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異行  作者: yoho
その3
34/47

034

「かーなめぇー!おはよぉー!」


 前回――いや、俺の人生はべつに話毎回毎で区切られているものではないけれど、俺自身が人生を語るうえで区切りをつけたとするのならば、そういった意味での前回の最後。

 憂原やつりちゃんと友達になったという事実だけを、真実だけを述べて終えた最後。

 特に語るべきでもないと感じていたこの部分について、少しだけ語ろうと思う。

 少しだけ。少しだけ。


「………………」


 今度会ったら友達。

 もちろん俺もそのつもりでいたし、憂原もその言葉を鵜呑みにしたようで、根暗キャラはどこに行ったんだよと言わんばかりではないがこっちが言いたくなるような、やけにうるさい馬鹿みたいな挨拶を、電車内で朝一に繰り出してきた。

 挨拶をしてきただけならばまだしも、ボックス席の裏側に寄りかかっていた俺に急接近するやいなや、強引に肩を組んで当たらない胸を押し付け(たぶん胸を押し付けようとはしてない)、んふーと荒い鼻息を吹きかけてきた(たぶんわざとではない)。

 あんぱんでも食べてきたのだろうか。あんこの臭いがした。

 ちょっと引いた。


「お、おう。おはよう……」

「どぉしたの要!元気ないねっ!」


 冒頭の挨拶もそうだったけれど、声が震えている。

 ふだん出さない大声を出しているからなのか、恥じらいつつだからなのか。両方だろう。

 顔は真っ赤。耳まで真っ赤。いやに距離が近いので見えてしまうが、額に汗が浮かんでいる。


「……憂原。無理はしなくていいぞ。というか近い。肩を組むな。邪魔。うるせえ」

「そこまで言わなくていいじゃないですかぁ……」


 そこまで言わないとお前ゴリ押してくるだろ。

 眉毛こそないものの、鬱陶しそうな前髪の隙間から、眉間に皺が寄ったのが見える。今にも泣き出しそうな顔をする憂原に対し俺は言ってやる。


「誰が暑苦しいうざったい友情馬鹿を演出しろと言ったよ。普通でいいんだよ普通で。お前は根暗のまま俺に好きに接すればいい」

「根暗って言わないでください……。頑張ったのに。せっかく一生懸命考えてきたのに……」

「一生懸命考えてそれかよ……。気張り過ぎだぜ。肩の力を抜けよ。あと肩組むのやめろ」


 二回目。

 憂原は大人しく俺の首まで回していた腕を、すっと抜いた。そして大人しくなった。


「でも、これで友達ですよね?これから毎日話しかけていいんですよね?」

「毎日はちょっとうざいかな」

「あれ?友達って毎日お話しますよね?あたしたち友達ですよね?」


 一度は抜いた腕で、今度は俺の肩をぐっと掴みつつ、真っ直ぐ俺の方を見て憂原はそう言った。


「何で急に饒舌になるんだよ……。あと肩掴むのやめろ。痛えなおい。……なんかお前、変に力強くね?」

「『英雄の剣ドラゴンザッパー』使ってます」

「使うなや!」


 俺を半殺し続けた異能をこんな所で!


「というかな憂原。俺は毎日はちょっとうざいと言っただけで、毎日話しかけるなとは言ってないんだぜ。毎日はうざいけど、毎日話しかけてくる。それでいいんじゃねえの、友達なんて」


 何を知った風なことを言っているのか。

 友達の在り方なんてものは、人それぞれだ。それこそ、人それぞれなのだ。

 だから何言ってもいいんじゃねえのかなー。


「そ、そっか……。なるほど。じゃあ要――」

「名前呼びは残るのかよ!」


 さっきの流れと一緒に置いていかないのか!

 続投なのか!


「え、だって友達だし。嫌ですか?」

「嫌ではねえけど……」

「不満そうですね。不服そうですね。じゃあいいですよ。外喰さん、外喰さん、外喰さん」

「何、何……何?」

「あ、いや……あたしはべつに3回呼んだわけじゃないですけど」

「分かってんだよそんなことは。ボケたんだよ。言わせんじゃねえ」


 ガタンゴトン。電車が揺れる。


「……お前さあ、家はこの辺なんだよな」

「え?そうだけど……何ですかいきなり?あたしの家を特定してどうするつもりなんですか?」

「そんなつもりはない。お前の住所に興味はない」

「興味持ってくださいよぉ……」


 興味はない。


「あの時は、『繁栄派』のアジトに泊まってたのか?」

「うん。時々泊まるんです。せっかく部屋があるし。お母さんには、友達の家に泊まるって言って」

「友達いないのに?」

「今はいるもん」

「俺ん家来んなよ」

「行きたいです」

「え?何て?」

「行きたいです」

「もっとはっきり」

「行、き、た、い」

「懇願して」

「行きたい……!」

「本心から貪欲に」

「行きたいぃっ!」

「うんまあ勝手にすればいいんじゃねえの」

「あれ、なんか酷い……」


 電車内です。


「あ、ねえ、外喰さん。連絡先教えてくださいよ」

「は?嫌だよ」

「何で?」

「悪用するだろ?」

「しませんよ。何言ってるんですか。馬鹿じゃないの?」

「こいつ……」


 きょとんとした悪意のない顔で言うのがむかつく。


「仕方ねえな。教えてやるよ」

「やったやった」


 憂原やつりと連絡先を交換した。

 電話帳にまた女子の名前が増えました。

 やったね!


「しかしあれだな。お前、朝から会うにはちょっと辛気臭いな」

「どうしてそんなこと言うの?あたしのこと嫌いなの?」

「急に真顔になるのやめろよ……。悪い悪い。冗談だよ。話は変わるけど、お前と会うと黒猫に目の前を横切られたような気分になるな」

「話変わってないですよねぇ……。外喰さんは酷いことばっかり言うなぁ……」


 両の人差し指同士をつんつんと、何だかいじらしくいじけている憂原。


「確かに黒猫が目の前を横切ると不吉って言うけど、でも、いいじゃないですか。可愛いじゃないですか。黒猫」

「まあそうだな。可愛いな。黒猫は」

「あたしは?」

「可愛くはないかな」

「えいやっ」


 突然のアッパーカット!

 俺自身の筋力を上乗せした憂原の渾身の右が、俺の顎を捉えた!

 耐えろ。耐えろ。倒れるな。耐えろ。

 大地を――電車の床を、強く踏み締める!

 何とか体勢を立て直すことができたものの、危うく通学途中の電車内でダウンをとられるところだった。


「おま、お前……暴力はよくねえよ、暴力は……。あと『英雄の剣ドラゴンザッパー』マジでやめて……」

「『英雄の剣ドラゴンザッパー』はあたしの個性なので」

「ちくしょう……『腐喰の王コラゼブル』で食い殺すぞ……」

「ごめんなさい。あたしが悪かったです。もう殴りません」

「分かればいいんだ分かれば。ふう、嫌な汗かいたぜ」

「最近暑くなってきましたからね」

「べつに俺が嫌な汗をかいたのは気温のせいじゃないんだけど……。そういやお前、高校で水泳の授業あるよな。ちゃんと出てるのか?」

「高校入ってからはまだ水泳やってませんけどね。出るわけないじゃないですかぁ。見学ですよぉ」

「さも当然のように!」


 ところで、女子高生に(下心を以て)水泳の授業のことを聞くのは、セクハラに該当するんでしょうか。


「俺は水泳の授業を休み過ぎたことはないからあんまり分かんないんだけど、あれって結局、夏休みとかに補習をやるんだろ?意味なくねえ?何で休むん?」

「そうなんですか?嫌だなぁ……。あたしが見学する理由は当然、大衆の面前で醜態を晒すわけにはいきませんから!」

「自信満々に何言ってんだ。お前泳げないのか」

「泳げますよ。25メートルくらいは。ただ、スク水が恥ずかしい」

「いや、全員スク水なんだからいいだろ。それに、スク水着られるのは高校が最後だぞ。満喫しとけよ」

「外喰さんは……スク水萌え?」

「いや全然?へそが見えないから絶対に許さない」

「そこまで嫌悪しなくてもぉ……」


 ただ、水着のわりに防御面積が多いと思いきや、背中がぱっくり割れていたりするデザインは許す。


「もう夏だもんなあ。憂原、お前、海とか行く?」

「外喰さん、見て見て。あたし、肌白いでしょ?どやぁ……」

「ああうん行かないのね分かった。どや顔やめろ」


 半袖の学生服から伸びる白い腕に、空いた片方の手をすすっとなぞらせる憂原に。憂原の顔に静止をかけた。精子はかけてない。表情に静止をかけただけ。


「そもそもお前は美白というより青白くて気味が悪い」

「肝試しの方が好き?」

「お前ははまり役だな。お化け」


 俺も得意というか好きではないけれど、楔がお化け滅茶苦茶苦手なんだよな。態度でかいくせに。

 そんなこんなでも可愛くはないけど。


「水着と言えばなんだけど、お前腋の処理ってどうしてる?」

「外喰さんてばあたしに興味深々ですねぇ?」

「ああ、悪かったな。流石に女の子にこんなこと聞くのは失礼だったよな。本当にすまん。ついついちゃっかりいつものくせで。もう二度とこんなセクハラ染みた真似というかセクハラはしないように徹するよ」

「あたしまだ生えてません」


 暴露!


「あえ?そうなん?下は?」

「まだ生えてません」


 暴露!


「眉毛は?」

「一向に生えてきません」


 いかん。

 自分で聞いといて笑いそうになってしまった。いやでも、これはちょっと面白い。


「へえ、憂原はつるつるなんだな。ははっ、いやらしい奴だなあ」

「はい、あたしはいやらしいパイパン処女です……」


 あ、やばい。

 周囲の乗客に通報されるかもしれない。

 この辺にしておこう。

 どうでもいいけどこれ友達とする会話じゃねえな。











「ねえ、外喰くん。この後用事ある?」

「現状ないしこの先発生することもない」

「冷た……」


 学務を終え、学校を出るところで、ついて来た九里古里に言われて、俺は心ない返事をした。

 ちなみにこの九里古里さん、昨日も今日も眼鏡をしておられません。眼鏡キャラの名折れであります。


「話だけでも聞いてよ」

「話だけな。それも半分だけな」

「話半分でいいから聞いてよ。初古ちゃんにご飯に誘われてるんだけど、一緒に行かない?」


 九里古里と初古は仲がいいんだっけ。

 『繁栄派』を抜けた今、そうやって外で会うことしかできないのだろう。いやはやいやはや。


「どうして俺を誘うんだよ。初古はお前に会いたがってんだろ?邪魔じゃねえの?」

「んん?外喰くんだって初古ちゃんと仲いいでしょ?大丈夫だよ」


 先方に話が通っていないのにも関わらず、仲介の判断で予定にない人間を組み込んで、後で変な顔をされるというのは俺が最も嫌いとするパターンである。


「初古ちゃんも、外喰くん呼んでいいって言ってたよ?」

「じゃあ行く」


 通ってんならいいや。

 アジトで牙綺を預けてから会ってないし。あの後色々どうなったか気になるし。

 中村は呼びません。











「わああー千切ちゃんんんんんー!」

「初古ちゃん久しぶりー」


 ファミレス店内。

 九里古里と初古が熱い抱擁を交わす隣で、俺は予想外の人物と睨み合っていた。


「か、要ちゃん……。一昨日ぶり……」

「お、おう麻柄々……。一昨日ぶり……」


 店内で初古を見つけた瞬間、俺は驚愕した。

 初古の隣に麻柄々まからがらが座っていたのだ。

 麻柄々さり。『繁栄派』上位ランカーの一人。『高圧縮衝撃炸裂弾甘美タイラント』の異能で俺を蜂の巣というかトムとジェリーに出てくるチーズみたいにぶち抜きまくった女。

 そして俺が蝿を産みつけた女。


「要ちゃんが来るなんて、聞いてなかったけど……」

「俺もお前がいるなんて、聞いてなかったけど……」


 ああ、これだよ。これこれ。俺の苦手なムード。

 あれ?お前来たの?的な。的なね。この感じね。

 しかしまあ、店内で再戦するわけにもいかないし。


「まあ、あれだね。要ちゃん」

「ああ、そうだな。麻柄々」


 お互い、再戦したくもないし。


「仲良くしよっか!」

「よろしくな!」


 こちらはこちらで、かたい握手を交わした。

 あちらも済んだようで、そろりそろり、席に着くことにした。

 奥に俺、隣の通路側に九里古里。九里古里の向かいに麻柄々、その隣に初古。

 あ、今ハーレム状態だ。

 俺は不自然にニヤけた。

 四人揃ったところで各自注文を取り付け、ドリンクバーで飲み物を揃えてから、九里古里が発言した。


「まあ、あれだよ初古ちゃん。暗い話はなしにしてさ。今日は楽しくご飯を食べようよ」

「うん。そうね。でも、本当によかった。あ、それとね、これ、鴉から渡すように頼まれたんだけど」


 そう言って初古が、胸ポケットからちらつかせていた小さなケースを取り出し、それを開いて中身を見せた。


「あああー!私の眼鏡ー!」


 心底嬉しそうに眼鏡を受け取る九里古里。スチャ、と音はしないが、そんな擬音は聞こえた。九里古里は無事に眼鏡キャラへと戻った。


「何だか私と再会した時より嬉しそうね、千切ちゃん……。ああ、これも一緒にって」

「んん?このケースももらっていいの?高そうなケースだけど」

「値段は知らないけど、鴉なりのお詫びなんじゃないの?」

「ふうん……。それじゃあ、ありがたくもらっておこう」

「もらっておいて。……まあ何しろ、千切ちゃんが無事なら、それでよかったわ」

「あははーそっすねー」

「麻柄々さんは助けようともしてくれなかったね」

「すんません!」


 べつに気にしてないけどー、と九里古里。


「初古ちゃんが外喰くんに助けを求めてくれなかったら、私は麻羽桐あさばぎりさんに洗脳されてたんだろうな。……あ、ごめんごめん。私が言ってちゃしょうがないね。忘れて」

「綺麗さっぱり忘れるっす!水に流すっす!」

「麻柄々さんはもうちょっと気にしてくれたら嬉しいなー……」

「あっはっは……」


 長い髪で蒸れそうな後頭部をぽりぽりと掻く麻柄々。


「外喰、あんたもよくやってくたわ。お疲れ様」

「お前に礼を言われることはないんだけどさ、何で上から目線なんだよ」

「こらこら、外喰くんは年下の女の子につい喧嘩腰だね。初古ちゃんはこういうところが可愛いんじゃん」


 毎度のことだからべつにいいんだけど。いいんだけども。突っ込みたくなるのだ。

 九里古里に諌められたものの、その後の発言について、一言。


「可愛いか?むしろ可愛くないところだろ」

「いいわよべつに。あんたに可愛いなんて思われたくもないし」

「いや、顔立ちとか表情とかは可愛いと思うけど」

「私は私はー?」


 便乗する麻柄々。

 初古と同じくつり目ではあるけども、まるっとしたアーモンド型じゃなくて、シャープな半月型の目をしている。筋の通った鼻筋に、ぷっくらとした下唇が艶々している。あとあまり関係ないけど地黒だ。


「お前はどっちかっていうと、綺麗系なんじゃねえの」

「ひゃっほーう!褒められたー!イエーイ!」

「ずるい……二人ともずるい……」


 隣でカルピスをすすり出す九里古里。

 何がずるいんでしょうね。全然分かんないや。


「でも外喰、あんたは千切ちゃんのおっぱいが大好きなんでしょ?」

「な、何を仰る初古さん。ご本人がおられますぞ」

「あはは……ありがとう。よく褒めてくれるもんね。胸だけ。胸だけは」

「要ちゃん思春期真っ盛りっすねー」

「笑顔でシャツのボタンを留めるな!」


 麻柄々が全開だったシャツを閉じ始めた。

 べつに見ねえよ!見るけど!


「あのな、言っておくが俺はおっぱいが大好きなだけで、九里古里が好きなわけじゃねえぞ」

「……最低……」

「フォローできねっす」

「あ、駄目だ。泣くかも……」


 これだから女子は怖いよな。

 よってたかって一人を非難するからさ。

 まあ今のは完全に俺に非があるから責めるだけ責めればいいんだけどさ。


「でも、嫌いってわけじゃないんでしょ?付き合っちゃえばいいのに」

「嫌いじゃねえよ。どっちかって言やあ好きだよ。でも――」

「好き!?今好きって言った!?外喰くん今私のこと好きって言った!?ねえ!?」

「うるせえ言ってねえよ」

「言ってたわよ」

「言ってたっすね」


 でも、付き合いたいわけじゃない。

 そういう好きじゃない。

 あくまで、友達として。

 突き合いたいなら間違ってないかもだけど。


「ふう……まったくもう、やめてよ初古ちゃん。私と外喰くんの恋仲を探っても――」

「恋仲じゃねえよ」

「――恋愛事情を探っても――」

「恋愛してねえよ」

「――わ、私が傷付くだけだよ……」


 私はしてるのに。と呟いて九里古里が続けた。


「初古ちゃんこそどうなの?」

「私……?」


 癖の強い煉瓦色の髪を、指でくるくるくるくる巻いていた初古は、話題を振られて指の動きをストップ。


「私はべつに……何も……?」

「いやいや、何言ってるの。鴉さんと進展ないの?」

「ないわよ。というかやめてよ。外喰のいる前で」


 え、俺?

 何で?

 べつにいいじゃん。もう知ってるし。

 そりゃあ確かに、あの場で言うものだから驚いたというのもあるけど、それより何より初古が鴉に異性としての好意を抱いていることに驚いたものだけど。


「おうおう、聞かせろよ。俺実は恋バナ大好きなんだ」

「何それ、気色悪いわね」

「おおう……」


 恋バナ大好きでもなんでもないけど、もちろん冗談だけど、なんか凄い傷付いた。


「でも本当、何にもないのよ?」

「鴉だって男だぜ。エロ本でも渡せばコロッといくよ」

「私の魅力はエロ本に劣るって言いたいの!?」

「そういう意味では言ってなかったけど、劣るだろうよ。鴉にとってエロ本よりお前の方が魅力的だと感じるなら、それは鴉をロリコンと言っていることになるが、お前それでもいいのかよ」

「ロリコン……ロリコンはやだな……。あ、ん?いやいや。ちょっと待ちなさいよ。あんたそれ、私のことを子どもだって言ってるの?」

「そうだよ。べつに子ども扱いしているってわけじゃあないんだぜ。してるけど」

「するな」

「18歳未満を子どもと定義したうえでの子ども扱いだ。これは個人の感覚なんかじゃあねえ。信頼すべき国が定めた確固たる定義付けだ。決して俺やお前には覆せねえ。だから、お前は子どもなんだよ。そしてロリなんだよ。どこまでをロリと呼ぶかというのはそれこそ各々意見があるだろうけど、しかしそんなもんは所詮個人の意見でしかない。分かるか、初古――」


 深く息を吸って、力強く俺は続けて言い放った。


「国が定めたロリータは、個人の力じゃ動じない」

「あ、うん……そうなの……」

「要ちゃんなんかクッソきもいっすねー」

「外喰くんのことを悪く言わないで。確かにきもいけど」


 麻柄々と九里古里が無駄口を叩いている。

 無視する。


「何もお前をロリロリと馬鹿にしているわけじゃないんだよ。ロリだからロリであるだけで、ロリであろうとしてロリなわけでもないし、ロリであろうとしたところで必ずロリでいられるというわけでもない。現状お前はロリなわけだから、それはそれとして受け止めておけばいいんだよ」

「外喰、話がずれてる。変わってる。あとあんた一回の台詞でロリって9回言ったわよ」

「惜しい」

「何が」


 二桁までもう一息だったのに。

 それに、話がずれているというのであれば、もう既にずれているので、これは所謂いわゆる二段階右折といったところか。


「でだな。仮にお前と鴉が恋仲になったとしたら、鴉は必然的に強制的に、ロリコン扱いされちまうんだぜ」

「……それは、申し訳ないかも……」

「だが気にすることはねえよ。YESロリータNOタッチ!」

「そんな両手で小さくガッツポーズをしながら、あたかも『頑張って!応援してるから!』みたいなニュアンスを込めて言われてもっ!」


 困惑してくどい突っ込みをする初古を、麻柄々がたしなめながら。

 

「まーまー。でも実際、どうなんすかね?もし初古ちゃんが告って鴉さんのオッケーが出たら、やることやっちゃうんすかね?」


 嗜めながら頭の悪い発言をした。


「だとしたらNOタッチの掟をも破るロリコンにあらざるロリコンっすね!」

「鴉さんはたぶんそういうとこお堅いから、手は出さないんじゃない?」


 そうなったらロリコンにあらざるロリコンなのは同意だが、九里古里の発言にも同意である。

 鴉は『何年経ったらな』とか何とか言って、手は出さないんじゃないだろうか。

 いや、鴉とべつに仲良くないし仲良くしたくもないし、よく分からないけど。


「え?そういうとこが硬いのに手は出さない?硬くしてるのに我慢し続けるってことっすか?」

「そういう意味で言ったんじゃない……」

「鴉さんは全身硬いだろうけど、そうなったらどんだけ硬いんだって話っすねー!」

「思わぬ方向に話が逸れてるけど……。硬さ自体は変わらないんじゃない?全身が鉄のように硬いんだし。部位によって硬度が違うとかあるの?ねえ初古ちゃん」

「ほぁっ!?」


 うわあ……。

 女子同士の下ネタって聞くに耐えないわあ……。

 自分で言うのはいいんだけれど。全然いいんだけれど、女子が下ネタ話してるのってなんか嫌だわー。うわー。うわー。

 俺は黙っていた。


「な、何で私に聞くの……?」

「いや、だって初古ちゃんが一番鴉さんと仲いいし、スキンシップも多いでしょ?」

「一緒にお風呂入ったり、一緒に寝たりしてるんすよねー?」

「い、今は別々に入ってるわよ!一緒に寝ることは、時々あるけど……」

「えっ」

「えっ」


 えっ。


「ロリコンじゃん!!」


 九里古里と麻柄々と、ついでに俺の思考がハーモニー。

 麻柄々も一緒に驚いているところを見るに、冗談のつもりで言ったはいいものの、肯定されてしまいビビっているようです。


「あ、え、や、いやいや、ええと、違うのよ?私がちっちゃい頃に、お風呂に入ってくれてただけで、鴉は付き合ってくれてただけで、やましいことは何にもないのよ?一緒に寝るっていうのも、私がせがんだだけで、嫌そうにしながらも追い返さないでいてくれるってだけで、やましいことは何にもないのよ?何だか自分で言ってて悲しくなってきた!」

「一緒に寝るという部分について言及したいんすけど、それは比喩表現の寝るでいいんすかね?」

「比喩表現の寝る……って、何?」

「セッ――」


 咄嗟に九里古里が正面に座っている麻柄々の口を塞いだ。

 唾が手の平についたことでしょう。


「……初古ちゃんにそういうことを教えるのはまだ早いよ麻柄々さん。もっと段階を踏んでいかないと」

「ふなっへほいいっふ」

「何?何て言ってるのか分からないよ麻柄々さん」

「ふーなーへー」

「だから何?ちゃんとしゃべぃひゃああん!」


 咄嗟咄嗟と、咄嗟だらけではあります当方でございます。拙僧の語彙力の貧弱加減には私自身驚きを隠せず、情けなく思う次第ではございますが、どうにかこうにかここは一つ、咄嗟続きの咄嗟使いをご容赦いただきますようお願い申し上げます。

 咄嗟に九里古里が奇声を発しながら、麻柄々の口を塞いでいた手を引いた。前のめりになっていた上半身ごと速やかに退いた。

 俺は少し元気になった。


「いきなり舐めるのはないよ麻柄々さん。変な声が出ちゃったじゃん」

「相手の口を塞いだままちゃんと喋れはないっすよ千切ちゃん。つい舌が出ちゃったじゃん」

「仲がいいのね……」


 初古の力ない突っ込み。というか感想。


「あのね麻柄々さん。麻柄々さんはそりゃ経験があるから何のことはないかもしれないけどね。初古ちゃんはまだ子どもだから、そういうのは少しばかり刺激が強すぎると思うんだ」

「なーに言ってんすかー。14歳っつったらエロに興味深々っすよ。ね、初古ちゃん。鴉さんと気持ちいいことしたいっすよね?」

「うん。したい」

「こら。ほら。こら。下劣な誘導はやめなよ。初古ちゃんは何のことかも分かってないよきっと。皆が皆、麻柄々さんみたいに緩いわけじゃないんだよ」

「ゆ、緩いって……。酷いこと言うなー、千切ちゃん。私は股も穴も緩くないっすよ」

「頭が緩いって言ったんだけど」

「より酷いっすねー……」


 九里古里と麻柄々が生々しい談義に花を咲かせている(この場合の『花を咲かせる』はべつに隠喩でも何でもない)間、俺は考えていた。

 『繁栄派』のアジトに突入した時のことを。

 そこで会った人物のことを。

 その人物の言動のことを。

 考えていた。思い出していた。

 仕宮しみや環瑚玖かんごくの発言を。

 そして仕宮環瑚玖の発言を反芻はんすうした俺は、その過程をもって、自らの発言へと至った。


「まるで初古と自分は未経験のように話を進めるが九里古里、お前は仕宮に初めてを奪われたんじゃないのか?」

「ぶふぉあっ!」

「ぎゃーっ!」


 霧状のカルピスを吹きかけられ、麻柄々が悲鳴をあげる。吹き出したのは九里古里千切、俺の隣に座っているこの人である。


「な、何か言った?外喰くん?私のことに関して何か言った?よく聞こえなかったし意味も分からなかったんだけど、どういうこと?」


 意味が分からないってことは聞こえたんじゃねえの。


「仕宮と戦った時に聞いたんだけどさ、あいつはレズなんだろ?」

「ガチレズね」

「クソレズっすね」


 初古先生と麻柄々先生の支持を受けた。


「で、そのレズが声高らかに自慢げに、俺に言ったんだ。『千切さんの初めてを頂きましたッ!』って」

「………………」

「頂かれたんだろ?」


 気の毒そうな顔で、初古と麻柄々が口を開く。


「……あの、千切ちゃん。ごめん、私、そんなことになってるなんて知らなくて……」

「ごめんね千切ちゃん。環瑚玖さんとしたんじゃあ、そりゃあガバガバっすよね……」

「気を遣うのやめて」

「はい」


 ぴしゃりと言い放つ九里古里。

 従う二人。


「いやね?確かに、仕宮さんの装着したペニスバンドで私の膜は破られたわけだけど、だから何?あれは仕宮さんの性器じゃないし、私と仕宮さんが肉体関係を持ったとは言えないんじゃないの?」


 言えると思う。


「というか仕宮さんも酷いけど外喰くんも酷いよ。外喰くんが酷いよ。何でわざわざ私のトラウマをほじくり返すの?牙綺さんから受けた拷問はもう傷も治ったし気にしなければ気にならないけど、仕宮さんに犯された心の傷はまだ癒えてないんだよ?初めては好きな人のためにとっておいたのに。言ってしまえば外喰くんのためにとっておいてのに」


 言わなくてよかったのに……。


「もう、何だよもう。人生上手くいかないなあ。外喰くん、私を助けてくれてありがとう。でも私の心はまだ助かってない。ここはひとつアフターケアだと思って、抱いてくださいお願いします」

「ごめん。無理」


 俺は生まれて初めて据え膳を差し出され、生まれて初めて据え膳を食わなかった。

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