
「は、はいぃっ!」
びくんと肩を震わせて、案外いい返事をした憂原。が、目を閉じて若干背伸びをして何かを待っていてる。ように見える。特に気にしないことにした。
「ファーストキス、奪って悪かった。謝って済むことではないだろうけど、気にするなといって気にせずにいられることでもないだろうけど、ごめん。俺の勝手だった。本当にすまない」
「勝手に、してくださいよ……。ほ、ほらほら、早くぅ……」
憂原は目を閉じたまま足の指先の動きで、背伸びしたり戻ったりを繰り返す。何かを急かしているかのように。
「目を開けろ」
「え、や……そんな、目を見たままなんて……ま、まだ恥ずかしいですよぉ……」
「いいから開けろ」
「も、もぉ……せっかちなんだからぁ……」
恐る恐る。そんな感じを前面に押し出し主張し、憂原は両の瞼を開く。光の入らない漆黒の瞳が、露になる。
「遥原遠来の『喝采肉塊』に俺は操られていた。お前に酷いことを言ったのはそのせいだ。泣き出したお前を見て、このままじゃまずいと思って咄嗟に俺とお前の口を塞いだ。お前に両手首を掴まれてたから、口で口を塞ぐしかなかった。ごめん。俺はお前を傷つけようとしたわけじゃないけど、それでも俺の言葉でお前が傷付いたことに変わりはない。ごめん」
「………………え?え、え?」
「許さなくてもいいけど、許してほしい。そしてできれば、これからも俺と友達でいてほしい」
「彼女でいいんですよ?」
「彼女じゃなくていいよ」
「何でぇ……?」
あれ……こいつ、俺のこと好きなのか?
いやいや、そんなまさか。そんなマッカーサー。違うだろう。初めて(もしくは久しぶり)の友達が男だったから、混同してしまっているんだろう。友情と恋愛をはき違えてしまっているんだろう。俺と憂原は友達だ。友達でいたい。またもやうんざりな上から目線になってしまうが、友達でいてやりたい。友達として、仲良くしてやりたい。冷たい態度は、とるかもしれないけど。
「憂原、握手」
「はい」
俺と憂原は、固く手を握り合った。
「いででで痛え!」
「どうしたんですか?」
「俺より強い力で握るんじゃねえ!痛えんだよ!何で今『英雄の剣』使ってんだよ!」
「あたしの方が外喰さんを好きだ……っていう、証……」
「ぬう」
そう言われてしまうと、これ以上責めることもできない。
俺は右手を締め付けられる痛みを、噛み締めることにした。
「というかさ、お前は俺に気を遣いすぎなんだよ」
「そうですか?」
噛み締めることにした。なんて、区切りをつけるような言い方をしておいて、憂原との会話はまだ続いている。帰り道中、駅に二人で入るのが、先日のこともあって(先日のことだけがあって)気まずかったので、少し道を逸れて、駅の入り口裏にある、誰がとめるのか分からないような駐車場で話している。
友達慣れしていないんだろうが、憂原は、俺に気を遣っている。遣っているように見える。感じる。気を遣っているだろう。もっと気楽に接してくれていいのだと、そういう意味合いを込めて俺はアドバイス染みた発言をした。
「そうだよ。敬語はべつに好きにすりゃいいけどさ。いちいち顔色を伺い過ぎというか、とにかく俺の反応次第みたいなところ、あるじゃねえか」
「人の反応を見ない人は、自分勝手だと思います」
正論である。
「それはそうだけど、まあ、多少は勝手でいいんじゃねえかと思うぜ。勝手かどうかで言うとお前はわりと勝手なところあるけどな」
「そうですか?」
「自覚はないのな」
解釈が勝手。厄介なタイプ。
「もっとこうさ。てきとうでいいんだよ。雑に行こうぜ、雑に」
「あたし、結構几帳面なんですよぉ……」
「そんな話はしてねえ。少しは相手をぞんざいに扱うことに慣れた方がいいぜ」
「あ、確かに、外喰さんはそういうの上手ですもんね」
「あ?」
「ごめんなさい……」
謝るなよ。威圧したわけじゃねえよ。
「そういうことだぜ。俺はべつにお前をぞんざいに扱っているつもりはないけど、そういうことをどんどんずけずけ言っていっていいんだよ。ほら、試しに何か言ってみろ」
「何かって……」
困ってしまったような顔をする憂原。困ってしまったんだろうね。
「何でもいいんだよ。俺をぞんざいに扱ってみろ。オラ来いよ」
「そんなこと言われてもぉ……」
「どうした。できんのか」
「何キャラなんですか……」
分からん。
「怖気づいたか憂原やつり。確かにいきなり自由に攻めろと言っても難しかったかもしれないな。とは言えお前、アジトで戦った時は言うこと言ってただろ」
「あ、あれは……ムードありきというか、そういうテンションになっちゃってただけでぇ……」
あるある。ちょっと悪役演出してみよう、みたいな。
「殺す……って、言ってたよな。近い感じだが、意思表示というより命令形の方が嫌悪感が出る。俺に死ねと言ってみろ」
「嫌ですよ……。外喰さんが死んじゃうのは寂しい……」
「安心しろ憂原。死ねと言われて死ぬ俺ではないさ」
「やだ……格好いい……!」
憂原は胸の前で両手を組んでうっとりしっとり呟いた。頭おかしいんじゃねえのこいつ。
「言え。言うんだ憂原。恥ずかしがらずに言ってごらん。言葉は凶器なんかじゃない。人を導くために与えられた我々人類の宝なんだ。それがどんな言葉であろうと、言葉が人を殺すんじゃない。言葉は人を導くだけだ。いつだって、人間が勝手に死ぬだけさ」
声のトーンを落として意味の分からないクソみたいな妄言を並べていると、ぴゃるぴゃると、音が聞こえた。実際ぴゃるぴゃるなんて音はしていないので、ぴゃるぴゃる音がしたのは嘘になるが(全く必要のないくだりだったが)、慌ててスカートのポッケから携帯を取り出している様子を見るに、どうにもどうやら、彼女の携帯電話の着信音だったようだ。
「あ、外喰さん、ごめんなさい。ちょっと、電話……」
「……おう」
このタイミングで。
放置プレイってヤツ、なんでしょうか?
憂原はというと、とてとて小走りで俺から距離をとった。聞かれたくない内容なのだろうか。そうなのだろう。恐らくは。察するに。たぶんそう。俺からは何を言っているのか聞き取れない位置まで移動してから、通話を始めたようだ。
憂原が電話で誰かと話している間に帰ってしまおうかとも考えたが、後でまた面倒そうなのでそれはやめて、大人しくこの場で待っていることにした。
待っていることにして、待ち終えた。憂原が通話を終えて、こちらに戻ってきた。俺の傍に近寄ってきた。何だか言いにくそうに、もじもじと口を開き始める。
「あの、ええと……外喰さん。あたし、ちょっと用事ができちゃって……」
「ふうん。そうか。分かった。それじゃあな」
「お、お別れのキスとかぁ……しなくていいんですかぁ……?」
無視して帰った。
「なあ、ずっとっていうほどずっとでもないんだけど、ずっと気になってたんだけどさ、お前の異能って何?」
「『怠臥の王』」
『喝采肉塊』の一件から、若干(ではない気もする)居心地が悪くなった教室内で、椅子に横を向いた姿勢で座ったまま、後ろの席の中村に聞いてみた。
『繁栄派』内部ランキング序列1位、中村万推の『怠臥の王』……ということは知ってるが。そうことじゃねえし。どんな異能の力なのか聞いているんだし。
「は?教えるわけねーだろ。馬鹿かお前」
いつもの調子で教室の椅子にふんぞり返って中村は言った。
「何でだよ。いいじゃねえかべつに。お前だって俺の異能のことを知ってるだろ」
「まーな。だけどそれがお前に俺の異能の効果効能を教えてやる理由にはならねー」
「お前ばっかりずるいだろ」
「いーんだこれは。『繁栄派』の連中が集めた外喰要の情報なんだからな。俺の異能のことが知りてーんだったら、お前も仲間に情報収集してもらえやいーじゃねーか」
「いるかそんなもん……」
俺の周りで異能について知っている人物。かつ、協力してくれそうな人物。
覇嶺さん。異能問題といえばこの人に振っておけばいいや、と思っている節がわりとある俺だけれど、頼っておいて失礼極まりないんだけれど、案外解決法を見出せていないのも事実である。上位ランカーの情報は流石にある程度知っているようだったけど、全員の能力を知っているんだろうか。『粛正派』にその情報が流れていなければ、覇嶺さんが知るはずもない。
九里古里。最も有力なのは彼女だろうか。元『繁栄派』で、中村との関係も浅くはない、と思う。宮方の『天地無象』や鴉の『孤独の亡骸』のことも知っているようだったし、中村の『怠臥の王』についても知っているのではないか。中村自身がそれほど(仲間に自分の異能の能力を教えないほど)警戒心が強いとも思えないし。
初古。九里古里と違って、中村と同じ上位ランカーだし、知っている可能性でいえば、こいつもかなり高い。ただ、『繁栄派』を裏切れないだとか、そういうところ変に律儀なので、口を割らない可能性も高い。加えて、物分りが悪いという理由で九里古里拷問の件を聞かされていなかった辺りから、教えてもらってない可能性も低くはない。
麻柄々。初古と似たような感じではあるが、麻柄々とはそれほど仲がいいというわけでもないし、お互い再戦して痛い目をみるのが嫌だから休戦協定を結んでいるだけで、敵同士なのは変わりない。それを言ってしまえば初古も敵ではあるんだけど。とにかく、麻柄々に頼るくらいなら、初古に頼った方がいい。
憂原。初古と麻柄々と似ているような似ていないような。立場だけで言えば、中村の異能の力について知る権利が最もあるのは憂原ではないだろうか。上位ランカーの中でも更に上位。3番手に位置する彼女ならば、『繁栄派』上層部や中村からの信頼も厚い――と考えるのが普通だろう。ただ、憂原自身が『怠臥の王』の詳細を知りたいとも思わないだろうし、聞かれれば答えるかもしれない上層部や中村も聞いてこない奴にわざわざ最強の固有戦力の詳細を教えたりはしないんじゃあないか。
鴉。知っていてもまず教えてはくれないだろう。ランキングで言えば初古や憂原に劣るが、『繁栄派』内部での立ち位置は、結構重いところにあると思われる。上層部とも繋がりがあると本人が言っていたし。あれ、こいつ、聞けば案外答えるんじゃね。隠すことでもねえ、とか何とか言いながら。
楔。異能について知っている、というだけで、知識は俺以下である。論外。
ふむ。
よし。
「おはよう、外喰くん」
「おはよう九里古里。『怠臥の王』って知ってるか?」
外喰に会うのはやめた方がいい。なんて、『喝采肉塊』直後は周りの友達に言われていたものだけれど、それらの静止を振り切って、わざわざ別学科の教室まで挨拶に来てくれる九里古里である。
間がいい女だ。丁度いいので聞いてみることにした。
「え、いや、そりゃあ……知ってるけど……」
朝っぱらから何を言ってんだと面食らったように、言いよどむ九里古里。周囲を――教室内の他の生徒を気にしながら、俺と中村の近くへ歩いて寄ってきた。僅かに声量を小さくして、俺に向けて言う。
「外喰くん。この間のことがあって皆に変な目で見られてるのに、教室内で異能の話なんて、堂々とするものじゃないよ。あ、中村くんおはよう」
「……おー……」
中村が面白くなさそうに九里古里からの挨拶に返事をした。
「そうか?俺と中村の妄言だとしか思われてないと思うぜ」
「そう思われていることが既に深刻な問題なんだけど、君は気がついてないんだね……」
気の毒そうな顔をする九里古里。おい、やめろ。そんな目で俺を見るんじゃない。
「とにかく、この話は学校じゃ駄目。後にして」
「お、おう……」
「じゃあね外喰くん。あと中村くん、あんまり見ないで」
「すまん」
九里古里の胸をガン見していた中村が怒られた。そりゃそうだ。
そして九里古里から視線を外した中村と交代するかのように、俺は歩いて教室を立ち去る九里古里の足を眺めていた。カラータイツを眺めていた。
「ああ、そういうこと。ごめん。改めてもらってなんだけど、私も知らないんだ」
「そうなのか」
昼休みに学校から少し離れたコンビニに中村と共に弁当を買いに行くつもりだったので、外で話せないかと九里古里を誘ってみた。ばっちり釣れました。コンビニの裏で3人、座り込んでコンビニ弁当を貪りつつ話をしている。
中村の異能『怠臥の王』について。九里古里もよくは知らないらしい。そんな答えが返ってきた。申し訳なさそうに九里古里が続ける。
「ごめんね。力になれなくて」
「おい九里古里。その言い方だと外喰がまるで俺を倒そうとしてるみてーじゃねーか」
「中村、お前がいると話しづらいだろ。ちょっとあのフェンスの辺りで飯食ってろよ」
「九里古里と一緒に飯を食う機会を俺が逃すかよ馬鹿が」
「外喰くんを馬鹿にするのはやめて」
中村は黙った。
「……お前も知らないんだな。初古や麻柄々も、知らねえのかな?」
「どうだろう。あの二人と中村くんの話をしたこと……が、あったかどうかは思い出せないけど、知ってるのかな。中村くんの異能がどういうものなのか」
「逆に、こいつなら知ってる……っていうのはないのか?」
「分かんないな。懸厳蒐さんと鴉さんは、知ってそうだけど」
「憂原は?」
「知らないんじゃない?あの子、基本他人には無関心だから」
だよなあ。
「でも、何で憂原さんなの?あの後、会ったの?」
「会った……まあ、うん。会ったな。会った。友達になった」
「友達!?マジかよ!」
そんなに驚くことなのか。九里古里のキャラが少々崩れている。マジかよって……。
「なんだかかわいそうで放っておけなかったからさ。友達になろうって、戦ってる最中だけど、言っちまったし」
「そうなんだ……。外喰くんは優しいね」
「それほどでもない」
優しさは時に人を傷つけるというけども、差し伸べた手を野良犬に噛まれたなんてのも、その例に含まれるんだろうか。いや、これは憂原の件とは全く関係ないんだけど。
「憂原さんと、どんな話するの?」
「スク水の話とか」
「スク水……。一応聞いておくけど、そのスク水ってスクロールする水中ステージじゃなくて、スクール水着のことなんだよね?」
「当たり前だろ。何言ってんだ。俺は強制スク水は嫌いでな。特にロックマンX5のタイダル・マッコイーンステージが嫌いだった」
「私も嫌い。話を戻すけど、もしかして外喰くんはスク水萌えなの?」
「馬鹿言うなよ。スク水萌えって、俺を変態か何かのように言ってくれるな。スク水なんてへそが見えないから興味ないぜ」
「好きではない理由が趣向が異なるだけの変態のそれなんだけど……。まあいいや、じゃあ外喰くんは、普通にビキニが好きなのかな?」
「そうだな。言ってしまえば特別こだわりがあるわけじゃないから、その解釈で間違ってないぜ」
「ビキニかあ……」
遠い目をして俺の言葉を、というかビキニを反芻している九里古里。彼女の見に一体何が起こったというのか。どんなビキニが起こったというのか。
「私、ちょっとビキニは無理かも。というか水着は無理かも」
誰も見せてなんて言ってないけど。
「拷問の痕が残っちゃってるんだよね。治してはもらったんだけどさ。傷は塞がってるんだけど、胸と足、痕になっちゃったんだ」
「胸に?それじゃあお前の自慢のおっぱいは、まるで豊胸手術による人工物みたいに思われてしまうな。こりゃ一大事だ」
「べつに私は自分の胸を自慢したことはないつもりだし自慢に思ってもいないんだけど、それはそれとして豊胸手術の痕は腋の下に残るんじゃないかな」
「え?おっぱいを切って何かよく分からない物を詰め込むんじゃねえの?」
「何かよく分からない物って何だよ。恐ろしいよ。シリコンとかじゃないの?ああでも、最近はメスを使わない方法もあるんだっけかな」
「メスを使わないって……。じゃあオスを使うのか?一体何のために……」
「馬鹿じゃないの?」
「馬鹿ではないつもりだが。しかし何だ、九里古里。お前、随分と豊胸手術に詳しいみたいだな。何か思うところがあるのか?」
「何もないけど……。な、何?まさか私を疑ってるの?やめてよ、私はそんなことしてない。嘘だと思うなら見て触って確かめてみればいいじゃない。ほら、いくらでも――」
「あーーー面白くねーなーーーァァア!」
中村が叫んだ。白昼堂々こんな所で。恥ずかしい奴だ。
そりゃまあ、心中察するというか。俺に察されたくもないだろうけど、意中の女子が別の男に迫っているところを、延々と見せ付けられたくはないだろう。
でも、よくやった。よく止めた。俺は一人安心していた。
「あ、ご、ごめん。中村くん、いたんだよね。ごめんごめん。私、夢中になると周りが見えなくなっちゃうことあるからさ」
中村は更に傷つけられた。
「あー、まー、何だ。あれだ。そーゆーことはよ、他人が見てねーとこでやれよ。やるんならよ」
「いや、中村くん。私は外喰くんと友達であって恋仲ではないから、そういうことはしないよ……」
苦笑いをして俯く九里古里。
割り箸を握り潰す中村。
「………………」
漫画とかじゃあよく見るけど、割り箸を握り潰したら破片とかささくれが手に刺さるんじゃないだろうか。それすらも気にならないような心境ではあったのだろうが、それにしたって、中村が痛みを感じている様子はない。
アジトで憂原を食い殺そうとした俺を止めたのは、中村だ。
究極完全体コラーゼブル――もとい『腐喰の王』の――つまり俺の上顎と下顎に手をかけて、その動きを止めていた。上顎にも下顎にもびっしりと鋭利な牙が生えていたはずだ。そこに触れて平然としていた中村は。中村の異能は。
「お前の異能って、無敵系?」
「は?今聞くか?それ」
「それを聞くために外で話してるんだろ」
そもそもそうなのである。俺が話を逸らしたような気もするけれど、今更そんなことはどうだっていいのだ。
「無敵系って何だよ。そんなんは鴉の『孤独の亡骸』で間に合ってるぜ」
「いや、ただ単純に滅茶苦茶硬いとかじゃなくて、攻撃そのものを受け付けないというか。一方通行みたいな」
「俺にそんな演算能力はねーよ。あんなのはフィクションの化け物だからできる芸当だろーが」
「『怠臥の王』……効果は無敵、みたいな」
「何つー大雑把な無敵だよ。つーかな、外喰。俺はべつにお前と戦う気はねーんだぜ。上には俺から止めてあるし、お前が俺を殺す理由もねーだろーが。そんな躍起になって俺の異能力を探んなや」
「べつに対中村戦を想定しての情報収集じゃねえよ。何となく気になってるだけだよ。お前の姉ちゃんかわいいの?とか、そんな程度だよ」
「同列に並べられても何かイラつくな……」
「無敵系……確かに無敵だよね、中村くん」
「おい、ほじくり返すな。蒸し返すな」
俺の推論に賛同を示す九里古里、そして阻害する中村。
「任務でどんなことをしてるのかは知らないけど、『戦闘班』のくせにいつ見ても無傷だし。仕宮さんが音の大砲の反動で突っ込んできた時も、中村くんはおろか仕宮さんすらダメージを受けてなかった。鴉さんがダメージを負っているところも見たことないけど、それでもランクに差がついてるってことは、『孤独の亡骸』どころじゃない何かがあるんだよね」
「『腐喰の王』の顎を抑えられるってことは、力もあるんだよな?憂原の『英雄の剣』も『腐喰の王』より力は上だけど、僅かに上ってだけだぜ。なのにお前は大分余裕そうだったよな」
「あの状況でよく覚えてんなお前……」
考察。考察タイムに入る俺と九里古里。こういうのって楽しいんだよな。俺、今頭いいって感じで。この発想が既に頭悪そうだけどな。
「お前の異能、無敵ならぬ無敗なんじゃないか。万物を推して退ける。ほら、名前とも合うし」
「万推の意味は万物推奨。何でも好きにやれってことだ。勝手に拗らせてくれんじゃねー」
俺と九里古里が盛り上がっている間に無言で食べ進めていた中村は、空になった弁当のゴミを雑に袋に詰め込んで立ち上がった。
「それに、俺は無敗でもねー。現に外喰、お前に負けてる」
中村は決め台詞っぽいことを言って立ち去った。
何言ってんだこいつ。
外喰、と俺の名前を呼びながらも九里古里の方を見ていたことから推測できるのは、九里古里に対する恋愛での勝敗のことだろうか。確かに九里古里は俺のことが好きだと言っているけれど、俺は九里古里のこと好きじゃないし。中村より優勢なのかもしれないけれど、それは優勢であって勝利ではない。そもそも俺には勝利する気がない。
それでもなお、それというにも関わらず、断固に頑固に彼が敗北したと宣言するのは、彼自身が九里古里のことを諦めたからなんだろう。なんだろうか。なんじゃねえかな。
九里古里拷問の件を看過したことも。俺が九里古里を助け出すのを止めなかったことも。九里古里に対して何も言わないのも。全て、そういうことなのではないだろうか。
中村万推。バンシィみたいな名前しやがって、と、出会った当初は思っていたけれど、なかなかどうして奥ゆかしい男である。そんな彼の今日のTシャツの柄は、『薄情』だった。




