表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異行  作者: yoho
その3
35/47

035

「蝿だね。蝿だったね」


 俺が九里古里くりこりの申し出を断った後で、初古ういこ麻柄々まからがらが散々俺を非難した後で、特に初古が烈火の如く糾弾きゅうだんした後で、何事もなかったかのように場は落ち着いた。

 俺はべつに気まずくも何ともなかったが、九里古里はどうだったんでしょうね。

 注文したピザを食べながら、飯のまずくなる話を俺は聞いていた。


「蝿が、私の脇腹から内臓を食い破って出て来たんすよ。やーあれは怖かったなー。死ぬかと思った。こんなに。こんなにでかいんすよ?気持ち悪かったー」

「へー、そんなこともできるんだ。やっぱり凄いのね、あんたの異能」


 今話しているのは、『腐喰の王コラゼブル』の産み付ける蝿のことである。

 『繁栄派』アジトに突入した時に、麻柄々を撃退した蝿。俺の唾液混じりの吐血を浴びて、麻柄々の脇腹から産まれでた蝿。俺の子種――ではない。断じてない。決してない。

 麻柄々が手を鷲掴みの形にして、自分を食った蝿のサイズを伝えている。そうそう、でかかったよな。きもいきもい。


「凄いと言われても褒められてる気がしねえし、俺だってよく分かってないんだよ。そこに関しては」

「よく分かってないって怖いっすねー。あれ、要ちゃんの唾液から生まれたんでしょ?迂闊にキスしたら地獄絵図じゃないっすか」

「キス?」


 九里古里が反応した。ビクッとした。

 視界の端で肩が震えるのが見えた。


「ああ、そうか。そうだよな。でも九里古里、お前は何ともなかった……ん、だよな」

「え?あ、うん。そ、そうだね。何とも、うん。ぶ、無事だよ」


 突入したあの夜。脱出したあの夜。

 俺は別れ際、九里古里にキスされた。カッサカサのキッスをされた。

 変身していない状態の唾液にも効果があるとするならば、あの後すぐに九里古里は口から蝿を産出していた筈だ。えげつない。最低最悪のキスシーンだ。地獄絵図キッス。

 まあもとより、身体が臭い口が臭いと喚き散らすような、ロマンチズムの欠片もないキスシーンだったとは思うのだけれど。


「……ん?」


 初古が首を傾げる。


「どういうこと?」


 首を傾げて疑問を呈する。


「どういうことと聞かれても……なあ、九里古里」

「う、うん。聞かれてもね、外喰くん」


 抱いてと言われて、今更キスしたとかそんなことで恥じるのもおかしいと思うけども。この流れでこの話題を出してからしまったと思った。しまったと思った。しもった。

 今更キスなどと、まるで何の気にも留めていない風に言ったけれど、何の気にも留めていないことなどありはしない。何せ俺はあれがファーストキスだ。カッサカサで臭かったけど、あれがファーストキスだったのだ。

 女の子の唇は総じてぷるんぷるんで瑞々しいものだという夢を壊されたものの、童貞らしくドキドキしたものである。

 九里古里に大丈夫だったのか聞いたのは、からかうためとかじゃなくて、話をこんがらがせようとかじゃなくて、ただただ純粋に心配したからである。途中言いよどんだのは、しもったからである。


「キスしたんすか?千切ちゃんと要ちゃん」


 したよ。

 九里古里が慌てて解説。


「い、いや、あれは失敗というか何というか……。しようとはしたけど、駄目だったというか……。あまりいい形じゃなかったというか……」


 解説失敗。


「いい形じゃなかったって、要ちゃんの唇が?」

「いや外喰くんの唇はいい形だけど……」


 いい形の唇って何?

 俺の唇は肉厚でも潤沢でもないけど?


「キスしたの!?」


 初古が身を乗り上げて質問してくる。質問というか、詰問というか、キス問というか。


「いや。いやあのね?違うんだよ。キスしたというか、あれは失敗でさ。あんな筈じゃなかったんだよ」

「してないの?」

「してない……に、等しい……ということにしてくれればありがたい、かな……」

「どっちなの……?」


 ノーカンノーカン。と、言いたいのでしょうか。

 もういいや言っちまえという気持ちと、九里古里をからかう程度のつもりで、俺は口を開いた。


「俺はあれがファーストキスだったんだけど、それじゃあノーカンってことでいいんだな?俺がこの先誰かとキスしたら、それがファーストキスなんだな?」

「キスしたっ!キスしましたっ!」


 九里古里は元々声の大きな方ではないがしかし、今のは回りの客にも聞こえてしまったのではないだろうか。べつに、いいんだけどさ。


「キスしたんだー!へー!何よ外喰、やることやってんじゃない!」

「いや、べつに。俺がしたわけじゃねえし。というか好きでもない奴にキスされて困ってんだよ。恥ずかしい話だがファーストキスだったんだぜ?何でこんな奴に奪われなきゃなんねえの?はっきり言ってドン引きだよ」


 あれ?

 空気が静まり返った。

 あれ?

 俺今、何つった?

 何か酷いこと言わなかった?

 スラスラスラーっと滑るように言葉が出てくるもんだから、それこそ流暢に言ってのけてしまったのだけれど。

 あれ?


「……そ、外喰?いくら照れ隠しの冗談でも、そこまで言うことないじゃない……」

「照れ隠しじゃねえよ。照れてねえし。隠すものがねえし。マジで嫌だったんだよ。とは言え俺もそこまで貞操観念が強いわけでもねえから、俺にキスしたことでこの眼鏡巨乳処女の気が晴れたってんなら、べつにいいんじゃねえの?」

「要ちゃんどうしたんすか?鬼畜になりたいお年頃っすか?」


 麻柄々がそんなことを言うが、俺にそんなお年頃はない。

 何かおかしい。おかしいぞ。おかしいでヤンス。おかしいでゲス。おかしい下衆。

 俺の口からかつてない辛辣な言葉が飛び出しているようだが、こりゃあ一体何だ。何でだ。

 心にもない心ない言葉が、勝手に出てくる。


「鬼畜でも何でもねえだろ。普通だろ。正論だよ。じゃあ聞くがお前、いきなり好きでもない奴にキスされて喜べんの?もしそうなら変わってんなあ。ああ、でも確かにお前緩そうだもんな。クソビッチって感じがする」

「クソビッチって……。私そんな遊んでそうに見えるかなー……」


 クソビッチって……。

 中村との会話中に冗談で言うことはあっても、真顔で目の前の人間に対する評価として言ったことはない。


「どうしたのよ外喰。急に口が悪いわね。機嫌悪いの?調子悪いんだったら誘ってごめんね。でも、流石にどうかと思うわよ」

「うるせえよカス」


 とうとう何の脈絡もない罵倒になった!

 何だこれ!何だよこれえ!


「大体お前ムカつくんだよ。クッソ生意気でさあ。何仕切ってんだ?ああ?俺に二度も惨敗しておいて、何で上から目線なんだよクソガキが。ぶち殺してやろうか?」

「外喰……?」


 目に涙を浮かべる初古。

 目に涙を浮かべながらも、心を折られながらも、それでもなお凛とした姿勢を崩さんとする意思が見える。この少女は強い。強い意志を持っている。

 何言ってんだ俺。


「殺すなんてそんな言葉、私が言うのも何だけれど、あんまり遣わない方がいいわよ。あんたはそんな低俗な人じゃないでしょ?」

「黙ってろ蛆古うじこ。だからさあ、その上からな物言いがかんに障るっつってんだよ。お前は人をイラつかせる天才だな、おい。そこだけは褒めてやるよ」

「な、な、ななな……」


 ナジャークープ。

 はい、関係ないですね。はい。失礼しました。

 ちなみに蛆古というのは、蛆虫の蛆と初古の名前を性悪に混ぜた造語――だと思う。


「何よもう!何なのよさっきから!馬鹿じゃないの!?何怒ってるのよ!言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃない!」

「はっきり言ってんだろ。てめーうぜえんだよ。キンキン響く声で怒鳴りやがってよお。鴉が好きとか煙草の匂いが好きとか大人ぶってるつもりか知らねえが、やっぱガキじゃねえか。小賢しい」

「まーまー、喧嘩はやめようぜー。要ちゃんマジにどうしたんすかー。男の子の日?それでイラついてんのー?」


 場を和ませようとの、麻柄々の気遣いによる冗談だったのだろう。

 そうでしょう。ええ、そうでしょうとも。

 しかし案の定、そんな気遣いは無意味だった。というか俺が無下にした。


「何だよ男の子の日って。馬鹿か?あるかそんなもん。お前どんだけ脳内おピンクなんだよ。頭も股もガバガバだとそんなことしか思いつかねえの?シャツだけじゃなくて他に締めるところあんだろアバズレ」

「あばっ……、か、かな…………」


 麻柄々の取り繕った笑顔に青筋が立つ。

 わなわなと肩を震わせ、絶叫した。


「アバァァーーーーーーーーーッ!!」


 嫌な感じ――もとい殺気を感じ取った俺は、瞬時に隣の九里古里を飛び越えて通路に出た。

 背後で、俺のいたであろう箇所で炸裂音が響いた。 俺がちょっと押し退けたせいかおかげか、九里古里にまで被害は及んでいないようで安心した。したのだが。


「要ちゃんテンメェー!堪忍袋の緒が切れたっすよ!言っていいことと悪いことの分別もつかないのかよ!リベンジマッチだ!上には止められてるけど関係ないっす!これは私闘!私のプライドを守るための私闘っす!」


 炸裂音が響いた直後、周りの客の悲鳴が同じく響いた。

 マジかよ……。こんな公共の場で『高圧縮衝撃炸裂弾甘美タイラント』ぶっ放すとか頭おかしいだろ。さっきの自分の言葉を借りるわけじゃあねえが、頭緩いんじゃねえの。


「おいおい麻柄々ぁ!こんなところで暴れるんじゃねえよ!常識を弁えろよな!迷惑巨乳処女に高慢キチメスロリに脳髄ガバ○ン鉄砲女!『繁栄派』はキチガイしかいねえってのはマジもんだな!」


 それぞれ、迷惑巨乳処女は九里古里、高慢キチメスロリは初古、脳髄ガバ○ン鉄砲女は麻柄々を指しているのだろうと推測。

 高慢キチメスロリに関しては、高慢ちきとキチガイのキチを性悪に混ぜた造語――だと思う。


「助太刀するわさり!ぶち殺しはしないけど、両手両足砕いて私と千切ちゃんに謝ってもらうんだから!」

「心強いけど初古ちゃん私への謝罪は!?」


 『繁栄派』内部ランキング8位と6位が手を組んだ。夢のタッグである!怖い!

 麻柄々去と余口初古。『高圧縮衝撃炸裂弾甘美タイラント』と『魔物モンスター』。弾丸と剛腕。力と力。


「はああー!?お前らが束になっても俺に勝てるわけねえだろ雑魚共がよ!両手両足引き千切って強制土下座させてやるよ!」

「殺すっ!!」


 初古と麻柄々が物騒なハモり方をした。

 そしてそのまま俺に向かってダッシュした。

 逃げようっ!


「ごめん千切ちゃん!お会計お願い!」

「わがっだぁ……!」


 既に顔は見えないが、九里古里のぐちゃぐちゃな涙声での返事が背後で聞こえた。

 というかお会計じゃ済まないだろ!警察呼ばれるよ!

 とは言え九里古里を連れ出そうと戻れば俺も殺されかねない。一目散に店の外へと飛び出した。











「まいたか……」


 それフラグや。初古と麻柄々の追跡を振り切ってから、フラグを立てつつも夜の町で俺は一人で呟いた。

 町中で『魔物モンスター』に変身しながら『高圧縮衝撃炸裂弾甘美タイラント』ぶっ放すとか、頭おかしいんじゃないのあいつら。

 何がどうなってやがる。

 突如として俺の意思を無視した心ない言葉が、口から出るようになった。元々失礼なことを言っている自覚はあるが、流石にあそこまでの暴言を吐いたことはないつもりだ。

 しかしここでいつまでも不測の事態に頭を抱えている俺ではない。

 なるほど。こいつは異能の仕業だな。

 対象の言動を操作する、言ってしまえばティッツァーノのトーキング・ヘッドみたいな。そうでなければ俺の内なる人格が出てしまったとか、そういうフィクションめいた事態になる。異能の方がフィクションだよ。

 犯人――というかその異能使いが俺に何の目的があってそんなことをしているのかは皆目検討もつかないが、それを探ろうにも術がない。ファミレス店内での食事中に、突然発現したのだ。あの場に異能使いがいたのだろうか。とは言え、九里古里のことも気になるが、あのファミレスに戻る気にはならない。なれないしならない。


「あー、あー、マイクテス、マイクテス。ハローエブリワン」


 普通に喋れる。

 異能の効果範囲を出たのだろうか。あのファミレスに異能使いがいたのであれば、そこから2,3キロメートルくらいか。

 そのスタンド使い……じゃねえや。異能使いから距離をとっていれば効果が出ないのであれば、そう悩むこともない。近づかなければいいだけのことだ。近づいて来たらそれはむしろチャンスだと思えばいい。そいつを見つけ出して殺す。殺しはしないけど、解除させる。

 覇嶺さん伝いに『粛正派』の感知系異能力者を頼ろうかとも思ったが、もう時間も遅い。現状問題ないのであれば、とりあえず今日は家に帰ろう。

 俺は最寄の駅へと足を運んだ。











「あーっ、外喰さん、奇遇ですね」

「げっ、憂原うさはら……」


 駅に着いた途端、待合室から出て来た憂原に声をかけられた。

 今朝も聞いたよこの声。

 というか、奇遇?本当にそうか?こいつ俺が飯食ってる間、この駅で待ちぶせしてたんじゃないだろうな。

 それは、ないか。流石にないよな。考え過ぎだ。そもそもそんなことをする理由がないしな。


「何してたんですかぁ……?遅かったですね……?」

「お前こそ何してたんだよ。随分帰りが遅いみたいじゃねえか」

「あ、あたしはその……買い物してて……」

「へえ、何買ったんだよ」

「あー……ええと、うーん……。そ、外喰さん、駄目ですよ。女の子にそんなこと聞いちゃあ……もう、デリカシーないんだからぁ……えへえへ……」

「何でニヤけてるんだろうこいつ」


 あ、声に出ちゃった。つい。

 何買ったんだろう。エロ本とかかな。


「まあべつに何だっていいんだけどさ。じゃ、俺は帰るから、お前もあんまり遅くなるなよ」

「あっ、あたしも帰ります……」

「え、何で?お前、何か待ってたんじゃねえの?」

「え、何で?あたしが何か待ってるように見えました?」

「いや、だってホームに上がらずに待合室で座ってたじゃん。何かというか誰か待ってたんじゃねえの?」

「待ってませんよ?強いて言えばぁ……そのぅ……」


 憂原が真っ黒な視線をちらちらと飛ばしてくる。両手をもじもじとこすり合わせながら。


「俺を待っててくれたのか?」

「べっ、べぇつぅにぃー……?」

「あっそじゃあな俺帰るから」


 改札へ向かって歩き出す。


「待ってました!外喰さんを待ってましたぁ!」


 憂原が慌てて着いて来る。


「しかしあれだぞ憂原。俺を待っててくれるのはいいが、今日みたいに遅くなると危ないから、一本見逃して俺が来なけりゃ帰るとか、あんま頻繁だとうざいけど俺に一本連絡くれてもいい。とにかく、暗くなる前に帰れ」

「そ、外喰さんっ。あたしのこと心配してくれてるんですか……?」

「してねえよ?」


 あ。

 やばい。

 それほど心配してないのは事実だけど、今のは勝手に出た。暴言異能の再発である。


「してないんですか……」

「するわけねえだろ。お前なんかよ。ただ、勝手に事件にでも巻き込まれて死なれたら胸糞悪いだろ。轢かれた猫を見たのと同じだよ」

「え、その程度……?」

「その程度ってお前、猫に失礼だと思わねえの?」

「え?え……?」

「お前、ひょっとして自分が猫より上だとでも思ってんの?何勘違いしてんの?馬鹿だろうとは思ってたけど馬鹿なの?猫の方がお前より可愛いし賢いし地球に優しいだろ何思い上がってんだ?」

「ひ、酷いなぁ外喰さん……。あたし傷付いちゃいますよぉ……」

「うん。勝手に傷付いてればいいんじゃねえの?よく分かんないけど」

「………………」


 目にハイライトがないのは元からだけど、会った時から紅潮していた頬が真っ白になった。顔の熱が引いたのだろう。何でかな。何でだろうね。


「外喰さんはぁ……あたしより猫の方が好きなんですか……?」

「うん。まあ俺は猫より犬派なんだけど、流石にお前よりは猫の方が好き。というかお前は嫌い」

「何で……?どぉしてそんなこと言うの……?あたし達友達ですよね……?」


 両の手首を掴まれた。

 痛い痛い痛い!また『英雄の剣ドラゴンザッパー』を使っていやがる!


「友達ぃ?あー、あーあー、はいはい言いましたねそんなことも。言いました言いましたそんなこと。俺だっけか言ったの?まあどっちでもいいか。あれ、なしな」

「なしって……?意味が分かんないです……。あたしに分かるように説明してくださいよ……」


 やばい。

 これ以上こいつの気を逆撫でするのはやばい。『英雄の剣ドラゴンザッパー』相手じゃ『腐喰の王コラゼブル』でも逃げ切れるか分からない。

 逆撫でするのはやばいが、脱出もできない。二方塞がりである。


「俺とお前は友達でも何でもないってことだよ。手ぇ離せよ根暗。俺にまでカビが生えたらどうしてくれんだ?あ?お?」

「そっ、外喰さんはぁぁ……!そんなこと言わないもんんんん……!」


 泣いた!

 セーフ!

 殺されるかと思った!

 でも手首超痛い!


「友達だもんんんんー!やだああああー!」


 びええええええ。そんな感じ。改札前でわんわん泣き喚く憂原。そして俺の手首を離そうとしない憂原。

 公開処刑だった。

 泣くな憂原!俺達は友達だ!だから俺の手を離せ!


「うるっせえんだよぼっちがあああ!喚いてんじゃねえ耳障りなんだよ!あんまり喚くようなら息の根止め――」


 キスした。

 口で口を塞ぐ、というヤツだ。憂原の口を塞ぎたかったのはもちろん。自分の口も塞ぎたかった。

 一石二鳥。後でどうなるかは、まあ……知ったこっちゃねえや。

 俺は冷静さを欠いているのでした。


「ん……!?んんっ……!?」


 離れようとするな!喋っちゃうだろ!

 距離をとろうとする憂原を逃すまいと、更に接近する外喰。俺です。

 小さな町の小さな駅ではあるが、流石に人がいないなんてことはない。がっつり見られてる。頭のおかしいカップル程度に捉えてくれれば幸いだが。この先この駅利用しづらくなるな……。最悪駅員さんに顔バレさえしなければ、セーフ……セーフか?

 そんな事を考えている間に、憂原が抵抗しなくなった。こちらに身を預けてきた。むしろ寄ってきた。何だかうっとりとした表情になっているような気がするが、気のせいだ。女の顔をしているような気がするが、気のせいだ。気のせいだった。気のせいだったのです。ドリアード。木の精。何でもない。

 が、ここで手首の拘束がとれたので脱出!憂原を振りほどいて即座、駅の外へと駆け出した。憂原が追って来るかと思ったが、そんなことはなかった。俺は振り返りはしなかったが、声も出さなかった辺り、呆けていたのかと思う。

 ついでに心配事を一つあげると、憂原はあの後、周囲の視線に耐えられただろうか。あの子は弱い。真っ赤になってうずくまっちゃったんじゃないだろうか。ちゃんと改札を抜けて電車に乗れただろうか。他に心配することがあるとも思うけど(人間関係とか)、とりあえず今は、それだけが心配だった。











 このままじゃやばい。

 悠長なことは言っていられない。

 俺は駅を離れて、即刻覇嶺はみねさんに連絡した。幸い、電話中に例の異能は発現せず、駅の利用が困難だと伝えたら近くまで出向いてくれるようで、俺はひたすら待った。

 場所は公園。宮方と戦った公園とは違う。隣町――いや、2つ隣か?分からん。

 現在時刻は夜の八時を回った辺り。

 こんな時間に明日も仕事だというのに出向いてくれるとは、分かってはいたけどいい人だ。そういえば、アジト突貫を挟んだせいもあってか、覇嶺さんに会うのがちょっと久しぶりな気がする。俺は事態の重さも忘れて、不謹慎ながら浮かれていた。

 覇嶺さんに、早く会いたかった。

 やがて、軽快な足音と共に聞き慣れた声が、待ち望んだ声が、耳に届いた。


「要くん!」

「ババアッ!」


 開幕ぶっぱである!

 憂原の時も最初は普通に話せたから、手早く事態を説明しようと思ったのに!

 またしても俺は、言動を支配された。


「ば……ばばあ……?」


 覇嶺さんは困惑している。

 久しぶりに見るなあ、この顔。戸惑った顔も可愛いなあ、覇嶺さん。


「私のこと、ですかね……?ですよ、ね……?」

「たりめえだろババア。いつまで待たせんだよ。俺は年寄りと違って暇じゃねえんだよ」

「か、要くん?どうしたんですか?さっき電話で話した時は普通だったのに……。機嫌悪いんですか……?」

「ああ、気にすることないですよ覇嶺さん。俺は年寄りの臭いが嫌いなだけですから」


 下手な敬語を遣いやがって!俺なんだけど!


「ほ、本当にどうしたんですかー。もう、あんまりおばさん扱いすると怒りますからねっ」


 俺に気を遣いつつ、冗談っぽく覇嶺さんは言った。


「嫌だなあ覇嶺さん。おばさん扱いなんてしてないじゃないですか。ババアだっつってんですよ」

「要くん。いくら冗談でも言い過ぎですよ。べつに、私のことは悪く言ってもいいですけど、他の人にそんなこと――」

「悪く言ってないじゃないっすかああー覇嶺ちゃあああーん!お前がババア臭えからババアっつっただけじゃああーん!どうしちゃったんすかああ?とうとうボケちゃったですかあああ?」

「てい!」


 額を叩かれた。

 痛くはなかったけど。


「いい加減にしてください要くん。私に用があったんじゃないんですか?そんなことを言うためだけに呼んだんだったら私、帰りますよ」


 こんなことを言うために呼んだんじゃない。


「んだよババア。来るのはとろくせえのにせっかちだな、おい。更年期障害ってヤツか?お?」

「何か用があったんじゃないんですか」

「うわくっさー!あんまり口を開いて喋らないでもらえますう?墓地目前の腐敗臭がするんでえ」

「用はないんですか」

「口を開くなと言ってんだよ仏さん。聞こえなかったのか?耳が遠いどころか全身もう機能してないのか?」

「用は、あ、ふっぐ……ない、ですか…………うえぇ……」


 泣くなよ、大の大人が。泣かせた俺が言うことじゃないけど。


「覇嶺さ……あ、喋れる!」

「はいぃ……?」


 普通に喋れる!解除された!


「覇嶺さんごめんなさい!違うんだよ!俺は覇嶺さんに酷いことを言うために呼んだんじゃない!俺は何者かによって言動を操られているとでも思ったのか老害がああ!」

「かな……め、く……」


 乗っ取られたー!もう駄目だー!チクショー!


「てめえ普段から年上だからって調子乗りやがってイラついてたんですよ。俺がいくら年上好きだからって、骨と皮に惚れるわけがねえじゃないですか。ははは、覇嶺さんは愉快だなあ」

「うあああああああああーーー!」


 号泣である。

 覇嶺さんはへたり込んでしまった。公園の砂がスカートに付くのもお構いなしに地べたに尻をくっつけて、両手で溢れる涙を拭いながら、大声で泣き喚いた。

 またかよ。下手したら憂原より酷い喚き方だぞこれ。声をかけようにも、今の俺には罵倒しかできない。

 刹那!俺はポッケの振動に気が付いた!

 携帯に着信が来ている。発信者の名前は――憂原やつり。俺はそっと通話拒否ボタンをタッチした。

 そうか、メール。メールなら、まともな会話ができるんじゃないか。トーキング・ヘッドは文字に書くことすら操作されてしまっていたが、試す価値はある筈だ。

 憂原からの49件の着信は無視し、俺は覇嶺さん宛てにメールを打ち始めた。女を泣かせて無言で携帯をいじる男の姿である。

 余談だが、メールを打っている間にも憂原からの着信が鬱陶しかったので、着信拒否した。

 謎の異能力者に襲われている。言動を操作されている。犯人を突き止めたい。そんな感じの内容で、目の前の覇嶺さんにメールを送った。

 送った。のだが、泣き喚いていて気付いていない。


「そこまで言わなくてもいいじゃないですかあああー!死んでやるううううー!」


 死ぬことはないだろ。

 俺はそっと覇嶺さんの胸を撫でて落ち着かせた。

 ビンタされた。

 口では――


「もう死んでるようなもんじゃねえかババア。棺桶買うくらいの貯蓄はあんだろ?老後も死後も安心だな」


 などと言いつつも、俺は自分のスマホを指差して、覇嶺さんに携帯を見ろ、と伝えた。


「何ですかあもう……?」


 携帯の画面を見つめる覇嶺さんのムスッとしていた表情が、次第に緩んでいく。

 ないよな。電波を通して文字化けとかないよな。

 覇嶺さんにメールの内容を見せてもらい確認した。化けてない。


「何だ、よかったあ……。要くんに嫌われたのかと思ってびっくりしちゃいましたよ。恥ずかしい所をお見せしましたね」


 本当にな。俺が悪いんだけど。


「でも、分かりました。要くんに干渉している異能力者を探すように手配してみます。何か進展があったら連絡しますね!」

「くせえから二度と寄んなババア」


 覇嶺さんは涙目で帰った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ