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異行  作者: yoho
その3
27/47

027

「な、何?何すか?何て言ったの?今」

「いいおっぱいをしているな」


 俺は素直に麻柄々の問いに答えた。


「どうして今この状況で私のおっぱいの話を……」

「初めて会った時から、思ってたぜ」


 俺は正直に心の内をさらけ出した。


「お前、これ見よがしにシャツの前を全開にして、いや、全開とは言わずとも8割おっぴろげて、右乳の左側と左乳の右側を見せ付けているじゃないか。それはつまり、褒めろってことだろ?」

「褒めろとは言ってないし思ってもないっす」


 元気だった麻柄々は急に大人しくなった。

 どうしたというのか。異能の反動か。強烈な威力の代償で、すぐさま疲労が表れるのだろうか。


「いいや、褒めるぜ。俺は褒める。お前の勇気を褒め称えるぜ。そこまでおっぱいがでかくないのに、セクシー路線で行こうという英断をな!」

「恥ずかしいからやめてほしいっす!」

「お前は貧乳ではねえよ。だが巨乳でもねえ。普通だよ普通。並乳のくせして見せ付けるとは中々冒険したな?恐れ入るぜ。ええと、名前何だっけ?丸裸まるはだかさり?」

麻柄々まからがらっすよおおー!」


 丸裸――もとい、麻柄々は取り乱している。

 打開策を練るための時間を稼ぐつもりで始めた乳攻め(物理でない)ではあるが、いかん。楽しくなってきた。


「そう言えばよお、そんなに広げてそれ、見えちゃったりしねえの?」

「見えちゃったりしないんすねー、これが。魔法っすよ魔法。去ちゃんだけに」

「語感はいいけど字面悪っ!」


 魔法使いサリー。

 意味が分からねえ。というか読めねえ。


「魔法ってことはないだろ。どうなってんの?シャツの裏側と乳首を縫い付けてんの?」

「随分とエグい発想っすね……。しないっすよそんなこと。固定はしてない。してないけど、見えないのよ。見えそうで見えない方がエロいっしょ?」

「たまに見えるのもいい」

「そっすか……」


 俺は見えそうで見えないと思ったらたまに見える派。

 そんな派閥はない。


「試しに見せてくれないか?」

「嫌だよ!何を真剣な顔してセクハラしてるんすか!戦闘中に!相手が私だったからよかったものの、通常なら御用っすよ!?」

「お前だから言ってるんじゃん」

「光栄じゃない!」

「それに、戦闘中だからでもある。そりゃあお前、おっぱい見せるような状況でおっぱい見ても、喜びは等倍じゃねえか。そんなことしてる場合じゃねえって時におっぱい見えたら、喜びは無尽蔵だぜ。あ、それは言い過ぎか。4倍くらいか」

「う、うるせー!うるせーっすよ!死ね!」


 麻柄々が明治ミルクをかじる。

 発砲する。


「危ねっ!やめろ!人がおっぱいについて話してる時に!」

「人が攻撃してる時におっぱいの話をするなああー!」


 無理を言う!

 どこから出るのか。それこそ無尽蔵とも思えるほどに、明治ミルクを取り出す麻柄々。包装を破り、それを貪り、空いた片手で乱射乱発乱れ撃ち。


「ま、待て!もっとおっぱ――」


 また頭部が吹き飛んだ。

 最期に発した言葉がおっぱいか。それも言い切れてねえ。何て虚しい。


「まともに会話できる相手じゃなかったんすね!最初から!とんだド変態が出てきたもんっすよ!要ちゃんは社会のゴミだ!粉微塵になるまでぶっ放してやるから覚悟っすよ!」


 やばい。

 マジでやばい。

 炸裂弾の雨霰あめあられ

 全弾命中しているわけじゃないが、それにしたって当たり過ぎ。吹き飛んだそばから再生するから粉微塵になりはしないが、もうこれ痛いってレベルじゃねえぞ。

 『繁栄派』アジトのロビー、俺の血が飛び散り過ぎだろ。そもそもどこから湧いてるんだこの量。


「がっ……!げぇっ……!ばっ……!」


 断末魔にも際限がある。というか言わせてもらえない。

 出血や欠損で死ぬことがないとは分かっていたが、ショック死すらしないのか。心強いんだか余計なんだか。ショック死できた方が何倍楽か。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇー!」


 右腕でガードできる分はガードしている。だがそれ以外の部分が当たり放題だ。超痛い。

 駄目だ。

 駄目だこれ。

 もう無理。

 我慢できねえ。

 殺さないようにとか、手加減できる相手じゃない。


「死ね死ね死――」


 耐えられるような痛みではないが、もう痛いのか何なのかよく分からなくなってきた。というかもうよく分からなくなっていた。

 思い切り地面を踏み締めて。

 さっきよりも強く蹴る!

 全ての弾丸がこちらへ向かっているわけではない。俺の身体に命中しそうなものは一部だけだ。それにのみ集中する。およそ3分の1倍速で見えるこの目を最大限に活用して、見えたからといって避けられるものではないが、被害を抑えることくらいはできる。着弾して重心がブレたら、また地面を蹴ればいい。

 俺は一心不乱に麻柄々へ突進した。


「うぅぅぅぅわっ!」


 が、外した。

 喰らい過ぎた。減速され過ぎた。

 麻柄々も一直線に向かってくると分かれば、弾も当てやすくなるし、こちらの攻撃も避けやすくなる。当然のことだ。

 俺の右腕は麻柄々の脇腹をかすった。

 浅く皮膚を裂いただけだ。

 おまけに通り過ぎ様にもう一発、至近距離で腹に弾丸を受けた。

 唾液混じりの血液を、麻柄々に浴びせる結果に終わった。

 万事休すか。いや、万事休すっすか。なんつって。


「あはっ、あははー!危ない危ない!ギリギリすれすれっしたねー!いやー、起死回生の一発も不発に終わっちゃったね要ちゃん!残念でしたー!今ならまだ降参も受け付けよっかー?」


 仰向けに倒れた。

 駄目だ。

 無理だ。

 もう立ちたくない。

 立ったら撃たれる。

 撃たれたら痛い。

 そんなのは嫌だ(アンパンマンではない)。


「はあ……はあ……」


 降参、してしまおうか。

 九里古里には悪いが、正直言って無理くさい。

 『繁栄派』なんて異能集団に、この力を持って日の浅い俺1人が立ち向かうなんて、無理な話だ。荒唐無稽だ。多勢に無勢だ。今は一対一タイマンだけど。


「諦めムードみたいっすねー、要ちゃん。まー、さっきは取り乱したけど、セクハラのことは許してあげよう。これで私はランキング5位っすからねー。にへへ」


 麻柄々は俺に銃口――人差し指を向けたまま勝ち誇っている。

 好きなだけ勝ち誇ればいいさ。お前の勝ちだよ。

 俺の負け――


「痛っ」


 麻柄々が反射的にそう言った。

 痛い?

 何が?

 俺は何もしてねえよ。

 指でもつった?


「え?あれ?あれっ?な、何?痛い痛い痛い!」


 急に痛みを訴えだした。

 麻柄々はさっき俺の右腕がかすった脇腹を、両手で押さえている。

 かすっただけだぞ。大袈裟な。

 『腐喰の王コラゼブル』の右腕に、毒でもあるのか?

 そんな筈は――たぶん、ない。直接心臓を貫いた宮方の時は、九里古里がすぐに宮方の肉体の時間ごと元に戻してしまったから分からないが、初古と戦った時だって、多少爪が食い込んだりして、肉を裂いていた。毒があるというのなら、初古にだって同じ症状が表れただろう。


「うっ、うあああああっ!何何何何!?何これぇっ!?」


 麻柄々が、脇腹を押さえていた手を離した。

 そこにあったのは。

 あった――というより、いたのは。

 蝿だ。


「離れろぉっ!」


 必死でその蝿を鷲掴んで、床に投げつけた。

 蝿を鷲掴む、というのも変な表現だと思うだろうが、実際、麻柄々は鷲掴みにしたのだ。通常より何倍も巨大な、拳大の蝿を。


「うううううううううああああああああ」


 涙声で、麻柄々が唸る。

 見れば(というかもとより凝視しているが)彼女の脇腹には――脇腹の傷には、今度は通常サイズの、大量の蝿が蠢いていた。

 食っている。

 麻柄々の肉を。

 貪り食っている。

 そして、食えば食うほど、巨大化する。食った肉の質量よりも、肥大化していく。

 数秒のうちに拳大の大きさにまで成長すると、麻柄々の脇腹から飛び立っていく。

 何十匹もの、何百匹もの蝿が、それを繰り返す。


「いや、やだっ、やだああっ!いだっ、痛い痛い、痛いいぃぃぃいいいいい!」


 麻柄々は溜まらずか溜まってか知らないが、尻餅を着いた。


「うおぇっ」


 一匹の蝿が、通常よりやや大きいサイズの蝿が、麻柄々の口から出てきた。


「ぐぶっ、おごえぇっ!うっ、うぶおおおっ!」


 最初の一匹に続いて、出てくる出てくる、どんどん出てくる。湧いて出る。湯水のようだ。湯水のようではない。蝿だ。

 脇腹から侵入して、内蔵まで食い破られたのだろうか。腸だか胃だか食道だか分からんが、そうでもないと、口へは繋がらないだろう。

 麻柄々去が減っていく。少しずつ、減っていく。


「ごっ、こんな、ごんなのやだああああ!」


 巨大な蝿がブンブンブンブン。

 気持ちわりーな。

 俺はゆっくりと立ち上がり、麻柄々に近付いて左腕でその身体を抱え上げた。

 と、そこに。


「何だ何だ。外喰要が突入して来たと聞いたから来てみれば、外喰じゃねえか」


 鴉の声だ。

 いや、鳥じゃなくて。カアーとかじゃなくて。

 鴉枕だ。


「鴉ざぁん…………」


 鴉に気付いた麻柄々が、縋るように名前を呼ぶ。

 麻柄々が現れたのと同じ通路から、鴉枕が姿を見せたのだ。火の点いた煙草を咥えて。ポケットに手を突っ込んで。

 ついでに床に留まっていた巨大な蝿を踏み潰して。


「やってくれるな外喰。麻柄々を倒したのか。麻柄々の『高圧縮衝撃炸裂弾甘美タイラント』は、好物……そいつの場合はチョコレートか。それを食った満足感により充填し、炸裂弾を撃ち出す異能。まあ、超回復持ちのお前の相手にはならないだろうな」

「なったよ。なりまくったよ。散々やられたわ。ちくしょうめ」

「ああ、そこら中に撒き散らされてるのはお前の血か。麻柄々がそれほど出血しているのであれば、とっくに死んでいる筈だからな」

「……そうだな」


 ああ、とか、うう、とか、うげえ、とか。麻柄々が呻いている。うるさい。


「どうせまた麻柄々を殺さねえようにと手加減して頃合いを見てたんだろう。それで何だ?マジに殺されそうになったから反撃したら、麻柄々がこのざまか」

「鋭いよな、お前」

「誰でも分かる。で、あれか。今度は麻柄々を助けようって腹か?甘いなお前も。つくづく甘い。甘党同士野垂れてろ」

「医務室がどこか知ってるか?」

「知らん」


 嘘――だろうな。


「おい鴉」

「何だ」


 俺は左腕に抱えた麻柄々の身体を、放り投げた。

 鴉に向かってである。

 この際麻柄々が痛みで小さく悲鳴を上げたが、特に気にしないことにした。


「頼んだ」

「ああ?」


 語尾が上がるようなイントネーションだったが、俺はそれを承諾の返事と受け取ることにした。

 事実鴉は、麻柄々の身体をしっかり、受け止めていた。そのうえ、受け止める寸前に、煙草を吐き捨てるという紳士振り。

 頼むぞ甘党。











 迷路のようとは言わないけれど。

 エリアマップがあるわけでもなし。

 案内人がいるわけでもなし。

 九里古里はこの施設のどこに監禁されているのか。

 しかし幸いなことに、『繁栄派』の異能力者たちは、思ったほど血気盛んではなかった。挑んでくる者には軽く足払いをして、全員もれなく床にキスしてもらったが、それほど数は多くない。俺にビビっているのか。上位ランカーを退けたというのは伝わっているだろうけども、麻柄々のように、手柄目当てでどんどん襲ってきてもいいのではないか――嫌だけど。厳戒態勢というヤツか。それとも特に気にしてない呑気集団か。

 上位ランカーは全部で10人。

 その内の8位と5位は倒した。残りは8人。その中でも、7位の鴉と6位の初古は除外していいだろう。鴉は麻柄々を医務室へ運んでいる筈だし。初古は味方――というか、敵ではないし。

 残りは6人。

 10位の麻羽桐あさばぎり軍司ぐんじ。9位の宮方みやかた由紀次朗ゆきじろう。4位の仕宮しみや環瑚玖かんごく。3位の憂原うさはらやつり。2位の懸厳蒐けげんしゅう拿國天だこくてん。1位の――知らね。

 でも、宮方は以前俺に敗れた後、今後の俺との接触を絶つよう釘を刺されたんだっけ?だとしたら、あと5人か。多いわ。

 べつに、全員倒すつもりはないけど。というかもう1人だろうと戦いたくはないけど。

 そういうわけには、いかないだろう。


「外喰!」


 背後で呼ぶ声。


「お、初古か!いい所に!」


 さっき殴り飛ばした初古は、無事でした。よかったよかった。

 しばらく気絶していたのか、急いで追いかけて来たようである。息を切らせて肩で息して。

 とは言え、怒ってるんじゃないか。いきなりぶん殴ったことを。


「案内するわ。こっちよ」











「『繁栄派』アジト最大の賭博遊技場、地下闘技場よ」


 見れば分かる。

 俺は初古に連れられて。連れられるまま連れられて。

 地下闘技場に来ていた。

 上の階に人があまりいなかったのは、ここに集まっていたからなのか?

 パッと見て、200……300人くらい集まっている?こんなにいんの?『繁栄派』。覇嶺さんの話じゃ、『粛正派』は100人にも満たないそうだが。

 初古の後に着いて現れた俺を見て、歓声を上げている。

 なるほど、賭博遊技場。


「おい、こんな所に来てどうするんだよ。ここに九里古里がいるのか?」

「あんまり大きな声で喋らないで。聞こえたらまずいわ。お願いがあるの。もうひとわがまま付き合って」

「わがままって、俺はお前の言う通りにするつもりだけど……」


 初古が、俺に背を向けて観衆へ向かう。

 歓声が止んだ。


「待たせたわね!今から一対一で私と外喰がやり合うわ!見てなさい!」


 歓声が沸いた。

 いや。

 しかしな。


「初古?何言ってんだ?お前と戦ってどうすんだよ」

「お願いだから付き合ってよ。私だってあんたとなんて戦いたくないわよ。でもこうするしかないのよ。私滅茶苦茶疑われてるの。バレたらもうここにいられないんだもん。あんたを騙したずる賢い女として、戦わなくちゃいけないの」


 初古に左の袖をちょいちょいと引っ張られ、つられて歩き始める。

 入り口から、その、何て言うのか。闘技場中央のリングみたいな所に向かって歩き始める。


「あー、そういう……。じゃあ、どうすりゃいいんだ。俺はお前に倒されればいいのか?」

「それじゃ千切ちゃんを助けられないでしょ。私を倒しなさい。あんたは勝つの」

「八百長をしろってことか」

「言ってしまえばね」

「そんなことしたってバレるんじゃねえの?」

「バレるもクソもないわ。私は本気でやるもの」

「八百長じゃないんじゃねえか。手加減しろよ……」

「嫌よ」


 初古に声援が。

 俺には罵倒が。あとほんの僅かに声援も。

 それぞれ送られる。

 レフェリーとかそういうのは、いないみたい。


「なあ、こんな闘技場があるってことは、部外者を連れて来て公開処刑……みたいなことしょっちゅうやってるのか?」

「してないわよ、イメージ悪いわね」

「そりゃ悪いよ」


 悪くもなるよ。


「『繁栄派』構成員同士の決闘とか、喧嘩の延長とか、特訓とか。よくやってるわ。それを見に来る物好きもたくさんいるみたいね。どっちが勝つか賭けたりしてさ。ここに住んじゃってる奴もいるのよ」

「そいつは物好きだな……」


 リングみたいな所の真ん中。

 初古の足が止まる。

 俺も止める。

 初古は、声量上げて、トーンも上げて、意気揚々と喋りだした。


「それじゃあ、始めるわよ!準備、いや、覚悟はいいかしら外喰要!」


 うーん。

 物凄え気乗りしないけど。

 初古のフォローはしてやらないとだし。


「ああいいぜ。細切れにしてやるよ小娘ぇっ!」


 ノリノリか俺は。

 歓声が沸き起こるが――ああ、いいや、もういいや、歓声とか面倒くさいから省略すると思うわ。


「以前戦った時はしてやられたわ。あんたのスピードに翻弄された。だから今度は、こっちもスピードで対抗するわ!」


 そう言って初古は、自らの両腕を。両腕だけを巨大化させた。真っ白な、巨人の腕に。

 バランス悪っ。


「はんっ。吠えてろガキが。二連敗記録を飾るといいぜ!」


 『腐喰の王コラゼブル』。

 驚異的な痒みに襲われる。


「死にさらせええええええ!」


 俺です。言ったの俺です。

 開幕ダッシュで一気に距離を詰める。

 初古はスピードで対抗するとか何とか言っていたが、巨大な腕を動かす本体が非力なままでは、むしろスピードダウンなんじゃないか?


「口が悪いわね!」


 初古は屈むと、腕の――手の先の動きで、自身の身体を持ち上げた。というよりジャンプした。そうして俺の攻撃を避けた流れで俺の頭を掴み、自身の着地と同時に床へと叩きつけた。

 俺から言えば、叩きつけられた。

 厄日だ。

 巨大化した初古のパワーは知っている。部分的な変身とは言え、腕の力はあの時と同じだ。俺はまたも視界を失った。頭が潰れた。またか。


「そっ、外喰……?」


 小声で俺の名前を呼ぶ初古。

 本気でやるんじゃねえのかよ。

 再生した頭を砕けた床から引っこ抜き、同時に右腕を振りかぶる!


「どぅおおりゃあああ!」


 呆気に取られた初古の、頭を狙うのは簡単だった。

 簡単だったけど、変身してない頭を殴ったら、初古は確実に死ぬ。頭部場外ホームランになってしまう。

 だけどこのチャンスで、わざわざ腕を殴るというのも不自然だ。周囲の疑いを招くんじゃないか。

 気付け初古。腕だけ変身意味ねえぞ。弱点作っただけだぞ。

 結局俺は、初古の顔面5センチ手前で、拳を止めてしまった。


「ふん!」


 視界!凄い!速い!

 逆に思い切り殴り飛ばされた。さっきの仕返しか。


「馬鹿ねっ!とんだ甘ちゃんだわ!私が女の子だからって、手加減してるのかしら!?そうでしょうね、そうなんでしょうね!だって、この部分変身は、あんたと戦うために習得した技なんだもの!スピードじゃないわ!あんたは私の生身の部分を殴れない!だからあえて残して戦うのよ!」


 ああ、うん。悪役っぽい悪役っぽい。

 壁にめり込んだままそんなことを考えた。

 そこまでするか。いいぜ、だったら俺にも考えがある。

 俺はまた、初古に向かって走り出す。


「何度来ようとおんなじね!あんたは私を殴れない!これはもはやワンサイドゲームよ!」

「殴らねえよ!」


 初古の右ストレート。

 難なくかわして、懐に潜り込む。右腕の爪で、肌を傷つけないように、シャツの前側をボタンごと切り裂く。


「なっ、なめてんのかあああああっ!!」


 猫騙し――では、ないんだろうけど。たぶん、眼前にいた俺を両の掌で叩き潰そうとしたんだろう。

 それもかわして、今度は背後に回りこむ。先程と同じように、シャツの後ろ側を切り裂いた。

 そしてそのまま後ろから、初古の両腕を掴んで床へ叩き――押し付けた。


「単純な力比べでも、俺の異能の方が上のようだなあ。ええ?初古ちゃんよお」


 14歳の女の子の服を切り裂き。パンツと靴下とブーツしか身につけさせていない状態で。背後から両腕を押さえ込み。四つん這いの体勢を無理強いする俺の姿が。そこにはあった。

 省略していた歓声だったが、ここだけは、(男の声でだけ)とんでもなく沸き上がったと、そう言っておこう。


「ばっ、馬鹿じゃないの外喰馬鹿じゃないの何してんの馬鹿じゃないの!?離しなさいよ離せったら離せえっ!」


 俺は力を緩めずに言う。


「降参しろよ初古ちゃん。お前はその体勢じゃあもう身動き取れねえだろうがな、俺は両足も自由なんだぜ。うつ伏せでよかったよなあ?お前ブラしてないもんなあ?ええ、おい?俺は別段器用な方じゃあねえが、片足でお前のパンツをずり下げることくらいは、できるんだぜ」


 初古は黙っている。


「『繁栄派』の連中にケツの穴見られたくなかったら降参しろ」


 演技です。演技ですよ。


「……ひぐ……えっぐ……こ、降参するから……うう、離してよぉ……」


 あ、あれ。

 泣いちゃった。

 あれあれ。

 おかしいな。泣かせるつもりじゃなかったんだけど。あっれー?

 俺は初古から両手を離し、すぐさまホールドアップした。

 僕じゃないです。僕ですけど、僕悪くないんです。

 俺は見事、余口初古を相手に勝利を収めた。会場一体、大ブーイングだった。

 何だよ、この後味の悪さ。俺何か悪いことしたかよ。未だかつてないアウェー感だよ。やべえよ。挫けそうだよ。

 一応、謝っとくか。周りに聞こえない程度に。


「う、初古。悪かった。やり過ぎた。ごめん。ほ、ほら、上着」


 俺は、右袖のない、穴だらけなうえに血まみれのパーカーを脱いで、初古に差し出した。


「……ありがと……。いいわよ、べつに。これでいいの。これでたぶん私の身の潔白は証明されたし。他の色んな部分もあらわになったけど」

「ごめんなさい」

「謝ることないわ。あんたはよくやった。あんたとやり合って無傷なだけ大得よ。あんたは私を殺さないように倒してくれるだろうとは思ってたけど、それでも、両腕千切られる覚悟はしてたもの。あんたの仕事振りは限りなく満点に近いわ。ありがとう」


 千切らねえよ。信用あるのかないのかどっちだよ。

 あと何ですげえ偉そうなんだこいつ。


「満点じゃないのな」

「そこは私の気持ちを察してくれてもいいのよ」

「あ、はい」


 初古は俺の上着を羽織ってはいるけれど。

 穴だらけで大事な部分隠せてねえよ。


「ねえ、外喰」

「何だよ」

「私が降参しなかったら、あのまま本当にパンツ脱がせるつもりだったの?」

「うん」


 降参しないとも思ってなかったけど。

 あれで降参しないなら他に考えはなかったし。


「………………」


 何か言えよ!

 罵倒でいいから何か言えよ!

 クズでもゴミでも変態でもいいからさあ!


「………そう……」


 やりづれえぇー!


「そ、それはそうと初古」


 話変えちゃえ。

 そういえば触れる必要もないが、依然として観客(客ではない)はブーイング真っ最中だ。

 飽きないね。こいつらね。


「何かしら」

「俺、お前と会う前に麻柄々と戦ったんだ。それで、かなりの重症を負わせちまったんだけど、『繁栄派』には九里古里以外の回復異能力者もいるんだよな?」

「いるわよ。千切ちゃんの『隷属回帰バニッシャー』と比べるとどうしても劣るけど、ちゃんといるわ。すぐ元気ってわけにはいかないだろうけど、大丈夫よ。死にはしないわ。たぶん」


 よかった。というのも変だけど。まあ、よかった。

 死なれたら、当然俺が殺したことになる。九里古里を助け出したって、それでは後味が悪い。自分の気持ちの問題だ。自分の、問題だ。

 あいつ、たぶん蝿がトラウマになるんだろうな。かわいそうに。

 そこまでは知ったこっちゃねえけど。


「ああ、そうだ。それと、九里古里のいる部屋にはどうやって行けばいいんだ?この先お前が案内してくれるってわけにもいかないよな」

「うん。申し訳ないけど、本当にまかせっきりで申し訳ないけど、私が案内するっていうのは無理だわ。でも、部屋は分かる。2階よ。2階に上がったら壁伝いに左側を歩いて行けば、長い通路の突き当たりの右手側に、何も書かれてないドアの部屋があるから。そこが拷問部屋」

「2階を左に突き当たりだな。覚えたぞ」

「あ、でも駄目よ。ドアには鍵がついてるから。それに、あの部屋の拘束具にも、確か錠前がついてた筈。だから、鍵を持っていかないとね?」

「ドアなら、異能の力でぶち破れそうなもんだが」

「それもそうね。だけど、千切ちゃんが枷をはめられてるとしたら、それは力づくじゃ駄目だからね。壊せるだろうけど、千切ちゃんの身体を一緒に壊しかねないから」

「分かったよ。で、その鍵はどこに置いてあるんだ?」

「拷問屋の牙綺が持ってるわ。当たり前じゃない」


 えっ。

 牙綺?

 そんなこと言われても困るよ。

 今更取りに戻れって言うのか。あいつ滅茶苦茶俺のこと恨んでたし、近づくとまた何されるか分からないし、正直怖い。

 嫌だなあ……。


「外喰危ないっ!」


 初古の声に反応して。

 初古の目線を追った。

 真っ直ぐ俺の脳天に向かって飛んでくる、ナイフを右手でキャッチした。


「外喰要外喰要。何をしている何をしていた?この場所で、その真ん中で、初古ちゃんと2人でいるというのはどういうことだ?初古ちゃんと戦ったのか?誑かして陥れて、挙句の果てに暴力か?どうなんだい?なあ、どうなんだい外喰要。僕の目を見ろよ。真っ直ぐ見ろよ。見れば分かるよ。君の本質。初古ちゃんを辱めたな?この世のものとは思えぬ屈辱で満たしたな?懺悔しろ。懺悔したなら懺悔しただけ君の苦痛を増やしてあげよう。脳裏に刻め。君は瞼を削いで眼球に百足を這わせたまま全ての歯の神経に鉛筆の芯を突き刺し腋から肩へと麻縄を通し吊るし上げて全間接に杭を打ち込み指の爪を剥いだ後にキャロライナ・リーパーの潰し汁に浸けて背中の皮膚を剥ぎ取って腰骨を万力で潰しながら亀頭と睾丸を虫に食わせ内腿にお気に入りのピンバッジをこれでもかと飾り付け足元はゴキブリのプールに浸け残りの余った部位は僕が肉削ぎでもしてやろう。ついでに九里古里の目の前でやってあげようか。彼女は君を治す。君は死ねない、死ねないね」


 牙綺藍三。

 三度みたび現る。

 といった具合。

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