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異行  作者: yoho
その3
26/47

026

「疲れた」


 前回のラストで余裕のヒーローっぷりを見せ付けた俺だったが、道中疲れた。あーもー疲れた。もう少しの筈なんだけど。知らない道って疲れるよね。

 実際に行ったことのある楔が『繁栄派』のアジトの場所を知っていたうえ、アジト正面の写真まで持っていたので、それを頼りに向かってはいるのだが。

 終電を逃す前に電車に乗り、アジトの最寄り駅で降りることはできたが(わりと近かった)、ここから結構歩くようだ。俺は1人でタクシーなんて乗れない。覇嶺はみねさん伝いに『粛正派』に送っていってもらおうかとも考えたが、そうなった場合、まず俺1人で突入はさせてくれないだろうし、こんなこと(こんなことと言うのも九里古里くりこりに悪い気がする)で『繁栄派』と『粛正派』の全面戦争に発展させてしまうかもしれない。それは絶対に避けたい。初古ういこも迎えに来てはくれないみたいだし、そのうえ、侵入は自分で頑張って、とも言われた。何て奴だ。『腐喰の王コラゼブル』で強化して走っていけば早いだろうが、それではスマホの地図を見ている余裕はないし、アジトまで俺がもたないだろう。痒くて。人に見つかったら通報されるだろうし。

 とぼとぼ徒歩だった。


「しかし、こんなでかい建物、立ち入り検査されそうなもんだけどな」


 楔からもらった、『繁栄派』アジトの写真を見ながら呟く。

 撮った時間帯が夜のようで画像は悪いが、相当大きな建物だというのは分かる。市民病院くらいの大きさだ(市民病院と言っても、大小あるだろうけど)。というか、見た目も病院っぽい。

 鴉に聞いた限りでは、色んなところと色んな取引をしているらしいので、上手いことやっているのかもしれないが。とはいえ、国家機関にどうこう言われなくても、普通に目に付くだろう。目立つだろう。話題になるだろう。

 なんか、いるんだろうか。バリアを張る異能使いとかが。人に意識されないようにするとか。そういう便利なの。でも、もしそうなら、俺はアジトまで辿り着けないんじゃないか?大丈夫なの?初古の奴は馬鹿だからそこまで考えてないんじゃないの?

 急な不安にかられた。


「まあ、行ってみないとどうしようもないよな」


 1人になると喋りだす、厄介な俺だ。

 心配していても仕方がない。周辺まで行って分からなかったら、また初古に連絡しよう。牙綺に言われたことも気になるけど、一度連絡を取ってしまったのだ。もう気にしていてもしょうがない。

 しかし、九里古里を助けるといっても(拘束されているとはいえ、ピンチかどうかは分からないけど)、どうすればいいんだろう。俺はどうするつもりだったんだろう。たぶん、恐らく、確実に、『繁栄派』の奴らは敵対するだろう。阻止するだろう。何人いるのか分からんが、10、20ではないだろう。俺の異能が強力らしいとはいえ、そこまでの大人数を相手にできるのか?外喰無双できるのか?


「無理だよ」


 男の声。

 首に。

 喉に。

 痛みを感じた。

 鋭い痛みを感じた。

 後ろから。首を。貫かれたようだ。

 自分の血にまみれた、白銀の刃を見た。


「ここで死ぬからね」


 やばい、本当に死ぬ!

 刃が動く。力を感じる。

 首から頭を縦に裂かれる寸前。俺は右腕の異能を発現させた。

 右腕に、激烈な痒みが走る。


「ごぶぇげぇぇぃぇええああああああっ!!」


 マジで死なないのな。

 変な叫びを上げてしまったが、ぱっくりばっさり開いた俺の頭部は、次の瞬間元通りにくっついた。

 宮方と戦った時にも、頭を半分割られたことがあったが、今回は頭を全部割られた。すげえな俺の異能。

 頭を割られた痛みもあった筈だが、混乱と恐怖で、感じていたのかいないのか、既にあまり覚えていない。こういうのを不幸中の幸いっていうん?


「馬鹿な。ここまでの生命力、回復力だとはね。驚いた。誤算だ。暗殺に失敗した」


 暗殺か?今の。

 俺は振り返った。

 ドスの刃についた俺の血を払う。声で分かっていた。

 牙綺きばき藍三らんぞう。『繁栄派』内部ランキング第5位。『刃渡八景ブランディッシュ』の異能を持つ拷問屋。そして――


「だけどそんなことは大した問題じゃない。どの道殺す。君は破ったね?僕との約束を破ったね?何故だ?どうして?何で破った?理由を言えよ。言ったところで納得はしないし容赦もしない。ただただ殺す。バラバラにしてやる。だから言えよ。どうして初古ちゃんと連絡をとった?」


 重度のロリコン。

 牙綺との約束(というより脅し)。初古との接触を一切絶つ。俺は数時間前にこれを破った。何らかの形でバレるだろうとは思っていたが。牙綺が激怒するであろうことも分かっていたが。

 早い。

 流石に早い。

 ロリコンなのに手が早い。

 ノータッチじゃないのか。


「痛えなてめえ。俺だって死ぬかと思ったわ。死ななかったけど。それに、約束だと?ふざけんじゃねえ。あんな一方的な約束があるかよ。大体俺は初古に興味はないって言ってんだろ」


 戦わずに済むならそれが一番だ。

 どうにもこいつは、俺が初古に恋愛感情を抱いていると勘違いしているらしい。初古をたぶらかしていると勘違いしているらしい。初古大好きなロリコンとしては、そういう存在は許せないのだろう。

 だから、弁解する。

 俺は初古に、女としての興味はない。


「興味がない?興味がないって?いい加減にしろよ外喰要。どれだけ僕の気を逆撫ですれば気が済むんだ?初古ちゃんに興味がない?そんなわけないだろ。ふざけるなはこっちの台詞だよ。あんな可愛い子に興味がないってどういうことだよ。意味が分からないよぶち殺すぞ。そんなことを言う奴が一番怪しいんだ。そもそも君は僕との約束を破ったものな。嘘吐きだものな。嘘吐きは3回殺せ。古い教えだ」


 駄目だこいつ。

 人の話聞かねえ。

 あとそんな教えはねえ。


「そうやって僕を惑わせて、初古ちゃんの愛の盾である僕を味方につけて、初古ちゃんに好き勝手するつもりだろう。許さないぞ。そんなことは絶対にさせない」


 愛の盾って何だ。

 牙綺が、既に俺の血はついていないドスを強く握る。

 しかし、何だ。牙綺が持っているドス。いやに刃が長い。ファミレスで襲われた時にも見た筈だが、あんなに長かっただろうか。長くなかった、気がする。単純に違うドスなのかもしれないけど。


大渦傾おおうずなだれ


 牙綺が呟く。意味は分からん。


「あえっ?」


 視界が揺れた。崩れた。落ちた。

 牙綺が謎の言葉を呟いた次の瞬間のことだ。牙綺が俺の足元を掬うようにドスを振り抜いた。

 見えてはいた。見えてはいたが、反応はできなかった。というよりしなかった。届く筈はないと思っていた。牙綺と俺との間には4メートル程の距離がある。牙綺のドスは、長いと言っても1メートル程度だ。そんなものをそんな所から振ったところで、俺に届く筈がない。だが届いた。牙綺のドスは、目にも――それこそ、この目にも――留まらぬ速度でその刃を伸ばし、俺の両足首を切断したのだった。


「うわああああああああああああああああ!!」


 と、アスファルトを転がり回って叫び声を上げている間に、両足が再生した。後ろを見ると、スニーカーをはいた俺の足が、左右1セット血まみれで残っている。気持ち悪っ。


御魂蔓みたまかずら


 あれ?

 今度は視界が、少し浮いて、アスファルトへ着地した。

 どうにもどうやら、首を刎ねられたみたい。これは流石に死んだんじゃないか。

 案外冷静だった。


「死んだか?」


 すぐ近くで牙綺の声を確認したとほぼ同時、視界がアスファルト接写から牙綺接写へとシフトシェンジした。何ていうんだろう。頭が生え変わった。頭髪じゃなくて。頭が。

 脳も再生してるんだろうが、記憶や性癖は大丈夫なんだろうか。

 足だけならまたいいが(よくない)、頭を転がしたままというのは、いくら何でも大事件じゃないか。まあ、どうでもいいけど。

 ところで、牙綺があまりに近くて気持ち悪かったので、肘で押し退けるように、牙綺の身体を突き飛ばした。


「がばぁっ!」


 吐血しながら牙綺は吹っ飛んだ。肋骨が折れたか。肺が潰れたか。それとも晩飯がオムライスで、そのケチャップが返ってきたか。


「おのれ。不覚。頭を落としても生きているとはね。なるほどしぶとい。あまりにしぶとい。変態はしつこいと言うからね。君も例外ではないんだろう。その執念で初古ちゃんを付け狙っていると思うとゾッとするよ。おぞましい。あまりに醜悪だ」


 お前に言われたくねえよ。

 悪態を吐きつつも、仰向けに倒れたまま、牙綺は動けないようだ。骨を損傷したのか内臓を損傷したのか分からないが、どうにも先程の吐瀉物はケチャップではなかったらしい。

 動けないのなら、今のうちにとどめをさしておくのが吉かもしれないが、殺人は犯したくない。生かして動きを止められたのなら幸いだ。

 発現してしまったものは仕方がない。この『腐喰の王コラゼブル』を自力で抑える方法も知らないので、早く動けるうちに動いておこう。

 俺は、俺の生首と両足と、そして牙綺をそこへ置いて立ち去った。











「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 ひとつ、分かったかもしれない。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 俺の持つ異能の力について。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 『腐喰の王コラゼブル』を解除する条件だ。

 今までは、放っておけば数分で勝手に元に戻るものだと思っていたのだけれど、しかしそうではないらしい。そんなことはない。勝手に戻ったりなんてしない。

 初めて発現したあの時。『孤独の亡骸ハンコック』の鴉の身体にこの右腕を叩きつけた。

 初古と戦ったあの時。同じく『魔物モンスター』で巨大化した初古にこの右腕を叩きつけた。

 宮方と決闘したあの時。上記の2つとはたぶん違う。確かにこの右腕で、宮方の心臓を貫いた。だけど、強化も何もしていない人間の身体など、この『腐喰の王コラゼブル』にとっては豆腐のような物だ。重要なのは恐らく、宮方の刀が右腕に食い込んだということ。

 俺が異能を発現させて、それが鎮まる際に。必ずこの腕に走る『痒み』を消化していた。

 もちろん、その後も痒みは続くが。

 一度でも痒みを消化する。

 これが俺の異能を解除する条件。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 俺は痒みにえつつこらえつつ、必死で足を回転させていた。全力疾走である。

 靴は牙綺と頭と共に置いてきた。裸足のままだ。小石が足に食い込んでも、次の瞬間には完治する。気にすることなどありはしない。

 そこら辺の電柱や塀に、この右腕を叩きつけてもよかったのかもしれないが、やはり迷惑だし、警察沙汰になるかもしれないし、それはしなかった。

 『繁栄派』のアジトまで。とっておくのだ。侵入は自分で頑張って、そう初古は言っていた。だから、何らかの障壁が、障害があるに違いない。一筋縄では入れまい。その時までにこの痒み、溜めに溜めてやる。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 とか何とか言っている間に。神の間に間に。

 恐らくあれだ。『繁栄派』のアジト。

 写真で見たのと大体合致している。

 薄汚れた白い壁を伝って走る。入り口を探す。建物の形状からして、まあオーソドックスに、正面に入り口がある筈だ。あると思う。あるといいよな。


「あああああああああああああああったああああああああああああああああああああああああ!」


 見つけた!

 市民病院のようと表現したけれど、まさしく市民病院って感じの入り口だ。これで人目につかないってのもおかしい話だが。


「しゃああああああああああああうおりゃああああああああああああああああああああああああ!!」


 思い切り。

 ガラス張りの正面入り口を。

 叩き割って、走りぬく。


「きゃあああああああああああああああああああ!!」


 入り口の傍に誰かいたのだろうか。女の悲鳴が聞こえた。

 入ってみれば、ますます市民病院たる市民病院。

 右手に受付。左手に大量の椅子。その奥に公衆電話。正面には、極太の柱が見える。


「どっせええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 『繁栄派』アジトのロビーにある極太の柱は、今日限りでお役御免となった。というか砕け散った。ぱらぱらごろごろと音を立てて、柱の破片がロビーへ散らばる。

 右腕から熱が引いていくのを感じた。

 元に戻ったはいいけれど。戻ってしまったのはいいけれど。初古が言っていた頑張れは、どういう意味だったんだ?障壁が。障害が。あるんじゃなかったのかよ。


「なあ、初古」

「………………」


 突入した直後の悲鳴の主、余口初古である。入り口の横の壁に、寄りかかっていた様子。俺をこのアジトへ呼んだ張本人。


「……外喰あんた、靴はどうしたの?」

「もげた」

「靴ってもげるんだ……」


 説明するのも面倒くさい。というかしたくない。痛々しい。


「……それにしても、何てことしてくれてんのよ外喰」

「何かまずいことしたか?」

「スムーズに入れた筈なのに何で騒音立てて柱をぶち割るのよ!馬鹿じゃないの!?目立つじゃない耳立つじゃない!あんた何も考えてないの!?」

「うるせえな。俺だって冷静だったらそんな考えにも至るよ。しかしなお前、俺の異能には凄まじい欠点があるんだよ」

「え、何々?」

「変身中右腕が凄く痒い」

「しょぼっ。そんなローリスクであんなハイリターンなの?やっぱり凄いわね、あんたの異能」

「ローリスクなわけあるか!滅茶苦茶辛いんだぞあの痒み!」


 ローリスクとは言ったけど。

 リスクという言葉は間違っている。


「いやぁ、いいわよそういうのは。せっかく人が開けておいてあげたのに、乱暴な入り方するから、時間があんまりないわ」

「開けておいた?」


 入り口を?

 どういうこと?


「この『繁栄派』アジトの入り口はね、普段は専門の異能使いによって隠され、守られているものなのよ。1人が入り口の存在自体を隠し、1人が大衆の意識を逸らさせ、1人が頑丈に防御する。でも、その機能は、『繁栄派』に所属する人間が近づくことで解除される。入れるようになるの。だからね私、連絡してからずっとここで待ってたのよ?」

「そうか。悪いな」

「ううん、大丈夫。でも、心配なことがあるのよね」

「何だよ。『繁栄派』の刺客なら、道中会ったぞ」

「え、嘘!?刺客!?そんな、まだ誰も知らない筈なのに!」

「ああ、違う違う。言い方が悪かった。九里古里救出阻止の刺客じゃなくて。ロリコンストーカーの刺客だから」


 というかロリコンストーカーそのものだから。


「何だかよく分からないけれど、バレてないならべつにいいわ。それでね、心配事があるのよ。私、ここで2時間近く待ってたでしょ?だから、出入りする人に当然見られてるし、感知系が私を探る必要はないからその心配はないかもしれないけど、怪しまれてる可能性がある」

「九里古里救出に一役買おうとしてることを?」

「うん。そもそも、千切ちゃんを拘束してることを私にだけ知らせなかったのは、彼女と仲がいいうえに聞き分けがないからなのよ」


 聞き分けがない、って、自分で言っててどういう気持ちだよ。


「つまり、私がその事実を知れば、千切ちゃんを助けるために動くんじゃないかと思われてるってわけよ。つまりどういうことか分かる?ねえ」

「既にお前は監視されてる可能性があるってこと?」

「そうよ!」

「お前馬鹿じゃねえの!?」


 ドヤ顔やめろ!ぶっ飛ばすぞこいつ!

 感知系がお前を探る必要あるんじゃねえか!その感知系がどれほど優秀なのかは知らねえが、初古を監視してるんじゃ、接触した俺のことももう伝わってるんじゃないのか。

 幸先悪いな。


「うおっ、何じゃこりゃー!やっぱり初古ちゃんを監視させといて正解だったっすねー!」


 声が聞こえた。ロビーの奥の通路からだ。

 見るとそこには、女の姿があった。モノクロツートンの髪を揺らして。おっぴろげの上着から覗くおっぱいを揺らして。こちらへ近づいてくる。


さり……」


 初古が言う。


「あいつ……」


 俺も言う。

 去。『繁栄派』内部ランキング第8位。麻柄々まからがら去。

 初対面のつもりだったが、そんなことはなかった。

 我々(俺)はこの女を知っている!いや!この右乳と左乳を知っている!


「明治ミルク野郎!」

「いや、どっちかって言うと、それは君じゃないっすかね……」


 確かにその通りだ。野郎じゃないもんな。

 現れた女は麻柄々去。『繁栄派』の上位ランカーにして、先日スーパーマーケットで出会った、明治ミルクチョコレートを愛する甘党である。なんてこったい。世の中狭いぜ。

 そういや、覇嶺さんが上位ランカーを紹介する時に言っていた気がする。麻柄々去は甘党だと。分かるかそんなもん。ほぼノーヒントじゃねえか。


「ねー初古ちゃん。もしかしてもしかしてー、そこの青年は千切ちゃんを救い出すための助っ人だったりするのかな?」

「違うわ。いや、そういうていで呼んだんだけどね。まんまと騙されたってわけよ、この男は」


 何言ってんだこいつ。


「あっははー!じゃあ袋の鼠ちゃんなのかな!?ヘイ青年!そう気を落とすなよ!いいことあるって!」

「………………」


 初古は、嘘をけるほど頭がよくはないだろう。だからたぶん(苦しいにもほどがあるが)今のは言い訳だ。自分は『繁栄派』を裏切ってない。九里古里を助けようとなんてしていない。っていう。

 『千切ちゃんを救い出すための助っ人』である俺を。『袋の鼠ちゃん』として。認識させる。

 鴉や他の連中には、バレそうな気もするけど。この女――麻柄々はまあ、わりと頭悪そうだから大丈夫かもしれないけど。

 一応、後押ししておこう。


「うえ?外喰?」


 異能を発現させて。

 初古を思い切り殴った。

 こいつが気がつかなかったらもちろん止めるつもりだったけれど、すんでのところで腕だけを巨大化させてガードしたので、結果的にはよかった。

 思い切り吹っ飛んで、ドアを突き破って奥の部屋へと消えていったが、たぶん、死んじゃあいないだろう。生きてることを祈ろう。

 ついでにもう一芝居打っておこうか。初古に裏切られたという体で。はめられたという体で。


「あのガキめ!この俺を騙しやがったのか!おのれええ!」


 胡散臭い演技をしてしまった。キャラが変わっている。最近ブレブレだ。


「おおっと、それ以上はいけないっすよー。初古ちゃんの仇は私がとるぜ!」


 麻柄々がナイフを取り出した。

 こいつも、刃物使いの異能力者か?上位ランカーには尖った奴が多いのか?


「しかし驚いたなー、初古ちゃんを一撃とは。恐ろしいパワーっすね。君、何者っすか?」


 あれ、知らないの?

 いや、自分が有名人だとは思ってないけど。

 『繁栄派』の構成員には全員伝わってるんじゃないの?そうでもないの?特に上位ランカーなんて、教えられてそうなものだけど。宮方みやかたにも牙綺にも知られてたし。


「何者っていうか、外喰要」

「ま、マジっすか!?君が噂の!?うっひょうラッキー!スーパーで会った時はあまりのオーラのなさにただのチョコ中毒者かと思ってたけど、そんなことはなかったぜー!」


 麻柄々は何だか勝手にテンションを上げている。

 何がラッキーなのか。やはり俺は有名人なのか。

 あとチョコ中毒はお前だろ。というかチョコ中毒はチョコ中毒で奇特なオーラがあるんじゃないかな。


「君が、宮方さんと鴉さんと初古ちゃんを退けた期待のスーパールーキー!初古ちゃんを上回る要ちゃんは、言ってみれば6位相当!そんな要ちゃんを仕留めれば、私は一気に6位までランクアップってわけっすよ!」


 要ちゃん……。


「さっき、5位の奴を倒して来たけど」

「ひえーっ!それじゃあ要ちゃんは5位相当の価値があるってわけっすねー!いいぜいいぜー!やる気に満ち溢れるぅっ!」


 どうやらこいつは、自身のランク上げにご執心のようだ。向上心があるのは何よりだが。

 しかしまあ、同じ明治ミルクを愛する者として悲しいぜ。


「お前を倒さなくちゃいけないのはな」

「何?何の話っすか?」


 あれ、伝わってない。

 今まで結構モノローグと会話文を混ぜても伝わってたのに。


「じゃあじゃあ、そろそろ行くよー?殺す気でやるけど、死んでも恨んじゃ嫌っすからね!」


 麻柄々がナイフを――どうもしなかった。

 ナイフは動かさなかったが、代わりに、ナイフを持つ反対の手。その手をこちらへ向けて。鉄砲の形を作り。発砲した。

 麻柄々は片手にナイフを持ってはいたが、拳銃などは持っていない。手いたずらの鉄砲で発砲したのだ。弾だって実弾――というか、鉛弾ではない。結果的に言ってしまうと、俺は無残に命中したので分かるが、恐らくこの弾丸こそが異能の力だろう。

 何だ?いたずら――もとい、ごっこ遊びを実現させる異能か?

 麻柄々の指先から発射された弾丸は、呆気にとられ避けることのなかった俺の右足に着弾すると、爆発した。爆発というか、炸裂した。俺の右足は弾け飛んだ。


「ぎゃあああああああああああああっ!」

「ひゅーっ!やるう私ぃー!騙まし討ちっすよー!このナイフはフェイクだよん。最初の一発しか使えないけどねー。でもまあ一発で十分、それも機動力を削いだわけだし……」


 あれっ?と麻柄々。

 削いだ機動力が復活したからである。

 鴉や初古を退けたことは聞いていても、超回復について聞いていないのだろうか。足を吹っ飛ばしただけで勝利を確信するなんて。


「まっ、マジでぇー!?生えた!生えたよ!すっげーね!ちょっと信じられないくらい化け物っすね要ちゃん!」

「うるせえ!」


 麻柄々は一通りリアクションをとった後でナイフをしまい、どこからともなく明治ミルクを取り出し、包装を破いた。


「……何してんの、お前」

「ん、おやつ」


 パキ、と音を立てて、明治ミルクをひと口かじった。

 なめてんのかこいつ。


「泣かせてやる!」

「カマーン!」


 俺の位置から麻柄々の位置まで結構な距離がある。

 異能の力で強化されてるとは言え、到着するのには数秒かかる。ほんの数秒、なんだけど。

 大量の椅子群を飛び越えるために、床を強く蹴った。蹴り飛ばした。

 そこを、狙われた。


「いっだああっ!!」


 着地と同時にのた打ち回る。

 今度はガードしようとした右腕を外し、左腕に命中した。先程と同じように左腕は千切れ、炸裂の衝撃で腹にもダメージを受けた。

 いくら速いといえど、直線的な動きで、しかも空中で制御の効かない状態は駄目だ。格好の的だ。それこそ袋の鼠だ。

 麻柄々がまたひと口かじる。


「かぱっ……!」


 完治する前にもう一発。

 のた打ち回る俺の脳天に、麻柄々の弾丸が突き刺さった。そして炸裂した。

 どうやらまた頭が吹っ飛んだようだ。嫌な日だ。厄日だ。日に2回頭がなくなるなんて、そうそうあるもんじゃねえぞ。


「うっそ、嘘ぉ!?頭ぶっ壊しても治っちゃうんすか!?どうやったら死ぬの!?」


 俺が知りてえよ。

 死にたいわけじゃないけど。どこまで無理をすれば死んでしまうのか。

 知っておかないと怖い。

 頭が飛んでも、心臓を切られても生きていた。というか生きている。ひょっとしてガチで不死身か。


「自分で確かめてみるんだな!」


 今度は真っ直ぐ向かいはしない。死にはしないが滅茶苦茶痛い。死にはしないが死ぬほど痛い。死にはしないが。もう当たりたくはない。

 麻柄々を中心に円を描くようにして徐々に接近する!


「速いっすねー!確かに速いっすけどー、そんな単調な動きじゃあ、軌道も読めちゃうよー?」

「破道の三十三!」

「蒼火墜!」


 麻柄々がまた弾丸を発射する。もちろん軌道を読んで先に撃つことは分かっていた。ローリング小ジャンプで華麗極まりなくかわした。


「お前は死神の戦闘方法『斬』『拳』『走』『鬼』の『鬼』にあたる、鬼道の扱いに長けたタイプの死神なのか!」

「違うけど!」


 正直なところ、麻柄々を倒す――殺すのであれば、手段はある。

 その辺に転がっている柱の破片を思い切り投げつければいい。

 1発2発は避けるかもしれないが。3発4発は撃ち落すかもしれないが。それでもこれで、十分過ぎる勝算がある。

 しかしまあ、何度も何度も言うようだけれど、殺したくはないのだ。そりゃあ、こっちも死ぬほど追い詰められたら、殺す気でかかるかもしれないが、そうそう死にはしないと分かってしまったし。痛いのは当然嫌だけど、余裕めいたものを抱いてしまっているし。

 攻め辛い。どうにもこうにも攻め辛い。

 どうしようか。

 考える……考える時間を……!


「おい、麻柄々」

「何すかー?降参っすかー?どうどう?致命傷とまではいかないようだけど、さっきの様子を見る限り、痛みはしっかり感じるようだからねー。痛いでしょー?死ぬまで撃つよー、死なないだろうからいくらでも撃つよー。嫌になったら言ってよね。拘束はさせてもらうけど、やめたげるからさー」

「いいおっぱいをしているな」


 他に言うことないのか。とは、我ながら思った。

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