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異行  作者: yoho
その3
22/47

022

 俺に友達がいないというのは、周知の事実である。

 いや、まあ、周知とは言うが、そもそもそれを知るべき周りの人間がいないのだから、周知とは言わないのではないだろうか。羞恥の事実――ではあるかもしれないが。

 友達というのは、『互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人』のことを言うらしい。goo辞書で調べた。そんなことを言ってしまえば、そいつらだって完全には心を許していないだろうし、劣等感も優越感も抱かず抱かれずな人間なんていないだろうから、つまりは一緒に遊んだり喋ったりする親しい人のことのみを指すのだろう。ネックなのが、一緒に遊んだり喋ったりする『親しい』人というところだ。一緒に遊んだり喋ったりする人では駄目なのか。それとも一緒に遊んだり喋ったりする人を親しい人と呼ぶのだろうか。だったら『親しい』なんて付けるなよ。紛らわしい。ややこしい。白々しい。面倒くさい。

 いつ、どんな事象で、どんな事故で、どんな事実で気持ちがどこへ行くとも知れない移り気で不安定な他人のことを、図々しくも友達と言う――言い張る勇気がないから、俺はこう断言する。

 俺に友達はいない。











「え、あ……外喰くん……?外喰くん!?外喰くん!外喰くん!」

「何て格好してんだよお前」


 異能集団『繁栄派』。

 そのアジトのとある一室で、酷く傷付いた衣類を纏った、酷く傷付いた九里古里くりこり千切ちぎりに対してそう言い放った。


「外喰くん!外喰くん……!」


 顔色が悪い。

 目は腫れている。

 口元は血まみれだ。

 頬がこけている。

 髪も乱れ放題で。

 指まで血で汚れている。

 何かくさい。

 いつも小綺麗にしている九里古里とは、全く違う印象を受けた。

 よく言えば、ワイルド。


「外喰くん外喰くん外喰くん外喰くん外喰くん」


 怖いよ。

 落ち着けよ。

 九里古里の両手足は枷で拘束されている。そして俺はその枷の鍵を持っているのだ。

 外してやる。


「外喰くぅん!」

「ぐおっ」


 トビウオの如き勢いで、九里古里が俺の胴へとしがみつく。

 おっぱいが当たる、当たる。


「幻覚じゃない!?幻覚じゃないよね!?外喰くんだよね!?」

「あんま押し当てるなよ。勃つ」

「外喰くんだあっ!」


 どういう意味だよ。

 ぱあっと笑顔を輝かせた(顔は汚いが)奴の言った言葉がどういう意味かはさておき、この九里古里千切という少女――俺と同じ専門学校に通う女学生であり、『繁栄派』に所属する異能力者であるこの少女は、拷問を受けていたらしい。どういった経緯なのかは後々説明するつもりです。

 九里古里の座っていた――というより、へたり込んでいた周りには、血痕があった。というかある。それも大量に。こんなに血を流したら死ぬんじゃないかと思うけど。九里古里の身体を見てはみた(他意はない)が、外傷はあるものの、これほどの出血をするような怪我はないように感じた。

 九里古里千切の異能力は、事象の時間を巻き戻し、元の状態へと直す『隷属回帰バニッシャー』。彼女の異能は彼女自身には使用できない。効果がない。彼女とはまた別の回復異能力者が、拷問の傷を治したのだろうか。だとすれば、あの出血も、やはり九里古里のものだろうか。

 俺は、自分に抱きつき縋りつく九里古里の身体を左手で抱き返す。


「とにかく、ここを出るぞ」











「お前、ハンバーグ似合うよな」

「どういう意味よ」

「純真ってことだよ」

「うん……?何でハンバーグと純真が関係あるの?というか私、純真そうに見える?」

「ああ、間違えた。ジューシーってことだよ」

「どういう意味よ!」


 日は少し戻る。俺はインザファミレスしていた。

 向かいの席に『繁栄派』『戦闘班』『魔物モンスター』の少女――余口初古が座っている。誘ってきたのはあいつだ。ファミレスを指定したのは俺だ。双方の意見が取り入れられファミレスでランチというセンセーショナル(意味は知らない)な状況が出来上がった。世の中うまいことできてるもんである。


「若々しくて旨みたっぷりってことだよ」

「何?どうしたの?レクター先生にでも憧れてるの?」

「憧れてねえよ。よくハンバーグ食いながら食人鬼の話できるな」

「あんたのせいだからね」


 初古に携帯の番号を知られてしまった俺は、奴からの連絡を抵抗もできずに受けるだけの傀儡くぐつと化してしまったわけだ。まな板の上の鯉にして蛇に睨まれた蛙だ。余口に携帯の番号を知られた外喰だ。

 何かこう、うまいこと言い表すことはできないが、端的に言えば、勧誘されたので、特に予定も(ある筈が)ない俺は、渋々ではあるが、了承したのだ。

 あと今思い出したけど、ついでに名前の書き方も知りたかったし。ちゃんとした字で登録したいし。

 細かい俺だった。


「なあ、そういえばさ初古。お前の名前って、どういう字で書くん?」

「それを聞いてどうするのよ」

「電話帳に登録する」

「ああ、そう……」


 つまらなそうな顔で初古は続けた。


「余る口で余口。初めて古いで初古」

「初めてなのにお古ってどういうことだよ」

「あんたがどういうことよ。そんな腐り捻じ曲がった質問よくできたわね」

「だって気になるだろ。気になるんだよ」

「私が知るわけないでしょ。親の顔も知らないんだし。名前の意味なんて」

「名前の意味じゃねえよ。初めてなのにお古の意味だよ」

「より知らんわあっ!」


 公共の場で――というかファミレスで大声出すな。

 恥ずかしいだろ。


「人との経験はないけどおもちゃでガバガ――」

「かなちゃんストップ!」

「かなちゃん言うな!」

「外喰あんたね、場所を弁えなさいよ。私と2人きりならともかく、こんな人の大勢いる場で、あまり破廉恥漢はれんちかんぶりを発揮しないでよね」

「破廉恥漢ぶりを発揮したつもりはないんだが……。というか俺は破廉恥漢だったのか……」

「うん」


 そうだったのか。

 知らなかった……。

 まだ見ぬ自分を知ってしまった。

 これでまたひとつ、成長することができるだろうか。


「初古、お前は俺の名前の字、知ってるのか?」

「いや?知らないわよ?知らないけど大体分かるわ。もう登録してあるもの。香りの香に奈良の奈、新芽の芽で香奈芽。どう?違う?」

「お前ぶっ飛ばすぞ」

「な、何でぶっ飛ばされなきゃいけないのよ。……違ったの?」

「違うわ。全然違うわ。というかそれ完全に女子の名前だろ。分かっててやってんだろお前」

「分かんないけど……」


 嫌がらせだろ。

 何だ香奈芽って。

 可愛いなおい。


「要だよ。要人警護の要だよ。要検討の要だよ。東仙要の要だよ」

「ああ!そっち!そっちね!なるほど!」

「どっちだよ。こっちとどっちがあるんだよ」

「香奈ちゃん」

「ぶっ飛ばしてやる!」

「怒んないでよ。可愛いじゃない。香奈ちゃん」

「いや怒るね。お前は俺の琴線に触れた」

「逆鱗じゃなくて?」

「俺爬虫類でも魚類でもねえし」

「琴でもないでしょ……。というか逆鱗があるのは龍だけじゃないの?」

「揚げ足とってばかっかいないでハンバーグ食えよ。食べきれないのか?量多かった?お子様ランチの方がよかった?」

「ぶっ飛ばすわよあんた」

「何でだよ。気を遣って言ってんだろうが」

「あ、もしかしてハンバーグ似合うっていうのも、子ども扱いしてた?」

「してねえよ。まあ本当のことを言うと子ども扱いしてたけど」

「あんたねえ。私のこと子ども子どもって言うけれど、あんただってまだ子どもでしょ?私とそんなに変わらないじゃない」

「いや、そんなことはないね。10代の5歳差はでかい」

「そうかしら。うーん……そうなのかもね。千切ちゃんって大人っぽく見えるし」

「あん?千切ちゃん?」


 千切ちゃん。

 俺の知り合いに九里古里千切という奴がいるが。『繁栄派』に所属する、俺と同級生というか、同学年の、女学生だ。

 もとより知り合いの少ない俺ではあるが、千切なんて名前。そうそうあるもんでもあるまいし。


「千切ちゃんって、九里古里のことか?」

「うん。そうよ。そうそういないでしょ。千切なんて名前」


 分かってんだよ。そんなことは。


「お前、九里古里と知り合いなのか」

「そりゃあそうでしょう。『繁栄派』の仲間なんだし。よくしてもらってるの」

「よくしてもらってる。ほう。それは高頻度でナニかをしてもらっていると、そう捉えていいのかな?」

「いいわけあるかボケ。お世話になってるって意味よ」


 ボケって……。


「へえ。意外だな。お前と九里古里、相性がいいようには見えないけど」

「見えなくてもいいのよ。相性はよくないかもしれないけど仲はいいのよ。一緒にゲームして遊ぶんだから」

「ツイスターゲームとか?」

「テレビゲームをね。ビデオゲームをするのよ」

「お前、ゲームなんてすんのか。砂場でお城作ってるイメージ」

「子ども扱いするなって言ってるでしょうがあ!」

「立つな立つな。目立つから」


 初古をなだめる。


「しかしそれよりお前、九里古里のこと千切ちゃんって呼んでるの?」

「そうよ?悪い?何か変?」

「だって、俺のことは呼び捨てじゃねえか。鴉のことだって」

「あんたらはいいのよ。男だから」

「男女差別だっ」

「うるさい」


 うーん。何というか。


「お前ってば、誰かれ呼び捨てにするようなキャラだと思ってたんだけど、そうでもないのな。何かこう、無駄に偉そうなイメージ」

「失礼ね。千切ちゃんは尊敬に値する人だもの。あんた、私に対するイメージ悪くない?」

「初対面で腕を噛み千切るような奴に良いイメージがあるわけないだろ」

「それは、ごめんってば。何度も謝ってるじゃない。何よもう。ねちねちしちゃってさ」

「俺が悪い流れになるのか……」

「男ならすぱっと忘れなさいよ」


 そりゃあ、ボールが頭に当たったとか、ジュース奢らされたとかなら忘れてもいいけどさ。腕食われてるんだもん。


「仲良いんだよな。九里古里と」

「仲良いわよ。千切ちゃんと」

「あいつのおっぱい触ったことある?」

「うん」

「どうだった?」

「柔らかい。死ね」

「不当な罵声を浴びせられたもんだ」

「不当なもんですか。正当よ。セクハラよセクハラ。私と千切ちゃんに対するセクハラ」

「ふむ。百歩譲ってセクハラだったとしようか」

「百歩も譲らないといけなかったの……?」

「だがそれの何が悪い」

「駄目だこいつ……早く何とかしないと……」


 たかが好奇心だ。

 許されるべきであると、俺は主張したい。


「セクハラとかどうとかさ。そういう話がしたいんじゃないんだよ俺は。九里古里のおっぱいの話がしたいんだよ」

「後ろめたい正直者だわ……」

「後ろめたいことは何一つない」

「う、うん。あんたにはないんでしょうけども……」

「どうなんだよ。どういうシチュエーションでどういう触り方をしたんだ」

「お風呂で身体を洗いっこしてて、触った」

「揉み放題じゃねえか!」

「揉み放題だけど」

「乳首も!?」

「声がでかいわよ外喰。周りに聞こえるからボリュームを落としなさい」

「乳首も……?」

「ボリュームうんぬんの問題じゃなかったかも……」


 マジな顔をして、年下の女の子に、同学年の女子の乳首に触れたか触れていないかを問いただす男。俺だ。外喰要だ。


「身体を洗うんだから、触るでしょうよ。……ねえ、この話やめにしない?」

「何で?やめることないだろ。何か問題あったか?気に障ったか?あ、そうか。お前、乳首黒いもんな」

「釣られないわよー釣られないからねー」

「初めて見た時は黒糖揚げ饅頭かと思ったもんだよ」

「乗っかったら負けよ私。耐えろー耐えろー」

「……甘そうだな?」

「知るかっつうんじゃボケェ!ぶっ殺すぞコラァー!」

「おい、初古。女の子がそんなはしたない言葉遣うんじゃありません。皆さん見てらっしゃるでしょ」

「もー!もぉぉー!」


 今の初古に擬音をつけるとするならば、ぷんぷん、かな。

 あらやだ可愛らしい。

 それと、誤解を招くといけないので言っておくと、俺は初古の乳首を見たことはないです。黒いかどうかは知らないです。


「……何でこんな奴好きなのかしら。千切ちゃん」

「は?好き?」

「え?うん。千切ちゃん、あんたのこと好きだって。もう告白もしたって……そう聞いたけど……」

「いや、まあ、うん。告白されたけど……」


 初古に話したのかよ。

 何か嫌だな。


「ねえねえ、何で振ったの?可愛くていい人なのに」


 九里古里を振った変態である俺に怒るわけでもなく、好奇心の赴くままといった感じで、初古は聞いてきた。テーブルに身を乗り出して。九里古里がこの体勢をとるとテーブルにおっぱいが乗っかるのだが、初古の場合、当然。そんなことはない。以上余談。


「べつに。お前に言うことじゃねえし」

「いいじゃない。教えてよ。千切ちゃんには言わないから」

「そういうことじゃねえもん」


 何か、恥ずかしいし。


「顔?好みじゃなかったの?綺麗なのに」

「いや。好みではないけど、可愛いとは思うよ」

「じゃあ、性格?優しいし、面倒見はいいし、健気だと思うんだけど」

「ううん。性格はよく知らないけどさ。告白されたのも、ちょっと話しただけの状態でだったし。でも、いい奴だと思うよ。面白いし」

「あっ!もしかしてあんた、おっぱい大きいの苦手なんじゃ……!?」


 初古が、自分の胸を隠すように、両腕でガードした。

 お前の胸に興味はねえよ。なくはないけど。


「さっきちゃんと九里古里の大きいおっぱいに興味を示しただろうが」

「ああ、そっか。それもそうね。なあんだ。心配して損しちゃった」


 心配をするな。


「それに、お言葉だがな初古。九里古里の魅力は一見おっぱいかと思いがちだが、その真髄は足に――」


 ――と、ここまで言って止まった。止めた。

 九里古里の魅力は足。

 果たして本当にそうだろうか。

 俺はあいつの生足を見たことがない。いや、あるけど。まじまじと見たことはない。カラータイツを褒めたせいか、あいつは調子に乗ってカラータイツばっかり穿いて来ている。話すようになる前には、何度か遠目に見たことはあったのだが。

 それに足が魅力的というのであれば、覇嶺さんは足が綺麗だ。というかあの人はスタイルがいい。胸は小さいが、締まるところが締まっている。キュッキュッキュって感じだ。肌も綺麗だし。締まっているとは言え、お尻が柔らかい。以前撫で回した際に、それは確証を得ている。あ、んん、でも、覇嶺さんの魅力と言うと、腋なのだろうか。必要以上に腋の出た服装をよくしているし、ひょっとして腋に自信があるんじゃないだろうか。腋の覇嶺。腋はみ。いっけね、何だか興奮してきた。


「そ、外喰。どうしたの……?いつになく真剣な表情をしているけれど」

「そういえば、お前も足綺麗だよな。さらさらしてそう」

「ひいいっ!」

「おい、人をまるで強姦魔を見るような目で見るな」

「え、ええ?強姦魔?何それ?」

「レイプ魔のことだよ」

「ううん……?ごめん、それもちょっと分かんない」

「性犯罪者のことだよ」

「なら間違ってないじゃない」

「まだ犯してねえよ!」


 あ、2重の意味で。

 なんつって。

 これ面白くね?

 ああ、くそ、この場に下ネタの分からない初古しかいないのが悔やまれる。


「そういえばさ、外喰。あんたにも聞いておきたかったんだけど、千切ちゃん、最近学校行ってる?」

「うん?」


 急に何を聞くのかと思えば、そんなことを。


「知らない」

「えっ?知らないの?知らないことないでしょ、同じ学校行ってるんじゃないの?」

「同じ学校行ってるよ。でも知らないものは知らない」

「何よ。さっきの話の様子からするとそんなことはなさそうだけれど、もしかして喧嘩でもしたの?」

「いや、そういうわけじゃねえよ。俺と九里古里は学科が違うんだ。別のクラスの出席状況まで把握してねえよ、俺は。ただまあ、毎日話しかけてきてた九里古里がここ最近姿を見せないのは事実だな」

「それを最初に言いなさいよ……」

「それがどうかしたのかよ」


 それがね。と、初古は心配そうな顔をする。


「私もここのところ千切ちゃんに会ってなくて。部屋に行ってみても毎回いないみたいだし、帰ってないんじゃないかと。あ、千切ちゃんは『繁栄派』の寮に住んでるんだけど、そこの部屋にね?」


 『繁栄派』って寮制なの?


「電話もメールも、どのSNSだって反応なしよ。『繁栄派』の活動中ならあることかもしれないけれど、ちょっと異常よね」

「………………」


 『繁栄派』の任務で遠征中に、携帯は電池切れってこと?

 アマゾンならともかく、国内なら充電器買えよ。


「……九里古里は、宮方と組んでるんだろ?あいつと一緒じゃ、危険な任務に出てるんじゃないのか?」

「それはないわ。だって、宮方はアジトで暇そうにしてたもの。千切ちゃんの所在を尋ねたら、私の目玉をほじくりたいとか言ってたから、ぶん殴ってやったけどね」

「……他に、知ってそうな奴いないのか?『繁栄派』の任務で出てるんだったら、誰かしら知ってるんじゃねえの?」

「駄目なのよ。鴉は基本他人のことに興味がないし、他の連中に聞いても知らないって言うし。私は上層部とは接触できないし」

「じゃあ『繁栄派』関係ないんじゃねえの?迷子とか、誘拐とか、そういう事件性を疑った方がいいかもしれんぜ」

「そうかしら……。迷子はないと思うけど、誘拐はあるかも知れないわね。千切ちゃん、可愛いから」

「まあそうは言っても、誘拐するくらいならその場でレイプされて殺されてるんじゃねえかと思うけどな。誘拐したところであいつ、身寄りがないし」

「こ、殺すとか、さらっと怖いこと言わないでよ。不安になるじゃない」

「というか、お前らの仲間の感知系能力者で探せないのかよ。そのための異能使いだろ」

「あ、そうか!それもそうね!でかしたわ外喰!よくそこに気が付いたわね!冴えてるじゃない!」

「お、おう……」


 気付かなかったのかよ。

 勢いよく立ち上がった初古は。


「よく気が付いたご褒美に、ここは私が奢ってあげるわ!感謝しなくてもいいわよ!イーブン!」


 お互い様、とか、痛み分け(これは違う)と言いたいのだろう。

 しかし、年下の女の子に飯を奢られるのって、何だか、あんまり。


「ごちになります!」

「いいってことよ!それじゃあ私は先に帰るわね!アジトに戻って感知系を当たってみるわ!じゃあね香奈ちゃん!」

「香奈ちゃん言うな!」


 ファミレスに独り取り残された俺は、とりあえず目の前のミートドリアを食べ切ることにした。

 九里古里が行方不明で音信不通というのは気になるが、大丈夫だろ。たぶん。

 楽観主義な俺だった。











「ねえ君、ちょっといいかな?」

「ファイ?」


 変な声が出た。

 初古が出て行ったしばらく後、俺もファミレスを出た。こう、ドアを開けて、シュっと出た。

 腹は満たされた。初古も先に出て行って、1人になった俺は、何というか、もう、ぼーっと歩いていた。ふわっとこう、何か、ぽやぽやっとしていた。

 そこへ不意に、声をかけられた。突然後ろから、耳元でささやくように男は喋った。


「な、何すか?何か用ですか?」


 俺に声をかけてきた男は、鴉ほどではないが長身で、ぼわっとしたパーマのかかった黒髪で、目が半分くらい隠れている。

 それとあと何か奇抜なファッションをしている。何これ。何それ。原宿で買ったの?原宿系?

 原宿のファッションをよく理解もしていない俺が易々と言っていいことではなかったかもしれない。ごめん原宿。そして原宿系。ごめん。ごめんってば。

 ――ねえ君、ちょっといいかな?

 そういえば、初めて覇嶺さんに声をかけられた時もこんな感じだった気がする。

 嫌な予感がする。


「今、女の子と一緒にいたよね?あの子とは、どういう関係?」

「女の子……?」


 初古のこと?

 この男の狙いが何なのかいまいち分からないが、隠すことでもないだろう。


「知り合い」


 正直に答えた。


「知り合い?ただの知り合い?知り合いとは言っても、その振り幅は大きいよね?本当に互いを知っているだけの関係も知り合いと言うし、それこそ2人でバイオハザードを生き抜いた運命の恋人同士であっても、知り合いと言えば知り合いだ。だから、もっと詳しく知りたいんだよ。君とあの女の子の関係性を」


 顔が近い。ぼそぼそ喋るんじゃねえよ。

 急に饒舌になった男ではあったが、癖なのか、何なのか。話す時、異様に顔が近い。お通夜みたいな顔してるのもあるけど、不気味だ。


「友達……じゃないけど、たまに一緒に飯を食うくらいの関係ですよ」

「ああそう。そうかい。でもね、たまに一緒にご飯?それって、恋人同士でもやっていることじゃないかい?そう考えると、君が彼女との交際を隠しているようにも聞こえる、見える。疑わしいよ。疑わしくて、怨めしい」

「いや、そういうんじゃないんで。マジで」

「雑な逃げ方をしようとするなよ。きちんと答えてくれないか?君はあの子のことが好きなんだろう?」


 何この人、怖い。

 好きじゃねえよべつに。

 何だ。

 何が目的がこの男。

 ストーカー?初古のストーカーかな。

 でも、もしかしたら過保護なお兄さんかもしれないよな。こんな兄は嫌だよな。


「そんなことないっすけど……。あんた誰ですか?というか何ですか?」

「僕のことはどうでもいいだろ?僕は牙綺きばき藍三らんぞう。初古ちゃんの友達だよ」


 友達――って感じじゃねえけど。

 ストーカーもしくはストーカー。あるいはストーキング中のストーカーにしか見えないけど。


「君こそ何者だ?初古ちゃんをたぶらかすのはよせ?死にたいのか?」


 声が出なかった。

 出せなかった。

 牙綺と名乗った男は慣れた手つきで、己の懐から一本のドス(シンプルな脇差みたいなあれ)を取り出しそれを抜き、俺の首元へ。喉仏に若干触れるくらいに刃を立てた。

 宮方に腕を切り落とされた時のことを思い出す。思い出したくないけど。

 こんな町中で、いきなりドス(ヤクザが指を詰めるあれ)抜くとか、頭おかしいんじゃないのか。


「ほ、本当にただの知り合いなんだって。やましいことなんて何にもねえよ」


 声を出すと、喉を震えて喉仏とドス(ガマおやびんが持ってるあれ)の刃が触れ合って気持ち悪い。


「本当か?本当だな?本当だったらべつにいい。許してあげよう。その代わりと言っちゃなんだけれど、これ以降、初古ちゃんとの接触を絶ってもらえないかな?」

「わ、分かった。絶つ絶つ。もう二度と会わない。約束する」


 代わりでも何でもねえよ。一方的だよ。

 喉に刃物を当てられていては、こう言うしかない。こう言うしかなかった。


「分かってもらえて何よりだよ。それじゃあね、僕は失礼するよ」

「え、ええ……。お気をつけて……」


 危ない奴だ。

 もはや俺に興味はない。そんな感じだ。男は背中で語る。牙綺が向こうの方へ歩いていく。

 牙綺の姿が完全に見えなくなってから、俺は深い溜め息をついた。全身の力を抜いた。


「………………」


 知っておいて何の得もないと思うけど。

 知っておいて何の損もないと思うので。

 今の男――牙綺藍三の情報を尋ねてみることにした。

 ――初古は、まずいだろう。

 さすがに今の今、接触するなと警告を受けたのだ。牙綺の奴がどうにかこうにか聞きつけて、俺を刺殺しに来るかもしれない。

 ――鴉は、電話番号知らねえや。

 そもそも、あいつに自分から話しかけようとは思わない。怖い。

 ――となると、九里古里。あいつに頼るのが良案だろう。

 登録者数の少ない電話帳から、九里古里千切の名前を探すのは簡単だった。

 『通話をかける』ボタンをタッチ。

 しばらく待つと。


「『こちらはソフト○ン○です。おかけになった電話番号は、電波の届かない所にいるか、電源が入っていない為、かかりません』」


 繋がらねえ。

 初古がああ言っていたけれど。もしかしたら出るんじゃないかなーって。

 こんな人の話を聞かない、もしくは聞いても軽視する人間になっちゃ駄目だぞ。

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