020
「ぺニバンを使えばいいのです」
最低な一行目だ。
伏せろ。
伏字にしろ。
「まあべつに?私はあなたのお尻に腰を打ち付けたいわけではないので…あ、いや、あなたのお尻に腰を打ち付けるのもいいとは思いますけれど、でも、手でもバイブでも何でもよろしいかと思います。とは言っても、それはアナルファックに限った話ではないですけれどね。そうそう、アナルという言葉は形容詞で、お尻の穴自体を指す場合にはアヌスが正しい言葉なんだそうですのよ」
知ってるしどうでもいい。
「どうすんだ千切さん。千切さんがアナルファックに食い付いたせいで仕宮が出てきちまったよ」
「私はアナルファックに食い付いてなんかいないし、仕宮さんはアナルファックという単語で召還されたわけでもない」
今度こそ本当に逃げ場がない。
トンネルよりは逃げ場はありそうだが、何と言えばいいのか、逃げようがない。仕宮からしてみれば、3度目の正直というやつだ。
千切さんが連れて行ってもくれないだろうし、捕まえてはい終わり、というわけにもいかないだろう。
「だけど、気をつけてくださいね。お尻でする際は、よくほぐさないと。本当によくほぐさないと、取り返しのつかないことになりますわ。私も過去に、1人のお尻を地獄風穴みたいにしてしまった経験がありますの」
聞いてないしどうでもいい。
地獄風穴って何だ。
私が地獄風穴について考えていると、千切さんが仕宮と向き合った。
「仕宮さん。こんな時間にどうしたの?女の人1人じゃ危ないよ」
「女の子3人の方がよっぽど危なっかしいですわ。私に着いておいでなさい」
「………」
「千切さん。どういうつもりです?まさかとは思いますけれど、『繁栄派』を裏切るつもりでいらっしゃいますの?」
「そんなつもりは一切ないよ。ないけど……」
千切さんが私と懐未ちゃんを見る。ちら見だ。
「この子達は見逃してあげてくれないかな」
「駄目です」
「お願い」
「嫌です」
「友達なんだ。正確には友達の妹さんとその友達」
言う必要ないだろ。格下がってんじゃん。
「千切さんと親密な方であろうと、千切さんのお願いであろうと、見逃してあげるつもりはありません。そんな切羽詰った表情もしなくても。何も殺そうだとか、痛めつけようだとか、奴隷にするわけでもないんですのよ?ただ、仲間にしようとしているってだけで」
「嫌がってるんだよ。もの凄く」
「嫌だ嫌だで人生まかり通るものではありません。ここらでひとつ大人になりましょう」
「お願いします。言うこと何でも一つ聞いてあげるから」
「じゃあ私の性奴隷になってくださいな」
「それは嫌」
それは嫌だろうな。
「でしょうね。言ってみただけですわ。あわよくばとは思いましたけれど。何と言おうが、私はその子を見逃すつもりはありませんからね」
「…………。それじゃあ仕方がないね。好きにすればいいよ。私はこれ以上干渉しない」
「ほっ?」
変な声出ちゃった。
いやいや、千切さん。何を言ってるんだ。
ここまで来て私達を見捨てるって言うのか。
「勧誘でも何でも好きに続けてよ。私はてきとうに見てるからさ」
「はあい」
そう言って千切さんは、私達と、仕宮から距離をとった。距離をとったその先で。腕を組んで3人の様子を伺い始めた。
マジで監督モードかよ。
人がよさそうな人(というのも変だけど)だし、見捨てられたというわけではないだろうが。何か考えがあるのか。それともこれから考えるのか。はたまたちょっと休憩なのか。蹴られたお腹が痛むのか。
「さて、お嬢さん方。私と一緒にいらっしゃいな。大丈夫。痛くしませんから」
「い、嫌だ!あなたとなんか行かない!」
懐未ちゃんが叫んだ。
私は少しびっくりした。
私の肩越しに、急に大声出すもんだから。びっくりした。
「らしいぜ、環瑚玖ちゃん。行かないってよ。どうするんだ?力ずくで連れ帰るのか?」
「どうしてもと言うなら、そうなりますかしらね。直接音の大砲をぶつける気はありませんけれど、体格だって、私の方が上ですし。組み伏せられれば、こちらのものですわ。そのまま青姦です」
「私と千切さんが見てる前で?」
「興奮するじゃありませんか」
「目を逸らすよ」
いや、マジでおっ始めようとしたらそりゃあ助けるというか、止めに入るけども。
「悪いが環瑚玖ちゃん。お前を倒すぜ」
「倒す?どうぞ?押し倒して存分に犯し尽くしてくださいな」
「そういう意味じゃねえよ!」
「年下の女の子に責められた経験はありません。初体験です」
「続けた!」
「それに楔さん。私はもちろん懐未さんを欲しがっているんですけれど、あなたも案外可愛いですわ。そこまでの三白眼は見たことがありません。あと、声が色っぽいですのね」
「え、そう?そうかな…?」
初めて言われた。そんなこと。
そうかな。そうなんだろうか。
「そうかな、懐未ちゃん」
「確かに楔ちゃんの声は色っぽいかも。私からしたら張った時の声が頼もしく感じるんだけど、息を吐きながら喋る時は確かに色っぽい。でも、それは今どうでもいいことだから。乗せられないで」
「私は正気に戻った!」
「2人共、私といいことしましょうよぉ。何なら、千切さんも加えて4Pというのはいかがでしょうか」
「いかがでしょうかじゃねえよ。いかがわしいな。全く、こんな痴女をほったらかして、県警は何をやってんだ」
「何をやっているんでしょうね。パトロールとかじゃあありませんか?」
「仕事の内容が気になったわけじゃない」
「そりゃあ、警察官だってナニするでしょうとも」
「会話の下方修正力が強い!」
「楔ちゃん。ちょっと。突っ込みに徹してないで。さっきあなた何て言ったの」
「目を逸らすよ」
「そこじゃないよ!仕宮に言ったでしょ。お前を倒すぜって。やるんでしょ。今度は私も戦うから。一緒にやろう!」
「えい、えい」
「おー!ふざけないで!」
「いてっ」
懐未ちゃんに殴られた。効果音をつけるとしたら、『ポカッ』って感じだ。ノーダメージ。
「いいんですの?私と対峙して。戦闘して。殺すつもりはありませんけれど、つもりがなくとも事故はあり得るんですのよ?私だって生かして連れ帰りたいですけれど、あなた方が想像以上に手強くて、必死になった私は、勢い余って2人共ぶち殺してしまうかもしれませんのよ?」
「そいつは脅しか環瑚玖ちゃん。殺すなら殺せよ。殺せるもんならな」
「あらあら生意気。脱がせて泣かせて濡らせてあげたい」
「黙れクソレズッ!」
私は駆け出す。
仕宮に向かって真っ直ぐではない。直接狙わないとは言っていたが、やはり音響大砲が怖い。音速の砲弾に対して人間の走行速度なんて意味もないだろうが、気持ちの問題だ。気休めだ。
仕宮に対して円を描くようにして走りこむ。私に気をとらせつつ、懐未ちゃんにも注意を向けさせる。
私が異能を持っていないことは、もう仕宮にバレている。恐らくは、唯一異能での攻撃手段を持つ懐未ちゃんに、注意の重点を置くだろう。私はうろちょろする。とにかく気を乱す。
そして好きあらば、打撃を入れてやる。
「そんなに無闇に動いたって。後ろに回ったって。音で居場所は丸分かりですのよ?体力は夜にとっておきましょうよ」
もう夜だよ。
仕宮も少しずつ移動している。
私と懐未ちゃん。2人を捉えられる位置を探っている。
仕宮の異能に関して、気付いたことがある。
音を出せる部位だ。
トンネル内での戦闘で影男を撃退した時、仕宮は両腕を広げていた。だけど、指先は、影男の方を向いていた。火柱男を吹っ飛ばした時も、彼の方に腕を、手を、指先を向けていた。ビルから飛び降りて着地した時も、指先は、地面を向いていた(風ではためくスカートを押さえていた手を離したので、パンツは丸見えだった)。
仕宮環瑚玖の『地獄々落』は、指先からしか音を出すことができない。
確証はもちろんないが、そう思って行動するしかない。そうでなければ何もできないし、もし全身から音を発生させられるのならば、どう動いたって勝ち目はない。
そして、音で居場所が分かると言っても、見ないで撃つ、というのは無敗のガンマンでもなければ難しい筈だ。実際仕宮は、私と懐未ちゃん、2人を音でなく目で、捉えられる位置を探っている。
音響大砲は決して小規模な攻撃ではない。その名の通り大砲の如き攻撃範囲を誇る。目には見えないが、結構な巨漢だった火柱男が、子パンダにタックルされたかのような姿勢で吹っ飛ばされたのだ。でかい、速い、強い。その攻撃を、私達に当てるのならば簡単だろう。でかい弾だ。数撃ちゃ当たる。しかし、仕宮としてはそれではよくないのだ。当てたくないのだ。こうもうろちょろされては、威嚇や牽制でぶっぱするわけにもいかない筈だ。
「ヘイどうしたよ環瑚玖ちゃん!異能で攻撃してこないのか!?素手の喧嘩だったら、私は兄貴より強いぜ!」
私は鬱陶しく動き回りながら、自慢にならない自慢をした。本当に自慢にならない。
突然、重くて鈍い音が響いた。ゴム製の大鐘を突いたような音だ。いや、よく分からないけど。
仕宮の攻撃だ。攻撃とも言い難い、攻撃のような嫌がらせだ。無論、そんなものは無視する。
「それに環瑚玖ちゃん!お前、運動が得意そうには見えないな!かく言う私は中高運動部だぜ!」
所属していることがイコール得意ということにはならないだろうが。それでも、鴉には惨敗を喫したとは言え、自分の運動能力には自信があるのだ。
「確かに、アスリート的な動きはできませんわ。マラソンも10キロが限界でしょう。でも、瞬発力はあるんじゃないかなあと思います」
「希望的!」
「ゴキブリとか見ると、凄い勢いでバックステップできますもの」
「それは瞬発力なのか!?」
今度は、やたら高い音が響いた。新幹線にくくり付けたフォークで、お皿の表面をひっかくような。割れるわ。
耳を覆いたくなる不快音だが、これも無視する。あー力抜ける。
仕宮の攻撃能力は、両極端だ。音響大砲は凄まじい威力だが、程度の低い攻撃といえば、不快音くらいしかない。相手を生かさず殺さず痛めつけるような、手頃な中程度の攻撃方法を持っていないのだ。
ここで私は、仕宮の後ろに回りこむ。全速力で。
当然仕宮は、大きくなった私の足音を聞き逃さず、こちらに注意を向けた。
「懐未ちゃん!」
懐未ちゃんの名前を呼ぶ。
「あい!」
懐未ちゃんが返事をする。
事前に打ち合わせたわけでもない。呼びかけて、応える。それだけのことだ。
私が特攻しておいて、それは囮で、本命の懐未ちゃんが攻撃する。そういうニュアンスに捉えてもらえれば結構だ。仕宮もそう捉えたのだろう。もちろんこれも罠だという可能性も十分に考えているんだろうが、それでも、懐未ちゃんに注意を向けざるを得ない。懐未ちゃんの異能が分からない以上、自分を一撃で殺し得る可能性も捨て切ることはできないのだから。
私は思い切り地面を蹴る。
「どっ!」
宙に浮いたまま両足を揃える。
アドレナリンがどっぱどっぱなので、スロー解説になっているが、何のことはない。ドロップキックだ。渾身のドロップキック。
仕宮の胴体に思い切りかましてやるのだ。
「せい!」
身体を!足を!全力で伸ばす!
が、私の両足は空を切ったというか、空を蹴った。
飛び上がる際に気合が入り過ぎたか。地面を蹴る音で仕宮は、私が飛び上がって攻撃することを予測したみたいだ。身体を捻って、私のドロップキックをかわし切った。
かわされるとは思っていなかったが、かわされた直後、私は冷静だった。いや、冷静というのもおかしいが、愕然としたわけでも失意にまみれたわけでもなかった。
仕宮のすぐ横を通り過ぎる際に、腕を伸ばし。仕宮の首に引っ掛けた。
ランニング・ネックブリーカー・ドロップである。
「うっ!」
仕宮が、徹底的に私達に外傷を与えない考えで助かった。
私は尻と背中を。仕宮は後頭部と背中を。コンクリートという名のマットに打ち付けた。
ヘイレフェリー。カウント頼むぜ。
「懐未ちゃん!」
「んっ!」
懐未ちゃんが駆け寄ってくる。
彼女の返事がさっきから『あい!』とか『んっ!』とか、どこかおかしいのには理由がある。口いっぱいに、涎を溜め込んでいるからである。
涎なんて、出そうと思うと出ないものだ。きっと必死で梅干やシゲキックスの味を思い返していたことだろう。涙ぐましい努力である。
一部の人間からすればご褒美ともとれる、美少女の涎が、仕宮の顔に――主に目に、一気に放出された。
「ぎいィィィえええあああああぁぁぁあああああ!!」
仕宮が悲鳴をあげる。
さっきまでの澄ました声色とは全く違う。ゴジラかもしくはキングギドラか、はたまたメタルギアRAYかっていうくらいの絶叫だ。
無理もない、とは思うが。
「熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いいィィィイイイイイ!!はあああああああああああああああああ!!」
私は咄嗟に仕宮から離れた。
のた打ち回っている。かわいそうになってきた。やり過ぎたかもしれない。
懐未ちゃんも、ばつの悪そうな、そんな顔をしている。
「ううううぐぎいいいぃぃぃいいいい!!あア!ああ!!ああァアッ!!」
千切さんの方を見る。
未だにこちらの様子を見ているだけだが、腕組みは解き、今にも駆け寄って来ようかという体勢だ。
仕宮のこの傷を(傷と言っていいのかよく分からない)治せるのは、千切さんだけだ。この戦いが終わったら、仕宮の傷を治してくれて構わない。というか、終わったらすぐにでも治してやってほしい。
手で顔を覆い、足をばたつかせ、転がり回る仕宮に、視線を戻す。
「うっ……ふっ………ぐう………ふあ…あ…はあ……」
痛みも落ち着いて来たのか慣れて来たのか、仕宮が次第に大人しくなる。
顔を覆っていたその両手を離す。
見えた。
顔が。
化粧が濃い目だとは言え、美しかった仕宮の顔は。整った顔は。
眉間辺りから鼻の頭の上辺りまで、皮が、筋肉が、眼球が、溶けて爛れて混ざり合っていた。
私は思わず目を逸らした。かったのだが、逸らすまでもなく、私の視界に仕宮の姿は映らなくなった。どうにも、今日は満月のようだ。と思ったが、若干欠けてる。
私の身体は遥か後方へと吹き飛んだ。
「楔ちゃん!?」
懐未ちゃんが私の名前を呼ぶ。叫ぶ。
私の身体は浮き上がって、10メートル程先に不時着して、そのまま2、3メートル転がった。不思議なことにそれほど痛みはないし、意識もはっきりしている。きっとアドレナリンのおかげだな。アドレナリンすげえ。アドレナリン侮れない。
「……死ななきゃいいんですよ。殺さなきゃいいんですのよ。即死さえしなけりゃあ千切さんの異能でどうとでもなりますものね」
仕宮が物騒な独り言を呟く。
「でもでも、びっくりしましたわ。可愛い顔して酷いことするんですもの。おかげで目が見えませんし顔面が熱くて仕方ないですわ。私、これでも美容健康には気を遣っていた方ですので、残念というか、無念というか、ネメシスというか」
ネメシス、は自虐なんだろうか。流石にあそこまで肉塊ではないけど……。
私はゆっくりと身体を起こして立ち上がる。
「さあて、とりあえずまずは楔さんから片付けましょうか。目を潰された状態でうろちょろされると厄介ですしね」
「私か」
というか。やっぱり、続ける気なんだな。こんな目にあってまで。いや、こんな目にあったからこそなのか。もう後には引けないというやつなのか。だとしたら、ちゃんととどめを刺しておくべきだったろうか。
「なあ、環瑚玖ちゃん。私達は――いや私は、千切さんと契約を交わしている。だから千切さんに、環瑚玖ちゃんの顔を治させないことも可能なんだぜ」
そんな契約は交わしていないけど。
千切さんは何も言わなかった。
「あら、そうなんですの。でも、楔さんを黙らせて、千切さんに押し迫って、懇願すれば、きっと治してくれますわ。優しいですもの」
むう。
千切さんに、話だけでも合わせてくれるように、ジェスチャーで伝えた。
千切さんは、無表情で頷いた。
「懇願されても、私は治さないよ。今仕宮さんがその子達をどうこうするのは勝手だけど、仕宮さんは私のお願いを無視してどうこうしてるんだし、その被害を後で治してあげる義理はない」
「おーおー、律儀だねえ千切さん。律儀さんだね、こりゃ。どうするよ環瑚玖ちゃん。これ以上私達に手を出さないと誓えば、千切さんには私からかけあってやってもいいぜ」
「律儀さんって何……?」
仕宮はこちらを見――てはいないが、顔をこちらに向けた。
「ジェスチャーで裏口合わせるのはやめてくださいまし」
あれ。バレた。
私は一歩、後ずさった。
「距離をとることないでしょう。寂しいですわ」
何だ。
「唾を飲み込まないでください。瞬きしないでください。眉をひくつかせないで汗をかかないで動かないでください」
何だ?
「唾を溜めるのはおやめなさい」
仕宮が手を、後方に向けた。懐未ちゃんのいる方向に。
轟音と共に懐未ちゃんの帽子が宙に舞い、懐未ちゃんの小さな身体も宙を舞った。吹っ飛んだ。ぶわあっ。
「力を抜きなさいな。震えを止めなさいな。痛くて痛くて仕方がないのは私の方ですのよ?ああ、泣きじゃくりたいのに涙を流す瞳もない。嘆かわしいですわ。かわいそうな私。明日はきっといいことがありますわ」
音の感知能力が向上してる?
漫画とか特撮で見る、視覚を失って聴覚が研ぎ澄まされるとか、そういうあれか?
「そういうあれでいいんじゃないでしょうか?極限状態で異能がステップアップしたとも、言えますかしら?死の淵から復活することでパワーアップするサイヤ人みたいな」
分かりやすい例えだ。
ただ、仕宮はまだ復活していないんだが。
「ソナーって、知ってます?」
「そりゃあ知らない人の方が少ないぜ。私もウォークマンは愛用しています」
「それはソニー」
「潜水艦とかが積んでる、音波で周囲の状況を認識するなんか凄いメカだろ?」
「そう。そうですわ。私の異能は元々それくらいのことはできるんですの。ただ何だか、今はそれどころじゃないですわね。あなたの筋肉の駆動音まで聞き取れます。何だか気持ち悪い」
「勝手な感想を!」
筋肉の動く音が聞こえる?まさか、冗談だろ?こっちだって気持ち悪いよ。
「今なら、本気出せばロサンゼルスの会話すら聞こえそうですわ。あ、聞こえる聞こえる。金髪のメタボリックポリスが言っています。『LAでは日常茶飯事さ!HAHAHA!』と」
「嘘を吐くなっ!」
どんなテンプレアメリカンで、どんなテンプレ台詞だ。誰でも思いつくわ。
「……無事か。懐未ちゃん」
「うん。大丈夫。何だか不思議と大丈夫」
無事なようだ。私と対面、仕宮を挟んで向こう側。吹っ飛ばされた懐未ちゃんが立ち上がった。
どうでもいいことではあるが、涎を溜め込んでいた時に仕宮の音響大砲で吹っ飛ばされたために、口に含んでいた涎がブパァして、彼女のお召し物に飛散したらしく、あられもない姿になっていたので、私は写真を撮るなら今の内だな、と、そう思った。
「無事に決まっているでしょう。無事に連れて帰るんですからね」
「連れては帰られないよ!仕宮!いい加減に諦めて!」
「諦めません。勝つまでは」
「じゃあ私の負けでいいから帰って!」
「勝つ意味ないじゃありませんか」
「やめてよ!もう!」
懐未ちゃんが、泣き出しそうな顔で、そう言った。それは声にも表れていて、仕宮にも伝わったことだろう。今の仕宮には表情も何も丸分かりなんだろうけども。
「何で私なの?何で楔ちゃんなの?嫌だよ。こんなの嫌だよ。こんな痛い思いしたくないよ。あなただって私に関わらなければそんな酷いことされなかったのに。どうして私に付きまとうの?」
「可愛いから」
「馬鹿じゃないの!?死ねば!?」
「私は死にません。私が守るもの」
「うるさいうるさい!黙れ黙れ黙れ!ほっといてよ!私が可愛いからって何!?可愛いから狙われるの!?」
「ええまあ」
「じゃあ可愛くなくていいよ!ドブスでいいよ!ドブスならあなた、私に興味ないんでしょ!?」
「もちろん」
「あードブスがよかったー!ドブスに生まれたかったー!」
「そんなこと言わないでくださいな懐未さん。私、あなたほど可愛い女の子は見たことがありませんもの。希少価値ですわ。有限文化財ですわ」
「褒めてるつもりなの!?馬鹿にしてるの!?あと有限って何!?そのうちババアになるっていいたいの!?」
「ニュアンス的には……」
「じゃあ何だあなた!私がいいよって、『繁栄派』に入っても、最初は可愛がってくれるくせに、そのうち可愛くなくなったら、もう用なしなんだ!?」
「何年後の話ですの……?」
「やっぱりそうなんだ!死ねよ!クソじゃん!屑じゃん!死ねばいいじゃん!皆顔しか見てないんだ!」
「いや、私今見えませんけれど……」
仕宮の謎正直な正論は、無視された。
「落ち着けよ、懐未ちゃん」
「楔ちゃんもだよ!」
「えっ」
「楔ちゃんだって、私のこと可愛い可愛いって言ってくれるけど、可愛いとしか言ってくれないじゃん!」
だってまだ会って1日だしなあ。
「もっと私のこと見てよ!内面を見てよ!見世物じゃないんだよ!人間なんだよ!生き物なんだよ!涎は吐くし痰も絡むし目やにも出るし鼻くそだってほじるしおならもするしうんこもするし足は臭いし腋毛は生えるしエロいこと考えるし人のこと死ねとか思うし殺してやろうかと思うこともあるよ!美少女って何だよ!私の汚いところも見てよ!」
「懐未ちゃん。お前…」
赤裸々にも程があるよ……。
「なるほど懐未さん」
「仕宮……?」
「あなた、私と××××プレイがしたいんですのね?」
「違うよ!ボケ!死ねっ!」
仕宮はマジで言っているのか。ふざけているのか。
××××って。大トロ中トロ××××って。
「構いません!ええ、構いませんとも!私の守備範囲は寛大です!まだ××××はしたことありませんでしたが、懐未さん!あなたとそれに望みましょう!」
「分かってない!この人ちっとも分かってないや!」
仕宮が、両手を自身の背後に向け、例の如く指先から轟音を発生させた。音速で飛んだら、流石に仕宮の身体がばらばらになってしまうので、たぶん音響大砲ではないのかと、思う。
音速ではないにしろ、恐ろしい高速で、仕宮が懐未ちゃんに襲い掛かる。仕留めにかかる気だ。
だが、待てよ。仕留めると言ったって。おかしいんじゃないか。その速度は。テンションが上がりすぎて、制御できていないのか。制御することを忘れているのか。その速度で衝突したら、懐未ちゃんも仕宮も。原型は留めねえぞ。
私が叫ぶ前に、仕宮は衝突した。
「ストップだ仕宮。んん?仕宮だよな?仕宮じゃない?ゾンビ?」
衝突したはしたが、懐未ちゃんにではない。
あの速度で思い切りぶつかって、仕宮も無事ではない筈なのに。仕宮は頭をごっつんしただけだ。全くの無事だ。
仕宮に衝突された人間は――細身で、Tシャツを着た男は、気さくに仕宮に話しかけていた。
「……万推。何しに出て来たんですの」
「あれ?お前、耳は特別いい方じゃなかったっけ?ストップっつってんだろ」
万推と呼ばれた、外側に向かってはねた淡い茶髪のその男は、深い裂傷のような鋭い目をしていた。ついでに不快な笑みを浮かべていた。
「やめとけやめとけ、そいつらの勧誘は。相手が悪い」
男は続ける。
「伊久川何とかは問題じゃねえ。伊久川何とかがそのツインテールと友達なのが問題だ。お前はやり方が下手だ。そのままじゃすぐに外喰が出てくるぞ」
私も外喰なんだが。
ツインテールとか言うな。怪獣か私は。
「結果的には『繁栄派』は外喰に――素人にランカー4人ぶちのめされて面目丸つぶれになるんだよ。つーか、お前もうすでに負けてるようなもんじゃねえか。その気持ち悪い顔はよお」
「負けてません。顔は千切さんに治してもらいますので」
「また九里古里頼りか。いけねえよな、どいつもこいつも。回復役がいると緊張感がなくなってよくねえぜ。デンデとか、織姫とか」
『繁栄派』――なんだろう。会話の感じとかから察するに。
話題に上げられた千切さんは、私と懐未ちゃんと、それと仕宮と男のいる方へ、歩いて寄って来た。
「な――」
「何だ九里古里。お前眼鏡は?」
「ん、あ……ああ、鴉さんに取られた」
「何をしてんだあいつは。セクハラだな」
「そうだね。セクハラだね」
「仕方ねえなあ。お前可愛いもんなあ」
「ちっ」
千切さんが、心底嫌そうな顔をした。舌打ちもした。どんだけ嫌いなんだ、この男のこと。
「まあお前ら。ここで言うお前らっつーのは、仕宮と九里古里、お前らのことだからな。今日は退け。つーか帰れ。今日はっつーよりもうやめろ。最初から外喰を狙っていくつもりならいいけど、他の仕事に外喰を絡めるな。必ず失敗する。俺みたいにな」
「でも、こんなに可愛い子を前にして引き下がれというのは……」
仕宮が食い下がる。
理由はしょうもない。
「うるせーよ。黙って帰れ。決定なんだよ。俺のな。聞けねーようなら相手してやろうか。毛根尽き果てるまで相手をしてやる」
精魂……じゃ、ないの?
「言われてみれば可愛いなお前、ひょっとして女子高生?」
懐未ちゃんが男に話しかけられる。絡まれる。
何故か私は絡まれない。あれ?一目で女子高生と分かる筈では?あれれー?
「そうだけど……」
「っはー!やっぱりなー!こんだけ可愛いんだ!女子高生だろうと思ったぜ!俺の目に狂いはなかったなあ!え!?九里古里!?仕宮!?」
「そうだね」
「そうですね」
嫌そうに、でも、相槌は打つ2人。
「可愛いっていうの、やめてくれない?」
さっき散々吐き出した後だ。
この期に及んで可愛い可愛い(どうでもいいがこの可愛い可愛くない問題、最近どこかで見た気もする。若者は影響を受けやすいのである)と言われて、内心穏やかではないんだろう。
懐未ちゃんが男に訂正を促した。
「可愛い」
「は?」
「可愛い可愛いあー可愛い!可愛いなあ滅茶苦茶可愛いなお前!クソみてえに可愛いわゴミみてえに可愛いわ!可愛い村の出身かあ!?でなけりゃどうしてそんなに可愛いんだよ!?……整形?」
物すげえ煽ってくる!
懐未ちゃんが拳を作る。握り締める。パンチャースタイルである。
腰を入れて。男の顔面を目掛けて。ストレート!
「効かねー。微塵も効かねー。マジ可愛いパンチだわー」
懐未ちゃんの身体が、ふらっと揺れた。
ああ、これキレてますわ。
唇をつんと尖らせて、破裂音。というか発射音。
男の顔面に、唾を吐いた。
異能の力により唾液から強酸に変化しているとすれば。
仕宮の顔面を溶かし爛れさせた一撃。
人間の皮膚なら一瞬でマドハンドだ。
が、懐未ちゃんの攻撃は失敗に終わった。
吐き出した唾は、確かに男の顔面に当たったというのに。
「美少女だからって、唾かけときゃ誰もが喜ぶと思うなよ」
たぶん、そうは思ってない。




