028
「悪い、周りがうるさくて聞こえなかった」
ギャラリーの『繁栄派』の連中のことである。
右手に掴んだナイフを放り投げつつ、俺はそう言い放った。
事実だし。それにこいつぼそぼそ喋っててこんな状況じゃなくても聞こえづらいし。
「聞こえなくていいよ。聞かなくていい。聞いたところで意味もない」
「え、何?もう一回」
今度は聞き取れた。けど、聞き返してみた。
煽ってはないです。
「き、きば――」
「初古ちゃん!」
初古が現れた牙綺に反応すると――というか、反応しようとしたが。それを遮り牙綺が声を張って、ミュージカルかって感じに両手を大仰に広げて、初古の名前を呼んだ。
「無事だったかい?無事ではないだろうね。そこにいる醜悪下劣な男に、危害を加えられたのかい?安心してくれ。怖かっただろうが安心してくれ。その男は今すぐ僕が細切れにしてあげるから」
「べ――」
「何も言わなくていいんだよ。震える唇を無理に動かそうとしないでくれていいんだ。僕に声をかけてくれるのは嬉しいが、その必要はない。君の言いたいことは分かっているつもりだよ」
「あ――」
「さしあたって、まずはその汚い上着を脱ぎ捨てるといい。そしてほら、僕の上着を貸すよ。気にしなくていい、むしろあげるよ。もらってくれ。そんな汚い血にまみれた汚い上着を着ていると、初古ちゃんの柔肌が荒れてしまうよ」
会話が成立していない。
そして初古は、上がタンクトップ一枚になってしまった牙綺から上着を受け取ろうとしない。
「ああ、大丈夫。僕は後ろを向いているよ。周りの連中にもそうさせよう。見ている奴がいるのなら、僕が即刻目をほじくり出してくるから安心してくれていい」
「なあ、お前、さっきから1人で喋ってるけど、大丈夫か?」
牙綺が俺の方を見る。というか睨む。
「喋りかけるな。黙っていろ。そうだ。君には借りがあったよな。そうだよ。ついさっきのことだ。よくもやってくれたな。初古ちゃんの愛の盾である僕をよくも。それは僕に対する宣戦布告ということか?」
「仕掛けてきたのはそっちだろうがよ……」
「ミジンコのような理論だな。だったら僕も、愛の矛にならざるをえないね。君を貫く。串刺して磔刑だ。拒否は許さない。血祭りにあげてやろう」
「会話のできねえ奴だな。大体お前、怪我はどうした。さっき突き飛ばした時に、骨だか内臓だかにダメージを負ったんじゃなかったのか」
「くたばれゴミが。毛穴の数だけ身体に風穴を空けてやろうか。このうえない屈辱だが、確かに僕は君の攻撃を受けて負傷した。だがね、忘れたのか?『繁栄派』には優秀な回復異能を持つ人物がいるんだよ。ボケが」
「いちいちうるっせえな……」
毎回俺に雑言を吐き散らさないとまともに喋れないのかよ。
「ねえ、それ、千切ちゃんのこと?」
「そうだよ。ああそうだよ初古ちゃん。九里古里だとも。僕が持っていた鍵でね。部屋を開けて、回復だけさせてきたんだよ。いやよかったよ。昨日のままにしておかなくて。あの状態じゃあ、とても他人の回復なんてできなかっただろうからね」
あの状態、とは。
昨日のままにしておく、とは。
「どういうことだよ、牙綺」
「死ぬといいよ害虫め。口を開くなよ空気が汚れる。初古ちゃん、離れていなよ。今からこいつをドネルケバブみたいにしてやるからさ。君はそんなもの見なくていい。見なくていいんだよ」
雑言だけになった!俺の質問に答えろよ!
「癪だけど同感だな、初古。離れてろ」
聞かせられない内容かもしれない。
「どうしてよ。千切ちゃんの様子、私も知りたいんだけど……」
「とっとと観客席に上がれよ。そこにいられちゃやりづらいんだよ」
「おい、初古ちゃんに命令するな。強い言葉を遣うな。話しかけるな。蹂躙されたいのか」
「さっきからいちいちうるせえなお前は。何でそんなに高圧的なんだよ。俺に何か恨みでもあんのか」
俺と牙綺を不安げにちらちら見ながら、初古が上方の席へ登っていく。
「あるかって?僕は君に恨みがあるかどうかだって?あるさ。そりゃあるさ。あるに決まってるだろう?むしろないとでも思ってたのかな?だとすれば、いや、仮にそうでなかったとしても愚かだね。愚の骨頂だ。散々無知を晒しておいて、何だ。君は勉強ができないんじゃなくて、頭が悪いタイプか。さっきやられた恨みがあるだろう。分かりきったことを」
前半が長えんだよ!というか後半の1割くらいでいいんだよ!
「だからそれは自業自得というか何というか……俺のは正当防衛だ。逆恨みしてんじゃねえ」
「逆恨みだって?冗談もほどほどにしろよ外喰要。顔どころか全身見渡す限り冗談のような男だ。ふざけ過ぎてる」
「否定をするなら理由を述べろや!」
「僕が君に殺意を抱いたのはそもそも君が初古ちゃんを誑かしているからだ。君が初古ちゃんに危険な行為をするからだ。君と問答をするつもりはないが、起点を挙げるとすればそこになる」
「最初に絡んで来たのもあいつの方なんだけど」
牙綺の、前髪に隠れがちな、細い目が、見開かれる。
「黙れ!排水溝のような薄汚い口を閉ざせ!妄言ばかり並べるな!始まりが何であろうと、罪深いのは君1人だ!僕はこれ以上、君の話をする初古ちゃんを見ていることはできない!堪忍袋の緒が切れた!破滅の音色を奏でて飛沫を立てて捻じ切れた!」
汚いポエマーみたいなことを口走る牙綺。
俺と初古の関係がどうとかは、問題ではないようだ。
愛して止まない初古ちゃんが口にする男の名前が、気に食わないだけのようだ。その男を消し去りたいだけのようだ。
いるんだよな。こういう、妄想が過ぎちゃう奴って。
牙綺が、ドスを持つ右手を揺らした。
「正々堂々、殺してやろう。塵も残さず切り刻んでやる!」
「死角からナイフ投げてきたのはどいつだよ!」
戦闘体勢。
あと、塵も残さず切り刻むってどうやんの?そのドスでできんの?無理じゃない?
「大渦傾れ」
牙綺のドスが、瞬時に伸びる!
目測だが、目測でしかないが、およそ6メートル。
半ば山を張っているようなものだが、上半身に狙いを定めて――定めてくると決め付けて、右腕に神経を集中させていた。見事というか何というか、牙綺のドスは俺の頭に伸びてきたので、右腕でそれを払うことができた。
先程と同じだ。あいつが変な呪文を唱えると、ドスの刃が伸びる。これがあいつの異能の力だろうか。そうだろうな。それしかないだろう。常識的に考えて。
「火張桃の木」
またもドスが長さを変える。
今度は――ええと、1メートルに満たない程度か。
それと同時か若干遅れているのか、牙綺自身が距離を詰めてきた。速い。
こいつ、まさか。
「瞬歩の使い手か!」
「縮地法というヤツだよ。無知だな君は」
速い。
あまりに速い。
速さが有り余っている。
この目を持ってしても、反応するのがやっとという程でもないが、やっとと言ってやってもいい程の速さだ。
危ういところではあったが、何とか右腕でドスの一撃を防いだ。防いだというより弾いたつもりだったが、それでも刃が折れないところを見ると、俺に反応された時点で刃を戻していたのだろう。移動速度も恐ろしいが、反応速度も常人離れしている。牙綺藍三――達人にしてロリコンである。
俺の脳内に反撃の二文字が頭に浮かんだ時には、既に牙綺は手の届かない範囲に脱出していた。
これが縮地法か。
でも、十本刀筆頭のものとは違うような。あれはそもそも本人の並外れた脚力によるものだから、技法としての縮地法とは違うのだろうか。
「そういえば、九里古里のことについて知りたがっていたね」
「あ、ああ、そうだな。そうだよ。九里古里は無事なのか?」
「無事?無事かって?無事だよ。無傷とまではいかないが、まあ大事には至っていない。治させたからね」
「治させた?」
動きを止めて会話を始めたように思えるかもしれないが、そんなことはない。
近づいて一撃。一撃を防御。離れて反撃を回避。
こんなことを続けている。
牙綺にとっては余裕だろうが、俺からすればいつ一撃をもらうか分からない。牙綺の近づいてくるタイミングと、身体のどこを狙われるかを見極めなければ、すぐに五体満足ではいられなくなる。
「拷問というのはそもそも対象が死なないようにやらなければならないものだが、今回は多少派手に痛めつけろという話だったからね。多からず少なからずはしゃいでしまったというだけさ」
危ない。
足を狙ってくるとは思うまい。
いや、まあ、俺が一撃もらうつもりで、カウンターを入れればそれで終わりなんだけど。
とはいえ、この牙綺相手に、カウンターが成功するかもいまいち分からん。カウンターを入れるつもりが、こちらの攻撃だけ避けられて、一方的にダメージを負う可能性もある。大いにある。迂闊なことはできなかった。
「僕は言葉で責めるのは苦手でね。せっかくだから初日は手を責めた。爪を剥いで指を折って釘を打って切り落とした。まあ、治してやったけど」
九里古里の拷問内容について言っているのか?
九里古里にそんなことをしたというのか?
一専門学生の女の子に?
「二日目は皮を剥いだ。全身は流石に難しいから、胴体の陰にならない部位と四肢の先と顔以外を剥いだ。この山剥が皮剥ぎに適していてね。重宝しているんだ。まあ、治してやったけど」
一見してはあるのかないのか分からないほどに短い刃を見せ付けて、牙綺はそんなことを言った。
「三日目は胸を責めた。針を突き立て、名前の通りに先端を千切って。中身を刳り貫いて、左右の肉を入れ替えてやった。まあ、治してやったけど」
おっぱいはそんなことをするためにあるんじゃない。
「四日目は顔を責めた。丁度よく眼鏡を外していたものでやりやすかったよ。歯を折って歯茎に本人の名前を彫ってやった。ついでに頬の肉を削いだ。眼球を傷つけはしなかったが、眼孔から取り出してはやった。まあ、治してやったけど」
どうでもいいが、眼鏡を外した九里古里の姿を見たことはなかった。
「五日目は足を責めた。散々嫌がって足はやめてくれと懇願していたから、後回しにしてやったんだ。肉を削いで爪を剥がして膝に矢を突き立てて、最終的には油で揚げた。まあ、治してやったけど」
足はやめてくれ?
九里古里がこう頼んだのか?
何故。
どちらにしろ嫌なことに変わりはないが、胸や顔よりはまだマシに思えるが。
「ああ、そうだよそうそう。涙と鼻水と涎で顔を歪めながら僕に縋り付いてきた九里古里は、思い出してみれば、君の名前を出していたっけ」
俺の名前を。
「足は外喰くんが褒めてくれたところだから。他はどうにでもしていいから、足だけはやめてくれって」
いつのことだったか。
毎朝のように話しかけてくる九里古里に付き合って、他愛のない雑談をしていた時だ。月曜日の朝だった。1限に出遅れて、サボタージュしたあの朝だ。
会話の最後に、そんな会話をした。
九里古里は「うん。頑張る。差し当たって外喰くんの目を引くように地味な努力をするよ。外喰くん、さっき足フェチだとか宣ってたよね?ひょっとしてひょっとしなくても、生足が好き?」と、そんなことを言った。俺は「そりゃあ好きか嫌いかで言えば大好きだけど、でも、タイツも好きだぜ。特に初めて意識したカラータイツがお前のだということも手伝って、お前のカラータイツは好印象だよ」とか、そんな感じのことを返した。
このことを言っているんだろうか。
そもそも俺は、足フェチだけど、おっぱいも好きだっつうんだよ。
九里古里。
俺が褒めたのは足じゃあなくて、カラータイツだよ。
牙綺に向かって、床を蹴った。
「怒った?怒ったのかい?だがね外喰要、僕の憤りはそんなものじゃない。君の抱く狭隘で愚盲な怒りなど凌駕しているんだよ」
自分の痛みなど構っていられるか。
彼の言う通り、愚直な突進をした俺を切り捨てて、牙綺はそう言った。
「てめえ!殺してやる!」
「こっちの台詞だよ!」
肩口から切り落とされた左腕が再生するよりも早く、俺は次の攻撃へと移った。
腕を切られようが。頭を切られようが。胴を切られようが。足を切られようが。
止まるつもりはなかった。
牙綺が瞬時に距離をとる。
「紅蓮大鬼流」
距離をとったかとらないか、とりつつ刃がその身を伸ばす。
一撃必殺の右腕を振り回す俺を見て。流石の牙綺も焦ったのか。その攻撃は単調だった。
左から迫る刃を、異能の右腕でしかと握って、粉砕した。
「馬鹿な、反応されただと。だが意味はない。本来のリーチなど、僕にとっては瑣末なことだ」
一息挟んで。
「大渦傾」
だろうね。
先の折れたドスを今度は反対から繰り出す。
それに一拍も置かぬほどの遅れで、もう1つの刃が俺を襲う。
牙綺が隠し持っていたもう1本のドスだ。刃の挟撃!
咄嗟に俺は、右手で折れた刃を。左手で反対の刃を掴んでいた。
掴んでしまっていた。
掴めてしまっていた。
「何……だと……!?」
牙綺は驚いている。
俺も驚いている。
左腕までも、右腕同様に異形の怪物へと変化してしまっていた。
俺自身としては怪我がなくてよかったねといった感じだが、いや、でも、どうなってるんだ。
「もらったァ!」
武術の達人は、肉体はもちろん、精神的にも屈強に鍛え上げられているものだ。
そしてその達人である牙綺も例外ではなく、強靭な精神力を持っているのだろう。
しかし、とはいえ、それでもだ。
完全に信じ切っていたものが崩れてしまったのでは。動揺を隠すことは、抑えることは、できなかったのだろう。
1本だから相手できていたものが。2本になってしまったのでは。
暴虐の右腕が、暴虐の左腕に。暴虐の両腕に(両腕と表現すると、途端に格好悪いな、と思った)!
隙を見せた牙綺に接近し、その両腕を引き千切った。
「ぐおおあああああっ!おのれええええええ!外喰要えええええええ!またしても!殺す!殺してやるぞおお!」
「うるせえんだよ。お前の負けだろ。黙ってろ」
黙ってろリコン。なんつって。
くだらないことを考えている場合ではない。
九里古里のもとへ急がなくては。あ、いや、でも、回復したというのなら、現状生命の危機はないのか?
あと、ずっと省略していたけど、また『繁栄派』ギャラリー(の歓声)がうるさいです。
「外喰っ!い、いや牙綺!大丈夫!?」
勝負が終わったと見て、初古が駆け下りてきた。
牙綺の名前に言い換えた(俺の名前言い切ってるけど)のは、決して『繁栄派』を裏切ってないよアピールなのだろう。
「初古ちゃん……。すまない、惨めなところを見せてしまったね。心配してくれるのはありがたい。凄くありがたいが大丈夫だよ。僕なら大丈夫だ。筋肉を凝結させて、止血をしている。大事には至らない。そんな辛そうな顔をしないで、いつもの、太陽のような笑顔を見せてくれないか?」
やっぱり凄い精神力だな。
両腕千切れてもロリータ優先か。
あとその止血術すげえな、おい。達人とかそういう域じゃないだろ。
「外喰、勝負はついたのよね。……それ、どうなってるの?もしかして私を相手にしてる時も手を抜いてたの?」
初古が言っているのは、この左腕のことだ。
当然この左腕も、凄まじい痒みを伴っている。
「いや、違えよ。これについては、俺も分からねえよ。異能が成長というか進化というか、進行したんじゃねえのか」
「ふうん……。大変なのね。まあ、私には関係ないからいいんだけど。ああ、そうだ。私は牙綺を医務室へ運ぶけど、構わないわよね?」
「ああ、いいぜ。連れてけよ。死なれても困る」
「黙れ外喰要。僕はお前に死んでもらいたい」
「余計なこと言わなくていいのよ。じっとしてなさい」
「ああっ。初古ちゃん。ああっ」
きもい。
初古に介抱されて牙綺が悦んでいる。
物凄く気持ち悪い。
俺はひょっとしていいことをしたんじゃないかとすら思えてくる。
さて、もう次の挑戦者はいないだろう。
九里古里のいる部屋へ向かおうかと思っていたところで。
「ねえ、初古ちゃん。こんな時に言うのもなんだけれど、聞いてくれないかい?」
「何?べつにいいけど、あんまり喋らない方がいいわよ。喋る時に止血が弱くなってるもの」
「ふふ、君は何でもお見通しだね。そんなにも僕のことを分かってくれているのか、嬉しいよ。とても嬉しい」
俺は、怖いもの見たさというか、気持ち悪いもの見たさで、牙綺と初古のやりとりを見届けることにした。
初古におんぶもどき(背中に担がれてはいるが、足を抱えておらず引き摺っている)をされている状態で続けた。
「僕は、拷問屋として。おぞましい人生を送ってきた。もちろんそこに迷いも後悔も自責もなかったが、しかしそれでも人間というものは、救いを求めてしまうものなんだね」
「う、うん……?」
「君を初めて見た時だ。天使かと。女神かと。救いはここにあったんだと、震えたよ」
「そ、そうなんだ……」
「君は美しい。可憐で優雅で夏の向日葵、いや、やはり太陽のように輝かしい存在だ。僕を叱咤する声も、激励する声も、諌める声も、そのどれもが麗しい。天使の持つハープは、きっとこんな音を奏でるのだろうと、そう感じさせる」
ロリコンの達人は格が違うな。よくもまあそんなに気持ち悪い文章が浮かんでくるもんだ。
「ねえ牙綺?あんまり喋らない方がいいったら。私が助けてあげるんだから死んじゃ駄目よ?言いたいことがあるなら、さっさと言いなさいよ」
「初古ちゃん、結婚しよう」
耳元で。
牙綺にあんなことを言われたら、失禁しそうだ。
というか、え?結婚?欠本?欠損?
好きですとか、付き合ってくださいとか、そういうのないんだ!?
結婚を前提にお付き合いとかですらないんだ!?
結婚するつもりなんだこのロリコン!
本当にこんな時に言うのもなんだよ!もともと罪は犯してるけど、どこまで重ねていくつもりなんだ!
「え……け、結婚……?」
「そう。結婚。結婚しよう。僕が君を幸せにしてみせる」
「な、何?牙綺、私のこと好きだったの……?」
「ああ、そうだとも。好きだよ。大好きだ。愛してる。君のためなら死ねる」
「あ……」
初古が頬を赤く染めて俯いた。牙綺を抱えたままで。
しかしまあよく今の告白で照れることができたな!
「ありがとう。でも、ごめんなさい。気持ちは凄く嬉しいわ。あんたの真摯な気持ちに応えて包み隠さず言うけど、私、他に好きな人がいるの」
「何……だと……!?」
牙綺が両腕『腐喰の王』を見た時と同じ反応をしている。
冷静に牙綺の反応を見ていたけれど、マジで!?
こいつ好きな人いんの!?好きとかいうおこがましい概念あんの!?
びっくりだよ!
「………………」
「あの、あのね。私、今まで隠してたけど、その……」
牙綺は白目を向いて泡を噴いている。死んだのだろうか。
そして初古は牙綺の状態に気付かず、もじもじ一人語りしている。
シュールな図だなあ。
「枕が、好きなの」
枕!?
枕って枕!?
頭の下に敷いたり抱いたりして使われる寝具のこと!?
それともお偉いさん方に股を開いて自らの地位向上を図る営業方法のこと!?
どっちなんだい!?
「……鴉のことよ」
「はっ?」
初古が俺を睨みつけて言ってきた。
あれ、またモノローグ声に出てた?
駄々漏れだな、俺。
「え、鴉?マジで?鴉枕?あの煙草臭い中年?」
「そうよ。あの煙草臭い中年よ。悪い?」
いや、悪くないけど。
悪くはないけど。
意外だった。
確かに、初めて初古に会った時は鴉と一緒にいたし、その後の会話でも、鴉の名前が挙がったりしていたので、わりと仲がいいのだろうとは思っていたが。付き合いも長いのだろうけれど、しかし、しかしな。何かもう二人は親子みたいなもの(たぶん鴉はそうは思ってないが)なのかと。
「好きなの。煙草の臭いも。目つきの悪さも。ぶっきらぼうな態度も。無骨な腕も。低い声も。背の高さも。案外甘いことも。私ばっかり下の名前で呼んでくれるのも。枕って名前がちょっと可愛いところも、全部好きなの」
「は……」
はあ。
何こいつ。
好きな理由が大人っぽくてなんか……なんか嫌だ。
「鴉……?鴉だって……?」
牙綺が覚醒した!
「鴉!鴉ッ!鴉ゥゥゥゥウゥゥゥゥゥァァアァアアアアアア!!」
直後、両腕から物凄い勢いで血を噴射して、意識を失った!
忙しない奴だな。――訂正、忙しないロリコンだな。
「ちょっ、牙綺!?牙綺!?大丈夫!?死なないでね!?死んだら駄目よ!?許さないからね!?」
慌てて初古が牙綺を出口へ引き摺っていく。彼の血を滴らせながら。
初古が牙綺に優しいのは――まあ誰にでもこんな態度なんだろうけど――九里古里への拷問の内容を知らないからだろう。さっきの俺と牙綺の会話が聞こえていたのであれば、あのような態度はとらないだろう。
「じゃあ俺も行くけど、お前ら、やる気はないんだよな?」
俺は、『繁栄派』ギャラリーに問いかけた。
ここを出ようとして、一斉に攻められてはたまったものではない。
歓声は止み。誰一人として口を開かなかった。
やる気はないと、判断した。
「しまった!」
すっかり忘れていた!
牙綺の持つ鍵!あれを手に入れないと、九里古里を解放することはできないんだった!
『繁栄派』アジトの2階まで上がって、通路の壁に両腕を叩きつけながら歩いている途中で、そんなことに気が付いた。
「ちくしょう、取りに戻らねえと、医務室はどこだ!」
「医務室なら1階だ」
通路の先の曲がり角。その奥から声が聞こえた。
初古の意中の人物の声。
「鴉……お前、こういう登場の仕方多いな」
「そうかもな」
初古のあんな話を聞いた後だから、妙に意識してしまうけれど、こいつはそんなことは知らない筈だ。
あー何かそわそわする。
「アジトの壁を壊すんじゃねえよ外喰。それにその腕はどうした。成長したというのか」
鴉にも突っ込まれる。それはそうか。そりゃそうだ。突っ込むだろうよ。
「そうみたいだな。牙綺と戦ってる最中に、左腕も変身した。それより鴉お前、ちゃんと麻柄々を医務室に連れてったんだろうな」
「いや?連れて行くわけねえだろう。どうして俺が素直にお前の言うことを聞かなくちゃならねえ?」
「連れてってねえの!?じゃあ、麻柄々は今頃死んでるんじゃないのか!?」
「死んじゃいねえよ。ピンピンしている。九里古里に治させた。『隷属回帰』なら、腸が食い破られていようが、死んでさえいなけりゃ助かる。全く、便利なもんだよな」
「あ、ああ、何だ。医務室じゃなくて拷問部屋に連れてったって意味かよ。お前は人が悪いな、おい。言い方を考えてくれよ」
うん?
待てよ。
拷問部屋に行って、九里古里に会ったってことだよな。
「なあ、鴉――」
「麻柄々は身体こそ万全に治ったが、どうにも気分が優れないようでな、寝てくると言っていた」
「んなことは聞いてねえよ!お前、どうやってその拷問部屋に入ったんだ?鍵がしてあるんじゃないのか?」
「そりゃあるだろう。誰彼入られても困るからな」
「いや、だから、お前はどうやってそこに入ったんだよ」
「鍵を使ったに決まってるだろ。麻柄々を連れて行く途中でな、牙綺の奴が拷問部屋から出てきたところだったから、ついでに借りておいた。麻柄々に壁なりドアなりぶち破らせようかと考えていたんだが、丁度よかったというわけだ」
そう言って、ポケットから鍵を取り出して見せた。細長い銀色の鍵と、短い銅色の鍵が、同じく鉄製の輪で繋がれている。
というか、怪我人を酷使しようとするなよ。怪我させたのは俺だけど。
「鴉!頼みがある。その鍵、俺に貸してくれないか!」
「貸すと、思うのか?お前、何しに来たのか知りはしねえが、どうせ九里古里を助けに来たんだろう?誰が貸すかよ」
「なあ、頼むよ。お前だって知ってんだろ。九里古里は牙綺に拷問されて、酷い目にあってるらしいじゃないか」
「ああ、そうだな。当然知っている。そしてそうなった原因も知っている。お前の妹だ、外喰」
家を出る前に、楔と話していたこと。楔が話していたこと。
的中した。してしまった。
九里古里は、楔とその友達を助けるために『繁栄派』に反抗して、拘束されて、拷問を受けた。
だけど、どうして拷問をする必要があるのか。
「……要は、反抗した九里古里に対するお仕置きってことだろ?そこまでする必要があるのかよ」
「部外者に教えることでもねえが、教えてやろう。俺は機密にうるさくない」
いいのか、それで。
「お仕置きはついでだ。それも兼ねてはいるが、目的は九里古里を追い詰めることだ。肉体的にも、精神的にも、主に精神の方だがな。追い詰めて、一度精神を崩すことにある」
「九里古里の異能はお前らにとっても大事なんだろ。廃人になった九里古里に『隷属回帰』で回復だけをさせ続けようってことなのかよ」
「違う。そうではない。廃人になった九里古里が今と同様に『隷属回帰』を使えるという確信はない。そんな賭けはしない。お前、麻羽桐軍司を知っているか?」
麻羽桐、軍司……。
覇嶺さんに『繁栄派』上位ランカーの話を聞いた際に、聞いたことが、あるようなないような。
「そうだ。ランキング10位の男だ。奴の異能『狂信者』は洗脳の力だ。しかし、即効性と確実性に欠けている。だから、一発で洗脳を成功させるために、九里古里を追い詰める。漫画等で見たことがないか?好きな女子に告白するために作戦だ何だといって、不良に扮した仲間を蹴散らして格好いいところを見せ付ける……といった、くだらねえ展開を。それと同じことだ。九里古里を極限まで追い詰めて、麻羽桐が解放してやり、異能を発動させる。それでイチコロというわけだ」
「洗脳モノは、嫌いじゃない。でもな、お前それでいいと思ってんのか」
「俺が決めることではない。上の決定だ。まあその案も、決行してはいるものの、成功するという確証はねえがな」
「鍵を渡せ、鴉」
「断る。何を怒ることがある。お前は九里古里と同級生だそうだが、ただそれだけの関係だろう?何だお前、まさかとは思うが九里古里のこと好きなのか?」
「好きじゃねえよ。ただ――」
そういえば。
あの朝。九里古里と話して1限をサボった朝。
九里古里と約束というか、契約というか、一つ関係性を変える――定義付けする話をした。
かつての自分の発言を撤回することになるが、そういえばそうだった。
俺にはちゃんと、いるのだった。
「友達なんだよ」
シリアス続きで疲れますね。




