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異行  作者: yoho
その2
19/47

019

「何だよ、そこに倒れてんのは千切か?どォーした枕さん。気でも狂ったのか?それとも、千切に欲情しちまったのかァ?」


 男が立っていた。

 金髪のキノコみたいな髪型をして、だぼっとしたセーターを身に纏った男の姿が、そこにはあった。

 恐らく、というか確実に、『繁栄派』の人間だろう。千切さんと鴉のことを知っているようだ。


「欲情したなら何で殴って蹴りを入れる必要があるんだ。お前は頭がおかしいな、宮方」

「ああうん。まあそうだな。俺の頭は何らおかしくねェが、愛情表現なら切るのが一番だものな」


 唐突に私の体は床に崩れ落ちた。

 鴉が、私のツインテールから手を離したからである。

 私のツインテールから離れた鴉の腕は、一本の刃物を受け止めている。当然切れていない。金髪の男が繰り出した一太刀を、鴉の腕が受け止めている。


「どーして受け止める必要があるよ?切れねェんだから、そのまま受けときゃよかったろ」

「服が切れるんだよ馬鹿野郎。何を考えている。お前まで『繁栄派』に背くつもりか。それとも、相方の九里古里を助けようとでもしているのか?……お前に限ってそれもないか」

「いや、べつに俺に限ったことじゃあねェがそう。そうだぜ。千切を助けてやろうってつもりさ。もちろんそれが理由の全てではねェが、千切はいずれ俺が殺してやろうかとぼんやり計画してるんでな。撲殺される千切を眺めているのも悪くはねェけども、やはり縁もゆかりもある千切のことは、俺が切るのが乙なもんかと思ってね」

「そうか。異常性癖保持者め。ふざけた奴だ」

「ハッハァー!俺を変態みたいに呼ぶのはやめてくれねーかな枕さん!風評被害は怖いからなァ!」

「人殺しがほざくなよ」


 金髪の男が鴉と戦っている。あ、いや、まだ睨み合っている段階か。


「く、楔ちゃん…。大丈夫……?」


 懐未ちゃんだ。

 鴉の意識がこちらから反れたので、隙を伺って近寄って来たようだ。


「大丈夫なわけねえだろ。死にそうだよ。それよりごめんな。顔も痛いけど、何より私、もう立てそうにないぜ。悪いけど、一緒に脱出するってのは無理そうだ。助けられなくて、本当にごめんな」

「………………」


 私の顔はそのままの意味でぐしゃぐしゃだが、懐未ちゃんの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。


「そんな顔するなよ。後味悪いだろ。気持ちよく死ねないじゃねえか」


 心残りがある時点で、気持ちよくは死ねないと思うけど。いやまあ、懐未ちゃんが満面の笑みでも、それはそれで気持ちよく死ねないけど。


「後味の悪さも噛み締めるといいよ。気持ちよかろうが気持ち悪かろうが死ぬことはないからね」


 死んだ筈の千切さんが、唐突に会話に割り込んできた。


「死んでない。死んでないからね。一瞬意識は飛んだけど。……詳しくは説明しないけど、まずは君の傷を治す」

「そんなことが出来るのか」

「出来る」


 言うまでもなく、千切さんの持つ異能の力である。

 粉砕した私の鼻骨と上顎骨も。吹っ飛んで今どこにあるのか分からない歯も。変な位置で逆間接になっている右足も。ついでに顔にべっとりだった私自身の血液も。

 完治してしまった。


「すげえ!すげーな千切さん!ありがとう!」

「私が気を失ったままじゃなくてよかった。時間が経ち過ぎると私の異能は意味を成さない」

「ありがとう千切さん!楔ちゃんを助けてくれて!」


 懐未ちゃんもなんか便乗してそんなことを言った。


「いいよ。いいってことだよ。気にしないで。それより、この機に乗じて逃げた方がいい」

「気にはするが、そうだよな。あの金髪の人が鴉とやり合ってる内に。でも千切さん。あの金髪の人、さっき千切さんを殺すとか殺さないとか、そんなことを口走っていたような気がするけど、大丈夫なのか?」

「あの人は宮方さん。大丈夫だよ。気まぐれで変態な殺人鬼だから大丈夫」

「どこが大丈夫なんだよ…」

「それより私はちょっと蹴られちゃいけない部位を蹴られたみたいだから、病院に行ってこなくちゃなんだ。せっかくだから外まで一緒に出ようか」


 治せないのか?

 自分の異能で。


「私の異能は私自身には使えない」

「そうなのか。それじゃあ、何度も処女膜を復――」

「もう分かったよ。死ね。早く行こう」


 何か酷いことを言われた気がする。











「この時間じゃ病院はやってないよね。急患というわけでもないし、私は朝までどこかで時間を潰すとするよ」

「でも、お腹痛いんだろ?急患でいいんじゃないのか?」

「お腹痛いにもピンからキリまであるけど、『お腹痛い』っていう言葉、インパクト弱いよね」

「インパクトの問題かよ!」


 『繁栄派』のアジトを出て、夜の街へと繰り出した私達(何だか遊びに出たみたいに聞こえるが、そんなことはない)だったが、千切さんのお目当ての病院は、この深夜帯ではやっていない。少なくとも診察は受け付けていない。

 時刻は、深夜2時頃だろうか。そんなもんだろ。たぶん。


「とは言っても『お腹痛い』っていうのも人によって、大別すれば男女によって場合にもよるけど意味が変わってくるし――」

「千切さん、千切さん。その話はまた今度にしよう」


 今言うことではないだろ。


「君達は『粛正派』に向かうんでしょ?急いだ方がいいよ。何があるか分からないからさ」

「それもそうだが、千切さん。『粛正派』のアジトってどこにあるんだ?」

「知らないよ。私が知ってるわけないじゃないのさ。そもそも、『粛正派』の場合はアジトなんて呼ぶようなものじゃないと思うけど…」


 まあ、悪の組織ってわけじゃないんだもんな。


「仕宮さんに捕まる前に、『粛正派』と連絡をとってたって聞いたけど、またそのルートを使えばいいんじゃないの?もう使えないのかもしれないけどさ」


 ああ、そっか。それもそうだな。

 覇嶺さんに連絡すればいい。

 ブレザーの内ポケットから携帯電話を取り出す。


「あれ?電池切れか?」


 画面が真っ暗だ。反応しない。


「あ、違う違う。君が起きる前に、私が電源を落としておいたんだ」


 千切さんがやったらしい。

 でも、どうしてそんなことを。

 私は、携帯の電源を入れる。


「いや、べつに深い意味はないんだよ?あ、そうそう。そうだそうだ。充電が切れちゃうと困るだろうと思ってさ。切っておいたんだ」

「わざわざするか?そんなこと」

「したんだよ。君のためを思ってさ。してあげたんだよ」

「………怪しい」


 と。

 そこで。

 電源の入った携帯がバイブレーション。


「着信履歴が凄いことになってるな」


 覇嶺さんから、メールが13件。着信が48件。怖い。

 またもバイブレーション。バイブローション。何でもない。

 座蔵覇嶺さんからの着信である。

 2人に失礼して、電話に対応する。


「はみ――」

「楔ちゃん!?大丈夫ですか!?」


 音が割れている。


「だ――」

「楔ちゃん!?楔ちゃん!返事をしてください!もしかしてこの電話に出てるのは楔ちゃんじゃないんですか!?携帯を奪われたんですか!?もしそうだとしたら楔ちゃんは今無事なんですか!?答えないさい『繁栄派』!」

「うるせえ!!」

「ひいっ!」


 弱い。


「私は大丈夫だよ覇嶺さん。心配かけて悪かったな」

「い、いえ、無事ならよかったです。安心しました。迎えに行った3人がやられていたらしいので、『繁栄派』に捕まったんじゃないかと思いましたよ」

「んー、『繁栄派』には捕まったよ。だけど、脱出してきた」

「つ、捕まったんですか!?大丈夫!?何もされなかった!?」

「足と鼻と上顎を折られたけど、今は大丈夫。完治したから」

「大丈夫じゃないじゃないですかー!やだー!でも、完治って一体どうして?まさか、楔ちゃんにも異能が目覚めたんですか?」

「いや、違う。そうじゃない。『繁栄派』の九里古里千切さんって人に、治してもらったんだ。いい人なんだ」

「『隷属回帰バニッシャー』の九里古里千切ですか…。それは何よりですけど、でも気をつけて。『繁栄派』は例外なく頭がおかしいですからね。治すついでに何をされてるか分かりませんよ」


 ひどい言われようだ。

 千切さんは通話の内容が聞こえているのかいないのか、微妙な顔をしていた。


「それはともかく覇嶺さん。私達、『繁栄派』から脱出したはいいんだが、このままだとまだ安全じゃないんだ」

「そうでしょうね。『繁栄派』はしつこいですからね」

「だから、匿ってもらいたい。欲を言えば、問題を解決してもらいたい」


 問題を解決してもらいたい、なんて、私にとってひどく都合のいい言い方をした。

 『繁栄派』に狙われることなく、元の日常に帰りたいということだ。懐未ちゃんを帰したいということだ。乗りかかった船だ何だと言っていた私なのだが、無責任な発言である。


「問題を解決…っていうのはつまり、仕宮を倒せということでしょうか」


 前回、覇嶺さんに連絡した時には仕宮の話はしなかったが、覇嶺さんは『粛正派』の仲間から話を聞いているようだ。迎えの3人がやられていたらしいと、そう言ったが、トンネルの外にももう1人倒れていた筈だ。まあそれはどうでもいいか。


「ううん。あえてそういう捉え方もできるように言ったけど、そういうわけじゃない。そりゃあ仕宮を倒してハッピーエンドになるならそうしてもらいたいけどさ。仕宮を倒さなくたって、『繁栄派』に狙われなくなるまで、その段階まで手回ししてほしいってことなんだよ」

「難しいことを言いますね…。仕宮を倒せというのも難しいですけど…」

「『粛正派』に加入すれば安全、ってことにはならないのか?」

「なりませんね。向こうも勧誘は諦めるかもしれませんが、ばったり会ったりしたら、その時に消されるかもしれません。可能性の話ですけどね」

「それは怖いな」


 絶対安心ということは、全くないんだな。


「『粛正派』は、異能力者を助ける集まりなんだろ?『繁栄派』に狙われてしまった人達を助けたとか、そういう前例はないのか?」

「ありますよ。そりゃありますけど、チンピラまがいのことをしている下っ端に襲われている人をたまたま見かけたから助けたとか、そんな程度のことですよ。『勧誘班』に明確に目を付けられた人を匿ったっていう話はないですね。そもそも、異能に目覚めたばかりの人が、『粛正派』『繁栄派』を知ってるわけもないですから、助けを求めようにも、求められないんですけどね」


 先にはない。そして後にも――ないかもな。


「じゃあどうすればいい?どうすればいいと思う?覇嶺さん。大人の意見を聞かせてくれ」

「ええ、いや、そんなこと……」


 覇嶺お姉さんは困ってしまったようだ。やれやれ。


「もちろん助けを求められれば私が行ってもいいですが、というか助けを求めなくとも今すぐにでも向かってもいいんですが、正直、私では仕宮に敵いません。勝てません。負けます」


 覇嶺さんは、きっぱりと頼りないことを言い切った。


「楔ちゃん達を逃がすというのなら、うってつけの異能使いがいるんですが、彼は今意識不明の重態ですので、動けません」

「それって、影に潜る人?」

「そうですよ。全く、肝心な時に頼りになりませんね」


 トンネル内で仕宮にやられた、流班銀色という男のことだ。

 酷い目にあってなお、酷い言われようだ。踏んだり蹴ったりだ。


「話が反れましたけど、一つ気になることがあるんです」


 思わせぶりな言い方をする。

 私は期待せずにはいられなかった。

 他力本願が板についてきた私である。


「『繁栄派』は確かにしつこいですけど、それにしたって、話を聞く限りしつこ過ぎます。いい加減にしろって感じです」


 そうだな。


「しつこいとは言いましたけど、それなりに諦めの早い集団でもあるんです」


 どっちなんだよ。


「確かに、最近新しい異能力者が現れていないとは言え。その上、強大な異能を持つ要くんの勧誘に失敗したとは言え。伊久川ちゃんの異能力が未知数で、福袋的な楽しみがあるとは言え」


 福袋って。


「それにしたって1人の人間にここまで固執するのは、少々常軌をいっしてます」

「そうなの?ただの気まぐれじゃないの?」


 だって、てきとうな組織なんだろ。


「鴉もそうなんですが、『勧誘班』はわりと奔放な人間が多い筈です。命令にはある程度従うけれど、疲れたからもういいや、みたいな連中ばかりなんですよ。仕宮だってその例にれません。なのに、仕宮がそこまでその子を狙うというのには、何か理由があるんじゃないでしょうか」

「理由?例えば?」

「上から強く言われたとか、そういうのがオーソドックスと言えばオーソドックスではありますが、仕宮ほどになると、上の命令はそれほど強制力を持ちません。場合によっては無視できる筈です。だからこれはなし」


 じゃあ何で言ったんだよ。


「うーん。そうですね…。伊久川ちゃんと仕宮が生き別れの姉妹であるとか」

「確かに美少女と美女ではあるけれど、それにしたって似てもいないぜ?」

「例えばですよ。とにかく、そういった個人的な理由があって、執拗に狙ってくるんじゃないかなって、そう思うんです」

「個人的な理由ねえ…」


 私1人で考えていても、どうにもらちは明かなさそうだ。

 直接、懐未ちゃんと千切さんに考えてもらおう。


「でも覇嶺さん、仕宮が懐未ちゃんを狙う理由が分かったからといって、どうにかなるわけでもあるまい?」

「何ですかその口調…。まあ、そうですけど。全くの無意味ではないかなあって。理由が分かれば、その理由をなくしてしまうとか、何らかの対処ができればなあって思って」


 ふむ。











「可愛いからじゃない?」


 千切さんに聞いてみた。

 仕宮が執拗に懐未ちゃんを狙う理由をだ。


「そ、そんなことってあるんですか?」


 懐未ちゃんが久しぶりに口を開いた。


「『勧誘班』は変人が多くてさ。言ってしまえば自分勝手な人ばかりなんだ。だから、個人的な理由で動くことも多々あるよ。鴉さんだって、外喰くんの勧誘の時は、面倒くさくなったから帰ったらしいし」


 駄目な大人だ。


「仕宮さんは…、あの、完全にそうだと決まったわけじゃないけど、何ていうか、その…あれだ」

「何だよ。もったいぶらずに教えてくれよ」

「私からはちょっと言いづらいんだ。その気があるっていうか、そういう節が見られるっていうか」

「あ、分かった。宗教的な問題だろ?」

「違う。場合によっては関係はするかもしれないけど違う。何でそんな解釈をされたのか疑問」

「私分かったかも!業界人?」


 懐未ちゃんも負けじと、推論を発表した。


「言いづらいといえば言いづらいのかもしれないけど、べつに今言い渋ることじゃないよね。君達はひょっとして馬鹿なんじゃないの?」

「いやあ…」


 懐未ちゃんと揃って、頭を掻く。


「あの人は、百合かもしれない」

「な、何だって!?それじゃあ!」

「仕宮環瑚玖だなんて仰々しい名前を名乗っておいて、本当は仕宮百合さんなの!?」


 私と懐未ちゃんは、千切さんにラリアットを食らった。


「あんまりふざけてると怒るよ」

「もう怒ってねえか…?」

「ごめんなさい……」


 だけど、何だって?仕宮は百合?百合っていうのは女性の同性愛――ここでいう場合は同性愛者のことでいいんだよな。仕宮が沢城みゆきみたいな声をしていれば、『私はレズなのだ』とか、そういうカミングアウトで人気をかっさらうこともできた筈だが、仕宮の声は沢城みゆきのそれとは別段似ていないので、それも叶わない。誰に似ているかと言えば福井裕佳梨に似ているがどうでもいいことだ。

 それが、仕宮環瑚玖が伊久川懐未を狙う理由?

 可愛いから?

 可愛い子だから、執拗に狙うってことか?

 面食いなの?

 そんな単純かつ馬鹿みたいな理由で?


「大抵のことは結局南極単純なものだよ。このケースを言い換えてみれば、営業先の担当者が好みの女の子だったっていうだけの話だ。仕宮さんは決して奥手な方ではないし、仕事には変わりないけど、必要以上に仕事に熱心になるというのは、考えられない話じゃあないでしょ?」

「そう言われりゃ、まあ…」


 いまいち納得はいかないけど…。


「いや、必ずしもそうだというわけじゃないよ?だけど、可能性の一つとしてね」

「………そもそも、仕宮が百合だっていう根拠はあるのか?」

「あの人、『繁栄派』の若い女の子とばかり仲がいいんだ」

「それはべつに、女の子同士仲良くやりましょうねウフフってことでいいんじゃねえのか?」


 ちょっと年代が上の女性が、若い子に混じりたいっていう、そういう。

 それを言ったら私も他人事でない気がするけど。


「必要以上に仲がいいんだ。これは私の場合だけど、私の買い物には喜んで付き合ってくれるし、異様にスキンシップが多いし、料理は食べ比べしたがるし、歩く時は手を繋ぎたがるし、時には組みたがるし、話す時は顔が近いし、お風呂だって一緒に入りたがるし、よく胸を揉んでくるし、わりと頻繁に一緒に寝ようって言ってくるし」

「べつに普通じゃねえか?そのくらい」

「普通かなあ!?」


 千切さんは、しばらく黙って考えた。


「うーん。そうなのかもね。私、友達があんまりいないから、そういうのよく分かってなかったかもしれない」

「千切さんは悪ふざけとか、そういうのあまり乗り気じゃなさそうだしな。女子同士じゃあ、おふざけでおっぱい揉んだりべろちゅーしたりアナルファックは余裕だぜ」

「………………」


 千切さんは、流石にそこまではないんじゃないか?みたいな、そんな感じの顔をした。


「なあ、懐未ちゃん」

「何で私に振るの?」

「した仲だもんな?」

「してないよ!?」


 千切さんは、ああ、2人はそういう…みたいな、そんな感じの顔をした。


「千切さん!?誤解しないで!私と楔ちゃんはそういうんじゃないから!清廉潔白なお付き合いをしてるんだから!」


 べつにお付き合いはしてないけど。


「あ、でも、胸は揉まれたな…」

「おい、やめろ懐未ちゃん。私が口だけじゃないみたいになるだろ。ゆくゆくは懐未ちゃんの口と尻穴も奪っていくつもりみたいに聞こえるだろ」

「うん。もう少し……仲良くなってからだよね…?」

「百合だーっ!」


 千切さんは怖い顔をしていた。素早さががくっと下がりそうだ。


「……そもそも、女同士でアナルファックってどうやるの?」

「何だよ千切さん。興味津々だな」

「いや、そうでもないけど」


 くだらない会話だった。

 時間はないというのに。

 無駄話は尽きない。

 無駄話は。無意義な話は無意義だから尽きないのであって。有意義な話は解決を迎えるから尽きるのであって。

 無意義は無限で。有意義は有限なのだ。

 だから無駄話に時間を費やすというのは、仕方のないことなのである。

 買い物の帰りが遅くなるお母さんや。

 電話の通話時間が長くなるお母さんや。

 息子の友達を放してくれないお母さん。

 全部お母さんじゃねえか。


「気になるなら私が!手取り足取り!教えてあげましょう!」


 突然、大声が響いた。変態らしき声が響いた。夜の町に。

 声のした方を見ると、ビルの上に人影が見える。

 逆光で顔は、というかそれこそ影しか見えないが、声で分かる。誰だかは分かる。

 腕を組んで、スカートを風になびかせている。


「実は、ちょっと前から盗み聞きさせてもらっていましたが、何だか、興味深い話題になって参りましたので、興奮冷めやらぬ様子で、ついつい声をかけてしまいましたわ」


 つい声をかけたってレベルじゃなかっただろ。

 影の主である女は、ふっとビルの屋上から飛び降りた。スカートを抑えながら。

 懐未ちゃんは、思わず目を反らしてしまっていたが、女は着地する寸前に、両手を地面に向けた。轟音(言葉ではどうにも表しようがないので、どんな轟音か説明はしない)と共に女の落下は減速し、階段を1段飛ばしで飛び降りたんじゃないかってくらいの余裕ぶりで、無事に着地した。

 同じ地面に立たれて、ようやく顔が拝めた。

 月明かりと街灯に照らされた銀髪が美しい、化粧濃い目の美女である。


「あのう、もしよかったら、私もその話題、混ぜてもらってもよろしいでしょうか?」


 前回もこんな終わり方をした気がする。

 変態痴女レズ――もとい、仕宮環瑚玖の姿がそこにはあった。

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