表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異行  作者: yoho
その3
36/47

036

「おかえり兄貴。遅かったね。飯食ってきたの?」

「おう、九里古里に誘われたんで、行ってきた」


 初古と麻柄々から逃げ切り、憂原を置いて、覇嶺さんと別れた俺は、自宅へと帰ってきた。

 覇嶺さんに――『粛正派』の方々に頼るしかない。他力本願だった。

 飯を食ってきたと言っても、全部食えてないんだけど。なんかもうあんまり腹も減ってないんで、晩飯の要求はしなかった。


「千切さんと?二人っきり?」


 リビングのソファにふんぞり返ったままの体勢で、ニヤついてくさびが言う。鬱陶しいなこの妹。


「違えよ。4人いた。というかお前足閉じろ。汚いもん見せんな」

「汚くねえよ。ちゃんと毎日洗ってる。まあ今日一日穿いてたから汚いっちゃ汚いかもしれないけど」

「そういう意味で言ったんじゃねえよ……」


 意味の分からない(意味は分かる)ことを言う妹を横目にスルーして、2階の自室へと向かう。


「というか、何?兄貴と千切さんと、あと二人?何だよ兄貴、友達いるんじゃん」


 楔が後を着いて来る。


「それともあれか?千切さんの友達が一緒にいて、コミュ障特有のどもり連発して引かれちゃったから、おめおめすごすご逃げ帰って来たのか?ん?どうなんだ要くん?」


 鬱陶しいというかうぜえなこの妹。

 自室のドアを開ける。楔が遅れて入ってきて、ドアを閉めた。

 入ってくんな。そう言おうとして。


「黙れブス」


 そんなことを言った。言ってしまった。もちろん俺の意思ではない。


「何だよ図星か兄貴。私の顔を悪く言っても兄貴も共に傷付くだけだぞ。我等兄妹は一心同体と言っても過言ではない」

「何が一心同体だ気持ち悪い。何が悲しくてお前と生死を共にしなくちゃならねえんだよ」

「悲しかろうが嬉しかろうが兄妹じゃんか。良くも悪くも手を取り合っていこうぜ」

「嫌だよ気色悪い。お前と手を取り合いたくなんかねえよ。触んな生き遅れ女子高生」

「何だよ辛辣だなあ……。それと兄貴、いくら生き遅れと言われようが女子高生と呼ばれるだけで私は喜ぶからな」

「女子高生もどき」

「間違ってはいない」

「女子高生くずれ」

「的を射ている」

「女子高生の成れの果て」

「言い得て妙」


 無敵かこいつ。

 覇嶺さんに話したことで安心していたところで、先ほどの謎の異能の効果が発現してしまっているのだが、この妹、この異能と渡り合っている!

 この異能を解決する間、家にもいられないかとも考えていたが、ひょっとしてこいつがいれば問題ないんじゃないか?


「昨日千切さんを助けに行ったと思ったら、今日は一緒にディナーとはな。いい感じに進んでるもんじゃん」


 そのディナーで盛大に嫌われてきたと思うんだけど。


「うるっせえな。いちいち俺のプライベートに踏み込むんじゃねえよブス」

「冷たいこと言うなよー。何だ?代わりに私の最近の性事情を教えてやろうか?」

「聞きたくねえわボケ。一人で勝手に盛ってろ」

「どちらかと言うとお盛んなのは兄貴の方じゃない?」

「だから俺のことに触れんなっつってんだろ。いい加減にしろよてめえ」

「何怒ってんだよ兄貴。振られたの?もしかして千切さんに振られたのか?」

「振られてねえよ。そもそも興味もねえよあんな眼鏡女。しつこく言い寄られて迷惑してたんだよ。心底うざってえ。何か勘違いしてるみてえだったから現実を教えてやったぜ」

「おい兄貴、お前それは言い過ぎだぞ。というか実際、千切さんを助けに『繁栄派』のアジトまで乗り込んだんだろうがよ。友達なのか恋人なのか分かんないけど、仲いいんだろ?」

「いやあ、ありゃ失敗だったな。あの時は柄にもなく張り切っちまったけど、行かなきゃよかった。どうして俺があんな奴のために死ぬ思いしなけりゃならねえんだ。やめときゃよかった。ほっときゃ俺もあいつとおさらばできて、万事解決だったのになあ」


 そんなことは、思っていない。


「お前……、そんな言い方ないだろ。確かに私は何にもしてないし、兄貴は死ぬほど頑張って、辛い思いをしたんだろうけどさ。助けなきゃよかったってことはないだろ」

「いいや、助けない方がよかったね」

「兄貴」


 楔が握り拳を作って、俺に寄って来る。


「歯を食いしばれ」


 楔の拳が俺の頬を打ち抜いた。

 視界が揺れる。膝が震える。

 駄目だ。こいつがいれば大丈夫とか言ったけど、全然駄目だ。俺が殺される。

 あと何でこいつこんなパンチ強いの。まあでも、よくやった。


「てめえ、女の子一人惚れさせておいてそれはねえだろ。お前に責任があるとは言わないけど、好意を踏みにじるのはやっちゃいけないことだぞ。人の恋心を踏み潰すのは、それはもう罪だぞ。……千切さんが常識を超えて悪いことをしたなら、本当に迷惑だと思ってるなら、私にも言ってくれ。微力だけど、そういうことなら手助けできるから。私も話を聞いてみるから」

「何ぶん殴ってくれてんだよてめえよお……。うっぜえな。クッソうぜえ。だから俺に構うんじゃねえよクソブス。縁切ろうぜ?」

「は?」


 左頬の痛みに耐えながら、俺は聞いていた。自分が喋っているのに聞いていたというのもおかしいが、俺と楔の会話を聞いていた。


「うんざりなんだよお前には。俺はそもそも美人な姉が欲しかったんだ。もしくは可愛い妹ならいい。可愛くない妹なんていても邪魔なだけなんだよ」


 これはまあ……頷けるけども。


「マジにうんざりだ。飽き飽きだよ。今までよく耐えてきたもんだよなあ俺も。こんな馬鹿げた兄妹関係によ。お前なんて生まれてこなけりゃよかったのにな」

「兄貴……?」

「消えろよ。さっさと消えろ愚図。視界に入ると吐き気がすんだよお前。早く出てけよ。消えることもできねえか?何なら異能で俺がぶち殺してやろうか?なあおい、ゴミクズ」

「消えねえよ」

「分かった分かった。剛情だな。じゃあ俺の机の一番上の引き出しによ、カッターがあるから、それで喉を掻っ切って死ね」

「やだよ」

「殺すぞ」

「……兄貴に殺されるなら、べつにいいよ。でも、それは本心か?本当に私を殺したいほど嫌ってるのか?」

「イエース!」

「わ、私は……兄貴のこと好きだぞ。兄貴の変態なとこも、色々駄目なとこも、何だかんだ好きだ。兄妹として、誇れないけど、大好きだ。全部受け入れてるつもりだ。兄貴も、私のこと受け入れてくれてると思ってた。可愛くないとこも、女子高生くずれなとこも、ちょっと手が早いとこも、受け入れてくれてると思ってた。だけど、違うんだな?兄貴は私のこと、嫌いなんだな?」

「そうでーす!」

「分かった。……何でも受け入れてくれるのが家族だと思ってたけど、兄貴はそうじゃないんだな。私は、兄貴のためなら何だってする。もう殴らないし、この制服だって脱いでやる。整形だって、いとわない。それでも私のこと、嫌いなままなのか」

「イエス!アイ!ドゥーーッフフゥーーーゥゥウ!」


 いや、何このテンション。


「わ、私は、大好きだぞ、兄貴のこと……。死ぬまで好きだぞ。死んでも大好きだ。殺されたって……嫌うもんか」


 楔が泣いている。

 必死にこらえてはいるが、それでもぼろぼろと、涙が溢れ出ている。

 俺が5歳、楔が4歳の頃に、兄妹喧嘩をしたことがある。俺が兄妹喧嘩で勝利を収めたのは、後にも先にもそれ一回だ。初めて楔に勝って、初めて楔を泣かせた。楔の泣き顔を見たのは、後にも先にもそれ一回――の、筈だった。

 震える声で、楔が続ける。


「凄い好きだ。滅茶苦茶好きだ。堪らなく好きだ。セックスしたいとか、結婚したいとか、そういうんじゃなくて、家族として好きだ。大好きだ。私は兄貴が大好きだ」

「あっそふーん」

「今の兄貴は最低だと思うけど、それでも大好きだからな。血も涙もない人間だと思うけど、それでも大好きだからな」

「あざーっす」

「殺したいなら殺せよ。私は兄貴の妹だ。受け入れてやる」


 何なんだよこいつ。気持ち悪いな。

 いつも思うけど、何でそんな格好いい台詞が吐けるんだよ。

 我が妹ながら尊敬するよ。


「私は兄貴を世界で一番尊敬してるから」


 俺は、異能が初めて発現したあの夜よろしく、右腕を『腐喰の王コラゼブル』に変化させて、自室の窓から外へと飛び出した。











 人を泣かせることが、こんなに辛いとは思わなかった。

 家族を泣かせることが、こんなに辛いとは思わなかった。

 血も涙もない人間と呼ばれるのが、こんなに辛いとは思わなかった。

 今までどんな悪態もつき合ってきた妹に言われて、こんなに辛い言葉があるとは思わなかった。

 この異能が解除できたら、ちゃんと皆に謝ろう。

 あと憂原うさはらの着拒を解いてやろう。

 俺は日が昇るまで、宮方と戦ったこの町で一番大きな公園で寝ることにした。











「お、おはよう……外喰くん……」

「………………」


 俺が口を開かなくても、出る時は勝手に出てしまうんだけど。

 不用意に返事をして、上げて落とすみたいなことにならないように、挨拶してきた九里古里を前に、俺は黙っていた。

 今日は学校サボろうかとも思ったのだが、最近一限すっぽかし気味だし、後々困るのは自分なので、とりあえず登校はすることにした。とは言え、風呂に入れてないし服は昨日のままだしで、衛生的にはやや問題がある。


「あの、ごめんね。そんなに迷惑がられてたなんて、気付かなくて、さ」


 俺に話しかけない方がいいって。


「もう、前みたいにお話できないのかな……?話しかけちゃ、駄目かな……?」


 少なくとも今は。


「駄目、だよね……?ごめん……。好きになって、なんて、もう言えないけど、嫌いになってほしくない、なあ……」

「もう嫌いなんですけど」


 ほらあ……。


「というか昨日二度と話しかけるなって言ったつもりだったんだけど、全然理解できてねえのな?お前はもう少し頭がいいと思ってたけど、それも駄目かあ……。全部ミソッカスなんだな」

「外喰ぐん、そどはみぐん、ぞどばびぐん……!ぎらいにならないでよお……!」


 朝っぱらから何をやってんだ俺は。

 こんなことなら九里古里を無視して教室に向かった方が断然マシだった。

 フォローになるのか分からないが、俯いた九里古里の頭をわしゃわしゃと雑に撫でてから、急ぎ足で教室へと移動した。











「よお外喰。……お前、昨日と同じ格好してねーか?」

「悪いかよ」

「いや、そればっかりは個人の自由だから、周りに悪影響がないうちはとやかく言わねーけど」

「じゃあほっとけ」


 席に着いた。後ろの席の中村。こいつとは普通に会話できている。今のところは。


「おい中村」


 と思った矢先の出来事である。


「そのTシャツだっせえな」

「あ?」


 不意に口を出た言葉。

 例の異能が散々再三ではあるが、またも発現した。

 教室内でくすくすと小さな笑いが起こる。たぶん周りのクラスメイト達も思っていたのだろう。俺もだせえなとは思ってたけど。例の如く正面に大きな字で『抜粋』と書いてある。何を抜粋するんだ。


「外喰てめー、今更かよ」

「はあ?」

「俺ぁずっと突っ込み待ちだったんだよ。何だよお前そのTシャツって言われんのをずーっと待ってたんだよ。それをお前シリアスシーンまでわざわざ着込んでいったっつーのに、何でスルーだよ」


 知らねえよ。

 お前そんなん入学当初からずっと着てきてるじゃん。1年以上突っ込み待ちしてたのかよ。というかシリアスシーンでTシャツに突っ込むわけねえだろ。馬鹿か。


「いやー、辛抱した甲斐があったっつーもんだな。やはり着てみるもんだぜ。長かったなーおい。抑圧からの解放、カタルシスっつーのはこういうことを言うんだろーなー」


 知らねえよ。

 一体何にカタルシスを感じてるんだよこいつ。べつに誰も何も抑圧してねえよ。


「で、よー外喰、教室のドアんとこから九里古里がお前を覗いてるが、ありゃ何でだ?いつもなら中まで入って話しかけてくるところだが、どーして今日はそうしねー?ついでに言やぁどーして涙目なんだ?あー?」

「俺が知るかよあんなメスブタちゃんの諸事情をよおおおー!」


 サボればよかった!

 教室の中で何を言ってんだ俺は!というか九里古里も何で来るんだよ!フォローのつもりで頭を撫でたのがよくなかったのか!混乱させたか!

 中村がこれ以上話を盛り上げないよう祈る。


「メスブタちゃんだーあー?てめーそりゃ九里古里のことを言ってると認識していーんだよな?間違いはねーな?」

「間違いないですうう九里古里ちゃんのことですううう」

「おい九里古里ィィー!」


 教室中の視線が集まる。なんて恥ずかしい。


「外喰と何かあったのか?」

「な……ないよ。何も、何もないよ」

「だよなあああああ!俺とお前は無関係だもんなあああああメンヘラ巨乳処女ビッチ眼鏡クソブタちゃああああああん!」


 俺の保ってきたクラス内でのクールなイメージが一瞬で崩れ去った!

 もう駄目だ!おしまいだ!

 ついでに腹に強い衝撃を受けて、俺の身体は吹っ飛んだ。


「湧いたこと言ってんじゃねーぞ外喰。てめーのイカレポンチ具合もいよいよ末期か?え?おい?」


 中村に蹴り飛ばされたのだ。机と机が並ぶ間の通路に、仰向けに倒れこんだ。こいつ、細長くヒョロッヒョロに見えるけれど、いい蹴りだった。見事に俺の胃を捉えた。痛い。


「……かっ、あああ……!なぁにしてくてんだよ中村あああ!てめええいきなり蹴り飛ばすとはどういう了見だコラアアア!イカレてんのはてめえの方だろおおがあああああ!」

「喚いてんじゃねーよチビ。声が出せねーように鳩尾を蹴り潰してやろーか」

「上等だうっすい眉毛しやがって平安時代かこのインポ野郎がああああ!」


 あ、中村の眉毛はかなり薄いです。


「インポはてめーだろ。本体も局部もチビ野郎だな。自分のことを棚に上げる好事例にでもなったつもりか外ハメくん」

「本体がでかい分てめえの方がミクロじゃねえかドチンカスがよおおおお!」

「俺ぁ目測が得意なんだが、見たところお前は○センチだろ?俺は○センチある。まー五十歩百歩っつーかどんぐりの背比べっつーかって感じだが。はは、短小話題でどんぐりっつーのも笑えねーな」

「野郎おおおおっおおっおぶっがばぶがああああ!」


 猛烈な寒気に襲われた。猛烈な気持ち悪さに襲われた。猛烈な吐き気に襲われた。

 脂汗が噴き出す。こみ上げてくる。何か。何かが。こみ上げてくる。


「おい、外喰。こっち来い」


 いつの間にか教室から出ていた中村が手招きする。

 無茶言うよなあ。フラフラなんだぜ。俺は必死に震える身体を動かして、教室を出た。











「そーら」


 さっきの一撃よりも強烈に、中村が俺の胃を蹴り抜いた。

 あ、駄目だ。出る。


「おぼぉろろろろ……」

「朧?お前の朝飯?今出してるそれのことか?」

「な、中村くん!もうやめてよ!外喰くんも機嫌が悪かっただけだって!そんな怒らないでよ!」


 先行した中村。その後に続く俺。その後に更に続いて着いて来た九里古里が、中村の腕を掴んで静止をかけている。

 俺は中村に校内のトイレへと連れ込まれ(変な意味はない)、腹を蹴られ、嘔吐を強制されている。酷いいじめの図だ。


「いや、おい、九里古里。俺は何も外喰の言葉にブチギレてこんなことをしてるわけじゃねーぞ。……お前、外喰の異常に気付かなかったのかよ」

「異常……?いや、特には何も……」

「何も?何にもか?じゃあお前、何で泣いてんだ?」

「何で、って……。外喰くんに、嫌いだって、言われたから……」

「………………。じゃあ聞くがな九里古里。お前が好きな外喰は、そんなことを言う奴か?お前はそんな奴を好きになったのか?」

「言わない……って、思ってた……。でも、外喰くんが嫌いだって言うんなら。優しい外喰くんが人を嫌いって言うからには、それなりの理由があるんだと思う。たぶん、分からないけど……絶対、私が外喰くんを怒らせたんだと思う」

「……お前が好きな外喰は、お前が気付きもしねー些細なことでキレて喚き散らすよーな、そんなちっぽけな男かって、そー聞いてんだよ」

「分かんない……もう、分かんないよ……」


 中村と九里古里の会話の内容をぼんやりと聞きながら、俺はまともに喋れるまで回復の時を待っていた。 


「な、中村……お前、何してくれてんだ……」

「おー無事か外喰。気分はどーだ?」

「最悪に決まってんだろ……」

「最悪か。なるほど。じゃあお前の吐いたゲロをよく見てみろ」

「お前最悪だな……」


 あの状況で便器を狙い撃ち、なんてことはできなかったので、トイレの床にぶちまけられた俺の吐瀉物。朝飯は食ってない。自販機で買って飲んだジュースと胃液に混じって、鮮やかなピンク色の物体が、そこにはあった。

 ピンクローターくらいの大きさの。


「このピンクローターみてーなこれ。何だか分かるか?」


 くっそ。思考が被った。くっそ。


「分かんねえよ。こんなもん食った覚えねえぞ。中村、お前何か知ってるのか?」

「知ってるよ。知ってんからこうしてんじゃねーか。馬鹿かお前」

「普通に口悪いなこいつ……」


 この、ピンクローターみたいな、これ。この、これ。

 一体何なのだろうか。いつから俺の体内に入っていたのだろうか。

 近くで見てみると、ピンクローターのような人工物感はない。何かに例えるとするなら、形の悪いミートボール。あ、もうミートボール食いたくねえ。例えなきゃよかった。

 肉の塊――そう見える。


「『喝采肉塊フューリーフューラー』……これは異能の力で作り出された細胞だ」

「サイボーグには見えないけど……」

「細胞だっつってんだろぶっ殺すぞ」

「マジで口悪いなこいつ……」


 冗談を言う場面でもなかった。反省。


「何で中村、お前が知ってるんだよ」

「そりゃーこいつは『繁栄派』の異能力者だ。遥原はるばる遠来えんらい。所属は忘れたし顔も忘れたが、腹に一物抱えてそーな奴だった気がする」


 『繁栄派』?そりゃおかしい。だってお前、自分で言った筈。


「でも中村お前、俺や九里古里に手出しするなと、そう全員に伝えてあるんじゃ、ないのか?」

「伝えてあるよ。伝えてあるし罰則もある。逆に言えば罰則を受ける覚悟さえあれば違反も許される。大方こいつ――遥原遠来は、お前を乗っ取って『繁栄派』に加入させた上で、『腐喰の王コラゼブル』……だっけ?お前の異能の力で報酬をガッポガッポ、自分に横流ししてガッポガッポっつー算段だったんじゃねーの?」

「たぶん支配が全身に回ったら『腐喰の王コラゼブル』に拒否されると思うけど……」

「ま、ものは試しってことだろ。実際今の今までお前はいいように踊らされてたわけだしな」

「そうだけど……」 

「こいつは対象の体内に侵入すると、消化されねーように食道辺りにくっ付いて成長するのを待つ。食道に収まり切らなくなるまで成長したら、胃液に浸かって外殻を溶かし腸に細胞をばら撒く。その内胃を圧迫しながら巨大化してなんやかんや全身を乗っ取る。そんな感じのヤツだ。サイズによって対象の支配できる領域が広がる。このサイズだからまだ口っつーか舌っつーか肺っつーか。言語だけで済んでたってわけだ」

「戦ってもないのに解説役とかお前……」

「それ以上言ったらここで殺す」


 本当に口悪いなこいつ……。


「え……?異能、だったの……?外喰くんは、言動を操られてたの……?」

「ま、そーゆーことだな。よかったじゃねーか、お互い。っはー、朝から運動させんなよー」


 首に手を当てコキンコキンと鳴らす中村。いつものようにダルそうなままに、異能で作られた細胞を踏み潰した。

 うわ、気持ち悪。

 と、中村のサンダルの下に飛び散るピンクと赤の混じった液体を眺めていると、九里古里が歩み寄って来た。


「あの、外喰くん……」


 何故だか知らないが、申し訳なさそうに、もじもじとして喋り出そうとしない。


「ごめん」


 先手をとって、俺は深く頭を下げた。

 勢いよく頭を下げたせいで、またちょっと吐きそうになったけど、我慢した。

 うっぷ。


「本当にごめん。酷いこと言って悪かった」

「私の方こそ、ごめん。外喰くんが大変な目に遭ってるのに、気付いてあげられなくて」

「そんなことねえよ。あんな酷いことを言ったのに、俺に挨拶してくれて、あ、あの……ありがとう……」


 少し詰まってしまった。余計に恥ずかしい。


「ううん。何てことない。それに外喰くん、私を慰めてくれたよね。私が泣き出した時、慰めてくれたよね。本当に嬉しかった。こんなことでもないと外喰くん、頭を撫でてなんてくれないもんね。たまには、悪くないのかも」

「冗談よせよ。たまったもんじゃねえよ」

「え、私の頭を撫でるのが?」

「卑屈になるなよ……。こんな体験、もう二度としたくねえ。お前が泣いてるところなんて、見たくねえ」


 イケメンにのみ許される台詞を言ってしまった気がする。

 ならば今回の件、俺は許されないということなのだろうか。


「外喰くん、私、悪いところあったら全部直すから、だから、嫌いにならないで」

「悪いところなんてねえよ。嫌いにもならない。友達だからな」

「ありがとう。外喰くん、だ――仲良くしようね」


 ちっ。

 中村の舌打ちが聞こえる。


「外喰、お前気分わりーだろ。ちっと休んでろ。よくなったら便所の掃除しとけ。九里古里もついててやれ。俺はクラスに言い訳してくる。ちょっと痛々しいくらいの言い訳をしてくる」


 普通の言い訳できねえのか。

 でもその前に。


「待った、中村」

「あ?」

「その異能力者、会わせてもらえないか」

「そりゃ無理だ。ぜってー無理。無理無理」

「じゃあ、頼みたいことがあるんだけど」

「何だよ」


 九里古里の分と、初古の分と、麻柄々の分と、憂原の分……はいいや。覇嶺さんの分と、楔の分。あと俺の分。


「6発殴っといてくれ」

「分かった」


 中村万推は快諾してクールに去った。











「待て。待て。落ち着け。話し合おう。こちらに闘争の意思はない」

「そっちになくてもこっちにあるんすよー……!」

「話し合った結果があれだものね……!」


 じり、じり。

 俺は放課後、謝るために呼び出した初古と麻柄々に追い詰められていた。スーパーの駐車場で。


「ごめん!」


 土下座!

 アスファルトと額で熱烈なキッス!

 誠意のつもりだった。


「何すか要ちゃーん。どうしたことっすかー?私をアバズレガバ○ンと罵った要ちゃんはどこに行っちゃったんすかー?私経験人数片手で数えられるんすからねー?」


 俺の頭を(軽めに)踏み付けながら(ついでに微妙なカミングアウトをしながら)麻柄々が高圧的にそう言った。


「度を過ぎたと思ってるなら正解よ。正解どころかまだ甘いわよ。あんたには感謝してるけど、千切ちゃんを泣かせたのは許さないわ」


 やはり上から目線で初古がそう言った。

 今顔を上げたらたぶんパンツが見えてしまうので、俺はアスファルトを見続けた。


「九里古里には、もう謝った。言い訳に聞こえたら、それでいい。嘘に聞こえたら、そう思ってくれていい。俺は『喝采肉塊フューリーフューラー』っていう異能に操られていたんだ」

「『喝采肉塊ヒューリーヒューラー』……?」

「『喝采肉塊フューリーフューラー』……?」


 ピンと来てない!

 認知度低ぅっ!

 あと初古言えてない!


「中村曰く、人の体内に入って、言語、次第に肉体を支配していく肉塊を作り出す異能らしい。それをたぶん、ファミレスで仕込まれた」

「ファミレスで……って、じゃああの場にその異能力者がいたってこと?」

「そうらしい。中村に確認してもらったら、あのファミレスでバイトしてるって」

「へー。全然分かんなかったっすね。そんな奴いたっけ?」

「さあ、どこの所属なのかしらね?」


 あっ、そいつ、学校での俺みたいな感じなのかな。

 少し同情した。


「でも、そういうことなら、べつに怒らないわよ」

「万推ちゃんのお墨付きだしねー」


 いいんだ。

 まあ、こいつらなら許してくれるだろうとも、思っていたけど。見縊みくびってたんじゃなくて。信頼してたって意味で。


「外喰、立ちなさいよ。男がいつまでも地べたに這いつくばってちゃ駄目よ?」

「じゃあ、要ちゃん。君も被害者なんだけど、私たちも被害者だから、一つ訂正してほしいなー」


 俺は、呼吸を整えた。


「初古はしっかりしていて分別のある可愛い女の子です」

「ふふふー、ありがと」

「麻柄々はちゃんと節度あるお付き合いをする綺麗な女性です」

「ひゅーっ、綺麗だってー」


 あからさまに態度を、機嫌をよくする二人。

 しかしなんだ。言わされた感、凄かった。











「私はもう大丈夫ですって。分かってますから」

「いやだってわんわん泣いてたし」

「それは言わなくてもいいじゃないですか!」


 覇嶺さんにはアパートの前で、深く頭を下げた。


「すいませんでした」

「いいですよ。怒ってません。気にしてません」

「覇嶺さんのことババアだなんて思ってないです」

「でも一回言われたことありますよねー」

「すいませんでした」

「冗談ですよ」


 笑った声で覇嶺さんが言う。


「俺が覇嶺さんをおばさん扱いしてからかうのは、それを気にしてる覇嶺さんが可愛いからで、つい調子に乗ってしまっているだけなんです」

「それは喜んでいいんでしょうか……?」

「はっきり言って覇嶺さん大好きです」

「調子いいですねー、要くんは」

「あと脈絡なく胸を撫でてすいませんでした」

「それは、そうですね。意味分かりませんでした」


 でも、よかった。と覇嶺さん。


「あの後『粛正派』の感知系異能力者に調べてもらってはいたけど、全然分かりそうになかったから。そんなところに気が付くなんて、要くんはいい友達を持ってるんですね」

「いや、ただのクラスメイトです」


 というか『繁栄派』のナンバー1です。


「じゃあ、本当に申し訳ないけど、覇嶺さん」

「大丈夫ですって。楔ちゃん、待たせてるんでしょ?」

「はい、すいません。俺はこれで!」


 家に向かってダッシュした。











「ただいま!楔!あれ!いねえ!」


 いつもこの時間帯はリビングにいるのに。


「楔なら部屋で寝てるけど。体調悪いってよ」


 今喋ったの俺の母さんです。

 階段を登って、2階へ上がる。突き当たって右が俺の部屋(その奥はトイレ)。左が楔の部屋。左の部屋のドアに手をかけた。

 開いた。

 鍵かけられてたらどうしようかと思ったが、杞憂に終わって何より。


「楔。ただいま」


 頭から布団を被って、そこにいることだけが分かる。昔、同じように布団に潜る妹を起こそうと、引っぺがしたら中にいたのはクッションで、天井の隅に腕力で引っ付いていた妹に驚いたことを思い出した。

 年頃の女の子らしくもない、簡素な部屋の中で、俺は続けて妹に声をかけた。


「寝てるのか?あの、昨日はごめんな」


 沈黙に耐えられず、俺は何からということもなく視線を逸らす。

 俺の部屋の机と同じ日に買った妹の机。俺と違って、案外綺麗に使われている、みたい。その傍に、ゴミ箱――


「おい、楔、お前――」


 慌てて妹のベッドにどたどた近寄り、力任せに布団を引き剥がした。

 クッションじゃなくて、楔がいた。昨日見た楔とは、違うけど。


「あ、兄貴……。おかえり……」

「髪、どうしたんだよ」

「切った」


 ゴミ箱に無造作に突っ込まれている黒髪を見て、俺は驚いた。

 自慢のツインテールは?女子高生らしい髪型は?毎晩うるさくドライヤー、かけていたのに。


「兄貴、ショートの方が好きじゃなかったっけ……?」

「その服は」


 ブレザーは?ワイシャツは?スカートは?ワンポイントの白ソックスは?

 何だよ、その普通の女子。


「女子高生くずれは、兄貴嫌いだろ……?」

「どうしたんだよ、口紅なんかつけて」


 慣れない化粧なんかして。母さんに手伝ってもらったのか、変にきっちりしやがって。

 布団にばっちりついちゃってんじゃねえか。


「可愛くない妹は、いらないんだもんな……。化粧すれば、少しは可愛くなるかと思って、さ」

「そんなに目ぇ腫らしてちゃ意味ねえよ」


 真っ赤に腫れた目。

 初めて見る顔だ。ショートヘアの妹じゃなくて。制服じゃない妹じゃなくて。化粧をした妹じゃなくて。泣き腫らした妹の顔を、初めて見る。


「誰のせいだと思ってんだよ……」

「楔、ごめん」

「何だよ兄貴、私に謝るなんて……らしくないな。いや、今の私にらしさを語る資格はないか……」


 楔はベッドに寝転がったままの体勢で。

 俺はベッドの横に座った。

 事の顛末を説明した。説明したくもなかったが、説明した。

 遥原遠来の『喝采肉塊フューリーフューラー』――対象の体内に侵入し、発言や、成長すれば行動も支配する異能。それを仕込まれ、周囲に混乱を招いた。雑言罵倒を浴びせて回った。最低な兄がいたことを。


「はは、そうかよ。異能のせいね。なんでもありだな、異能ってヤツは」


 照れ臭そうに、楔は言った。手を頭の後ろに回し、天井を向いて寝転がる。

 だからスカートで膝立てるなよ。


「何だよ……何だよ。自慢の髪をばっさり切って、制服全部捨てて、慣れない化粧までしちゃったぜ。まるで兄貴に嫌われたくなくて必死みたいじゃねえか。格好悪いなあ、私としたことが」

「そんなことしなくても、いい歳こいてツインテールでも、女子高生くずれでも、可愛くなくても、お前が好きだよ」

「駄目だなあ、私。鍛え方が足りねえなあ。兄貴の言葉の真意も見抜けないようじゃ、妹失格だな……」

「勝手に脱落するな。お前は俺の妹だ。可愛くなくても、かわいいんだよ。目に入れるのは痛いけど、お前のためなら死んでもいい。お前になら殺されてもいい。死んだ後でも、成仏しても、地獄でも極楽でも、お前が大好きだ」

「兄貴、それ、昨日私が言ったぜ……」


 乾いた笑いを浮かべる楔。


「似てるのは仕方ないだろ。だって、兄妹なんだから」


 俺はしたり顔をしたりした。


「兄貴」


 呟く。


「兄貴」


 呟く。


「兄貴」


 呟く。


「……………」


 黙る。


「兄貴いいいいー!うおおおー!」


 溜めた涙をこらえようともせぬその様は、まさに決壊するダムの如し!

 俺に抱きついてくるものだと思っていたが、いや実際抱きつかれたけど、両腕でがしと俺の上半身を捉えたかと思ったら、全身ベッドに引きずり込まれた。どんだけ力あんだよこの妹。


「兄貴ー、兄貴ー、兄貴ー」

「何だよ」

「今日は一緒に寝ようぜ」


 俺昨日風呂入ってないんだけど。

 まだ帰ってきてから飯も食ってないし。


「おう」

「兄貴ー兄貴ー!兄貴ー好きだー!兄貴好きだー!」

「おう」


 俺も好きだよ。


「兄貴ー30歳までお互い独り身だったら一緒に暮らそうぜー!」

「おう」


 悲しい約束である。


「兄貴ー私最近溜まってるから今夜付き合ってくれー!」

「おう」


 うん?


「兄貴ー私も明日学校だから早起きしようなー!」

「おう」


 翌朝、俺と楔は、仲良く寝坊をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ