021
「俺にとって女子高生は眺めるものであって、触れるものじゃねえ。触ったら痴漢だしな」
私はわりと触り放題だ。女子だから。
「あ、あれ?溶けない……?おかしいな、確かに酸にしたつもりなんだけど……」
懐未ちゃんが動揺を隠さずそう言った。
酸で攻撃することに抵抗がなくなってないか。
「ついでに俺は辛抱強くない方でな。馬鹿にされるのもコケにされるのも大して気にはしねーけど、実害が及ぶんじゃあ話は別だぜ」
万推とかいう人が、懐未ちゃんの腕を掴んだ。
痴漢である。
「いたたたたたたた!」
懐未ちゃんのコメディチックな悲鳴。
万推が、懐未ちゃんの腕を捻り上げたのだ。
「おい!何してんだお前!やめろ!」
止めに入る。
「何してんだはこっちの台詞だよ。唾かけられてんだぜ。腕くらい捻んだろ。それとも何か。唾かけられたら唾かけ返せとでも言うのかよ?」
「そうだよ。唾で返せばいいだろ。暴力はよくない」
「よくないってお前、それは俺達に言うことじゃねえなあ。『繁栄派』はよくない連中の集まりだからな。よくないことしてこそナンボだぜ。……ん?お前、可愛くねえな」
「うるせえ!どうでもいいだろ!」
この野郎。
「いいから離せ。懐未ちゃん痛がってんだろ」
懐未ちゃんの腕を掴んでいる万推の腕を、私が掴む。
「おっと、掴んだな?俺の腕を今お前……掴んだな……?」
何かやばそうだ。手を離す。
「いやなんにもないけど」
「ねえのかよ!」
「掴まれたから掴んだな?って言っただけだろーが。何を期待してんだよ」
「期待はしてないけどもっ。何か発動したのかと思っただろ。勘弁しろよ。あと懐未ちゃんも勘弁してやってくれよ」
「いや、こいつは勘弁しない。俺の顔に唾をかけた罪の重さを重々理解させてやる」
「器がちっさいぞ!」
「器だーあ?黙れツインテール。そのことに触れるんじゃねえ」
何だよ。気にしてんのか。
器が小さいのを気にしてるなら、器の小さいことするなよな。
「妹さん。違う違う。その器じゃない。人間的な器じゃないよ」
やや離れた位置から、千切さんが訂正に入る。
「万推くんが気にしてるのは違う器のことだよ」
「違う器?何のことだ千切さん。はっきり言ってくれないと分からないよ」
「デジャヴ……!」
本当は分かってるんでしょ?みたいな顔を向けてくる千切さんではあるが、生憎私にはさっぱり見当つかん。
気持ちは言わなきゃ――声に出さなきゃ伝わらない。そんなことをこんな場面で再確認した私でした。
「何で私が恥をかく羽目になるのか分からないよ……。こんなことなら訂正しないで泳がせておけばよかった」
「だから器って何だよ。何の器だよ。何にも分からない私が何にも分からないなりに考えた推論ではあるんだけど、たぶん土器は関係ないよな?」
「おい、待てや九里古里。何でお前がそんな、知ってる風な素振りなんだ」
万推が慌てふためく。慌てふためき。めきめき。
知られてはいけないことなのか。そんなあからさまにうろたえて。
押すなよ、絶対に押すなよ!
みたいな。
「何々?気になるから教えてよ千切さん」
「何で私が言わなくちゃいけないのさ。嫌だよ、恥ずかしい」
「いいじゃないか恥を捨てろよ。そんなもの大事に抱えていたって邪魔になるだけだぜ」
「いいこと言ったみたいな顔やめて」
私と千切さんが恥の取捨で揉めていると、沈黙を決めていた仕宮が口を開いた。
「その男は短小包茎です」
「おい仕宮ァァァァ!何でお前知ってんだァァァァァーー!ぐおおェェー!」
短小包茎が叫ぶ!
どうやら万推という男。男性器が小さいようですね。なあんだ。
「気にすんなよ万推さんとやら。私の兄貴も似たようなもんだよ」
「えっ、そうなの?」
千切さんが私との距離を詰めた。速いっ。
「え、あ、いや、真性か仮性かは分からないけど。それに非戦闘時しか見たことないから、本気出すとどうなるのか分かんないけど。でも、私が見た時はこんくらいだった」
私は、親指と人差し指を×(兄の名誉のため伏字)センチくらいの間隔で広げた。
「ふうん……なるほど。そうなんだ。ふうん?外喰くんならありだね?それもね?」
「そうか」
「そんなに大きいと困るからね。私も」
知らねえよ。
前回から下ばっかりだなおい。どうなってんだ。
「おい環瑚玖ちゃん。お前、周囲の人間をそこはかとなく淫猥脳にするピンク音波とか出してるの?」
「へ?何で私?出してませんわよ、そんなもの。というか出せません。出せたらもっと有効活用してますわ」
「でもほら、無意識にさ。ジョワワァーって」
「顔が痛くてそれどころじゃありませんし」
だよな。
「ねえ、いい加減離してよ」
忘れていたがそういえば腕を掴まれたままだった懐未ちゃんが、万推に言う。
「いいぜ。離してやる。だがお前、その代わりと言っちゃなんだが、死んでもらうぜ」
「お、おい万推!お前さっきと言ってること違うじゃねえか!懐未ちゃんに手を出せば友達の私を通じて必然的に兄貴に伝わって何かこう面倒なことになるって!」
「ああん?舐めてもらっちゃ困るぜツインテール。お前、記憶を消し去る異能力者がいねーとでも思ってんのか?」
懐未ちゃんを消して。
私の記憶を消して。
兄貴は動かない。動けない。動く理由が生まれない。
「いやいないけどな」
「いないのかよ!」
何だよもうこいつ。調子狂うな。
「こいつを殺すっていうのも嘘だ。嘘というか冗談だ。気にすんな。お前らはさっさと家に帰れ。仕宮はその気持ち悪ぃ顔を治してもらえ。そして――」
「私は病院に行きたい」
「それは却下だ九里古里。お前は一緒に帰って来い」
「えー」
提案を却下された千切さん。
「そいつの勧誘は取り止めだ。外喰を起こすとまずい。あいつが妹の友達のために動くとも思えねーが、まあ慎重にだ。今日は解散だ、ゴミカス共」
酷い罵倒を受けた。
「おい、待てよ」
帰ろうとする万推を。帰宅部ムードの万推を。私は呼び止めた。
「何だよツインテール。お前とそこの女子高生は俺らから解放されたかったんだろーがよ。よかったじゃねーか解放されて。万々歳だろ?この期に及んでまだ俺らに突っかかる必要はねーんじゃねーのか?え?」
私にそう言いながら、万推は千切さんと仕宮に向けて手をしっしっと払った。帰れという合図だ。
2人は帰った。千切さんは最後までこちらを心配そうに振り返ったりしていたが、やがて見えなくなった。
私と懐未ちゃんと、万推がこの場に残った。
「納得できないんだよ」
3人になったところで。千切さんと仕宮が完全にこの場から姿を消したところで。私は万推に対して返事をしたのだった。
「あんなに執拗に追い掛け回されて、必死で戦って、ぽっと出のあんたの一言ではい終わりっていうのは……なんか、収まりが悪い」
「あのまま戦い続けてたら、お前もそいつも仕宮に殺されてただろーが。それでいいっつーのか。あ?」
「そりゃよくはないけどさあ……。あんたが完全に私たちの味方で、助っ人としてこの場を収めてくれたのなら納得のいく結果だし、私も心置きなく帰れるよ。だけど、敵だろ?得体も知れないし。何考えてんのか分かったもんじゃないじゃんか」
「俺がお前らの敵なのは確かだが、べつにそれは関係ねーだろ。助けたわけでもねーし。それに何考えてんのか分からんっつわれても、さっき説明した通りだよ。外喰が出てくるとこっちも都合が悪いんだ。納得したか?じゃーな」
「待てって」
「じゃあ待つよ」
待つんだ。
「何だよどうした。どうしたかったんだお前らは。いやお前は。ボスキャラである仕宮を死闘の末に倒して、後から出て来た裏ボスの俺をもついでに倒して、気持ちのいいハッピーエンドを迎えたかったとか、そういう感じか?そういう感じだろ?大体そんなもんだ。ゲーム脳だなおい」
「間違っちゃいない……」
間違っちゃいないんだけど……。いや、ゲーム脳ではないけど。
「馬鹿馬鹿しい。寝言は寝て言え。へそが茶を沸かすぜ。ちゃんちゃらおかしい。チャップリン」
その流れにチャップリンを組み込むなよ。
「世の中そんな漫画やゲームみたいに簡潔にできてねーんだよ。複雑な時は複雑だが単純な時は単純だ。都合がいいんだか悪いんだかよく分からねー。気味が悪くておぞましい。吐き気がするほど淡々としてんだよ。ドラマチックな人生が送りたいならアラスカでも行ってろ。いい夢見れんじゃねーの?」
広大な大地はあるだろうが、ドラマがあるかどうかは別問題だろ。アラスカ。
「大体バトル漫画じゃあるめェし、戦いに勝ったからハッピーエンドって思考がもう既に愚かだぜ。具のコチュジャン。間違えた。愚の骨頂」
ありえないだろ、その間違い。
コチュジャン具じゃねえし。
「いつも負けて悔しい思いをしてるくせに、パワーアップして敵を圧倒したら、それはそれでつまらんとか言う王子かお前は。めんどくせー奴だな」
「べジータのことを悪く言うな!」
元々悪役なんだし、それを悪く言うなっていうのも変だけど。
「納得しよーがしまいが物事は終わんだよ。少年漫画の主人公じゃねーんだから、周りに合わせろよ。自分の意見を押し付けんな」
「押し付けてるのはあんたも同じだろ」
「ちっ」
万推が、わざとらしく、私に聞こえるように舌打ちをした。
「何だよかんだよ面倒くせーな。どうしたらお前は納得すんだよ。言ってみろ。できる限り納得させてやんよ」
「本当なら、仕宮を殺さないまでも実力で退けて、『繁栄派』に手出ししないのが得策だと考えさせる予定だったんだ」
「あっそふーん。じゃあ俺を倒せよ。俺は仕宮より上の異能力者だぜ」
仕宮より上。
どういう基準でそう言っているのか。
自信過剰なのか。
千切さんが言っていた『繁栄派』の内部ランキングの話か。
「俺を倒せば、『繁栄派』はもうお前らに手出しをしないか、血眼になって血尿垂れ流して血飛沫撒いて全力で仕留めに来るぜ」
「後者のリスクッ!!」
『繁栄派』血まみれだな!
「かかって来いよ。負けてやるから」
「……そういうこと言われちゃうとこっちもやる気でないだろ。あくまで自分の実力で危機を退けたいんだよ」
「ヒャーッ!お前らを生きて帰すつもりはねえ!ぶち殺してやんよ!」
「殺される!」
「いや、だから殺さねーって」
「いや、だからそういうこと言われちゃうとやる気がさ」
「どーしろっつーんだよ」
「適度に頼むよ」
酷い八百長だ。
「だったら、もうしょうがねーな。じゃんけんで決めよーぜ。お前が勝ったらお前の勝ちでいいよ」
「おっ、マジで?私、じゃんけん結構強いぜ」
「そーか、そりゃ何よりだな」
対兄貴戦での勝率は、7割くらい。
「じゃあ行くぜ。最初はグー」
「じゃんけん」
「ほいっ!」
私はグー。
万推はチョキ。
私の勝ちだ。
「じゃんけんの掛け声って『ポン』じゃね?」
「どうでもいいだろ!私の勝ちだな!」
全く悔しそうな顔を見せる素振りもない。
そりゃあそうだろうけども。
「よかったなツインテール。お前の勝ちだよ。女子高生を襲う仕宮環瑚玖を打ち倒し、後からのこのこ現れた裏ボスといえる異能力者。万推をお前は見事退けた」
「うん」
「成功だ。お前の人生成功だよ。まあこの先何があるかは分からんけどな」
「不安を煽る言い方しないでくれよ。あ、そうだ。しつこく言うけれど、私にちょっかいかける意味はないからしないだろうけど、懐未ちゃんにちょっかいかけるのはやめろよな」
「分かったって。しつけーな」
「じゃあ、帰るからな」
「おう。早く帰れ。外喰が心配するだろ」
「心配しないよ、兄貴は。たぶん何とも思ってない」
「そうか。帰れ」
「帰る」
帰るか。
帰ろう。
思えば何の意味もなかったな。今の一連のやりとり。
家に帰るのが少し遅くなるだけだったな。
散々駄々こねておいて、結局じゃんけんで決めるとか。
ないわー。マジないわー。
どうでもいいけど、懐未ちゃん喋んねえな。
「………………」
そういえば。
「なあ万推さん。女子高生が好きであろうあんたに最後に一つだけ聞いておきたいんだが、どうして私に興味を示さないんだ?」
「あ?」
再び帰宅部ムードだった万推は、私とは反対方向に進みだした足を止めて、上半身だけこちらを振り返った。
「女子高生じゃねーだろ。お前」
「何……だと……?」
バレた?
いや、バレていた?
学校指定のブレザーを着ているのに。去年までは本物だったから、まだ違和感なんてない筈なのに
。
何故私が女子高生でないと分かった。
「見りゃ分かる。俺は利き女子高生なんでな」
意味が分からなかった。
「何をしてんだよ……」
仕宮に解放されて。
千切さんに介抱されて。
万推に解放されて。
懐未ちゃんと別れて(この際、会話はもちろんあったけど長くなるので省略する)。
家に帰ってきた私は。
不死鳥の如く舞い戻ってきた外喰楔は。
我が目を疑った。
目を。脳を。疑った。
身体の震えが止まらない。
何を――しているのか。
この男は。
「可愛い妹のピンチに何抜いてんだよ!!」
深夜4時過ぎ。何故か部屋の明かりまで消して。
私が実の兄、外喰要の部屋を訪れたのには、理由がある。
細々(こまごま)と面倒くさい心理描写は省くが、ただお兄ちゃんの顔を見て安心したかっただけなんだからね。
もちろん見たかったのは、必死に自らの矮小淫棒をピストンラッシュする(そうしているであろう様子が見て取れただけで、この目でその運動を見たわけではない)兄の姿ではない。
兄の寝顔が見たかったのだ。
安心と言えば安心したかもしれないが、私だって常に下ネタに対応できるわけではない。この兄を持つ妹ではあるが。たまには真面目に普通に、家族の愛情というものを感じたい時もあるのだ。
廊下から見て、部屋の明かりは点いていないようだったし、こんな時間なわけだし、流石に寝ているだろうと、こっそり忍び込んだまではいいが、寝ているだろうと踏んでいた兄は起きているし、その兄の息子も起きているし。
「いやあああああああああああーーーーーーーーーーっ!!」
深夜というかもう夜明け間近のこの瞬間、兄貴の悲鳴が響く!
「あっ、い、いやっ、違うしっ!そういうんじゃないしっ!?何か違う、あの、変な所クリックしちゃったわー!」
普段から下ネタ言ってるわりにこれだよ。
フォローはいいからポークビッツしまえよ。
さらに気になったのは、その向こう。机の前の椅子に座る兄の向こう。机の上に置かれたノートパソコンのディスプレイ。に、映っているもの。
言ってしまえば兄貴の今晩の慰み物というかオカズのことだが、その内容だ。これ以前にも幾度か兄のオカズは拝見したことがあるが(興味本位で見たものと事故で見てしまったもの両方含む)、兄がこのジャンルを扱っているのは初めて見る。
「ただいま、兄貴」
「お、おう……」
この兄は、私がどんな目にあっていたかは知らない。いつも通りの変態だ。変態はいつも通りだ。
気を遣うなんて家族らしくない。兄妹らしくない。
考えてみれば兄貴に心配されても気持ち悪い。
「兄貴、さあ」
やっぱり我が家だ。落ち着くぜ。
何かもう色々どうでもいい。
風呂に入って、早く寝よう。
「女子高生もので抜くなら、私で抜けばいいじゃん」
「…………お前女子高生じゃないじゃん」




