023
「え?今日ですか?もちろん休みですよ。何かご用で?」
電話越しに覇嶺さんの声。
九里古里に電話が繋がらないことが分かった俺は、少し間を置いて覇嶺さんに電話をかけた。今日の予定を聞いてみた。牙綺の情報を聞いてみようというのもあったが、初古の奴に呼び出されたはいいものの、あいつすぐに帰りやがったので、休日を持て余したのだ。他にも持て余しているものはあるがそれはここでは言うまい。
以前聞いた話では、覇嶺さんは一日中寝ていたりするらしいので、暇だろうと勝手に見当をつけた。
「うん。用って言うか、うん。『繁栄派』のことについてちょっと聞きたいんだけど、いいですかね?」
「構いませんよ。答えられることなら何でも答えます」
「経験人数は?」
「黙秘権」
おうっ。
出鼻をくじかれたな。してやられた。やれやれ。これだから女性は難しい。
「『繁栄派』のことについて聞きたいんじゃなかったんですか」
「そのつもりだったけど、そんなこと言われちゃうと、ほら、期待に応えないといけない気がして」
「誰も期待してません。電話じゃ何でしょ?支度するから、どこかで時間潰して待っててくださいな」
どうやら、わざわざ出てきてくれるみたいだ。
やったぜ。
「悪いですね。お休みのところ」
「ううん。私も暇してたので。逆に助かりますよ」
何が助かるのか知らねえけど。
「じゃあ覇嶺さん。チャイナドレスでお願いします」
「…………ん?」
「チャイナドレスでお願いします」
「な、何が?何の話をしています……?」
「え?いや、今日着てくる服の話」
間。
「だって、覇嶺さんこの間言ってたじゃん。『メイド服でもチャイナドレスでも着てあげますよ。えへ』って」
「えへは言ってません。それに、そうは言いましたけど、あれはそういう意味で言ったわけじゃなくてですね。写真撮ってもいいですよっていう意味で言ったんです」
そういう意味でもどうかと思うが……。
「そうだったんですか。酷いや覇嶺さん。俺を騙してたんですね」
「騙すなんてそんな……。わ、分かりました。分かりましたよ」
え。
マジで?
「ちゃんとチャイナドレス着ていきますから」
「いいです。やっぱいいです。冗談です。ごめんなさい」
「うぇーい?いいんですか?」
「言ってみただけです……」
あぶね。あっぶね。アウトアウト。
というか自分で言っておきながらなんだけど、チャイナドレス着た人と並んで外歩きたくねえよ。持ってんのかよチャイナドレス。
「じゃ、じゃあ、普通の服で行きますからね?」
「うん。普通の服で来てください。待ってます」
電話を切った。
何でこの人こんなにちょろいんだろ。
覇嶺さん来るのを待つ間。待ち合わせ場所を決めていないし、どうやって落ち合うのか分からないので、どの程度暇潰しに腰を入れていいのか判断しづらいところではあるが、こういう時に俺が行くのはコンビニか本屋と、そう決まっている。そう相場が決まっている。
俺はスーパーマーケットにいた。
唐突に――正直に言えば唐突ではないが、甘い物が食べたくなった。実は薄々甘い物が食べたかった俺は――甘い物などと曖昧(甘いだけに。苦しい)な表現をしたものの、その実チョコレートが食べたかった俺は、板チョコを買う決心をしたのだった。板チョコを選んだ理由として、最も大きいのはやはりコストパフォーマンスの面である。安い、美味い、薄い。薄いというのは、食感に関係してくる。反映されてくる。
以上のような経緯でスーパーマーケットにいる俺は、速やかにお菓子コーナーへと向かった。顔はあまり動かさず、目の動きで商品棚を探る。
明治のミルクチョコレート。ビターでもハイミルクでもなくミルク。ビターは好きじゃない。ハイミルクが甘過ぎるというわけでもないが、ミルクが一番、食べている時に糖を補給している気分になれるし、後味もなんだかとってもよろしいようで。ガーナも森永もいいけれど(森永の板チョコアイスはとてもおいしいけれど)、板チョコはやっぱり明治が好き。ミルクチョコレートが好き。こだわりである。
「あれ?」
おや。おかしい。
空間。
空洞。
商品棚に虚無の彼方。
明治ミルクチョコレートがありませんでした。
何故だ。他のチョコはあるのに。ビターもハイミルクもあるのに。ガーナも森永もあるのに。その他大勢いっぱいあるのに。どうして明治ミルクだけが。
真剣な顔で、冷や汗を垂らして、チョコの欠品を憂う男。小さい。というか馬鹿っぽい。
「あれあれ?君、もしかするともしかしてこれ探してるー?」
最近よく不意に声をかけられる。
俺から見て右手側から声をかけてきた女。
腰上辺りまでのツートンカラーの髪。進藤ヒカルを長髪にしたみたいな、そんなツートンぶりだ。後ろは黒髪、前は灰色。ストレスで前髪だけが脱色することってあるんだろうか。いや、でも、こんな中途半端な。たぶん意図的に脱色しているであろうことは、確定的に明らか。つり上がった目。着ている柄物のシャツのボタンは、へその下辺りからようやく留められていて、それより上は開放感に溢れていた。右乳の左側と左乳の右側が見えている。
眼福。
ロックだろうか。ギター持ってないけど(ギターだけがロックではない)。
そして、この女の全身を(なめずる様に)見て、この女の発言の意味を俺は知ることとなる。
「か、買い占めだ!」
女が手に持つ買い物かごには、恐らく俺が先程見た空っぽの棚に入っていたであろう、明治ミルクチョコレートが大量に(言うほど大量でもない)積まれていた。
「ねえねえ、これ?これ探してたんすか?明治ミルク」
女が買い物かごの中から一枚の明治ミルクを手に取り、俺に見せびらかしつつそう言った。
素直に『うん』と言うのも、何か癪だ。
「いや――べつに?ここで瞑想してただけだけど?」
「それは迷惑だから他所でやった方がいいんじゃないっすかねー」
笑いながらそんなことを言う女。
正論だと思うよ。
「欲しいんなら、一個あげよっかー?」
「ま、マジで!?」
チョコひとつで一喜一憂する男ではなかった筈だが。今日の俺は一味違うようだぜ。
というかまだ買ってないんだからお前の物じゃねえだろ。
「うーそーだーよー。あーげなーいよー。へーっへっへ」
「こ、この野郎……」
むかつくゥー。
「私、このチョコが一番好きなんすよー。だからまあ、いいじゃないっすか。この場は。私に譲るってことで」
「俺だってそのチョコが一番好きなんだよ。そして今なんだよ。今明治ミルクが食いたいんだよ」
「私こそ今食べたいんすよー」
「いいじゃねえかけちけちしやがって!一枚ぐらいくれよ!買ったうえで後でくれよ!」
「いきなり横暴っすねー……」
せこいことを言った。
自分でもせこいというかこすいというか、図々しい奴だとは思ったが、いいや勢いでごまかしたれ、と。そんな判断だった。
「んーまあ、でも、明治ミルクの良さを知る仲間に出会えたからなー。ここはひとつ友情のしるしとして」
「え、何、くれんの?」
「チロルチョコを買ってあげよう」
「明治ミルクよこせや!」
「そんなに食べたいならコンビニで買えばいいじゃないっすか」
女は勝ち誇った顔で続けた。
「定価でねー」
この野郎……。
しかし、どうだろうか。あまりはっきりとした記憶ではないが、以前コンビニでも安く明治ミルクを売っていたことがある気がする。88円くらいだったかな。そのくらいの価格で、売っていたことがある気がする。
「ほほう!その目、負けを認めていない目っすねー。いいぜー、私の出すクイズに全問答えられたら、この明治ミルクを一枚買ったうえであげよう」
「説破!」
どうしてこんな所(スーパーマーケットのお菓子売り場)でクイズをして遊んでいるのか分からなかったが、暇なので別段問題はなかった。
「第一問!」
息を飲む。
「私のスリーサイズは?」
「上から86、61、88」
凍る世界。
女の顔が青ざめている。というかドン引きされてる。
もしかして冗談のつもりだったのだろうか。
それとも意地悪問題のつもりだったのだろうか。
俺に女性のスリーサイズを正確に測るほどの眼力はない。見たまま感じたままに、それらしい数字を言ってみただけなのだが。
「か、過去最近私が測った際の数値とは合致してるけど……い、今はどうだか分からないからね……。偏に正解とは言えないよ……」
「おい、答えられて自分がダメージを受けるようなクイズを出すんじゃねえよ。というか正解を用意できてないならクイズなんてするんじゃねえよ」
「だってまさか答えられるとは思わないじゃないっすかー!『分かんない』って言えばいいじゃないっすかー!」
「空欄では可能性はゼロだ。だけどな、何でもいい、何か書けば、可能性はゼロじゃないんだよ」
「真面目な顔して何を!……くっそー、とんでもない目の持ち主だったようだなー」
「そう褒めるな。さあ、負けを認めてチョコをくれ」
「く、悔しい……。負けを認めてしまっている自分も悔しいけど、私のスリーサイズに興味を示さずチョコに執心されてるのが特に悔しい……」
今はスリーサイズの気分じゃないんだ。明治ミルクの気分なんだ。
「分かったよ。私も女だ。約束は守る」
全問正解と言っていた気がするけど。一問でいいのか。
「買ったうえで。一枚あげるよ」
「もらう」
「そういやさ、覇嶺さんってスリーサイズはいくつ?」
「はあ?」
「ごめんなさい」
スーパーで謎の女から明治ミルクを勝ち取った俺は、明治ミルクをかじりながら覇嶺さんの到着を待った。
先程の女との会話で上がったスリーサイズ問答をふと思い出し、合流した覇嶺さんに聞いてみた。
「い、いや、謝ることないですって。『はあ?』って威圧したわけじゃないですからね?不意に変なことを言われたから気の抜けた声が出ただけですからね?」
「じゃあ教えてくれるんですか?」
「教えませんけどね」
合流して、目的地へと向かう途中。歩きながらの会話である。
覇嶺さんがにまっと笑った。
「当ててみてくださいよ」
「上から70、56、81」
「ちょ、ちょっと待ったください」
「噛んでますよ」
待ったください。
どういう意味だろう。
「な、ななじゅう?70?70に見えますか……?」
「見えます」
俺はきっぱりと言った。
隠すことではないと思ったからだ。
「そんなわけないじゃないですか。70って。小学生じゃないんですから。もちろん冗談ですよね?」
「え……?」
「えっ……?」
本当に冗談で言っていると思っているのかこの人は。
俺がそんな冗談を言うとでも思っているのか。
俺は真剣だ。いつだって真面目に生きている。
「あ、分かった分かった。覇嶺さん、分かったよ。72、55、78」
「765プロに謝ってください!」
何の話をしているのやら。
「私、バスト80ありますからね」
「マジで!?」
「マジで」
嘘だろ!?嘘つけよ!虚勢を張るなよみっともない!いい歳した大人が!
「な、何ですかその目は……。猜疑心しか汲み取れませんよ……」
「俺の心は懐疑でいっぱいです」
「何で!?」
だって。
だって嘘だろ。
80あって、この様なのかよ。
「何で辛そうな顔してるんですか。私が辛くなってきたんですけど」
「馬鹿言うなよ覇嶺さん。俺が今どれだけ辛い思いをしていることか」
「ま、まあ……80あるっていうのはちょっと盛りましたけど……」
「やっぱりか!」
盛ってその程度か!安心した!
「でも、調子のいい時はありますから。80」
「太ったんじゃないの?」
「怒りますよ」
「ごめんなさい」
調子って何だよ。
「ねえ、覇嶺さん」
「何ですか?」
「ちょっとおっぱい触ってもいい?」
「駄目ですよ」
「駄目なのかよ」
「いいって言うと思ったんですか……?」
いけるかと思って。
「だって、触ってみないことには覇嶺さんが嘘をついているかどうかも判別できないし」
「判別する必要ないです。というか要くん、触ってバストサイズが分かるんですか?」
「努力はする」
「何のっ……!?」
精一杯やる。
と、ここで目的地。
「覇嶺さん、行きたかった場所ってここ?」
「うん。足湯。入り収め」
町内の、商店街から離れた川沿いの公園に、その足湯はある。この足湯はあった。
ここの足湯は秋の始め辺りから初夏前くらいまでしかやっていない。立ち入り禁止になるわけでもないが、湯が張らなくなる。誰も来なくなる。
「でも覇嶺さん。足湯行きたいって、何か――」
「何ですか?」
「何でもありません」
食い気味に怒気を含んだ声色だったので、俺はそれ以上言うのをやめた。
おばあちゃんみたい――とか。
「ええ、牙綺藍三は『繁栄派』の人間です。お察しの通りですよ」
やはりな。
俺は何となくそれとなく推測していた。憶測していた。
あの男の纏うイカれた感じ。『繁栄派』のそれだと感じていた。と、後から言ってみる。
当初の思惑通り、覇嶺さんに牙綺のことを聞いてみたのだ。
「しかし、何だ。宮方とか牙綺とか、『繁栄派』って過激派なだけあって、ああいうタイプが多いんだな」
「そうですかね?そうですね。そうですよ。『繁栄派』は危険ですからね」
2人で足湯につかりながら。覇嶺さんはそんなことを言った。
このためなのかどうか知らないが(たぶんこのためだが)、覇嶺さんはサンダルを履いてきていた。
ノースリーブのブラウスに、膝下くらいのスカートをお湯で濡れてしまわぬように、たくし上げている。
太ももが眩しいなあ!
いい天気だった。
「要くん。どこ見て話してるんですか」
「あなたの太ももです」
「正直者!」
「さて、『繁栄派』の話だよ。覇嶺さん、あなたが知っていることを教えてくれ」
「切り替え早いですね……」
切り替えが早いというのは、いいことだと思う。きっと人生を行くうえでデメリットにはならない。
たぶん、切り替えが早い人間の方が、幸せになれる。
恵まれるかどうかはともかく、幸せになれるだろう。
「知っていることというか、あれだぜ。構成員のことが聞きたいんだよ。要注意人物っていうの?覇嶺さんが注意してくれないから、宮方みてえな奴に捕まるしさ」
「ご、ごめんなさい。でも私が悪いわけでは……」
まあ、初古に忠告は受けてたんだけど。
「何か、ないんですか。十傑衆とか、十本刀とか、十刃みたいなの」
「どうして10人縛りなんですか」
「六英雄とか、六祈将軍でもいいけど」
「そういうの、好きなんですね」
好きだよ。
「そうですね。……『繁栄派』の構成員はそりゃあもうごまんといますけど、全員が異能力者です。上層部と呼ばれる頭でっかちから、チンピラまがいの下っ端まで、全員が全員、異能の力を持っています」
「そうなん?でも、何とは言わないけど裏の繋がりとかがあるって、鴉が言ってたぜ」
「協力者はいます。だけど、協力者は協力者であって同志ではない。利用はしても信用はしない。いずれは協力者も消すつもりなんですよ。よく知りませんけど」
「勝手なこと言ってる!」
あくまで異能集団。異能力者しかいないのか。
異能がなければ異端か。
「その中で、要くんが警戒すべきと言えば、やはり上位ランカーでしょうね」
「上位ランカー?」
オウム返し。
「『繁栄派』には、『繁栄派』内部に存在する独自のランキングがあります。本人の趣向性格、異能の性質などから上層部によって決め付けられた擬似階級制度」
営業成績表みたいな物?
いや、でも、実績だけでどうこうなるわけでもないのか。
「上位になるほど強い――というわけではないですが、厄介な異能力者であることに違いありません。主に要くんを狙ってきた異能力者、鴉枕、余口初古、宮方由紀次朗、牙綺藍三。この4人は上位ランカーです」
「………………」
そりゃ凄いな。
「だけど覇嶺さん。鴉は『勧誘班』で、初古は『戦闘班』だって言ってたぜ。こういう班別の区切りはないのか?」
「そこまで知りませんよ。ないんじゃないんですかね」
てきとうな。
「上位ランカーとは、この『繁栄派』内部ランキングにおける、上位10名のことを指します」
「やっぱり10人なんじゃん」
「黙っててください」
「はい」
上位ランカー。異名はないのだろうか。『異形の十指』とか、『十鬼夜行』とか、『十個異体』とか。
「要くん。どうしてなのか見当もつきませんが、顔がにやけてますよ。この話を聞いてどうしてそんな表情が作れるんでしょうね」
「何でだろうね。なあ、はみ姉」
「はみ姉はやめてください」
「ランキングなら、そいつらの順位を教えてくださいよ。そういうの好きだし」
「好きって言っちゃった!」
何か問題あるかよ。
「いいでしょう。言いますよ。一度しか言いませんからね。求められれば何度でも言いますけど」
どっちだよ。
「序列10位――」
あ。
「ちょっと待った覇嶺さん」
「何でしょう」
「その異能力者が女の子だったらそう加えてくれ」
「どうして……?」
一応。知っておいた方が色々と心構えができるかなあって。そう思って。
「まあ、分かりました。いいでしょう」
「ありがとうございます」
「序列10位。『狂信者』の麻羽桐軍司。洗脳系異能力者で『戦闘班』内部に独自の派閥を作っているようです。とは言っても、即効性も確実性も欠けた異能らしいので、要くんはあまり恐れることはないかもしれませんね。10位は入れ替わりが激しいですし、はっきり言って10位は紹介する必要もありません」
ひでえ言われよう。
入れ替わりが激しいというのは、つまりランキング上位に入りたい奴がランク10位の奴に挑む――ということなんだろうか。防衛戦みたいな。
「序列9位。『天地無象』の宮方由紀次朗。要くんも知っての通り、刀使いの殺人鬼です。『戦闘班』の中でも浮いているようですよ。異能にそぐわず」
覇嶺さんがちょっと面白いこと言ったけど、無視。
あいつは9位なのか。確かに打たれ強さはないし、看破できない相手ではない。もう戦いたくはないけれど。
「序列8位『高圧縮衝撃炸裂弾甘美』の麻柄々去。あ、女の子ですよ。この子も『戦闘班』ですね。中距離戦闘を得意としているらしく、甘党です」
甘党って。俺が聞いて何の得もない情報を。
「序列7位『孤独の亡骸』の鴉枕。要くんもよく知ってますね。『粛正派』による調査の結果なんですが、上層部とも繋がりがあるらしいですよ。ここだけの話ね」
言っていいのかよ。
しかし、鴉は7位か。もっと上かと思ってた。歳も食ってるし、やけに偉そうだし。
「序列6位。『魔物』の余口初古。ふふ、知っての通り女の子です。要くんって、ロリコンじゃないですよね?」
ロリコンじゃないです。
初古と鴉はコンビを組んでると言っていたけど、上位ランカー同士でコンビじゃあ、偏りがあるんじゃないのか。どういう基準でコンビなんてものを作っているのか分からないけども。
というかあいつ、自分で最強とか言っておきながら6位なのかよ。強さがそのままランキングに反映されているわけではないにしろ、最強なら6位はねえだろう。『俺が十刃最強だ』は五番目だっけか。
「序列5位。『刃渡八景』の牙綺藍三。要くんが接触した――というよりされた男です。この牙綺も、刀を武器としています。陰鬱な拷問屋、だそうです」
5位。宮方よりも。鴉よりも。初古よりも上位の異能力者。実力だけで判断されるものじゃないとはいうが、『繁栄派』にとってそれだけ価値があるというのなら、俺にとってはそれだけ障害になるのだろう。
ブランディッシュという名前から察するに、戦闘向きの異能だろうか。しかし、武術の達人が異能の補助を受けたところで、巨大化した初古に勝てるとは思えない。順位のつけ方がいまいち分からん。
「序列4位。『地獄々落』の仕宮環瑚玖。この子も女の子ですよ。音を操る異能使いで、戦闘、索敵、撹乱の全てを高い水準でこなします。要くん、聞いたことない?」
ねえよ。凄い名前だな。環瑚玖って。一度聞いたらたぶん忘れねえよ。
物理攻撃しかできない俺の『腐喰の王』とは、相性が悪いんじゃないだろうか。
「序列3位。『英雄の剣』の憂原やつり。女子高生です。女子高生ですよ。よかったですね」
異能の詳細を教えろよ。
「序列2位。『阿吽』の懸厳蒐拿國天。古株の異能力者で、上層部の護衛を務めています。私は会いたくないです」
正直だな。
さっき仕宮環瑚玖と聞いた時に凄い名前だと思ったけれど、とんでもねえな懸厳蒐。とんでもねえよ拿國天。
本名?戒名?
「序列1位。『怠臥の王』――」
そこまで言って。言いかけて。覇嶺さんは喋るのをやめた。
理由はある。
俺がノースリーブから覗く腋を凝視していたことが理由ではない。
ゆとりのある上着故にその肩口から横乳が見えないかと奮闘していたことでもない。
足湯に浸かって体が火照り、若干汗ばむ彼女の体臭を嗅ごうと深呼吸したことでもない。
「おう。久しぶりだな外喰。それに座蔵」
先程ご紹介された『繁栄派』内部ランキング第7位の人――鴉枕が足湯の前を通りかかったことが、覇嶺さんが解説を途中でぶん投げた理由である。
「か、鴉!どうしてこんな所に……!」
「てめえ!性懲りもなく現れやがって!」
覇嶺さんと俺は、焦りを隠そうとせず、しかしそれでもなお、足湯から出ようとはせずに、鴉に向かった。
「通りがけだ。何だ。俺は散歩もしちゃあいけないのか」
「控えてほしい。心臓に悪いから」
「それは心配だな。どれ、その心臓を先に止めておこう」
「やめろください!」
指の間接をペキパキと鳴らしながら近づいてくる鴉に、俺はストップをかけた。
「うわあ……何です鴉?足湯入るんですか?」
革靴を脱いで、スラックスの裾をまくり始めた鴉を見て、覇嶺さんはそう呟いた。
「文句があるのか。この足湯は公共施設だろう。『繁栄派』だろうが三十代だろうが利用して問題はない筈だ」
「さ、三十代は関係ないじゃないですかっ……」
「そうだな関係ない。じゃあ入るぞ」
鴉が湯に足を浸ける。小さい波が俺の足にぶつかった。
熱いから動かないようにしてたのに!
「熱ぃよ鴉。あんまり動くな」
「んはああーん……」
いきなり隣の覇嶺さんが喘いだ。
俺と同様に鴉の熱湯波紋を食らったのだが。熱いのが気持ちよかったのだろうか。変態。
ちょっと興奮した俺とは、恐らく違う意図をもって覇嶺さんを見ていた鴉が、口を開いた。
「何を話していた座蔵。お前何か喋ったか。『繁栄派』について。外喰に教えたか」
「教えてませんよ。七位さん」
鴉が軽く湯を蹴る。
「あっふうう……」
覇嶺さんが喘ぐ。
「構いやしねえがな。教えたところで。外喰、どこまで聞いた」
「鴉、お前が上層部と繋がりがあるって本当?」
俺は上層部をよく知らないけど。
「本当だ」
本当らしい。
「やっぱりそうなんですね!?『粛正派』でも独自に調査をしていたんですよ!それがこんなところで裏付けられようとは!」
鴉が軽く湯を蹴る。
「ふっんんん……」
覇嶺さんが喘ぐ。
「聞かれないから言わないだけで、隠してることでも何でもねえよ。徒労だな、そいつらも。俺と上層部に繋がりがあるから何だというんだ。家庭が明るくなったりでもするのか」
しないと思う。
鴉が煙草に火をつけながらそんなことを言った。
「おい、煙草はやめろよ鴉。足湯は公共の場だぞ」
「そこに灰皿が設置されてるだろうがよ。禁煙だったら俺も吸わねえよ」
「そんなん建前だよ。臭ぇから吸うなって言ってんだよ」
「ぷはー」
「グヘエエエー!」
臭ぇえよ!
鴉がこちらに目掛けて、煙を吐き出しやがった。おのれ鴉。おのれ『繁栄派』。
「ねえ鴉。私も煙草苦手なんですけど。消してくれません?もしくは消えてくれません?」
鴉が軽く湯を蹴る。
「ははーん!そう何度も同じ手にかかる私ではないですよ!」
勢いよく湯から両足を引き抜き、鴉の熱湯波紋を回避した覇嶺さんではあったが。勢い余って後ろの床へひっくり返った。得意げな表情から蒼白になって、奈落へと落ちていく覇嶺さんの顔を見送った。
淡い緑色の可愛らしい下着が露わになった。なんかもう無様だった。
「やれやれ。喫煙者は肩身が狭いな。嫌煙者とはまさしく犬猿っつってな」
「うまいこと言ってんじゃねえよ」
一つ下の段にひっくり返っている覇嶺さんから視線を逸らさず、男二人は会話を続けた。
「そういや鴉。お前、牙綺って知ってるよな?」
覇嶺さんにも聞いたが。自分からコンタクトをとろうとは思わないが、どうせ会ったのだし、鴉にも聞いておくことにした。
覇嶺さんは、ひっくり返ったまま、無言で同じくひっくり返っていたスカートの裾を戻し戻しパンツを隠していた。
「お前にそこまでの情報網があったとはな……。もう嗅ぎ付けたか。いや、突き止めたのか?」
「は?何を?何の話してんの?」
「要くん起こしてくださいよおっ!!」
覇嶺さんの怒号が響く!
自力で起き上がれないなら横か後ろに転がればいいのに。流石にいつまでもま×ぐり返しのままじゃ気の毒なので、覇嶺さんに手を貸してあげた。
顔を真っ赤にして涙ぐむ覇嶺さんと、さっきのパンツで、俺は今晩オカズに困ることはないだろう。
「何の話ってのはどういうことだ外喰。うん?お前は九里古里の話をしてるんじゃないのか?」
「九里古里?何で九里古里?あいつが『繁栄派』なのは知ってるけど……」
「そりゃあ俺だって知ってる。九里古里が外喰に接触した報告はほぼ全員が受けてる。お前ら同級生なんだろう?だからじゃないのか?」
「飛んだ話をする奴だな。見えてこねえよ、全然」
「………………」
いつもだけれど。いつも以上に眉間に皺を寄せて黙る鴉。
そのうち立ち上がって、煙草の火を消した。
「俺の勘違いだ。何でもない。じゃあな外喰。まん×り女」
「最低ですよ……」
まんぐ×女。覇嶺さんのことか。
立ち去る鴉を引き止めて、話を追求しようかとも思ったけど、やめた。どうせ答えないだろうし。
それよりも俺は、鴉の残した煙草の臭いを忘れるために、覇嶺さんの匂いを嗅ぐことに集中していたのだった。




